古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

18 僕、挑戦される率、高くないですか?



 思えばアリネーゼの存在は、貴重だったのではなかろうか。
 ウィストベルと魔力とか魔術とかではなく、美貌の点で張り合いいがみ合う姿は、彼女たちの意志とは関係なく、見ている者にどこか親しみを感じさせる効果もあったのではないだろうか。
 ただ黙っているだけの美人がこれほど怖いとは、誰が考えただろう。
 ……まあ、ただ黙ってるだけじゃなくて、実際気が立ってもいるんだろうが。

「せめて初対戦の相手には、それなりの礼儀をもって応じるべきではないのか? それとも上の空で対峙するその姿が、大公二位としての余裕を示しているとの考えか?」
 メイヴェルの毅然とした口調に、現実に引き戻された。

 俺とメイヴェルは、すでに魔王城の前地で対峙している。〈大階段〉を降りきった平原がそうだ。
 付き合って平地に降りているのは、ウィストベルただ一人。後の大公は〈大階段〉の上、あるいは途中のどこかと、好きな場所からの観戦だ。

「ああ、悪かった。どうも気がかりが多すぎてな……」
「では、その憂いをこの私が一つ、減らしてやろう」
 水牛はニタリ、と笑い、堂々とした魔王立ちを披露した。
「私がこの勝負に勝って、得られるのは二位の地位だけではない。何を欲しているかは……言わずともわかるだろう?」
 おっと。そうきたか。
「新任の頃から強気なのは魔族の強者らしくて結構だが、浮かれるのは今日までにするが賢明だぞ。先達として、その身に謙虚さというものを思い出させてやろう」
 随分挑発的な言葉に、俺もついつい強い言葉を返してしまった。
 どうも近頃、謙虚さが足りないのは俺の方かもしれない――

「好きに始めるがよい。私は判定をするだけじゃ」
 しかしウィストベルの言葉が合図となったように、メイヴェルが大地を蹴る。
 もちろん、ただの野生の水牛とは、迫力もスピードも違う。それはかつての競竜の勇姿を思い起こさせる、雄々しい水牛の突進だった。
 二本の太い角が、俺の心臓をめがけて向かってくる。
 交わしたその場所に、野太く長い竜の尾が鞭のようにしなって俺を叩こうとした。それも避けた先に仕掛けられていたのは百式魔術――大地から轟々と立ち上る、鉄をも溶かす火柱だ。

 俺はレイブレイズを引き抜き、間一髪でそれを凪ぐ。瞬間その場所で上下に分断するように、猛火が消えた。
 一閃の隙間を抜け、魔剣を鞘に仕舞う。こちらも百式で応戦だ。
 プートの傀儡人形……とまではいかない、もっとコンパクトな土の壁。それでメイヴェルを挟み込む。
 その速さは、彼女の突進速度より勝っていよう。避けられるはずはなかった。
 だが、それを――
「ふんぬっ」
 メイヴェルは、魔術ではなく拳と脚で砕いたのだ。

 ……おいおい。
 これ以上、大公に筋肉馬鹿が増えるとか……勘弁してくれ。
 いや、待て。あの爬虫類の拳を飾っているトゲトゲのついた鉄甲、あれが魔道具か。……にしても、筋力増量の効果しかなさそうな気がする。
 しかし、呆気にとられている暇はない。

 俺はすかさず、このところ気に入っている造形魔術を展開する。
 プートの傀儡人形の時にも披露した、黄金の虎。それを二頭出現させて、メイヴェルに向かわせたのだ。
 メイヴェルは迎え撃つように、腰から引き抜いた魔斧を右手に構える。左手からは別の攻撃を放ってきた。
 宙を裂くように伸びてくる、鎖のついた幅広の枷――それはこの手に掴もうとした刹那、目の前から軌道を翻して俺の左手首に巻き付いた。
 それと同時に、枷の内側に鋭いトゲが伸びて手首を刺す。
 それはただの物理攻撃ではなかった。予想だにし得なかったことに、刺されたその瞬間、俺の造形魔術が霧散したのだ。
 そう――あと一歩でメイヴェルに届きかけていた虎の爪が――たちまち二頭の虎、そのものが、塵と化したのである。

「なに!?」
 今まで戦ってきたどの相手にも、これほどの驚きを感じたことはなかった。プートと対峙した時でさえ、その強さに舌を巻きはしたが、驚きは感じなかった。
 誰もがみな、予想通りの強さと想定内の魔術を披露してくれたからだ。
 メイヴェルは、魔力の強さは俺に遙かに劣る――だが、たとえその瞬間だけでも、彼女は心理的にこちらの優位に立ったのだ。

「そうか――これがもしや、アリネーゼの魔力を封じ、自由を奪ったという枷か」
 俺の言葉に、メイヴェルはしたり顔を浮かべる。
「わかっているのなら、対処法もないことは承知の上だろう?」
「それはどうだろうな」
 どうも彼女は油断をして、いらぬ間をとる癖があるらしい。今まで弱者ばかりをいたぶってきた経験のせいだろうか?

 ともかく、アリネーゼを縛った足枷は魔道具だと聞いていた。だが実際には違うようだ。
 これは魔道具ではない。メイヴェルの魔力の結晶――造形魔術の一環に違いない。
 効果は装着者の魔力を封じ、それへの攻撃を跳ね返すものということだったが――なるほど、能力は確かにそれに近いもののようだ。
 彼女は放った枷をたぐり寄せ、こちらの左手の自由を奪おうと頑張っている。確かに腕力は強い。だが竜の腕にしては、対処可能な範囲を超えるものではない。
 そこはやはり女子、ということなのだろうか。
 さらに俺は右利きで、右腕は自由だ。その上、術式さえ容赦なく消滅させるレイブレイズを佩している。
 もっとも――

「なんだとっ!?」
 今度はメイヴェルが驚愕を表す番だった。
 俺がその足枷を、剣ではなく魔術で粉々に打ち破ったためである。
「見事な術だが、俺にはきかん」
「馬鹿な――」
 初めて彼女は狼狽えた表情をみせた。

 確かに、アリネーゼなら押し負けただろう。俺もメイヴェルの手の内を知っていた訳ではないから、一度は発動していた魔術を消滅させられる、という結果に陥った。
 だが、それはあくまで初見であり、予想も立たなかった能力故に後手に回っただけのこと。
 もちろん爵位争奪戦では、その一度が致命的な勝敗の決め手となることもある。が、今回に限ってそれはない。

 俺の目で判別したところによれば、その枷はメイヴェルの魔力で相手の魔力の発動を強引に押さえ込んでいるだけのものに過ぎないのだ。ただ、力ではなく、技術で。
 つまりそれは邪鏡ボダスのように魔力を完全に本人から奪い取るものではないし、稀にある魔道具のように完全な封印を施すものでもない、ということだ。

 とはいえ力押し――攻撃魔術での消滅を外から図るのでは、たとえプートが試したとて枷を砕くことはできないだろう。
 アリネーゼがそう試みて無力だったように、特殊な防御魔術が外部からの干渉を無効化するからだ。
 なにせそこに利用されるのは、メイヴェルの魔力だけではない。
 この枷は装着させられた者の魔力をその刺から吸いあげ、その者とメイヴェル、双方の魔力を融合させ、外側にその防御の力として転用させる効力があるようなのだ。
 確かに見事な技術の結晶と、手放しで褒めてもいい。
 ああ、それはもう、苦労して構築した術式なのだろう。どうすればこんな効果を発揮する文様を、思いつけるというのか。
 しかし、カラクリが判ればなんと言うことはない。
 外から彼女を上回る魔力を加えるのではなく、内側から枷そのものに、それを構成している魔術――まずは吸い取ろうとする力に反する術式を、発動させればいいだけのこと。あとは結果を見ての通りだ。

「大公の実力を、甘くみていたようだな」
 俺は腰のレイブレイズを、ここで再度引き抜いた。
 メイヴェルの反応はない。
 枷を砕かれたショックから、立ち直れないでいるようだ。その表情はまだ呆然としていた。
 戦いにおいての切り替えの悪さは、魔族の強者としては致命的な欠点となりうるというのに。魔力はともかく、器不足ではあるまいか。
 彼女の底が見えた気がした。
「痛い目を見た礼は、きっちりさせてもらう――」

 そうとも。無事枷を砕いたとはいえ、俺の左手首には痛々しい穴が空いており、血がどくどくと流れ出ている。
 相手にもそれなりの目をみてもらわないと、俺の気が済まないではないか。
 就任早々、上位に挑戦をしたんだ。本人だってその覚悟はあるだろう。なんなら就任と同時に命を捨てるくらいの。

「おのれっ!」
 メイヴェルはすんでのところで意識を取り戻し、右手の魔斧を振りかざした。
 だが抜斧の速度は俺の一閃には及ばず、レイブレイズの刃先も捉えることはできない。
 それでは観戦者にとっても興ざめだろうと、俺は敢えてレイブレイズを振るう速度を彼女に合わせてみせる。
 鮮やかな蒼の軌跡を描きつつ、レイブレイズがその魔斧の刃にくいこみ、二つに分断する。そこから剣先を上方に修正し、水牛の立派な角を左右ともに薙ぎ払った。

 メイヴェルは、声にならない叫びをあげた。
 そうして両膝から崩れ落ち、がっくりと大地と向き合うように両手をついたのだ。
 彼女の頭部から放たれた二本の角が大地を抉って叩くと同時に、レイブレイズを鞘に収める。
 切断面から血は出ていない。アリネーゼのものと違って、それは神経も血管も通っていない、ただの固い角のようだった。
 それでもすぐにこちらに立ち向かってこないのは、これ以上やると命を懸けることになると、本能で悟っているからかもしれない。

 暫くの沈黙が続いたその後――

「どうやら、勝負はついたようじゃの。言うまでもなく、ジャーイルの勝ちじゃ」
 ウィストベルが静かに宣言する。

「……っくそっ!!」
 メイヴェルは両拳を大地に叩きつける。それからすぐさま顔をあげて、俺を殺気だった瞳で睨みつけてきた。
「いつか必ず……」

 それは俺から序列を奪うということか、それともアリネーゼを奪うということか――判別はできなかったが、強い決意の表れには違いない。
 俺は「今回はレイブレイズを使うことで、手加減してやったのだ」と、余計な憎まれ口を叩きそうになったのを、すんでのところで留めた。

「お互い実力も示したことだし、これからは平和的な話し合いをしようか」
 メイヴェルに手を差し出したが、彼女がそれを握ることはなかった。
 一人しっかりと立ち上がり、膝に付いた泥を払いもせず、直立する。
「話し合いなど必要ない。敗者はただ、強者に従うのみ――」
 おいおい。単なる序列を懸けての勝負だってのに、勝ったら全て有無を言わせず強引に運ぶつもりで、この挑戦をしてきたのかよ。
 ……まあ、そうだとは思ってたけど。

「だが一つ、先に確認しておきたい。貴殿の考えを――」
「なんだ?」
「貴殿は私に同盟を強制されるか?」
 俺が、メイヴェルに同盟を強制?
 その言い方ではまるで同盟とは、強者が弱者に従属させる枷のようではないか。相手との友好関係の表現が、同盟であろうに。
 だがどうやら彼女は冗談を言っているのではないらしい。随分、殺気立った目で凝視してくる。

「いや、まさか。俺はウィストベル以外を同盟者に望むつもりは――今後一切、ない」
 ほんと、アリネーゼの件を考えても、新しい同盟なんて今の顔ぶれでは面倒なことにしかならないに決まっている。
 本心でこの先ずっとウィストベル以外とは、と言っているのではないが、ここは侍女目当てで同盟云々と迫ってくる金獅子他のことも考慮して、今の状況では、という意味で宣言しておくべきだろう。
 それに――

 ほら、見るがいい。
 ずっと不機嫌だったウィストベルの表情が、この言葉を機に、幾分か和らいだではないか。
 彼女は徐々に頬をゆるめ、それから嗜虐的な笑みを浮かべながら、俺の方に歩み寄ってきた。
 そうして俺だけに届く小声で、こう言ったのだ。

「よかろう――その場しのぎだとしても、とりあえず溜飲を下げてやろう。今の言葉と態度は気に入った――」
 残虐が過分に含まれた声音で。
 俺は減力したウィストベルだというのに、本心まで言い当てられ、久々にヒュンという気持ちを味わったのだった。

 結局、俺とメイヴェルは、アリネーゼの処遇については言葉で語ることはせずに勝負を終えた。
 そうして彼女にもこれ以後アリネーゼの存在は、暗黙のうちに俺の支配領民の一端として認められることになったのだ。

 もっともそんなことよりも、俺にとってこの対戦が何より幸運に働いたのは、その点ではない。
 第一に、言うまでもなく、ウィストベルの機嫌が直ったこと。
 それに次いで、場所柄そのまますぐに竜を駆って帰路につけたこと――つまり、懸念していた他の大公からの好奇心溢れる詰問を、受けずにすんだことだった。


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