古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

19 ようやく折り返し、といった心境です



 いよいよ、エンディオンの子供の出産予定日を今日と迎えた。
 俺は平然としたフリだけはしながらも、心中は我が事のように、今か今かとその(しら)せを待ち望んでいた。

「旦那様」
「産まれたかっ!?」
 俺の喜びいっぱいの問いかけに、キミーワヌスは絶望感ありありの表情を浮かべる。
「……申し訳ありません……そのお知らせではなく……」
「あ、いや。早まって悪かった。で、なんだ?」
「はい。ベイルフォウス閣下がいらっしゃいました」
「……ああ……そうか」
 なんだ、ベイルフォウスか。あいつが報せもなくやってくるのなんて、いつものことではないか。
「なら適当に、邪魔しにくるだろ。あ、そうだ。今日はマーミルにはかまうなよ、と重々言っておいてくれ。妹も明日の用意で忙しいだろうからな」

 なにせ今日、出産の報せが無事に届いた暁には、明日の朝早く、この城からエンディオンの城に向け、存分に祝いの品を持たせた行列を送り出すつもりなのだ。
 大公から家令への個人的な感謝を表すその祝賀団を、家族としての立場を重視して、子供ではあるがマーミルに率いさせようと考えている。実際に妹にはそう伝えて目録を与え、行列の順番や衣装なども、家令代行なんかとよく相談した上で自分で決めるように、と任せてあった。

 祝いの品を届けることは予想しているだろうが、道々行進をさせる計画については、エンディオンには伝えていない。遠慮するに決まっているからだ。
 一方、妹は俺から初めて仰せつかったこの大役に大いに興奮し、張り切って用意に取りかかっている。それはもう、何日も前から着々と。
 そんな風に忙しいはずなのだから、ベイルフォウスには遠慮してもらいたい。

 ちなみに、その役を任せる一番重要な条件として、俺が妹に約束させたことがある。
 衣装係や針子たちといった直接関わる者以外の相談相手は、アレスディアとネネネセだけにするように、と。
 つまり衣装や装飾を選ぶのに、絶対にユリアーナには相談しない、意見も参考にしないこと、という条件を承知させたのだった。

「あの、ですが……旦那様……その……」
 キミーワヌスは遠慮がちに執務室の扉に視線を向けた。
「随分な言いぐさだな、ジャーイル。その妹の要請で、こうしてわざわざ足を運んできてやった親友に」
 ベイルフォウスがずかずかと、遠慮もなく入ってきた。
「マーミルの要請? 妹がお前に? 何を?」
 入れ替わるように、キミーワヌスが一礼し、そそくさと出て行く。

「大事な役目があるとかで、俺に髪を結って欲しいと手紙をよこしたんだ」
 そういって、ベイルフォウスは懐からピンクの小さな封筒を取り出した。
 未だ未成年の妹が出す手紙の封筒には、もちろん紋章などない。丸みを帯びた彼女の自筆で、名前が記してあるだけだ。

「ああ、そうなんだ。それはわざわざ、悪かったな」
 っていうか、子供に手紙で呼び出される大公ってどうなんだ。しかも髪の毛結ってって用事で。
 ベイルフォウスは手紙に応じてやってくることに、疑問を感じなかったのだろうか?
 こいつ、確か残虐大公とか呼ばれてたんじゃなかったっけ?
 俺の心をよんだ訳じゃないだろうが、ベイルフォウスは手紙をまた懐に仕舞い、不満顔を浮かべてこう続けた。

「お前な、兄としてどういう教育をしてるんだ。無爵の未成年が、手紙で大公を呼びつけるだなんてあり得ないだろ。俺を髪結いかなにかと勘違いしてるんじゃあるまいな?」
 文句を言うなら来なければいいのに。
「じゃあ、今日はその件を断りにわざわざ?」
「バカを言うな。来ておいて、断る奴がどこにいる」
 なら文句を言わなきゃいいのに……。妹を甘やかすにもほどがある……っていうか。

「つまり、今日は泊まっていくんだな?」
「もちろんだ」
 だよね。
 大事な役目――祝賀団の出発は、明日の早朝だ。今から来て、まさか髪だけ今日結って帰るってことはないだろう。
 なら、ほんと、文句を言わなきゃいいのに。
「それにしたって、まだ午後を少しばかり過ぎたところだぞ。明日の予定が早朝だからといって、来るのはもっと遅くでもよかったんじゃないのか?」
「いい機会だから、アリネーゼの新しい住まいでも訪ねようと思ってな。そういうわけだ、魔獣を借りるぞ」
「は? え、ちょ、待っ……」
 俺の制止も聞かず、ベイルフォウスは踵を返して執務室を出て行ってしまった。

 大公が他領の一臣下を訪ねるのには、理由が云々……あのウィストベルでさえ、ダァルリースの男爵邸を訪れるのに気を使ってこちらの計画通りにしてくれたというのに……。
 いくら元大公同士とはいえ……ほんっと自由だな、ベイルフォウス!
 ただ、本来なら竜でやってきたのだろうから、それを使わずに魔獣で訪問する、という点は、せめて目立たないようにと彼なりに気を使った結果なのかも……いや、ないな。きっとただの気まぐれに違いない。

「旦那様」
「……今度は誰がきた」
 続いてやってきたセルクを、俺はため息で迎えた。
「エンディオン殿の城から報せが参りました。無事、お子さまがお産まれになったそうです!」
 珍しく、セルクの声は弾んでいた。
 ああ、それはそうだろう!
「そうか、産まれたのか!」
 俺も今度こそ、歓喜でいっぱいの声をあげ、机を叩いて立ち上がる。

「で、男か女か?」
「お父上によく似た、女の子とのことです」
「そうか、女の子か……」
「うらやましいですね」
「ほんと、目出度いな」
「私も早く、エミリーと……」
 俺とセルクは、それからしばらく二人でほんわかした気持ちを共有した。

 ああ、そうとも。こんなに嬉しいことはない。
 この誕生の先に我が家令の帰城が待っているとなると、これほど喜ばしいことがあろうか!
 ……そうだ! いいことを思いついた。
 赤ちゃんと離れがたければ、いっそ奥方と一緒に暫くこちらで育てればいいのだ。屋敷は余っているし、なんなら大公城の敷地内に一棟まるまる、エンディオン家族のための屋敷を新築してもいい!
 もちろん、子爵城は今のまま所有したままで。

 よし、提案してみよう!
 俺は早速、手紙に自分の気持ちをしたためた。
 そうして紋章入りの封筒に入れて封蝋を施し、マーミルの元へと向かう。
 明日、祝いの品と同時にこの手紙を届けてもらうためだ。

「お兄さま! エンディオンからお報せがきたのでしょう?」
 伝令の姿を見るなりして、妹も察したようだ。
 ネネネセたちと広間で明日の衣装や装飾品を検分していた妹は、俺の姿をみると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ああ、女の子だそうだ」
「女の子! なら、やっぱり行列は赤で決まりね! 男の子なら、黒にするつもりだったんだけど!」
 ネネネセを振り返り、双子たちと頷きあっている。
 ちなみに今回、双子たちの同行はなしだ。彼女らは親友として、相談に乗ってくれているようだった。常からそうであるように。

 ざっとみた感じ、確かにそこかしこに並べられた衣装や装飾品は、赤系統と黒系統に二分されるようだ。とりあえずどれもこれも、変な感性に基づいたと思われるようなものはなく、俺はホッと胸をなで下ろした。

「目録通りに、祝いの品がそろっているかも点検するんだぞ?」
「大丈夫! もう今日だけでも朝から五度も見直しましたわ!」
「私的な意味合いが大きい祝賀団とはいえ、これは公に俺からエンディオンに対する常からの感謝を表すものだから、儀礼的な挨拶を心がけるようにな」
「祝辞の原稿は、キミーワヌスやスメルスフォにも何度もチェックしてもらいましたし、練習でも最初は何度も舌をかんだけど、もう詰まらず言えますわ!」
「そうか」
 俺は妹の頑張りを評して、彼女の頭を撫でた。

「あとはたとえばエンディオンが長居を勧めてきたからといって、その言葉に甘えるようなことはするなよ。忙しいはずだから」
「わかってますわ! ちゃんと、キリッとご遠慮しますわ!」
 よし、大丈夫なようだ。
「お前にもう一つ、頼みがあるんだ」
「あら、なんですの?」
「これなんだが」
 俺は手紙を懐から取り出す。
「エンディオンに俺から直接の祝辞だ。きっちり本人に渡してくれ。頼んだぞ」
「承りますわ。お兄さまもお手紙をお書きになったのね。私もよ。そのほかにもいろんな人から、手紙を言付かりましたわ。エンディオンは大人気ね」
 そうなのか……そんなにみんな、エンディオンに手紙を書いたのか。
 俺の手紙、妹はちゃんと一番上にして渡してくれるだろうか。

「それでお兄さま、ベイルフォウス様はどちらにいらっしゃるんですの? さっきあの真っ赤な髪を上から見かけたましたのに」
「お前……」
 俺は弾んだ様子の妹を、たしなめるつもりで口を開く。
「聞いたぞ。ほんとに髪を結ってもらうために、ベイルフォウスを呼びつけたのか? あいつが大公だってのを、忘れているんじゃないだろうな?」
「あらそんな……忘れてませんわ。呼びつけてだって、いませんし……私ちょっと、お手紙でお願いしてみただけですわ。きっとベイルフォウス様が来て髪を結ってくれたら、私の生まれて初めての公務は大成功ですわ、とか、ものすごく嬉しいな、とは書きましたけど、絶対来てね、なんて書いてませんわ」
 来てくれたら嬉しいな、でも十分どうなんだ、妹よ。
 どうせまた、交換条件に「お兄ちゃんと呼べ」とか言い出すのは予想できるだろうに。
 まあ、それでやってくるベイルフォウスもベイルフォウスだが。

「衣装が決まったんですもの。早く髪型も決めてしまいたいわ。ベイルフォウス様、どちらにいらっしゃるんですの?」
 ほんとに髪結い扱いだな、ベイルフォウス。
「ベイルフォウスは外出中だ」
「外出中? あら、どちらへ?」
「アリネーゼの城へ」
 そう伝えると、妹はネネネセと意味ありげな視線を交わしだした。
「弱った女性は狙い目ですものね。ベイルフォウス様らしいですわ」
 今のは誰が言った? うちの妹か? まさか!
 どこかのリスのような発言に、俺は我が耳を疑う。

「ちょっと待て。誰がそんなこと――」
「ニールアーマが、世の中にはそんな考えの男の人が多いから、気をつけないといけないって」
 ニールアーマ? 誰だ、それ。
「アリネーゼ閣下の長女ですわ。母君が今気弱になっているから、自分や兄がしっかり母に近づく相手を見定めないと……と」
 俺の怪訝顔を察したのだろう。ネネリーゼが添えるように言った。
「私たち、そんなこと考えもしなかったから、目が覚めるようでしたわ。うちも気をつけないとって、とても勉強になりました」
 三女と四女は顔を見合わせて、頷きあっている。
 ちょっと待て……あの、なんだか大人しそうだった長女が、そんなことを!?
 お茶会など、許すのではなかったかもしれない。

 ところで、ベイルフォウスである。
 アリネーゼのところへ行ったとなると、あれやこれや理由をつけて帰ってこないのではないかと思ったが、意外にも女好きの我が親友は、夕暮れ前には城に戻ってきた。

「俺は種族にはかかわらずどんな女も対象だが、一途に想う相手がいる女と、同性愛者は例外だ。一度の拒否で、すぐひくことにしている」
 そう言いながらマーミルの髪をいじり、俺や妹、スメルスフォたちと晩餐を味わった後、用意した迎賓館へとおとなしく休みにいった。
 っていうか、一度は誘ってみるのかよ……ってことは、やっぱりメイヴェルのこともとりあえずは……?
 ……うん、肯定されても困るから、聞かないでおこう。


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