古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

20 ベイルフォウスくんの真の目的?



 すでに祝賀団は、目前にずらりと勢ぞろいしている。
 マーミルと随行員の衣装が、赤を基調に統一されているのは言うまでもない。その上それぞれ騎乗する魔獣の獣具はおろか、祝いの品を積んだ荷台までもが黒と金の模様で縁取られた赤の天鵞絨で彩られている。
 準備万端のその行列を送り出すべく俺は早朝から起きだし、前庭に出ていた。

「抜かりはないか? 忘れ物は?」
「ありませんわ、お兄さま」
 妹が緊張した面もちでそう俺に断って、拳を脇でぐっと握りしめる。
「トイレも行ったか? 途中で行列を止めて、草むらで済ませるとか、格好悪いからな」
「大丈夫、ちゃんと行きましたわ!」
 マーミルは自分のお腹をポンと叩いた。
 なにせエンディオンの城まではまあまあの距離がある。
 それでも魔獣を駆らせればあっという間に到着するが、こういうのは練り歩くと決まっているのだから、到着は午前いっぱいまでかかる予定なのだ。

「ベイルフォウス様も、ありがとうございます! こんなすてきな髪型にしていただいて」
 妹の長い髪は、また今日もよくわからない風にまとめ上げられている。なんでも髪で花を表現しているそうだ。
 この用意のために、マーミルとベイルフォウスはもっと早くから起きたらしい。
「おかげで完璧ですわ!」
「ああ、そうだろうとも」
 俺からすると妹の真っ赤な衣装は目に痛いが、ベイルフォウスは自分の仕上げた妹の様子に、隣でご満悦の表情を浮かべていた。
 昨日は俺に文句をいったくせに……。
 面倒だから、いちいちつっこまないけど。

「では、そろそろ」
 妹は魔獣の背に置かれた豪奢な鞍に乗り、その手綱を握った。
「行って参ります、お兄さま!」
「ああ、頼んだぞ」
 そうして妹は鼻を膨らませながら意気揚々と、祝賀団を率いて大公城を出発していったのだった。

 マーミルが先頭とはいっても、もちろん俺のとエンディオンの紋章旗、それぞれを掲げ持った兵士が二名で先導することになっている。
 その前には当然、先触れも出してあった。
 行列は五十mほど続き、やはり二本の紋章旗が最後尾を飾っている。
 その列の半ばまで見送って俺は執務室に向かい、ベイルフォウスがそれについてきた。

「で、お子さまもいなくなったことだし、お前の相談に乗ってやろう」
 ベイルフォウスの唐突な申し出は、意味のわからないものだった。
「相談って……何の?」
「この俺が乗れる相談といったら、男女の仲のことと決まってるだろう」
 そんなのドヤ顔で言われても……しかし、男女の仲?
 昨日アリネーゼと会ってきた訳だから……ヤティーンとアリネーゼのことか!

「お前にまで、アリネーゼは自分の気持ちを語ったのか」
 意外だ。
「は? アリネーゼ?」
「え? 男女の仲って、アリネーゼのことじゃ? 昨日、一途に想う相手がいる女性は対象外だとか言ってたじゃないか」
「確かに昨日のアリネーゼときたら、初恋を覚えたての少女のようだったが、違うだろ。そんな対象外の相手のことを、お前と話してどうなる。俺は他人のただの恋話なんて、誰ともするつもりはない」
 あれ? 違う?
 じゃあ、なんの……。

「お前とジブライールのことに決まってるだろ!」
 俺とジブライールの!?
「……別に、お前に相談することなんてなにもないと思うが」
 そうだとも。ないとも。
「本当にないか?」
「ない」
「ってことは、関係は順調なんだな」
 そうだ、思い出した!
 うっかり忘れていたが、そういえばこいつが奉仕の日の元凶だった!

「ベイルフォウス、お前、よくも余計なことをしてくれたな!」
「ジブライールの母親に渡した、催淫剤のことなら」
 こいつ、リリアニースタの素性まで知っていて……!
「他に何がある!」
「だったら感謝して欲しいくらいだが。そいつを盛られて、いよいよジブライールに手を出したんだろ? それで相談事もないとなると、結果は上々じゃないか」
 間近にあったニヤツいた顔が、この上なく憎たらしく見えたので、頭突きを食らわせてやる。

「いって!」
「ふざけるな! あの薬のおかげで、大変だったんだぞ!」
「そうか。大変だったのか。どういう風に?」
 ベイルフォウスは額を抑えながらも、いっそうニヤつく。
 俺が答えてみせないと、ベイルフォウスはこう続けた。
「だが結局そのおかげで、名実共にジブライールを愛妾に迎えられたんだろ? よかったじゃないか」
「バカ言うな! してない!」
 俺の言葉にベイルフォウスは額から手を離して、眉をひそめた。

「お前……たった一夜でおしまいって、そりゃあないだろう。向こうはその気なんだから、せめて飽きるまでは付き合ってやれよ。あれだけの美女だぞ。一晩で終わりなんてもったいない!」
「だから!」
 なんでベイルフォウスまで、ジブライールの気持ちを知ってるんだ?
 まさか本当に、俺だけ気づいてなかったとか、そういうことじゃないだろうな?
 いや、まさか……これはあれだ。ベイルフォウスはリリアニースタに話を聞いて、知ったんだろう。そうに決まってる。

「そもそも手を出してない」
 まあ、キスはしたがそれだけだし、最後までやってないんだから、手を出していないと言えるだろう。
 俺がきっぱり断言すると、ベイルフォウスは途端に落胆の表情を浮かべてみせた。
「ジャーイル。お前、本当に機能不全なんじゃないだろうな? 催淫剤でも勃たなかったってのか?」
「うるさいっ! そもそも俺が飲んだわけじゃない!」

 一拍おいた後、ベイルフォウスは実にいやらしい笑みを浮かべた。
「ってことは、ジブライールが飲んだのか」
「想像するなよ!?」
 もう一回頭突いとくか!?
 脳味噌からきれいさっぱり記憶と妄想が消えるように!

「ならなおさら、よく我慢できたな。ジブライールが誘ってきたってことだろ?」
「っていうか、あの薬を俺の領地に持ち込むなと、あれほど言っただろうが!」
「あれをリリアニースタに渡したのは、あの件が起きるとっくの前だ。お前との約束は破ってない」
「嘘つけ。そんなタイミングがいつあったっていうんだ」
「マーミルのご機嫌伺いに行った日だ。三人で市を回ったろ。あの日の晩餐会で、リリアニースタと会う約束をしていたのさ」

 武器市で俺がフォインを手に入れ損ねた、あの日?
 だが、あれは大祭が始まった、確か翌日だぞ。あの日がそうだというなら、確かにマーミルが間違って催淫剤を飲むより随分前だ。
 あんな前から!
 っていうか、そんな前から、リリアニースタは美男美女コンテストの奉仕相手が自分になると予想してたってことか?
 まさかリリアニースタと知り合いだって言う、サーリスヴォルフまで協力している訳じゃないだろうな!?

「今の話を総合すると、やっぱり俺に相談があるんじゃないか?」
「いや、だからないって」
「だってお前、ジブライールとはまだやってないんだろ?」
 前提がおかしくはないだろうか。まだってなんだ、まだって。
「向こうから誘われたのに手を出さないだなんて、お前のことだ。不能でないとしたら理由は一つしか考えられない」
「……ろくな想像じゃない気がするが、一応、聞いてみようか」
「実際のところは相手が処女だから、どう手を出していいかわからないってくだらない理由でモタモタしてるんだろう?」
「違う!」

 なに言うんだ、ベイルフォウスの奴! っていうか、どうしてジブライールの経験がないってあっさり見破ってるの?
 リリアニースタはそんなことまで言ったのか?
 ……いや、いくら母親だといったって、成人した娘の恋愛遍歴をすべて知るはずもないだろう。それに万が一知っていたところで、さすがにそんなことまで話すはずはないと信じたい。
 だいたいベイルフォウスのことだから、見分けても当然なのだろう。
 しかし、ちょっと待て。

「おい、ベイルフォウス……お前まさか、俺がそんなことを悩んでると思って、わざわざ来た訳じゃ……ないよな?」
「なあ、ジャーイル。考えてもみろよ」
 ベイルフォウスは深いため息をついた。
「大公がただ髪を結うためだけに子供に呼びつけられてやって来ると思うか? 当然、親切にも親友の相談に乗ってやろうと、こうして来てやったに決まってるだろうが」
 いや、君ならマーミルの要請だけでも来そうなんだけども……それに、髪を結いに来るのと、俺の恋愛問題を心配してやってくることに、程度としてどう違いがあるというのだろう。

「お前、絶対面白がってるだけだろう!」
「バカ言うな。俺はただ、あの薬をリリアニースタに渡した以上は、結果の確認までするのが当然だと考えたまでのことだ。あくまで義務感からな。なんたって、親友の今後の人生を左右するかもしれないんだ。面白がってなんていない。むしろ、こうなった以上はお前の力になりたいと思ってさえいる」
 急に真面目な顔をするところが、もう余計に胡散臭い。
 絶対嘘だ。信じられない。

「だいたいにして、お前は構えすぎなんだよ。処女っていったって魔族だからな。人間の女ほど気を使わなきゃいけないわけじゃないんだぞ?」
「だーかーらー! 俺がジブライールとどうともならないのは、そんなことが原因じゃない!」
「バカ言うな。自分に好意を抱いているのが丸わかりの相手と寝ない理由なんて、他にあるはずがないだろう」
「お前にはなくても、俺にはあるんだよ。放っておいてくれ!」
   俺の返答に、ベイルフォウスは理解不能とでも言わんばかりの表情を浮かべた。

「……なあ……一つだけ聞いてもいいか? 好奇心から……」
「一つと言わず、何でも答えてやる。遠慮せず相談しろ。この際だ、とっておきの技巧を一つ、伝授してやろうじゃないか」
 いや、だから違うから。でもまあ、話の種類的には……。
「気になってたんだが、ベイルフォウス。お前まさか、人間の女性にまで手を出していないよな?」
 かつて、人間の町から女性を攫ってきたときは、未遂だったはずだ……。

「いいや」
 いいや!?
「いいやってお前、手を出したっていう意味か?」
 え、でも、あの時にはそんな暇……!
「俺の初めては人間の女だ」
 えええ……まさかの初体験かよ。嘘だろ、おい。
「すごいな、お前……」
 俺はこのとき、親友に心の底から感心すると同時にどん引きした。

 結局ベイルフォウスはそこから自分の初めての経験を語りだし、それから『初めての魔族の女性を相手にするときの注意点』なんかを一方的にしゃべりまくって、さんざん俺の気を散らした後、スッキリした表情で肩を叩いてきた。そうして情感たっぷりに「せいぜい頑張れよ」と言い残し、帰って行ったのだった。
 ……本当に余計なお世話だ!


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