古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
17.さて、いよいよウレシタノシ、昼餐会が始まります

「本日はお忙しい中、わたくしの大公就任を祝う昼餐会に、みなさま揃って足をお運びいただき、恭悦至極に存じます」
 ん? あれ?
 そんな名目だったっけ?
 え? 俺、デイセントローズの就任祝いに来たの?

 一つ向こうの席のベイルフォウスと目が合う。苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたので、苦笑で返しておいた。
 ちなみに席順は会議なんかの時と同じだ。魔王様を上座に迎えてその右手に奇数位、左手に偶数位の序列の者が座る。
 俺の右隣がウィストベル、正面はサーリスヴォルフ。
 たまには席を変えてほしいもんだ。なにせ、序列順だと大公位三位のアリネーゼと四位のウィストベルは、必ず向き合う席についてしまうからだ。
 だが、主催者や場所は全く関係なく、七大大公が集まるときはこの順でしか着席しないらしい。

 妹のマーミルはといえば、俺の左手席に座っていて、デイセントローズがその正面だ。
 図らずも家族としての参加は妹一人となってしまったが、そんなことを気にするほどうちの妹は繊細ではないらしい。
 大人ばかりに囲まれているというのに、うきうきとした表情で料理や大公たちの顔を見回している。
 それどころか……。

「デイセントローズ閣下、このスープ、とってもおいしいですわ」
 俺が聞き流していた間に主催者の挨拶は終わったらしい。
 そのデイセントローズに、妹は初対面だというのに自ら話しかけていくという剛胆さだ。
「お口にあってなによりです。マーミル嬢」
 ラマが妙に優しく笑う。
「お小さい方の参加はマーミル嬢おひとりだったので、料理を分けたほうがよいかと思いましたが、問題なく食していただいてるようで、安心いたしました」
「まあ、私は確かに子どもですけど、赤ん坊ではありませんわ。皆様と同じものを食べるのは当たり前です。うちの城でだって、大人と子どもで食事を分けてなんていませんわ」
 少し心外だ、というようにマーミルが口をとがらせると、ラマはさらに口角をあげた。
「これは失礼を。マーミル嬢はもうご立派な貴婦人でいらっしゃいますね」
 ラマ……もとい、デイセントローズのとりなしに、マーミルは気をよくしたようににっこりとほほえんでいる。

「この机の薔薇はきれいですわね。兄の紋章に似てますわ」
 食卓には三カ所に、赤い薔薇をメインとした花が飾られている。
 そう言われてみれば、確かに俺の紋章に似ていなくもないかな。
 正直、ああ、なんか花が飾ってあるな、ぐらいにしか思ってなかったんだが。
 なにせ、俺は花には全く興味がない。なのになぜ、紋章を薔薇にしているのか?
 簡単な話だ。

 紋章は成人して三日以内に、紋章管理官とかいう官吏のいる役所――ちなみに、魔王城の敷地内にある――に、紋章のデザインを届け出ないといけない。
 こだわる者は画家に描いてもらったりもするらしいが、そんなことに手間をとられるのが面倒くさかった俺は、たまたま目に入った薔薇をちょちょいと描いて提出したのだ。
 だから正直、モデルにした薔薇の名前すら、知らない。まあ、俺だってそれほど絵心があるわけじゃないから、正確な模写にもなっていなかったろうが。
 ちなみに、デヴィル族はナルシストが多いのだろうと思うのだが、紋章に自画像を選ぶことが多いようだ。デイセントローズも紋章はラマだったしな。……たぶん、自画像だ。

「これは庭の薔薇園より摘ませてきたものなのですよ。少し庭を改修いたしまして。よろしければ、後で案内いたしましょうか?」
「まあ、よろしいんですの? ぜひご案内していただきたいわ、いいでしょう、お兄さま」
 マーミルは小首を傾げながら、俺を見上げてきた。

「おい、マーミル。どうしたんだ」
「何がですの?」
 俺が小声で話しかけると、マーミルもつぶやきを返してくる。
「何がって、そんな親しげにデイセントローズと話をして……」
 俺の記憶では、マーミルが双子たちの仇であるデイセントローズのことを好意的に捉えていた様子はなかったのだが。
「あら、お話ししてみたらデイセントローズ大公はそれほど嫌な方でもないようですわ。それに、お父様を倒した相手がどんな人物なのか、自分たちが退去した後の城はどんな風なのか、よく見てきてほしいと、双子に頼まれていますのよ」
 え……。
 まさかの双子の依頼か。あの子たちは父親の対決もちゃんと見ていたぐらいだし、現実から目をそらすより受け入れて強くなるタイプなのかもしれないな。

「それで、いいでしょう? お兄さま。後でデイセントローズ大公にお庭を案内していただいても」
「ああ、まあ……構わないが」
「ありがとう、お兄さま」
 妹がにこにこと笑うたび、デイセントローズの口角があがる。
 しかし、デイセントローズのやつ、初対面の時にはもっとこう……慇懃無礼な感じだったんだが、マーミルには本気で優しい気がする。
 こいつもしかして子ども好きか?

「薔薇園か。それは良いの。我らも後で散歩いたそうか、のう?」
 ウィストベルがぎらぎらとした目で俺を射抜いてくる。
 肉食系、怖いです……。
 あと、その向こうから俺を射殺そうといわんばかりの目つきの魔王様が恐ろしいです。
 なんだこの状況。
「ソ、ソウデスネ、ジカンガアレバ」
 俺は片言で応じた。

 ベイルフォウスは時々、魔王陛下やアリネーゼと会話を楽しんでいるようだが、そのほとんどがアリネーゼに向けての誘い文句だ。こんどぜひ、とか、物珍しいかもしれないぜ、だとか。
 アリネーゼはどう見ても完全に拒否しているというのに、全く心が折れた様子を見せないところは、ある意味尊敬する。
 だが正直妹には聞かせたくない。いや、卑猥な言葉は口にしてないんだが、それでも聞かせたくない。
 情操教育的、道徳的、道義的な問題で。

 プートはというと、アリネーゼとたまに二言三言、口をきくばかり。それ以外にはやはり時々だが、魔王様と淡々と仕事上のことについて会話を交わしているようだった。
 あ、わかった。
 ベイルフォウスの奴、魔王様とプートが仕事の話をし出すと、アリネーゼに話を振ってまざらなくていいようしてるんだな。だったら、ウィストベルに話しかければいいのに。
 ベイルフォウスはウィストベルが好みだと宣言してはいたが、意外にもガンガン攻めてるところはあまりみたことがない。
 ちょっと不思議な感じだ。

「ところで、デイセントローズ。もう城の運営にはもう慣れた頃かしら?」
 サーリスヴォルフが実に妖艶な笑みを浮かべつつ、ナプキンで口元を拭いた。
「ええ、少しはそのつもりです。こんな大きな城を治めるのは初めてですので、何事も家臣に相談しながら進めております。そもそも、私は独立してまだ十年ほどしか経験もないものですから」
 独立して十年ほどってことは、百歳を越えたくらいか。
 なんだ、年下だったのか。
 雰囲気も老成しているというか……どこかじじむさいところがあるから、てっきり年上かと思っていたが。

「あら、存外若いのね」
「いずれ落ち着けば、謁見の儀も始めたいと思っておりまして」
 明らかにサーリスヴォルフから誘いの目を向けられているのに、返答は平静そのものだ。
 こういうところが、若く見えない要因の一つなんだろうな。
 しかし、こいつもしかして真面目か?
 子ども好きの真面目なのか?

「謁見だって?」
 デイセントローズの発言を聞きつけたベイルフォウスが、鼻で笑う。
「そんなことやったところで、作物の収穫がどうの、子供が結婚するから、成人するからどうのって、そんな話をしてくるばっかりだろ? そんなの領主に聞かせる話かってことだよ」
 いや、そうだけど……そうだけど、領民と少しでも親しくなれていいじゃん!
 いくら魔族の習いが簒奪と残虐だとはいえ、できることなら普段は仲良く平和に暮らしたいじゃん。
「そんなことして何になる。そんな時間があったら女と一緒に風呂でも入ってる方が、よっぽど有意義だ」
 おまっ!
 今、さらっと親友の俺のことを否定したな!
 うわ、ムカつく! にやにや笑いながらこっちみんな、ベイルフォウス!

 あと、若干傷ついた顔をしたおまえのお兄さまに気づいてやれ。
 なにも、謁見を真面目にやっているのは俺一人ではないんだぞ。
 ……毎日やってるのは俺一人かもしれないが。

「だいたい、未婚の身であんまり仕事ばかり真面目にやってると、玉の輿を狙った女たちに押しかけてこられかねないし、ちょっと女と親しく口を利いたぐらいで、周りに大騒ぎされるのが落ちだぜ」
 突然、何言い出すんだ、このバカ!
 人の心を抉ってきやがる!
 まさかこの場でこの間のことを暴露したりしないよな?
 そんなことしたら絶交してやるからな、ベイルフォウス!

 だいたい、周りは別に大騒ぎしてないし?
 マーミル一人が勘違いで暴走しただけだし?
 そもそも、普段だってアレスディアとかジブライールとかの女性陣と会話してるし?
 今だってウィストベルと会話してるし?

「貴重なご意見、傷み入る、ベイルフォウス大公。しかし毎日は無理でも、時々はやってみたいと思っております。何事も、経験ですので」
 そう言ってラマは俺に視線を向け、にこりとうなずいた。
 え? なに?
 もしかして、俺が毎日真面目に仕事してるの、知ってたりするのか?
「ベイルフォウス。他者にはそんなえらそうなことを言っているが、お主の場合は」
 ウィストベルがベイルフォウスに嘲笑を向ける。
「自分から謁見をやめたのではなく、やめさせられたのじゃろう。未婚の娘の家族から、謁見にかこつけて娘に手を出すのはやめてほしいと訴えられて」
「あー、そうだったかなあ」
 ああ、そうなの。
 つまりこの間の、「試してみたらいいだろ?」は、体験談だったというわけか。
 ほんっとおまえは! おまえって奴は!

「食事時に耳にしたい話ではないな。身内だけならよかろうが、そうではない。少しは同席者にも配慮したらどうなのだ?」
 苛々したような低い声を発したのはプートだ。
 まあ、正論だな。うん。
「それよりも、魔王陛下。そろそろ御前会議の日時を決めていただきとうございますな。未だ、魔王城よりの知らせがまいりませぬゆえ」
 獅子の瞳が怠慢を責めるように魔王様を射抜く。たぶん、またテーブルの下では尻尾がせわしなく動いているのだろう。
「まだ半年近くも先だぜ? 臨時開催なんだし、あんまり早い知らせだと忘れちまう」
 ウィストベルとの会話に水を差されたのが気に障ったのか、ベイルフォウスはすかさず反論をあげる。

「わかった、知らせは余裕を持ってと、直前。二度に分けてだそう」
 なんて親切な魔王様でしょう。
 どっちの意見も取り入れるとか。意外に魔王様って相手の意見を聞きいれてくれるよね。魔王っていうと、独断専行なイメージがあるけど、ルデルフォウス陛下は意外に穏和な感じだよね。
 欠点があるとすれば、ちょっと変態なだけだよね。
「は? 兄貴、そんな面倒なことする必要ないって。十日前にでも知らせてくれればいい」
「真面目に仕事をこなしている大公にとって、十日前の知らせなど急報でしかない。せめて、一ヶ月前にはお知らせくださらねば」
 おいおい、お姉さんたちが静かにしてると思ったら、今日は男たちの争いですか?
 せっかくの魔王様の気遣いを無駄にするなよ、君たち。

 男が相手の時のベイルフォウスは、容赦なくきつい視線を送ることが多い。なかでも特に、プートに対する態度には険がある。
 ものすごくわかりやすい。ああ、嫌いなんだな、って感じだ。
「一ヶ月前でいいなら、今から文句言うなよ」
「文句ではない、進言申し上げたのみ。それに、せめて、と言った」
「やめよ、ベイルフォウス、プートも。主たちの喧嘩は口だけではすまぬであろうが。そもそも、今日はそんなことを話し合う席ではない」
 殺気だった二人の大公を、ウィストベルが諫める。

 ウィストベルとベイルフォウスの間には、相手が興奮したときはお互い間に入るという不文律でもあるのだろうか。
 俺も一応助けに入るか。ベイルフォウスにもフォローしろと言われてたことだしな。
「ウィストベルの言うとおりだ。なんといったって、今日はデイセントローズの大公就任を“祝う”席だ。殺伐としたのは、なしにしましょう」
 もちろん、ウィストベルとアリネーゼにも向けた言葉だ。

 しかし、ウィストベル、さっき二人の喧嘩は口ではすまないっていったか?
 御前会議の時の医療班、あれはウィストベルとアリネーゼのためかと思っていたが、実はプートとベイルフォウスのためだったのか?
 確かに大公位一位と二位がガチで喧嘩したら、しゃれにならないもんな。医療班が役に立つのかも怪しい。
「それに身勝手なことをいって申し訳ないが、うちの妹が怖がるような事態は避けていただけると助かる」
 俺が妹の存在をアピールすると、思い出したかのように全員の視線がマーミルに集中した。

「本当ですわ。食事時に口喧嘩だなんて。そんなところを万が一、うちの家令にでも見られたら、お二人とも後でこってり絞られますわよ。お食事は、愉しく、かつ優雅に、いただかないといけないのですから」
 おお、妹よ。まさかこの席でそんなことを胸を張っていう度胸があるとは、思わなかったぞ。存外、神経の太いやつだな。
 いつもはハラハラさせられることが多いが、この場はグッジョブと言っておこう。
 なにせ、さっきまであんなに殺気立っていたベイルフォウスの目つきが、マーミルに向けられるや明らかに和らいだのだから。

「ああ、そうだな。マーミルみたいなお子ちゃまに聞かせるには、まだ早い話だったな」
「まあ、ベイルフォウス様はいっつもそうやって、私のことを子ども扱いなさって! 今のプート閣下とベイルフォウス様の口喧嘩のほうが、ずっと子どもじみてましたわよ!」
 ベイルフォウスの口調は柔らかいが、妹は本気で怒っている。うん、とりあえず、おまえがいつもガチなのは、兄にもよくわかったよ。
「子ども扱いといったって、ほんとに子どもなんだから、仕方ないだろ。おまえだって、自分自身でさっきそう言ってたろ。悔しかったら早く大人になるんだな」
 大人になってもお前にはやらんけどな!!!

 妹はベイルフォウスに向けて舌を出している。
 おい妹よ。食事は優雅にいただかねばならないのではなかったのか。
 しかし、おかげでずいぶんとこの場の雰囲気も落ち着いたから、エンディオンには内緒にしておいてやろう。
「なるほどねえ……」
 サーリスヴォルフが意味ありげな視線を妹とベイルフォウスに送っている。ベイルフォウスはそれに気づいているのだろうが、知らん顔だ。
 マーミルは……うん、絶対気づいてない。

「マーミル嬢。成人した暁には、爵位を得るつもりかしら?」
「ええ、サーリスヴォルフ閣下。そのために、日々鍛えておりますわ」
 マーミルがぐっと拳をつくって自信満々、胸をたたく。
 妹よ、ほんとに物怖じしないな、お前。我が道を行くタイプなのだな。
 兄はちょっと見くびっていたよ。
「場合によっては、私の領地を与えないでもない。兄が非協力的であれば、私のところにおいでなさい」
「まあ、ありがとうございます、サーリスヴォルフ閣下! 兄は私に甘いので、便宜は図ってくれると思いますが、万が一の時にはお願いいたしますわ」
 マジか、妹よ!
 いや、俺だっておまえがそれなりにちゃんと実力を備えていると判断できたら、男爵位を与えないでもないよ?
 男爵位以上になると、さすがに自分の実力でをもって誰かから奪ってもらうしかないが。

「あ、なら俺も!」
 おおい、ベイルフォウス! 別に挙手して参加しなくていいから。
「なんだったら、嫁にきてもいいぞ」
「うげえ」
 おおい、ベイルフォウス。そういう冗談は、ヤ メ ロ。
 ロリコン疑惑を促進させるだけだというのに、さてはコイツ、楽しんでるな?
 お前はそれでいいかもしれないが、マーミルの将来のためにやめてくれ、ベイルフォウス。
 あと、マーミルもいくらなんでも「うげえ」はないだろ、「うげえ」は。食事時に!
 優雅という言葉はどこにいった。エンディオンに告げ口しちゃうぞ。

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