古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
19.帰宅してホッとしたいと思っていたのですが……

 飛竜の背は割に広い。
 そりゃあ、人間からすると丘にたとえられることもある位の巨躯なのだから、広いのは当たり前だ。
 俺が好んで背に乗る飛竜の翼開長は二十mを越えているし、体高も四mほどある。
 デヴィル族の中でも背に翼のあるものなら、その背に乗るのも簡単だろうが、それ以外のデヴィル族やデーモン族一般だと脚力だのみになる。
 それでも、成人後の魔族ならたやすいだろうが、さすがに面倒くさいと思う者もいるから、登竜機なんていう専用の階段があるわけだ。
 もっとも俺なんかは、逆にちまちま階段をのぼりおりする方が面倒くさいと感じるので、自分の城ではそんなものはほとんど使わない。

 竜たちは魔族には逆らわない。
 自分たちの巨躯に比べると、矮小に思える相手でも、本能で自分たちより強力な存在だと知れるからだ。それは魔族が子供でもかわらず、だからマーミルだって、不意に野生の竜に近づいたところで害される心配はない。
 だが、そんな巨大な飛竜を操るには、それなりの技術がいる。

「そろそろ、騎竜の練習もするか?」
 デイセントローズの城から帰る途中、飛竜の上でそうマーミルに声をかけると、妹はぐるりと半身を回して振り返り、瞳を輝かせた。
「します! 竜に乗れれば、どこへでも一人でいけますもの!」
「いや、あんまりどこへでも一人で勝手にいったら駄目だぞ」

 たとえばベイルフォウスの城に一人で行かれたりしたら、お兄さまはいろんな理由から心労がたまってしまう。
「わかってます。もちろん、領内の話ですわ。お兄さま、もちろんネネネセも一緒でいいでしょう?」
「ああ、双子といわず、長女や次女、三女だってまだなら一緒に教わるといい。もちろん、本人たちにその気がなければ無理にとはいわないが」

 成人しているからといって、魔族全員が一人で竜に乗れるわけではない。最初から人に乗せてもらうのをあてにして、練習しない者もいる。
 だいたいが、どの家でも必ず竜を所持しているというものではないのだ。有爵者で一体も所持していないという家はなかろうが、無爵者ではあり得る。
 もっとも、爵位を得ようという意志があるもので、騎竜の練習をしないものはいないだろう。

「帰ったら、さっそくみんなに伝えます。今は練習できない小さい子たちだって、きっと喜ぶにちがいないわ」
「そうだな。俺からも伝えよう。今日は久しぶりにみんなと晩餐をいただけそうだからな」
「まあ、本当に? 今日は一日ずっと一緒にお食事してますわね!」
 ただ単に、ご飯を一緒に食べるといっただけなのに、妹はとてもうれしそうだ。
 そんなに喜ぶのなら、もう少し晩餐の機会を増やせるように考えてみてもいいが。

「まずは子供の竜で練習するといい。竜番に頭数をそろえておくよう伝えておくから。俺もなるべく、練習をみることにするよ」
 剣と魔術の訓練だって、もう少しみてやるつもりだったのだが、今のところほぼ教師にまかせっきりだ。せめて騎竜の練習ぐらい、つきあってやりたいとおもっている。
「本当に?」
「ああ。毎日は無理だろうが」
「十日に一度でもうれしい! 今日はお兄さまに喜ばせてもらってばっかりですわ!」
 マーミルは短い腕を回して、抱きついてきた。

「それで、薔薇園はどうだった?」
 正直、デイセントローズやサーリスヴォルフと、どんな話をしたのか、興味がある。
 だが、妹は体から力を抜くと、すっと俺の胸から頭を離した。
 どうしたんだ?
 急に無表情に……なんか、目も死んでないか?
「エエ、キレイデシタワ……」
 なんで急に片言になるんだ?

「イロンナ種類ノ薔薇ガ、咲イテイテ、トテモ、キレイデシタワ。庭師ノ方ガ、トテモ熱心ニ、講義ヲシテクダスッテ。ソレハモウ、楽シイ時間デシタ」
「どうした、何かあったのか?」
 そういえば、薔薇園から帰ってきたとき、なんだかいやに勢いよく駆け寄ってきていたな。
「……デイセントローズ大公が、庭で……」
 マーミルの眉がだんだんと中央に寄っていく。

 そうして、妹は飛竜の上で方向転換し、俺と向き合って座り直した。
「私の手をつないできたの。迷子になったらいけないからって。私、そんな子供じゃありません、っていったんですけど、庭は広いからとお聞きにならないんですの。デイセントローズ様の手って私たちと同じ手でしょう。それを、こう……」
 そういって、マーミルは右手で俺の左手を取ると、指と指を絡ませるようにつないできた。いわゆる恋人つなぎ、あれだ。
 デイセントローズはマジで子供好きか。

「さすがに私、お兄さまとか、好きな人とだったら許容できますけど、初めてお会いした方とそれは……それでなんとか抵抗して、ただ軽くつなぐだけでとどめられたんですけど」
 うん、俺もお前ならいいけど、赤の他人とこんなつなぎ方するの嫌だな。
「男の人、それもデヴィル族って体温高い方が多いっていうでしょう? デイセントローズ大公の手も熱くて……それがまた、ちょっと生々しくて」
 うん、お前も子供だからか、体温高いけどな。俺はどちらかというと、低体温な方だから、マーミルの手は結構温かく感じる。
 というわけで、そろそろ手を離さないか?

「そうしたら、そのデイセントローズ大公の逆の腕に、サーリスヴォルフ大公が自分も迷子にならないようにしないと、とかおっしゃって、抱きつくようになさって……その、やたらに体を密着させて、いちゃいちゃと。庭師の方が一生懸命説明してくれたので、そっちを集中して聞くようにがんばりましたけど、正直だいぶ疲れましたわ」
 ……なんてこったい。
 気をつけなきゃならないのは、ベイルフォウスよりむしろデイセントローズとサーリスヴォルフだったようだ。

「それに、サーリスヴォルフ大公は、私にも時々話しかけてきてくださったんですけど、それが決まってベイルフォウス様のことばっかりで」
 ああ、まあ……それは……な……。
「ベイルフォウス様のことが好きかと聞かれたので、誰があんなロリコン変態、って答えておきましたわ」
 マーミルは長いため息をつき、がっくりと肩をおとした。
「とにかく、とっても疲れたんですの。あんなことなら、薔薇園なんて見に行くんじゃなかったわ……」
「まあ、お疲れだったな」
 俺は妹の頭をなでてやった。

 ようやく<断末魔轟き怨嗟満つる城>の威容が目に入ったとき、俺たちは同時にホッとため息をついたのだった。

 ***

 前庭に降り立った飛竜からマーミルを抱えて飛び降りると、エンディオンが待ちかねたように、出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、旦那様。マーミルお嬢様」
「ああ、ただいま。エンディオン」
「ただいま戻りましたわ」
「旦那様もお嬢様も、ずいぶんお疲れのご様子ですね」
 俺とマーミルは顔を見合わせる。
「疲れたな」
「ええ、とっても」

 城内のエントランスホールでは、アレスディアと双子が揃って待ちかまえていた。
「旦那様、お嬢様、お帰りなさいませ」
「ジャーイル閣下、マーミル、お帰りなさい」
 三人の声が揃うが、一対二なのでアレスディアが声量的に負けている。それが気に障ったのだろう。言い終わった瞬間、侍女はこめかみをぴくりとふるわせて双子を一瞥した。

「お嬢様、お疲れでございましょう? ささ、お部屋に戻ってゆっくりいたしましょうね」
「え、なんでそんな優しいの。気持ち悪い」
 いつもは毒舌な侍女の猫なで声に、妹は怪訝顔だ。
「なにをいうのですか、アレスディアはいつも優しいでしょう」
 にっこにこでマーミルから外套を受け取るアレスディア。
「マーミル、お城はどうでした? お話を聞かせてくださいな」
 四女と五女が、声をそろえて両脇から妹を囲む。
「まあまあ、双子姫。お嬢様はお疲れなのですよ。お遊びは明日にしましょうね」
「遊びじゃなくてよ。お話をするだけですわ」

 なんだ、双子とアレスディアがマーミルを取り合っているように見えるのは気のせいか?
 もてもてだな、妹よ。
「とりあえず、お部屋に戻りましょうよ。ゆっくりお茶でも飲みたいわ」
「ええ、私がおいしいお茶を入れてさしあげますよ、お嬢様」
 そういいながら、妹は侍女と双子と行ってしまった。

「なんだ、あれ」
 エンディオンは俺の外套を受け取りつつ、苦笑を浮かべた。
「アレスディアはマストヴォーゼ様のご家族がいらしてから、マーミル姫との時間が減ったことを寂しく感じているようでして」
「まあアレスディアはマーミルが生まれた頃からの侍女だからな。そうか、寂しいか……まあ、親離れはゆっくりやればいいとは思うが、何か問題が起こりそうなら、言ってくれ。アレスディアのことだから、大丈夫だとは思うが」
「はい」

「ところでエンディオン、相談があるんだが」
「はい、何でございましょう」
「とりあえず、執務室に行こうか」
「旦那様。実はお留守の間に、客人がありまして。旦那様がご不在のことは存じているゆえ、お帰りを待つとおっしゃいましたので、応接にお通ししてあるのですが」
 客?
 わざわざ帰りを待つということは、何か大事な用でもあるのだろうか?
「誰?」
 俺は行き先を応接に変えながら尋ねる。
「それが……ワイプキー殿のご息女の、エミリー嬢でして」
 思わず足が止まった。

「え…………何の用で?」
「詳細は……ただ、旦那様とお話がしたいとおっしゃられまして」
 うわあ。何だろ……まさか、この間の続きで世間話をしにきたのか?
 ワイプキーには断ったんだが、本人にはっきり言ったわけでもないから仕方ない。
 俺は覚悟を決めて、応接に向かうことにした。

「大変申し訳ありません、旦那様」
「なんでエンディオンが謝るんだ」
「実は、エミリー様をご案内した応接に、今現在、もう一人おいででして……」
「ワイプキー?」
 父親同伴できたのか。
「いえ、それが……」
 エンディオンはとても言いづらそうだ。
「ジブライール閣下でして」
 は? なんでジブライールが?
 二人は友人なのだろうか?

 とにかく、俺は応接へ向かったのだった。
 なぜか後ろで、エンディオンがとても申し訳なさそうにしてるのが印象的だ。
 だが、理由はすぐにわかった。
 応接に近づくにつれ、喧噪が近づいてくる。

 ん? 喧噪?
 なぜ?

 中から、がしゃん、という破壊音と、誰かの怒鳴る声が響いてきて、俺は思わずノックも忘れて応接の扉を開いた。
「どうした、何の騒ぎだ? い」
 靴の底に感じたじゃりっとした感触。
 足下を見ると、カップの残骸があった。
 そして、中で仁王立ちになってにらみ合うエミリーとジブライール。

 え?
 なに?
 なに、この状況??
 一体どうなってるんだ?

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