恐怖大公の平穏な日常
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4 内緒と言っても、実際には完全に内緒にはできません
さてさて、困ったぞ。
あの後、アリネーゼは昼食を俺の家族と楽しんだ後、来たときのようにヴェールを被って、夕刻までには帰って行った。
同盟のことについてはしばらくの間、伏せて欲しいといわれ、俺がそれを了承したために、その食卓でも発表はしていない。
別にウィストベルにバレる日を、少しでも遅くすむようにと、往生際悪く願ったためではない。件の奪爵者に情報が漏れないように、との配慮の結果だ。
しかしそうなると、おそらく周囲にはデヴィル族嫌いで知られるアリネーゼが、なんの理由で俺の城を尋ねたのだ、という疑いが生じてくるだろう。
その疑問への先手として、アリネーゼは奪爵宣言を受けたことについては隠そうとはせず、公にすることでその言い訳としたのだった。
彼女は自分が負けると思っているわけではないが、と、前置きした後、食卓でこう語った。
「このところ立て続けにおきた不運のせいで、少し気弱になってしまっているのですわ。それに万が一、ということもあるでしょう? それで、この近年ではもっとも最近の大公位奪爵の体験者であるあなたに、こうしてお願いにあがったのよ。その時の経験を、参考に聞かせていただけないかしら」
これは俺やマーミルに向かって放たれた言葉ではない。
俺は奪爵者であり、マーミルは勝者の家族だからだ。
アリネーゼの言葉は、夫を亡くし寡婦となった、スメルスフォに向けられた言葉だった。
アリネーゼが自ら認めた通り、美男美女コンテストでの敗北と、大公位争奪戦で全敗し、最下位となった〈不運〉な事実――そこへ畳みかけるような奪爵宣言と聞くと、夫と家族を心配するあまり、いてもたってもいられなくなったという彼女の言い分は、納得のいくものだったらしい。少し気弱になったというその言葉を、誰も疑った様子はなかった。
もっとも、真実が多分に含まれていたからこその、説得力だったのかもしれないが。
スメルスフォは夫が奪爵された後のこまごました体験談を、感情は交えず淡々と語った。だがそれでも十分、その内容は夫に対する深い愛情と恋慕を感じられるもので、逆に聞き手たちの情緒に訴えかけるものだった。
ことにアリネーゼは、夫や子どもたちの身の上に置き換えて想像されたのか、何度か目頭をハンカチで押さえてもいた。
当事者である二十五名の娘たちも、当時が思い出されたのだろう。物思いにふけるように遠くを見やったり、泣き出してしまった娘もいて、つられて俺とマーミルも、なんだか感傷的な気分に浸ってしまったのだった。
だが奪爵の経験談の後は、むしろ穏やかで優しい昼食会の様相を呈していた。
俺が意外に感じたことに、アリネーゼとスメルスフォの仲が存外良好だったためだ。二人は親しげに昔話――主にマストヴォーゼについての思い出話に花を咲かせ、娘たちも今度はそれを喜んで聞いた。
いいおっちゃんだったもんな、マストヴォーゼ。俺もいつか家族を残して逝ったときは、こんな風に優しく語られたいものだ。
まあそんな風に、彼女の来訪自体は問題なく過ぎたのだが……。
アリネーゼは誰にもいうな、と望んだが、本当に誰にもあかさずいるわけにはいかない。本来なら家令と筆頭侍従には、というところだが、今はエンディオンがいないので、自然セルクだけに伝えることになる。
だが彼と打ち合わせた結果、やはり家令代理にも話を通す必要があるということになり、二人で協力してそれとなくアリネーゼたち一家がやってきたときの準備を整えておいてくれるよう、頼んだのだった。
それからもう一つ。大至急、かからなければならないことができた。
図書館の増改築だ。
というのも、もちろんアリネーゼが奪爵されるまでに、ウィストベルを招いて事情を話しておく必要がある、と判断したからだった。
ぐずぐず決めかねていた施工案に決定をだし、さっそく翌日から工事に入ることに決定した。
そうして、その工事の始まる初日――
俺は城を出て、魔王城にいた。
「ほんと、優秀な家令の存在って大事ですよね。いや、今までももちろん、そんなことはわかってたつもりだったんですが、でも、いなくなって余計、その存在が大きく感じられることってあるじゃないですか?」
俺は現在、久しぶりに魔王城にいる。
別にエンディオンのいない苦労を、魔王様に聞かせにわざわざやって来たわけではない。
そう――
「いい加減にしろ。余がそなたを呼びつけたのは、家令不在の愚痴を聞くためではない。自重したらどうなのだ」
魔王様が、俺を呼び出したのだから。
「逆に、呼びつけたんだから、ちょっとくらい聞いてくれてもいいのに……あ、いえ、何もいってません」
魔王様が口を開きかけたので、きっとお小言だと察して慌てて手を振る。
ちなみに、呼びつけられた場所は、いつもの執務室だった。だというのになぜか、あるべき応接セットがない。
用がある者は立っていろとばかりに、絨毯の敷かれた空間だけが広がっているのだ。
俺がこれから馴染むつもりだった長椅子は、どこにいってしまったのか――これじゃゆっくりお茶も飲めやしない。
「そなたは――愚痴など言う前に、報告すべきことがあるのではないのか?」
なんだって!? もう?
アリネーゼが報告したのだろうか。
「さすが魔王様。お耳が早い――いや、もちろん魔王様にだけは、先に報告するつもりではあったんです。俺は寵臣だし――でもまさか、アリネーゼの方から連絡が先にいくだなんて」
「……アリネーゼ?」
魔王様の眉間に縦皺が走る。
あれ?
「アリネーゼとの同盟をお聞きになったんじゃ……」
「アリネーゼとの同盟、だと?」
あれ? 知らなかった?
「え? じゃあ、他に何の用件で……」
「サラッと重要なことを流そうとするな。アリネーゼと同盟を結んだのか?」
「あ、はい。行きがかり上……」
「行きがかり上?」
「いやぁ……ほら、俺が以前ロリコン伯を殺ったことはご存じでしょ?」
「ああ」
「あのとき色々……アリネーゼと約束してたんで、その結果……同盟を結ぶことになったわけでして」
俺の簡単な説明に、魔王様は暫く沈黙をもたらした後、こう言った。
「……大公同士の事情を全て詳細に報告しろ、とまでは言わん。だが、介入せざるを得ん面倒事は起こしてくれるなよ」
「もちろんです!」
俺は全くそんなもの、起こすつもりもない。
平和に平穏に、大人しく暮らす、というのが一番の望みだというのに。
「ウィストベルはすでに承知の話か?」
「いえ、まだです。ですがそろそろうちの城に招待するので、その時に話そうかと……ご心配なく、お怒りは覚悟の上です」
「それだ」
それ? どれだ?
「ウィストベルを招く時期を、なぜ報告してこん」
「は?」
報告ってなに。
「俺とウィストベルは同盟者ですし、行き来くらい……」
だいたいたった今、大公同士の事情は全て報告しなくていいって、自分から言ったよね?
「余を誰だと思っておる」
「配下の動向に寛大な、魔王ルデルフォウス陛下」
「配下の動向には寛大でも……ウィストベルはただの配下、ではない。そなたも知っておるであろう」
「それはもちろん。本当はウィストベルの方が、魔王様より強……」
「ではなくて! ウィストベルは、余のなんだ!?」
ええ……そっち!?
「言ってみろ、ウィストベルは余の!?」
うわぁ……面倒くさい……。
「恋人……とか?」
「とか? とはなんだ、とか、とは!」
魔王様、ウィストベルが絡んだとたんに面倒になるの、止めてくれないかな……。
「公然の、恋人、です」
俺はため息とともに吐き出した。
満足そうにドヤ顔する魔王様からは、目をそらしておこう。
「わかっているであろうな? 万が一にも間違いのないよう、もてなすのだぞ?」
「もちろんです」
俺は棒読みでそう答えた。
間違いってなんだよ。俺とウィストベルの間で、まだそんな心配してるのか、魔王様。
まあ、ウィストベルも誘惑してくるの止めないからな……気持ちはわかるけど。
「では、予定をここに書き出せ」
そう言って、魔王様は執務机の上に自身の紋章が入った一枚の白紙を差し出す。
……本気なのか?
「早くしろ」
促されたので仕方なく、おおざっぱな予定を書き出す。
魔王様はそれをじっとり見ながら、何か思案しているようではあったが、それでも事細かには追求はしてこなかった。それだけでも良しとしよう。
けど……まさか予定表に添って、想像でもするのか?
後でまた呼び出されても、暫く忙しいのを言い訳して、魔王城には近づかないようにしよう。
「あ、それからついでに報告しておきますね。ご存じだと思いますが、アリネーゼ、どうやら奪爵されそうなので」
「なに!?」
魔王様は予定表から、鋭い視線をあげる。
「奪爵を宣言してきた相手に、アリネーゼは負ける確信があるらしくて。それで俺と急遽同盟を結んだという訳で――」
「貴様は、どうしてそう、報告の順番を間違うのだ」
えー……。
だってアリネーゼの奪爵宣言のことなら、魔王様の方がよっぽど聞き及んでいるだろうと思ったのに……。
「だいたい、そのタイミングで同盟だなどと……まさかアリネーゼの家族でも、引き取ってやる約束をしたというのではないだろうな?」
察しがいいなぁ。まあ、家族だけじゃなくて、本人込みなんだけど。
「あの……この件、ウィストベルにはまだ言わないでくださいね」
「言えるか、こんなこと。貴様が自分で話して、殺されかけでもするがいい。いや、いっそ殺されればいいのに」
ちょ、魔王様……! 本音、本音……本音?
いやいや、冗談に決まっているではないか。
「詳しい事情を話すとですね――」
「これ以上の報告など不要だ」
「えっ。さっきは言えって言ったくせに……」
「余を巻き込むな」
「そんな情けないこと言わないでください」
「黙れ。そして、とっとと帰れ。なんなら今日は、来なかったことにしても良いぞ」
魔王様は面倒くさそうに、手を振る。
「まったく、お前はどうして誰からも彼からも、こう――」
言い掛けて、魔王様はハッとしたように口を閉ざした。
「こう……なんです?」
「……なんでもない」
平静な様子で口をつぐむところが、ちょっと怪しい。
「誰からも彼からも……あ、俺が頼られてるってことですか? それとも甘えられてる、かな? もしかして口をつぐんだのも、ご自身も思い当たる節があったからですか?」
「バカをいうな。脳に蛆でも沸いたか」
「魔王様に割られすぎて、支障が……」
俺の言葉に、魔王様はピクリとこめかみを震わせた。
「言うようになったではないか、お前も……」
「成長を認めてくださって、ありがとうございます」
俺はニコリと微笑んだ。
今日は頭を割られなかったことを、付け加えておこう。
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