古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
13.はっきり言います、お兄さまは女性を見る目がないのです!

 私の名は、七大大公の一ジャーイルが妹、マーミルと申します。
 え? ご存じですか、そうですか。
 今、私はかなりご立腹です。
 なぜかって? なぜならば、兄がおまぬけさんだからです!

 なんですか、あのだらしない顔!
 なんですか、あの緩みきった顔!
 なんですか、あのあほくさい顔!
 男前が台無しです!
 せっかく性格は小心でも見た目はたいていキリッとして格好良かったのに!
 だというのに、なんですか、あの弛緩しきった笑顔!

 あんなあからさまな手にひっかかるだなんて!!

「どう思って? あなたたち」
「そうですわね~。さすがのジャーイル様も、やはり男ですのね」
「そうですわね~。女の嘘を見抜くのは、男性にはやはり難しいのですわ」
 私、ネネリーゼ、ネセルスフォがこうして重なって柱の陰に隠れつつ兄の様子をうかがって、もうそろそろ三十分。
 兄と、ワイプキーの娘だという女性が、庭園のベンチに座って話し出して、もう三十分以上経つのです!
 なんてことでしょう。いったい兄は、いつになったらあの娘から離れるつもりなのでしょう。

 あ、手が触れた。なにが「きゃ」だ、わざとらしい!
 なぜ、殿方はあんなあからさまな演技にだまされるのでしょう。どうみても嘘くさいのですが!
 ほら、お兄さま! 照れたふりをしてうつむいたあの女の口元に、嫌らしい笑みが浮かんでいるのに気がついてくださいな!!
 ちなみに、あの光景を目撃して私はすぐにエンディオンを呼びに行きました!
 が、あの執事はフッと笑うと、「一度痛い目を見ると、成長なさいますよ」とか言うのです。
「痛い目見るのが遅すぎて、結婚してしまったらどうするのよぅ!」と食い下がったら、「魔族の長い人生において、一度や二度の離婚は失敗になりませんよ」とか申すのです!
 なんですか、いつも細かいことをぐちぐち言うじゃありませんか! どうしてこんな時だけ、放任主義を気取るのです?

 お兄さま、お兄さま、冷静になって! 周囲はみんなあの女の嘘に気づいているというのに、どうして気づかないの?
 私にお兄さまは愚かなのだと、思わせないでください。

「ネセ、ネネ、私もう我慢できませんわ!」
 こんな時にこそ、頼るべき相手がいるではありませんか。
 女性問題どんとこい、ベイルフォウスです。
「お兄さま!」
 私は双子をその場に残して、でん! と、仁王立ちで兄の前に出て行きました。
「どうした、マーミル? あ、紹介しよう、こちらは」
 兄が鼻の下をのばしながら、あの女を私に紹介しようとします。が、ここは右手を挙げてストップです! 紹介はお断りです!
「お兄さま、急ぎで内密の話がありますのよ」
 そして兄の腕をとって、女から離れるように引きずっていきました。

「私、出かけたいのですわ、お兄さま!」
「あ、うん、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい、じゃあありません、お兄さま! 私が出かけたい先は、領内ではありませんのよ? 付き添いが必要ですわ、お兄さまご自身の!」
「は?」
 兄はキョトンとしています。
 それはそうでしょう。私は普段、こんな我が侭をいうことはありませんから。
「ベイルフォウス様のところへ行く必要ができたのですわ!」
「はあ?」
 何ですの、いぶかしげな目は! それがかわいい妹に向ける視線ですの!?

「さあ、いますぐ出発しましてよ、お兄さま」
 私は兄の右腕を強く引っ張りましたが、なんといっても可憐な美少女。兄はその場からピクリとも動きません。
「いや、あのな、マーミル。俺は未だあいつのところには一度も行ったことがないんだぞ? それなのに、先触れもなしにいきなり行くわけにはいかないだろ。あいつと違うんだから」
「じゃあ、先触れを出してくださいませ!」
「お前ね……」
 兄はため息をつきました。なんですの、そんなにあの女と離れるのが嫌ですの? なんやかんやと言い訳をして!
「だいたい、何の用があってベイルフォウスを訪ねるんだ? 理由は?」
「そ、それは……」
 まさか百戦錬磨の女たらしに、ウブな兄の目をさましてもらうのです、と正直には申せません。

 ですが躊躇した私を見て、兄はため息をつき、離れていこうとしました。
 私はとっさに腕をつかみなおします。
「ベ、ベイルフォウス様は、私のお師匠様ですわ! だというのに、このところちっとも指導にきてくださいません。もしかすると、何か体調を壊してらっしゃるとか、具合がわるいだとか、困ってらっしゃるとか……とにかく、御様子を伺いに参りたいのですわ!」
 なんとか、理由は思いつきましたわ。これはかなり真実味があるはずです。だってほんとうに、ベイルフォウスは暫くいらっしゃってないんですもの。あんなに来ていたのに!

「お前がベイルフォウスの心配をするなんてな」
 あら、なんですの、その意外そうな顔。
「まあ……気持ちはわからんでもないがな」
 お兄さまこそ実はベイルフォウスのことが気になっていたというのでしょうか? えらく真剣な表情で頷いています。
「だが、今でないといけないのか? ちゃんと余裕を持って手紙で知らせて許可をもらい、先触れをだして、それから出かける方がいいんじゃないのか?」
「善は急げと申しますわ。手遅れになってしまうのは、嫌ですもの」
 いや、手遅れって、なにがよ。自分でつっこんでしまいますが、意外にもこの言葉が兄の気持ちを変えたようでした。
「わかった、一緒に行こう」
 やったー! こうして、私は兄をあの女から引き離すことに成功したのです!

 ***

 まあそんなわけで、俺はマーミルを前に乗せ、飛竜でベイルフォウスの<不浄なり苔生す墓石城>へやってきていた。
 正直、俺はマーミルが言った、「ベイルフォウスを心配して」とかいう理由を信じたわけではない。
 だが、俺もあいつが暫く顔をみせないのは、少し気になっていたんだ。
 何か企んでいるんじゃないかって、な。
 なにせただの脳筋ではないようだから。

 あと、本当ならマーミルに言ったように、先触れを出してちゃんと訪問すべきだと思う。だが、正直に言おう。俺はマーミルを利用させてもらったのだ。
 というのも、もう話題もなくなったというのに、エミリーが俺を解放しようとしてくれなかったからだ。

 うん、確かにね、パッと見は好みだったよ。なんていうの……エンディオンにいつか語ったように、清楚で可憐な感じだった。思わずだまされそうになったよ。
 でも、ちょっと話したらさすがにわかるじゃない? 不自然なところとか、見えてくるじゃない?
 軽い好奇心から二人で話をするのを受け入れたけど、あまりにも芝居がすぎると明らかじゃない?
 それに俺、話してる間に思い出したんだよね……たしか、ワイプキーの娘って、ギラギラした肉食系で俺の好みの正反対だったってことを。つまりウィストベルの勢いを少し抑えたような子だったんだよね。だから印象なかったんだな、と思い出したんだ。
 一番苦手なタイプといってもいいんだから。

 というわけで、俺は渋々といったふりをしつつ、その実大喜びでマーミルの提案に乗ったのだった。

 ベイルフォウスの大公城、<不浄なり苔生す墓石城>は赤い壁に銀の屋根の城だった。ウィストベルの城も赤だが、あっちは赤黒く、ベイルフォウスの城はドギツク派手派手しい。
 間違いない、これは歴代の大公の趣味ではなくて、絶対あいつの趣味だ。だって髪の毛と目と同じ色だもん。
 簡単に知らせは出しておいたので、一応、俺たちの訪問は家人にも知られているようだった。
 もっとも、知っていようがいまいが、関係ない。俺たちを迎えたのは、家令ではなくベイルフォウス自身だったからだ。
 まさか、好き勝手やりすぎて、家令もいないんじゃないだろうな? この城……。

「よお、ジャーイル、マーミル。どうした? お前等の方からやってくるなんて、初めてじゃないか」
 久々に会うベイルフォウスは、その銀の瞳をギラギラした覇気で溢れさせている。
 赤の長いローブをまとい、長い髪は珍しく後ろで一つにまとめられていた。
「元気そうでなによりだ、ベイルフォウス。先触れもなく突然訪問して、悪かった」
「そんなこといちいち気にしねえよ。それよりどうしたんだ? 俺が料理の味見をしに行かないからって、心配して来たって訳でもないだろう?」
「いいえ、その通りですわ。もちろんベイルフォウス様を心配して参りましたのよ!」
 マーミルがベイルフォウスに駆け寄る。
 マーミルの奴、本気か? いつもベイルフォウスには噛みついてるのに、本気であいつの体調が心配だったのか?

 はっ! ま、まさか、ほんとに……暫く会えなかったことで気づいてしまったこの気持ち……みたいな?
 まだ子供なのに、もうベイルフォウスの毒牙に? いや、女の子は早熟だというから、もしかすると本気で?
 俺が内心ワタワタしていると、不審に思ったらしいベイルフォウスが歩み寄ってきた。
「どうした、ジャーイル? 顔色が悪いが、まさか長旅だから竜に酔ったとは言わんよな?」
「ああ、いや、大丈夫だ」

 まあ確かに遠かったが。なにせ、昼食後すぐ出たのに、もうすっかりおやつの時間だ。
 マーミルが乗っていたからスピードを上げられなかったとはいえ、よくこの距離を頻繁にやってきていたものだ、と感心する。
「まあ、とにかくゆっくりしていってくれ。もうこの時間だし、せっかくだから泊まっていくだろ?」
 ベイルフォウスの態度は、今まで通りだ。よそよそしいところは一つもない。

「まあ、ありがとうございます! ぜひ、お言葉に甘えさせていただきましょうよ、お兄さま!」
 マーミル……なんでそんなノリノリなんだ。まさか、本気でベイルフォウスのことを?
 心配する俺を後目に、マーミルはベイルフォウスの腕をとると、何事かをこっそりと囁いていた。
「急で申し訳ない、もちろんマーミルと俺の部屋は同じにしてくれていいから。というか、ぜひ一緒でお願いしたい」
 妹よ、なんだ、その残念そうな顔は。まさかお前……。
 色気付くのはまだ早いぞ! 兄さんはお前をそんなふしだらな子に育てた覚えはないのだからな。今日はきっちりと、行動を見張らせてもらおう。
 それにマーミルがいれば、いくらベイルフォウスでも俺の寝室に見知らぬ女性を潜り込ませるなんてことはしないだろう。
 つまり、お互いのために、妹よ。お前をこの城で自由にさせるわけにはいかないのだ。

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