古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

間話01 〈修練所〉の運営は持ち回りに決まったので



「ただ待つだけって、結構しんどいものだな」
「あっ、はい、そ、そうですね!」
 それきり俺たちの間に沈黙が訪れる。

 一緒にいるのは今回の同行者の一人、イースだった。
 今俺は、妹の剣術の師である彼と魔王城の北――〈修練所〉の屋外に近頃設置されたテーブルセットに差し向かいで座っている。
 俺たちがここにいるのには、もちろん理由がある。

 この間の会議を経て、今はすでに魔王様がこの〈修練所〉の本運営を始めている。他領からの挑戦者を受け入れ、勝者には魔王領の爵位を授けているのだ。
 そこで実際に自分の運営の番がやってくる前に、いろいろ体験して参考にさせてもらおうと、数人を率いてやってきたのだが――

 俺が全部の棟を順に体験して回ろうとしたら、魔王様直々に止められたのだった。それで仕方なく、体験は同行者に任せてこうしておとなしく外で待っている、というわけだったりする。
 ちなみに、止めたくせに魔王様は暇つぶしにもつきあってくれない。冷たくないだろうか?

「あの……旦那様は先にお帰りになられてもよろしいのではないでしょうか……」
「うん……まあ、そうなんだろうけど、無理矢理連れてきた人もいるからさ、置いて帰るのも悪いかなと思って……」
「旦那様がそのようなことをお気になさらずとも……」
「なんなら君は、もう一度挑戦してきてもいいんだぞ?」
「いえ、もう、私は……」

 イースは頼りなげに首を振った。
 そうだとも。彼だって〈修練所〉体験者のうちの一人だ。決して俺の話し相手のためにここにいるわけではない。
 出かけようとしたところ、ワタワタしている彼に出会った。ついでだからとここまで引っ張って来て、右端の、主に無爵や未成年が挑戦する棟に放り込んだのだ。
 その結果は、同行者四名のうち、最も早くに棟を出てきて俺の話し相手を務めていることからも察せられるだろう。彼と同時に同じ棟に挑戦したもう一人は、まだ中だというのに。
 いや――

「お待たせいたしましたっ!」
 元気よく、少年が右端の棟から飛び出してくる。
 ケルヴィス――彼がイースと共に、右の棟に挑戦してくれた今回の同行者だった。もっとも少年は、すでに何度もこの棟を経験済みらしい。しかも成人済みで挑戦すると男爵位をもらえるという最上階も一度、制覇したのだとか。
 未成年だからまだ爵位はもらえないが、ケルヴィスの実力はとっくに男爵位には収まっていない、ということだ。もっとも、俺の目で見るとその実力は一目瞭然。だが今はまだ、彼自身は段階を踏んで自分の実力を知っていけばいいだろう。
 それにしてもこの年頃の――というよりは、ケルヴィスの成長は著しい。ホントにこの子、末は大公にでもなるんじゃないか……と考えてしまうほどだ。

「本当に僕の意見なんか、お伝えしていいのでしょうか? 参考になるのでしょうか?」
「もちろんだ。俺もこれでも大公だからな。棟の仕掛けについてはある程度、知っている」
 そうとも。運営の中身については、特に内緒にされているものではないのだから。

「でもその実際の効果については、体験してみないとわからないものもあるだろう。だからぜひ、君の体験したこと、思ったことをそのまま聞かせてくれ」
 俺がイースの隣を示すと、少年は緊張の面もちで衣服を正し、それから遠慮がちに椅子に腰掛けた。

 ケルヴィスの語りは、端的だった。
「以前最上階まで行ったときは、そのほとんどが魔術の仕掛けを解く、という方法だったのですが、今回は数名の男爵閣下と実際に戦いました。最初のお相手は――」
 正直、イースの挑戦はあまりに終幕までが早すぎて、その体験談もなんの参考にもならなかったが、ケルヴィスの話は違った。彼は今回もまた、最上階まで制覇してきたという。この短い時間の中で。
 それだけ圧倒的な力を見せつけて攻略したということだろう。

「それで、上に行ったということは、つまりその男爵たちに勝ったのか」
「もちろん、手は抜いていただいているのだと思いますが」
 それはどうだろう。案外、本気で少年に負けたのかもしれない。

 そんな風に少年の感想を聞いている間に、三人目の同行者が真ん中の棟から姿を見せた。ぶつぶつと、不満を口にしながら。
「はあ……なんであたしまで……」
 ピンと立った白い耳、フサフサの頭、プニプニの肉球……ティムレ伯爵だ。

「こういうのはさ、もっと戦闘狂の脳筋に任せればいいんじゃないの?」
 彼女は俺の側までやってくると、肉球を机に押しつけながらそういった。俺に押しつけてくれてもいいのに。
 ちなみに、ティムレ伯が脳筋かそうでないかはこの際おいておくことにしよう。

「そんな奴に任せて、まともな感想が聞けると思いますか? その点ティムレ伯なら、冷静に分析してくれそうじゃないですか」
「めちゃくちゃ強い同位を相手にするかもしれないのに、そんな余裕があるとは限らないでしょ!」
「それならそれで……そういう、配置されてる者のバランスとかもみてほしいんですよ。後々、自分の参考にもなるでしょ?」
「えっ! 自分の参考って……まさか、あたしも〈修練所〉の運営に協力しなきゃいけないわけじゃ……」
「『えっ』て……今更ですか?」

 その可能性を考えなかったというのか、本当に?
 ティムレ伯には当然、真ん中の棟を任せるつもりだった。そうでなくば、嫌がっているのが明らかなのを、命令なんかしてまで強引に連れてきたりしない。
 俺は微笑みながら、ティムレ伯の肩を叩いた。
「頑張ってください、軍団長!」
「ぐ……ぐぬぬ……」
 耳が垂れた。……今ならちょっとさわっても、もしかしてバレないかも?
 だが、あともう少しのところでティムレ伯は俺から離れ、ケルヴィスとは逆の、俺とイースの間の空席に腰掛けた。

「で、実際のところ、どうでした?」
「最初にいっとくけど、あたし、伯爵級の途中までしか行ってないからね!」
 そうなんだ。
「部屋を三つ体験しただけだから。そのうち一部屋はなんか入ったらいきなり部屋の真ん中が爆発して、燃えた石つぶてが飛んできてさ! もちろん防御したけど」
 毎回爆発する仕掛けだったとしたら、その部屋どうなってるんだ。一回目ですでにボコボコか。

「そうかと思うと、次は水の円盤がいくつも飛んできてさ。最初の防御魔術が物理だけ防ぐものだったら、怪我したところだったよ! でも、あれじゃあさぁ、魔術の実力次第って言うより、とっさの反射神経とか魔術の相性とか、そっちの方が重要になってくると思うんだよね。それはそれで、平均的に鍛えられていいのかもしれないけど、なんていうかさぁ……」
 なんだかんだ、グチのように言いながら、ティムレ伯は報告をしてくれた。

「ティムレ伯爵は、ずいぶん閣下とお親しいんですね」
 それまで黙って俺とティムレ伯が会話するのを見ていたケルヴィスが、彼女の話が一段落終わったと見るや、ポツリと感想を漏らす。
「ああ、ティムレ伯は俺の元上司だから」
「親しくなんてないから!」
 和やかに返した俺は、ティムレ伯の力強い否定にへこんだ。

「ケルヴィスくん……だっけ?」
「あ、はい。ティムレ伯爵」
「君、ジャーイル……閣下のこと、ずいぶん尊敬してるみたいだけど」
「はい!」
 いい子だな、ケルヴィス!

「仲良くなりたいんだろうけど」
「仲良くだなんて、そんな、恐れ多いです」
 ケルヴィスはこちらをちらりと見て、大きく首を振った。
「親しくなるなら距離感には注意した方がいいよ。大公に取り入ってるとか、難癖付けられたりするようなこともないとも限らないしさ。ジャーイルはそういうところ、鈍いから」
「にぶ……」
 いや、黙っておこう。もう俺はそろそろ自覚すべきだ。
 たぶん、ホントに鈍いのだろう。これだけ色々な相手にそう言われるのだから。

「それにしても、後一人が遅いな……」
 俺は左端の棟を振り返った。そこはそう、侯爵と公爵の地位を得ようとする者が挑戦する棟だった。
「もうおいといて帰ろうか」
「えっ」
 イースが驚きの声をあげる。
 俺がさっき、みんなを待つと言ったからだろう。

「よろしいのですか、旦那様」
「いいだろ、だってリスだし」
 そう。もう一人の同行者とは誰あろう、我が副司令官ウォクナンだった。
「そうだね、帰ろうか。そもそも御前会議でもないのに、大人数でゾロゾロ行動するってのがなんか変だし」
「ですよねー」
 どうやらティムレ伯も、団体行動はちょっと苦手なようだ。

「ですよねって、そもそも君が無理矢理連れてきたんじゃないか。こういうつもりなら、勝手に調査でも体験でもしておくようにって命令くれるだけでよかったのにさ」
「後の者にはそうしますよ」
 当然、〈修練所〉の運営を任せる相手はウォクナンとティムレ伯だけではない。他の副司令官もだし、軍団長全員もだ。
 もちろん、イースとケルヴィスはその対象ではない。彼らからは、純粋な体験談を聞きたくて同行を請うたのだ。

「じゃ、帰りましょうか」
 俺が立ち上がり、みんなも立ち上がったその時だった。
「ぶうっほほほぅ!!! お待たせしました!」
 奇声のような笑い声を青い空いっぱいに響かせて、左の棟から出てきたのは、言わずもがな。ウォクナンだ。
「いやぁ、楽しい経験でした!」
 リスはそう言って、ゴリラ胸を叩きながら近寄ってきた。
 そうしてせっかく全員立ち上がったのに、場の空気も読まずに椅子に腰掛ける。

「彼女――カイローはデヴィル族の公爵でしてな――。強く美しく気高く、実に理知的な女性でした」
 まさかその一人とだけ、これだけ長い間戦っていたというわけではないだろうに、リスの感想はその彼女だけに限られているようだった。
「我々は、死闘を演じました。ええ、見ている者がいれば、それはもう演舞のように感じたことでしょう――優雅で雄々しい舞――。魔術を合わせ、手を合わせ、視線を合わせる我々の間に、徐々にお互いを思う心がわき起こり――そう、戦ううちに、私と彼女の心が通じ合ったのです!」
 俺はリス以外の全員に、視線で合図を送った。もちろん、ここを立ち去るための合図だ。

「いつしか我々は、戦うのをやめました。私と彼女は一歩ずつ、歩み寄り――ああ、あのとき我が胸を開いてみせれば、その心臓は早鐘を打った姿を見せていたことでありましょう! そうして私は彼女に手を差しだし――彼女は私の手を握り――こう、こうです、こう!!」
 どうやら本当にリスはその女性とだけ、長時間一緒にいたのかもしれない。
 だが、どうでもいい。

「ここまで来たんだ。せっかくですから、お昼ご馳走になって帰りません?」
「えー。あたしは早く帰りたいよ。別行動でもいい?」
 リスなどどうでもいい。だが、ティムレ伯の素っ気なさよ。
「せっかく一緒に来たんだから、楽しんで帰りましょうよ」
 一人、話に熱中するウォクナンを置いて、俺たちはその場を離れていったのだった。
「魔王様のとこの料理人も、なかなか腕はいいですよ。そうだ、ついでに〈官僚区〉も見ていきましょうよ。あそこもなかなか、面白い建物がありましてね――っていうか、いきました? 三層に分かれた内部はまるで――」
 ティムレ伯のリスを見る目と俺を見る目が、まさか同種のものであるとは心中思いもよらず――


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