新任大公の平穏な日常
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【第二章 二年目の日常】
ベイルフォウスの城から帰って次の朝の謁見から、なぜかは知らないが未婚の令嬢がやってくることがほとんどなくなった。
ワイプキーが何かしたのか? と思って尋ねてみたが、彼には全く心当たりはないようだ。
それどころか、娘とお話いただいて、どうでしたか? と、逆に問われた。
「あー」
こほん、と咳払いを一つ。
「やはり、暫く誰かと付き合う余裕はないと思うんだ。あと、そんな気も今のところない。エミリー嬢にはよろしく伝えておいてくれ。お話できて、楽しかったと……それから、途中で席をたったことを、謝っておいてくれたら助かる。すまんな……」
「ああいえ、まあ、お時間ができましたら、ぜひまた……お話相手くらい、いくらでも務めさせますので。たまには気分転換も必要でしょうし」
うん、ぜんぜん引く気ないね、ワイプキー。
「ああ、そういえば……先日、ジブライール公爵がいらっしゃいまして」
「ジブライールが? 何の用で?」
いや、城にいることも多いし俺の配下同士なんだから、別に謁見室に来ようが、筆頭侍従に会おうが、かまわないんだけど。
が、軍務に関わることでワイプキーに用があるとは思えないが……。
「閣下の謁見に来られた方の名簿をみたいとおっしゃられて……軍の方で、警備がどうとかおっしゃったので、ご覧にいれましたが」
「ああ、そうなのか……」
警備? 何だろう。今のところ、何も報告はないが、軍の方で何かつかんだのか? まさか、俺に対しての謀反の噂とか!?
まあ、必要があれば報告してくれるだろうが……。
「話は変わりますが、閣下。デイセントローズ大公の居城へお出かけの日は、謁見も取りやめ、ということでよろしかったでしょうか? なるべく早くから、領民には知らせておきたいと思いまして」
「ああ、うん。俺とマーミルそろって朝から出かけるから、中止ということでよろしく頼む」
そう、デイセントローズの居城をたずねる昼餐会の日は、もう十日後にせまっていたのだった。
***
「ねえ、お兄さま。どうかしら」
今日はデイセントローズが開催する昼餐会の日、そしてここはすでに<死して甦りし城>の前庭である。
マーミルはまだ一人で飛竜に乗れないため、例によって俺と二人乗りしてきたのだが、降りるなりくるんくるんと回ってみせるのだ。
おかしいと思ったんだ。今日はやけにおとなしく、城で何も聞いてこなかったから。
どうやら妹は、いつも一緒の四女と五女に遠慮したらしい。
双子にとってデイセントローズは父を殺害した相手だ。
マーミルにとっては親友たちの仇であるといえる。その城を訪れるのに、自分の衣装ばかり気にしていたら、浮かれているととられかねないと思ったのだろう。
と、いうわけで、妹は飛竜を背景に、くるんくるん回っているのだ。
「うん、大丈夫大丈夫。今日も可愛い可愛い」
「まあ、本当ですの?」
俺のいかにも適当な相づちを、妹は素直に喜んでいる。
「本当だから、行くぞ。そんなところで回ってたら、いつまでたっても係りの者が飛竜を竜舎に連れ込めなくて、困るだろ」
俺が手を差し出すと、妹はうれしそうに小さな手で握りしめてきた。
「ようこそおいでくださいました、ジャーイル様。マーミル姫様、ご無沙汰しております」
家令が俺たちを出迎え、深々と頭を下げる。
彼に会うのはマストヴォーゼが死去して以来だ。
「奥様やお嬢様方はご健在であられますか?」
「ええ、みんな元気ですわ。ご心配なさらないで」
俺の代わりにマーミルが答える。
魔族の家令は人間たちのように、同じ父子、孫と、何代にも渡って仕えることはないかもしれない。だが、その一代一代は数百年と長い。さすがに仕えた主の家族に、愛着を抱くこともあるのだろう。
エンディオンも、少しは俺とマーミルのことを親しく思ってくれているだろうか。
「<煉獄の間>にご案内いたします。プート大公とサーリスヴォルフ大公が、すでにお越しにでございます」
そう言って、案内の従者をつけてくれた。まあ何度も来てるから、部屋はわかるんだけど。
<煉獄の間>には家令の言葉通り、すでにプートとサーリスヴォルフの姿があった。
サーリスヴォルフは割と早めにくるタイプなのかな。選定会議の時も早かったし。
「ごきげんよう、ジャーイル大公」
今日は女性のつもりらしい。長袖だが右の肩をむき出しにした、裾を長く引きずる空色のドレスを着ている。
なんだろう……別に、ドレスは肩を出さないといけないというわけじゃないと思うんだが、なんだかアリネーゼもウィストベルも露出度の高いドレスを着てくるよな。
みんな露出狂の気があるとか?
「マーミル嬢もこんにちは」
「ごきげんよう、サーリスヴォルフ閣下」
マーミルは両手でスカートをつまんで広げ、ちょこんと足を折って挨拶をする。なんか今日はおすまししてるなぁ。
「ほんとに可愛らしいお嬢さんね。ピンクのドレスがよく似合うこと」
「ありがとうございます」
妹はサーリスヴォルフの褒め言葉を素直に喜んでいる。が、なんだか言葉に含みがあると感じるのは、気のせいだろうか。
「ベイルフォウスもぐずぐずしていないで、早く来ればいいのにねぇぇ」
「ベイルフォウス様?」
あああ、その疑惑、まだ継続中なんだ……。
マーミルに見上げられて、おれは苦笑いを返すことしかできなかった。
たぶん、事情を話すと妹は怒り狂うだろう。
うん、内緒にしておこう。
サーリスヴォルフとはこうやってふつうに会話ができるが、プートとはそうはいかない。
簡単に挨拶を一言二言交わしただけ、あとは手元に引き込んだ本をこれみよがしに開いて、目も合わせてくれない。
そして今日も尻尾はせかせかと揺れていた……。
そして、近づいてくる喧噪。
「相変わらず、特異なご趣味ですこと」
「主には負けるわ。太股どころか、角度によってはその奥まで覗けそうではないか」
「あら、誰も覗きませんもの。そんな下品な方は大公にはいらっしゃらなくてよ。自信のない方はこれだから」
「自己紹介は結構じゃ」
……。
うん、もう、姿を見なくても誰と誰の会話だか、すぐ分かりますね。
はい、正解。
ウィストベルとアリネーゼが競い合うようにして入ってきました。
趣味がどうとか、太股がどうとか言っていましたが、正直俺からみればお姉さん方の格好は大差ないです。
確かにアリネーゼのスカートには深いスリットが入ってますが、ウィストベルは背中がほぼ全部でてますよね? あと、二人とも両肩ともむき出しですよね?
俺が幻覚見てるわけじゃないですよね?
ちょっぴり色とデザインが違うだけで、おおむね同じですよね?
少なくとも、系統は同じですよね?
どうみても、二人とも肉食系ですよね。
そして二人は部屋に入ってくるなり、フンと顔を左右に分かち、真逆の方向に別れていった。
もういっそ、ずっとそうやって反対側に別れててください。
たまたま着いた時間が同じだったのが災いの元だな。
ウィストベルは魔王城に向かう時は割と早めな気がするが、他のところへだと、遅めなのだろうか。
……まあ、魔王様とは共通の趣味にいそしまねばならないからな。
俺の城にも迎えたことはないし、結構出不精なのかも。いつもだらーんとしてるし。
「ジャーイル、もう来ておったのか」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、ウィストベルは満面の笑みを浮かべて俺の方へ歩み寄ってくる。
「マーミル嬢も一緒か。兄妹仲のよいことじゃな」
「ご無沙汰しております、ウィストベル閣下」
マーミルはサーリスヴォルフに対して披露した挨拶を、今度はウィストベルに向けて行う。
「可愛らしいの。なるほど、ベイルフォウスが気にかけるのもわかるというものじゃ」
「また、ベイルフォウス様?」
マーミルは首を傾げて俺をみる。
すまん、聞かないでくれ。
後日、否定しておくから。
俺たちは座って歓談しようかと思ったが、そこへ魔王陛下とベイルフォウスが兄弟揃って姿を見せた。
「ベイルフォウス。結局来たのね」
サーリスヴォルフが早速声をかけていた。
「ああ、俺だけ欠席ってのもな」
「気にしないでしょう?」
「まあ、しないが」
そう言って女好きの……うん?
サーリスヴォルフは男好きでもあるから……好色な、だな。
好色な二人は気が合うのか、割と軽口を叩き合っている気がする。ちなみに、珍しいことだが、ベイルフォウスがサーリスヴォルフに誘いの目を向けているところは見たことがない。
雌雄同体はさすがにだめなのだろうか。男が混じっている時点で。
ベイルフォウスと一緒にやってきた魔王陛下は、みんなからの挨拶を受けてしまうと、後は誰からも離れて一人座っている。ホントはウィストベルの側にいたいんだろうな……。
ちなみに、全員揃ってみると、家族を連れているのは俺だけだった。そういえば、俺の開いた舞踏会の時だって、ご家族ご家臣団と書いたのに、実際、家族を連れてきていたのはマストヴォーゼだけだったな。
他の大公に家族はいないのか?
答えは否だ。
少なくともプートには妻と子が、サーリスヴォルフには子がいることを聞き及んでいるからな。
ちなみにサーリスヴォルフの子どもって、誰が生んだんだろう?
サーリスヴォルフなのか、相手の女性なのか、母親は一緒なのか、父親は……。
うん、人の家庭の詮索はやめておこう。複雑すぎる。
あと、フォウス兄弟にも両親がいるはずだ。まあ、家族同伴といったって、成人した後は両親を一家に含むことはまずない。親以上の世代はノーカウントだ。
それに、ある意味では今回の食事会には、兄が弟を連れてきたと見えなくもない。俺と会ったときは参加すると言ってたけど、デイセントローズにはあの態度だったからな。
「よう、ジャーイル。マーミルは、今日は髪もちゃんとしてるな」
「もちろんですわ、ベイルフォウス様。この間のベイルフォウス様の結び方も、とてもすてきでしたけど」
親友と妹が会話を始めた途端、サーリスヴォルフの視線がこっちを向いた。野次馬根性丸出しだ。
「ウィストベル」
次にベイルフォウスはウィストベルの手をさりげなく取ると、自然な動作でその甲に口づけた。
「相変わらず、匂い立つ百合のようだな」
うわ。背中になんか走った。
「この間は牡丹じゃったかの? 花以外に例えてみようとはおもわんか?」
「別に何に例えてもいいが、回りくどいのは正直得意じゃない。知ってるだろ? お前だから、サービスで一言付け加えているだけだ」
ベイルフォウスはそう言いながら、ウィストベルの手を放した。
一連のやりとりを見ていた妹が、横でちょっとだけぽーっとなっている。
ちょ、待て、妹よ。おまえ一体何に見ほれている?
単に、シチュエーションが好みだっただけだよな、決してベイルフォウスにうっとりしてるわけじゃないよな!?
「ジャーイル」
妹を気にしていると、ウィストベルに声をかけられた。
「はい?」
彼女は、白い手を差し出してくる。
「主にも口づけを許可するぞ?」
ええ……いや……あの、その……。
俺はちらりと横目で魔王様の様子をうかがってみた。
うわ。
ものっすごく貧乏ゆすりしてる。
あれ、絶対こっちの様子をずっと見てたよ。
嫉妬してるよ、嫉妬。
かわいそうだから、これ以上刺激しないであげよう。
俺はウィストベルに差し出された手を、満面の笑みを浮かべて握りしめた。そう、握手で返したのである。
横でベイルフォウスがため息をついたのがわかった。
妹よ、おまえまでなんだ、そのガッカリしたような顔!
あと、正面のウィストベルから笑みが消えて怖い。
俺の魔王様に対する忠誠心の結果は、三人の心証を害したようだった。
な……なんだよ。だいたい、恥ずかしいだろ。手の甲に唇つけるんだぞ?
平気でやれるほうが、どうかしてるんだよっ!!
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