古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

7 お母さんは、料理がお上手?



「いかにウィストベルが同盟者とはいえ、その話をするのにここは不適切だ。もちろん、詳細を語る用意はある。だが、俺の城に帰ってからということにしていただきたい」
「だめじゃ」
 ウィストベルはきっぱりと拒絶する。
 頑張って言いにくい口調で長い台詞を言ったのに!
「なぜなら私は今宵、主の城には滞在せぬゆえ」
「え?」
「女同士の親交を、この際いっそう深めることにしたのじゃ」

 つまり、今日はこの男爵邸に泊まっていくということか?
 いや、まあ――俺だって今の状態のウィストベルが自分の城に泊まる、という事態に危機感を覚えてはいたが――
「明日までは、待たぬ。今ここで、説明するが良い」
 俺はダァルリースとミディリース母娘を見た。
 ここでと言われても、いくらなんでも奪爵やら同盟やらの詳細を、彼女たちにまで聞かせていいはずがない。

「どうしても主の城で……というのなら」
 俺が無言で困惑していると、ウィストベルはぐっと顔を近づけ、こう言った。
「今宵一晩、閨の中でしか聞かぬ」

 くどいようだが、今の魔力の弱いウィストベルには本能的な恐怖は感じない。後のことを考えれば恐ろしいが、彼女の魔力が回復するまでは、ただ一人の女性としかこの目には写らないのだ。それも、この上なく官能的な肢体をした、絶世の美女、だ。
 その美女に耳元で囁かれてみろ。これで揺るがない男がどこにいる? 別の意味で本能的にやばい。
 思わずクラッとしかけたが――脳裏にとある二人の顔が浮かぶ。

「……魔王様が泣きますよ」
「それはまた、そそられるの」
 ウィストベルは極めて嗜虐的に笑ってみせた。
 ……かわいそうに、魔王様。
 俺はウィストベルの手を優しくつかみ、自分の首筋からそっとひきはがす。
 謎怪力の手に急所をつかまれたまま答えるなんて、そんな恐ろしいことできるわけないじゃないか。

「どちらも承服しかねる――と、言ったら?」
 柳眉が跳ね上がる。
「なに?」
「今この場で、事情を話す訳にはいかない。さっきも言ったとおりだ。これは名誉にかかわることだし――といって、同衾もいたしかねる」
「ほう……」

 ウィストベルの底冷えするような声に、ダァルリースは険しい表情を浮かべ、ミディリースが怯えをみせ、室内の空気が凍り付く。
 正直、俺も尻込みしそうになったが、態度には出さずになんとか持ちこたえてみせた。
「一体、誰の名誉を考慮する必要があるのやら――だがそれを通すというのなら、そうじゃの……」
 ウィストベルはしばし思い悩んだ風を見せた。それから、さもいいことを思いついたというように、俺に向かってしごく意地の悪そうな笑みを向けてくる。
「代わりに別の話でも披露してもらおうか?」
「別の話?」
「コンテストの奉仕の日の話を聞かせてもらおう」
 ……は?

「いや……え、意味がわからない……」
「すでに終えたのじゃろう?」
「それは――まあ――」
「主の相手はあの、リリアニースタであったはず」
「なぜ、彼女をご存じで……」
「三百年前のコンテストでは、同じ壇上に立った間柄じゃ。それに、あの娘は先の魔王の頃から、あちこちで派手な振る舞いをして目立っておったしな」

 リリアニースタ! ウィストベルにまで喧嘩を売ったことがあるってんじゃないだろうな!?
 そこまで命知らずじゃないよな!?
 でもどうだろう! 結構無謀な性格してそうだもんね!

「ルデルフォウス……陛下なら、もっとよく知っておろうよ。陛下が大公位にある時代から……いや、もしかするともっと以前から、ずいぶん秋波を送られていたはずじゃ」
「えっ!」
 リリアニースタが魔王様に言い寄っていた、だって!?
 ちょっと想像つかない。だが、罷り間違えば、ジブライールは魔王様の娘だった可能性もあるってことか!?
 っていうか、ウィストベルの微笑が、さっきとは違う意味でちょっと怖い。

 それにしても……ウィストベルが先代魔王に囚われていたらしいことは承知しているが、魔王様の公爵時代のことも知っているということは、少なくともダァルリースのようにがんじがらめに監禁されていた訳ではないのか?

「で、どうなのじゃ。さすがに主も堪能したのであろう? 全身全霊をもってのもてなしを」
「それは……」

 俺は席についたままの母娘を見た。
 ダァルリースはともかく、あろうことかミディリースまで興味津々の体ではないか。
 だが、言える訳がない。リリアニースタ本人ではなく、その娘と一夜を共にしたとは……しかも、ほんとにただ横になって、隣同士で寝ただけだなんて……!
 もっとも俺は不眠を貫いたが、そんなこと、余計に言えるはずがない!
 ジブライールのためだけではない。俺の名誉のためにもだ!

「それこそ、ミディリースに聞かせる話じゃ……」
「外見にだまされておらぬか? ミディリースとて、立派な成人女性じゃ。艶聞を耳にしたからといって、怯むような年ではないわ」
 確かに……なんかむしろ、さっきまでの辟易とした様子はどこへやら、瞳が爛々と輝いて楽しそうですもんね!
 無言でうんうん頷いてますもんね!
 こんなことならさっき助け船を出して、恩を売っておくんだった!
 俺は覚悟を決めた。

「いいだろう。だが、俺が話すのなら、ウィストベルにだって同様に、自分の奉仕の内容を話してもらう。でないと不公平だ」
 それは苦し紛れに放った言葉だった。「もちろんいいとも」という言葉が返ってくるとばかり思ったのに……意外にも、ウィストベルは今までに見せたことのないようなためらいを、その瞳に浮かべたのだ。
「私とて、明かせぬ夜もある」
 初めて耳にしたような、妙に婀娜っぽい弱気な声だ。

 ちょっと待て。
 ウィストベルの相手は、聞いたこともないような名の者だったはず。俺の無知だけではなく、あのときの周囲の反応を見ても、目立つような高位の者ではなかったろうに……なのに今のウィストベルは、まるで色事を知らぬ乙女のようにも見えるではないか。
 一体、なにがあった……このウィストベルが恥じらうような何かが、その相手との間にあったというのか?
 ……。
 とにかく魔王様! 頑張って!
 俺はそのとき、どういう訳だか魔王様に心底からの同情を覚えたのだった。

「よかろう。痛み分けといたそう」
 俺は心底ホッとした。だがどうも、ただ遊ばれているだけのような気がしないでもない。
 なんにせよ言葉の上だけでも強気に出られるというのは、勢いが欲しいときには開き直れていいものだ。
 もしかするとウィストベルは、こういう俺の心境に対する影響を理解した上で、命れ――ごほん、提案したのかもしれない。

「よろしいでしょうか?」
 ダァルリースの凛とした声に、空気が改まる。
「時間も頃合いですし、そろそろ昼食の用意にかかろうかと存じます。大公閣下方、よろしければぜひ、調理の様子を見学なさいませんか?」
 お互い困惑に足を踏み入れかけていた俺とウィストベルは、そこで会話を中断し、ダァルリースの提案に乗ることにした。

 そうして広い庭に設けられた特設調理場で、ダァルリースが大胆に包丁をふるって大蛇を細切れにし、生で、あるいは串刺しにして煮る、焼く、炒めるといった調理法を披露するのを、暫く大人しく見学することになったのだった。
 もっとも――俺は心の中で大いにつっこんだものだ。
 まさか、食卓に出される料理は全て、大蛇を具材に使ったものではなかろうな……と。
 結果はその通りだった。

 さすがに大蛇しか無いわけではなかったにしても――その血を混ぜた赤黒い食前酒、苦い毒満載の刺身、肉汁どころか身、そのものが爛れた肉厚のステーキ。サラダには乾燥させて細切れにした皮が混じっていたし、長い舌を細長く切った肉巻き、紫色の骨付き肉、白く濁った巨大な目玉の串焼き……等々。
 ハッキリ言おう。見た目はとても、グロテスクだった。
 魔族は確かに残虐な行為を好むが、だからといって美的感覚までグロテスクに傾いているわけではない。
 ――少なくとも、俺は違う。
 並んだ料理を見た瞬間、口に入れるのに躊躇いを感じても、仕方のないことではないだろうか。

 だが――あろうことか……。
 味は良かった……美味しかったんだ!
 時々舌がピリッとしたり、焼かれたように熱く感じたりはしたが、それでもその料理のほとんどは……あろうことか美味だったのだ。苦みの強い刺身でさえ……。

「あの……もしよければ、肉が余ってたら、でいいんだけど、ちょっともらって帰っていいかな……」
 思わずそう口走ってしまったほどに。
「ちょっとなどとおっしゃらず、よろしければ一頭まるまる、お届けいたしますよ」
 ダァルリースにそう約束されて、ちょっとだけ舞い上がったのは内緒だ。

 そうしてその日は結局晩餐まで招待を受け、マーミルもとっくに就寝しているであろう時刻に、ウィストベルを置いて俺一人で大公城へ帰城し、簡単にシャワーだけ浴びて疲れ切った気持ちで寝具へと潜りこんだのだ。
 毎回、ダァルリースとミディリース母娘というのも面倒だから、今度から心中ではリース母娘と言い表そう。そんなつまらないことを考えながら。

 まさかその夜中に叩き起こされる羽目になるとは、露とも考えず。


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