古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

2 アリネーゼがうちにやってくる理由といえば



 アリネーゼの来城までには、なんとか出迎えの体裁を整えられたようだ。
 城門のこちら側、竜の着陸地あたりから本棟まで、ずらりと我が家臣が両脇を飾っている。デーモン・デヴィルの区別はなく、役職の順に。
 そこへ謁見を終えて駆けつけると、ちょうどアリネーゼが竜から降りて、家臣の列の間に歩み出したところだった。

「急なことでごめんなさいね」
 ゆったり歩いてやってきて、彼女はそう気怠そうに言った。
 俺にはこの目があるから、魔力でアリネーゼと知れるが、そうでなければ声を聞くまで誰とは知れなかったかもしれない。
 なにせ特徴的な犀のその頭は、すっぽりと厚いヴェールで覆われていたのだから。

「いや、よく来てくれた。さあ、中へどうぞ」
 アリネーゼが城内へ足を踏み入れた瞬間、出迎えの面々がホッと表情をゆるめたのを見て取った。

「しかし、本当にずいぶん急だな」
「ええ、本来ならもっと余裕をもって先触れを出して、訪問したかったのだけれど……そうもいかなくなったのよ。事態は急を要するものだから」
 いつも通りゆったりと話すのを心がけているようでも、その声音にはせっぱ詰まったような硬さが感じられた。
「話は昼食でもとりながら、ということでいいだろう?」
「せっかくだけど、お食事は後にしてくださる? 私は一刻も早く、安心したいのよ。それにこれは――」
 アリネーゼは扇を開いて口元に立てかけ、殊更声を潜めて囁く。
「しばらくあなたと私、二人だけが知る話にしていただきたいの」
 急を要する、二人だけの秘密?
「……ああ、承知した。なら先に用件をすませてしまおう」
 なんだか嫌な予感にまみれつつ、俺はアリネーゼを城内最上の応接室へ招いた。

 ***

「あなたは察してくれているでしょうけど」
 アリネーゼは人払いをした応接室で、湯気の立つ紅茶で喉を潤してから、そう言った。
 もっとも、未だにヴェールは脱いでいない。
 取ったらいいのに。飲みにくいだろうに。
 でもあえてそれを勧めはしまい。どこぞの迷惑な侍女のように、全部脱げと言っているように曲解されても困るからだ。
 何度か紅茶を口に含み、ふう、と一息つくと、ヴェールが微かに揺れる。
 そうしてやっと、アリネーゼはおもむろに言葉を紡ぎだしたのだった。

「今日来たのはもちろん、あなたに誓約を果たしてもらうため、なのよ」
「だろうな」
 デーモン族嫌いの彼女がこの城にやってくる理由なんて、他にはないじゃないか。
 俺は背を正す。
 秘密裏に、一体どんな要求をされるのか……。

「まずは、これを見てちょうだい……」
 アリネーゼはそこでようやくヴェールを脱ぐ。
 その下から現れたのは、かつてデヴィル族一を誇った美貌の跡形もなく、醜くゆがんだ顔の――と、でもなるかと思ったのに。

「あまりの醜さに、声もないようね……」
 えっ……あ、いえ……醜さ?
 醜いのか? どこが?
 俺が黙っていたのは、なにも彼女のいうように、その醜さに驚いたからではない。
 むしろいつもとの変化のなさに、特別感想も沸き上がってこなかっただけのこどだ。
 うん、ふつうに犀だった。猫の目をした犀の顔――いつものアリネーゼだ。

 見てちょうだい、といわれても、それ以上の感想が湧かない。
 別に彼女の足とかみたいに頬が爛れているわけでなし、肌質が灰色でゴワゴワしてるのはいつもだし……。
 ついでに、俺が切った角も、立派に天を向いて元の場所に鎮座している。

 ……?
 あ、わかった! 睫毛が短い!
 ……でもあれ、もともと自前じゃなかったよな?
 やっぱり違いがわからない。

「いや、醜くだなんて……」
「いいのよ。気を使ってくれなくても」
 あ、いえ……むしろ、ホントにどこが違うのか、正解を教えて欲しいほどなのですが……。
 なんか、逆にすみません。
 その、繊細な違いがわからなくてすみません。
 ほんとに返答に困る。合いの手もうかつに入れられない。どうしよう……。
 いや、こう言うときは黙ってるに限る!
 魔王深謀して語らず、だ。俺、魔王じゃないけど!

 俺の戸惑いの真意に気付かず、アリネーゼは自虐的な笑みを浮かべる。
「かつてはデヴィル族とデーモン族とはいえ、魔族一の美しさをウィストベルと競ったこの私が、今ではこんな……」
 アリネーゼは言葉を詰まらせた。気を落ち着かせるように吐いた息が、かすかに震えている。
 彼女がその猫目を閉じている間、俺はただひたすら黙って待ち続けた。ほどよい温度になったであろう紅茶をすするのさえ、じっと我慢して。

「……ごめんなさい。醜態を見せたわね」
「いや……」
 ようやく犀の角が上を向く。
 めずらしくしっかりと開かれた猫目には、強い光が浮かんでいた。
「私と、同盟を結んでちょうだい」
 ……。
 …………。
 ………………。

「え……?」
「あなたと私の間の同盟――それが、私が誓約の代償として求める結果よ」
「……え?」

 アリネーゼはなんと言った?
 聞き間違えたか?
 同盟、と言ったように聞こえたのだが。
 俺と同盟を結びたい、と……。
 ああ、言った。二度も言った。

「理解していただけた? あなたと私で、同盟を結ぶのよ」
 三度も言った!

 もちろん、デーモン族嫌いで知られる彼女が、この場でそんな冗談を言うはずがない。
 本気――の、はずだ。
 しかし、こんな突拍子もないことを……本気で……?
 なにかよほどの事情でもあるのだろうか。

「なぜ――」
「私は近々、奪爵されるわ」

 ――なんだって?
 今、なんかものすごく重要なことを、サラッと言われた気がするけども。

「挑戦状が届いた、とか?」
「いいえ。そんな回りくどいことではないわ。直接、本人から宣言されたのよ。昨日、ついにね――」
 お前の地位を奪ってみせる、と、前もって言われたわけか。
 それで、昨日の今日で俺のところに駆け込んできた?
 同盟を結ぶために?

「相手がその機会をうかがって、腕を磨いていたのは知っていたわ」
 つまり、元から要注意人物だったということか。
「だから私は、つけ込まれる隙がないよう、自身の身を律し、その相手を力で威嚇牽制し続けてきた――けれど、先日の大公位争奪戦で……私の大公内での弱さが露呈し、更に……」
 アリネーゼはぐっと、スカートの上から左の膝をつかんだ。
「私は脚と――それから力を失った……あなたにはわからないいかもしれないけど、驚くほど、随分――」
 口ごもったのは、真実が辛すぎたせいかもしれない。
「弱くなっているのよ」

 確かに――
 そもそもが、アリネーゼは今の大公の中ではそれほどの強者ではない。三位にいたというのも、タイミングが良かっただけとも思える。
 故に、総当たりの大公位争奪戦ではその実力通り、すべての大公に敗れた。
 さらに左脚を失った彼女の魔力は、その告白通り、今は以前よりぐっと弱まっている。

 魔族といえども、魔力の上限にはもちろん個人差があるが、そこに達した、または達していないからといって、弱体化しないというわけでは決してない。鍛えれば強くなるのと同様に、なにかのきっかけで弱くなることもあり得るのだ。
 それは魔道具などに魔力を奪われる、という理由ばかりがその原因ではない。
 勝負に惨敗し、あまつさえ身体の一部を失い、心が折れたこととて、十分その事由となり得る。今のアリネーゼがそうであるように。

「おそらく、今の私では、彼女に勝てない――」
 彼女――アリネーゼに挑戦してくるのは、女性なのか。
 だが、自らが相手より弱くなったという自覚があり、奪爵が予測できるからといって、なぜそのタイミングで俺に同盟などいいだすのだろう?
 だが逆に、このタイミングでそれを望んでくるというのであれば、理由はただ一つ、ともいえる。

「つまりあなたは、俺に同盟者となって、自分亡き後の三名の夫と子供らの保護を頼みたい、というわけか」
 現在、マストヴォーゼの妻と娘たちをそうしているように。
「ええ、そう考えるのが妥当でしょうね」
「違うのか?」
「いえ……その通りよ」

 やはり、そうなのか。
 だが、すでに彼女には同盟者がいる。それも三人も。
 プートとサーリスヴォルフと、それからデイセントローズだ。
 デヴィル族の大公全てと、彼女は同盟を結んでいるというのに……。
 なぜ、その誰でもなく、この俺に?
「デヴィル族の大公は全て、君の同盟者だろう? そのうちの誰かに頼めばいいのでは?」
 俺の疑問に、アリネーゼは表情を曇らせた。


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