恐怖大公の平穏な日常
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21 今度の会議は人数を増やして
選定会議の次の会議は魔王・大公だけではなく、各副司令官四名も参加し、十日後に行われた。
俺の発案で、魔王様の召集だ。
議題は『〈修練所〉の運営について』、である。
魔王・大公が持ち回りでその管理をすることまでは決まっていたが、正式な順番や運営方法などはまだ話し合っていなかったのだ。
とりあえず、魔王様の管理で魔王領の領民を相手に試運転中ではあったし、俺もちょっとだけ仕掛けなんかを考えさせてもらったりもした。
それでかなりの日数を試せたので、そろそろ正式な運営を考える段になっていたのだ。
先日の選定会議の折り、メイヴェルからの挑戦がなければ俺はその席でこの議題を出すつもりだった。
だが、そうできなかったのは承知の通りだ。
それでどうせ日を改めるならいっそ、と、運営にはその尽力が欠かせない副司令官も加えての会議とした。
今度は御前会議と同じ部屋、新しい序列による席次となっている。
まあ、今後は暫くはずっとそうなるのだろうが……相も変わらず隣が――ウィストベルが怖い。
いや、機嫌は直っているんだ。今日も以前のようににこやかに挨拶をしてくれたし、それは間違いない。
けれどそもそもの話を思い起こしてみて欲しい。
ウィストベルといえば、他の六大公全員をまとめて相手をしても、もともと敵わないほど強かったのだ。
選定会議までの二回は、その魔力を邪鏡ボダスで抑えた状態だったから、本能的な恐怖はほとんど沸き上がらなかった。
だが……今のウィストベルの魔力を見ろ……!
強かった以前より、さらに強くなっているではないか!!!
そんなバカな!
なぜだ!?
もしかして、邪鏡ボダスのせいか?
俺の魔力が強くなったのも、ボダスで魔力が百分の一になったのを、回復した直後からだった。……と、思われる。
あのときはウィストベルが俺に何かをしたのかと疑っていたが、そうではなくて、ボダスで減力したものを回復させたら「よく頑張ったね!」とばかりにオマケをしてもらえるのだろうか?
いや、それなら大公位争奪戦でウィストベルが使用していた後に、増えていなければおかしい。
でもあの時には何も気づかなかったし……。
待てよ?
もし、本当に邪鏡ボダスの利用で魔力が強くなるとしよう。その結果が減った量に応じるのだとすれば……減力量を減らしていたウィストベルの魔力が増えたのがわずかだったために、俺が気づかなかったという可能性もあるか?
そもそも俺は、ウィストベルが怖すぎてあまり彼女の魔力だけは細かく見ていない、とか。
その上俺の見ていないところでも何回も大きく魔力量を減らしていたり、回数を増やしていたり――つまり、デイセントローズが魔力を増やしたように、ウィストベルも試みていたのだとすれば――
色々言ってみたが、原因はともかく、ウィストベルが怖い。
まさかまだ、強くなる余地があっただなんて――
「――イル、ジャーイル!」
「! あ、はい!」
誰かの呼びかけに答えて顔をあげると、全員の視線を頬に感じられた。
「聞いてた?」
サーリスヴォルフが苦笑を浮かべて尋ねてくる。
「え……ああ、もちろん…………いや、すみません」
じゃあ内容を言ってみろ、とか生徒みたいに怒られる前に、素直に謝ることにした。
「順番を決めていたのじゃ。今回の持ち回りも、序列通りでよいか、ということじゃ」
「ああ、それでいいんじゃないで……いいんじゃないかな」
うっかりまた、ウィストベルには敬語を使ってしまいそうになる。
「では順序はそういうことでよかろう。次に、現在までの我が領での試用運営の状況を報告させる」
魔王麾下の副司令官が進み出て、現在設けている判定基準や道具・または有爵者の配置など、経験を語った。
しかしあくまでこれは、参考までに、ということだ。
実際に運営する段になると、それぞれの大公の性格・趣味・趣向――まれに性癖――が、大いに反映されることになるだろう。
現時点でも〈修練所〉のことは結構な関心を集めているらしい。今のところは魔王領に所属の者だけ、それも鍛錬ができるだけで爵位までは与えていないのだが、引きも切らさず参加者が現れていると聞く。
ことに子供の参加が盛んで、爵位への意欲がありありと見えるのだとか。
うちの領地でも、ケルヴィスが愉しみに待ってくれているのは知っている。
「魔族の世も安泰ですね。我が領の子供たちも、ぜひそうであって欲しいものです」
デイセントローズが満足そうに頷いている。それからこう尋ねてきた。
「マーミル姫も鍛錬されるのですか?」
「ああ、もちろんだ」
「それは将来が楽しみなことですね」
妹は爵位を得るつもりなのだから、鍛錬には来させるつもりでいる。もちろん保護者・護衛を同行させて、俺の担当の時だけ!
それから暫くは、子供たちの参加に際しての雑談が始まった。
有爵者であっても他領を訪問する機会なぞ、ほとんどないのが現状だ。
大人でもそうなのだから、それなりに守られている未成年の子供たちは、親が奪爵したというのでもなければ、保護者同伴でも他領に足を踏み入れたことのある方が稀な話だった。
もっともつい先日までの魔王大祭では、移動の自由が許されていた。おかげで今はその経験をした子供も、以前よりは多いだろう。
それでもケルヴィスのように未成年でありながら、一人であちこち出歩いているような子はよほど限られているとは思う。
「私が運営の時には、家族が護衛を出せない将来有望な自領の子供たちのために、右端の棟は貸し切る日をつくるつもりだよ」
サーリスヴォルフはあれやこれや、すでに予定を立てているらしい。
こうして実際に乗り気な態度を見るのは、発案者として実に喜ばしい。
「もちろん、そこまでの移動のための竜と、護衛をつけて送り届けてね」
「それはいい考えだな。俺も真似させてもらっていいかな?」
「もちろんどうぞ。ジャーイルばかりじゃなく、この際だし他の大公たちも、いい案があれば互いに出し合っていこうじゃないか」
俺に許可を与えてから、サーリスヴォルフはぐるりと見回した。
「ずいぶんと――」
鼻でせせら笑いながらそういったのは、会議が始まってからほとんど発言のなかったメイヴェルだ。
彼女はまるで自分が魔王だといわんばかりに胸を張り、腕組みした態度で末席を占めていた。
「高位の会議というからどれだけと期待したが、存外生ぬるいものだ。子供の参加がどうのと……路を護ってやらねばならぬほどの弱者なら、大人しく自分の領地で引きこもっているか、一人で出歩けるようになるまでは身近で鍛錬に励むがよかろうに」
プートはただの筋肉バカだが、メイヴェルは思考までカチコチな直情タイプらしい。
それとも今度は、他の大公にも喧嘩をふっかけるつもりか?
「君は君の考えるとおり、配下にふるまえばいいさ」
けれど彼女の明らかな挑発も、サーリスヴォルフの心に火をつけることはできなかったようだ。
そのせいでもなかろうが、メイヴェルはさらにこう続けた。
「だいたい、なぜ〈修練所〉などとバカなものを……自分の爵位を狙う者を、自分で育ててどうするというのか」
おっと。〈修練所〉そのものの否定とは――これでは発案者の俺が黙っている訳にはいくまい。残念ながら、俺はサーリスヴォルフほど心が広くもないしな。
「今の発言は、本人は雄々しいつもりかもしれんが、むしろ弱腰に聞こえるぞ」
口を開きかけたが、ベイルフォウスに一歩出遅れた。
「なん……だと……!?」
メイヴェルがベイルフォウスを睨みつける。
「弱い奴らがそれなりに強くなったからといって、どうだというんだ。大公の座を奪うような者は方法はどうあれ、その実力まで勝手に上り詰めるものだ。自分で育ててどうする、だと? 上等じゃないか。そんな気概のある奴がいるなら、ぜひこの手で育ててみたいもんだ」
「勝手に上り詰める、だと!? 私の努力を知りもしないで……」
メイヴェルの言葉にベイルフォウスはあからさまな嫌悪感を浮かべたが、それ以上の反応はしなかった。
そのやりとりを面白がってか、ウィストベルは俺の隣で押し殺したような笑みを漏らしている。
「強者を是とするのは魔族の誇り――君だってそうやってのし上がってきたんだろう」
「もちろん、そうだ!」
俺の言葉にメイヴェルは唾の飛ぶ勢いで吠える。
「しかしそうはいえ、アリネーゼの弱体化を見越して挑戦をするような輩であれば、必死になるのもやむを得ぬではないですか。くくっ」
デイセントローズの皮肉で、メイヴェルは睨む相手をラマに変えた。
「貴殿は……それが初々しい同盟者に対しての思いやりの言葉とは、ご寛容、恐れ入る」
なんだって?
今、はっきり……メイヴェルはデイセントローズを見ながら、「同盟者」と口にしたのではなかったか。
選定会議の日、私情で大公位への承認をしぶるようなことを言っておきながら、同盟だと?
「同盟だって? 本当に?」
サーリスヴォルフがメイヴェルとデイセントローズを代わる代わる見比べた。
どうやらメイヴェルは、デイセントローズのように全大公に同盟を頼みに言ったわけでもないようだ。
となると逆に、やはりデイセントローズの方からメイヴェルへと同盟を申し出たのだろうか?
「いつの間に、二人はそんなに仲良くなったのかな?」
「同盟はなにも仲の良さを示すものではない。そうですよね、プート大公?」
なぜかデイセントローズはプートへと同意を求めた。
自分たちのことを鑑みてのことなのだろうか。
「話をいつまでも脱線させるでない。魔王陛下の御前であるぞ」
話をふられたプートは、なんとも威厳のある態度で二人を諭した。この瞬間は、俺もプートとベイルフォウスのいつもの争いを忘れることにしよう。
「プートの言うとおりじゃ。陛下の御心を煩わせるではない。〈修練所〉の運営についての議論を続けよ」
ウィストベルが珍しくデヴィル族に同意を表し、トントンと細い指で机を叩いてみせる。
この間からそうだが、本当にアリネーゼがいなくなった影響か、それとも俺のように目で見えなくともウィストベルの魔力が強くなったのを本能で感じるからか……女王然としたウィストベルの発言は、一同に緊張感を覚えさせるようだった。
「えっと、じゃあ、結局序列順で、各人六十日ずつ、撤収と設営に一日を置いての運用でいいですかね?」
俺は壇上の魔王様を降り仰ぐ。
いつもの通り、騒がしい配下のやりとりを黙って見守っていた魔王様は、俺の確認にようやく重々しい口を開いた。
「よかろう。まずはこのまま予の裁量において、明日より他の領民にも開かれた〈修練所〉の運営を始めるといたそう」
それで空気が変わったためか、以後は特にどの大公たちももめ出すようなことはなく、禁止事項や関連施設の利用方法などについて、副司令官の意見や発言も含めて規則を積み上げていき、それ以外のことはそれぞれの裁量に任せるというおおざっぱな内容で、運営方針が決まったのだった。
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