古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

22 今度もうまく、逃げられるでしょうか?



「さあそれで、今日こそは聞かせてくれるんだよね? アリネーゼの様子なんかを!」
 会議が終了し、魔王様が退室したと見るや、すぐさまサーリスヴォルフが俺のそばに飛んできた。そして、この台詞だ。
「アリネーゼの様子と言われても……」
 その上、背後から金獅子の視線を痛いほど感じる。
 なんだろう。もう、リスと大差ないように思えてきた。ハアハア言うか言わないかの違いじゃないのだろうか。

 ウィストベルとその配下だけは、アリネーゼの話題に不機嫌さを隠そうともせず、とっとと会議室から出ていってしまった。
 ちなみに大祭が終わって後、ウィストベルは以前の言葉通り副司令官をすべて解任したらしく、見覚えのある者は四人の内には一人もいなかった。
 命を取られたか、痛めつけられるだけで許されたかについては……聞く気もしない。
 さらにいうと、そのうち半分は女性になっていた。

「悪いが、今や俺と彼女は主君と配下だ。サーリスヴォルフだって一配下の動向なんて、いちいち把握してもいないだろう? だから、それを聞かれても困るんだけど」
 ちなみにここで、ベイルフォウスがこの前会ってたよ、とか正直に言ってはならない。せっかくほかの大公は直接様子を見に来ることは遠慮しているというのに、それなら自分も……とかいう流れになっても困るからね。
「そんな程度の興味で、わざわざアリネーゼの身を請け負ったのかい? いったいどういう運びでデーモン族嫌いのアリネーゼと、彼女に興味のない君が、同盟を結ぶっていうんだい? 同盟者ならすでに、我々デヴィル族の大公がいたというのに」
 メイヴェルが、腕組みしながらこちらを凝視してくる。
 この間俺に負けたせいで、自分から正面切って詰問してくるようなことはしないが、事情を明らかにできる機会があれば聞き逃しもしないというところか。

「かつての大公間で交わされた同盟については、その内容をつぶさに語ることはいたしかねる」
 俺はきっぱりと断った。
「おやまあ、君にしてははっきり断るね。簡単にでも聞かせてくれたらいいのに。冗談のつもりでも。ね?」
「冗談ですまないだろう。断る」
「そう?」

 サーリスヴォルフはあからさまに残念そうな表情をつくってみせた。
 だが、そんなことでは揺るがないぞ。
 ウィストベルにならともかく、他の大公にあんなことやこんなことがあったので、同盟を結ばざるを得ませんでした、とは口が裂けても言えない。
 ……そういえば、結局ウィストベルにもちゃんとした説明はしていないな。機嫌も直ったし過去のこととして、もう気にしない、と考えてくれてるのなら有り難い。他の大公にも見習ってもらいたいものだ。

「ジャーイル、そろそろ我らもいっそうの親交を――」
「っていうかお前、ジブライールと約束でもあるんじゃないのか?」
 プートの発言を遮ったのは、ベイルフォウスだ。わざとかもしれない。
 だが正直助かるので、俺は親友に乗ることにした。
 ほうっておいて余計なことを口にされても困るしな。

「ジブライールと? なぜだ?」
「他の副司令官たちは出て行ったのに、一人だけ残ってお前のことをじっと見てる」
 俺はジブライールを振り返った。しかし、ベイルフォウスの言うようには視線は合わない。
 とんとんと、手元の資料を机でたたいて整えているようだ。
 だが……うん……そうだな……たぶん、見てたんだよね……身体の正面はこちらに向けられているのに、うん、もう真っ赤っかな顔だけが、不自然に真横を向いているもんね。

「よし、今日が好機だ。頑張れ!」
 ベイルフォウスが小声で囁き、肩を叩いてきた。
「……しつこいぞ、ベイルフォウス」
 俺も小声で返す。その様子を見て――
「ん? 何かな? こそこそと、ベイルフォウスと悪巧み中かな?」
 なぜか俺とベイルフォウスが、サーリスヴォルフに疑われた。

「悪巧み、といえば……」
 ベイルフォウスが明らかな嘲笑を浮かべて、デイセントローズとメイヴェルを見比べる。
「仲が悪そうな癖に同盟を結ぶとか、悪巧みでも疑われることをしている奴らがいたな」
 女性と見れば人間でもというベイルフォウスでも、さすがにメイヴェルには食指が動かないのだろうか。
 まあこの間、同性愛者もほぼ対象外、とは言っていたもんな。……一度は声をかけた後かもしれないが。
 ……っていうか、ホントに女性なんだよな? 俺はまだ疑っている。

 そのメイヴェルは、アリネーゼの話題でなければもう興味はないとばかりに、ベイルフォウスの嫌味には答えずに冷たい一瞥だけよこして、部屋を出ていった。
 一方のデイセントローズも、いつもの気持ちの悪い笑みを浮かべるばかりだ。
 しかし、俺にとってはいい流れじゃないか。話もそれたことだし、とっとと帰ろう。長居する必要もない。

「ジブライール」
「ふぁ、はい!」
「帰るぞ」
「はい!」
 ジブライールがさも嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄ってくる。尾があれば、パタパタ振られていそうだ。
 どうもこの間から、彼女の感情表現は子供なみに素直で、若干とまどってしまうではないか。

「よし! やっぱり今日だな!」
「違うっていってるだろ!」
 俺はベイルフォウスを一睨みし、それから物言いたげな金獅子その他には目もくれず会議室を退室した。
 それから〈御殿〉を出て、まっすぐ南へ向かう。
 この先にあるのは〈大階段〉だ。

「あ、あの、閣下!」
 後をついてきていたジブライールが、遠慮がちに声をかけてきた。
「ん?」
「四阿はあちらでは……」
 細い指が、竜舎へ向かう転移陣のある方向を示す。
「ああ、〈大階段〉を降りて帰ろうかと思って……」
 みんなが頑張って造ってくれたんだ。せめて俺くらいそんな風にせっかくの施設を楽しんでもいいではないか。
 それに、たぶん……。

「面倒ならジブライールは転移陣から帰ってもいいぞ」
「いえ、お供します!」
 ジブライールはいつものようにキリッと表情を引き締め、俺についてきた。
 まあ、そうだろうな。

 南の斜面を飾る千の〈大階段〉を降りる途中、生真面目に登ってくる者とちらほらすれ違う。
 高位は見るからに筋肉だるま、そうでなければ下位の者がほとんどのようだ。
 もっとみんな、利用してくれたらいいのに。階段の両脇を飾る花壇は見事な花を咲かせているし、途中には休憩のためのベンチや給水所なども用意してあるというのに。
 俺はそのうちの一つ、中腹あたりに設けたベンチに腰掛けた。
 もちろん、疲れたためではない。子供だって〈大階段〉を登るのに、百歩譲って飽きはしても、疲れなどしないだろう。

「あの……」
 とまどったように立ち尽くすジブライールに、隣を示す。
 するとジブライールは五人ほどが並んで座れそうなそのベンチの、ずいぶん端に腰掛けた。
 なにこの距離……微妙に遠い。なんとなく、話しかけづらいではないか。

「なにか、俺に用があったんじゃないのか?」
「あ、はい……」
 ジブライール少しだけ、こちらににじり寄ってきた。
「あの、実は絵のことなんですが……」
「ああ」
 一位の未実行の奉仕ね。
「本日決定した〈修練所〉の運営に関して、しばらくは副司令官と軍団長での会議が続きますが、そのご報告がてら十日後から、大公城にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「十日後?」

 ……それくらいならまあ。
 エンディオンの帰城まであと少しという時期だし、多少、一段落した感はあるかもしれない。
 それにジブライールの言葉通り、〈修練所〉の運営について副司令官と軍団長で詳細を決める会議を開くよう、段取りをくんでいた。せめて絵を描く初日だけでもその報告を受けるという体裁をとれるのは、俺の精神上の理由としてもいいかもしれない。

「勝手に描くなら、いつでもいいとおっしゃっていただきました……とりあえずスケッチをさせていただきたいと考えておりますので、じっとしてください、などと勝手、贅沢は申しません。ただ何日か、お側についていてもよろしいでしょうか?」
 俺が返事をしないでいると、ジブライールが畳みかけるように言葉を継いできた。
 確かに勝手に描くならいつでもとは言ったな。でも、それって相手が玄人だと思ったからの発言だったんだけど……俺が動きまくって、ジブライールはスケッチなんてできるのだろうか?
 まあ、自分から言い出してるんだから、大丈夫だと思っておこう……。

「ジブライールがいいならそれで、俺は構わないが」
「……はいっ!」
「ならセルクとキミーワヌスにはそう伝えておく。何か用意しておくものはあるか?」
 エプロンとか……部屋とか……あ、違う。絵の具とかキャンバスとか。

「いえ。道具はちゃんと用意して参ります。お気遣いありがとうございます!」
 そうか、ないのか……。
「話はそれだけ?」
「はい。ありがとうございます」
 ジブライールは立ち上がって深々と頭を下げた。

 それからまた並んで座り、暫く黙って〈大階段〉からの景色を楽しんだあと、俺は口を開いた。

「なら帰ろうか。今日はゆっくり休んでくれ」
「眠れそうにありません」
 俺の意味不明な勧めに、ジブライールは小声でボソリと呟いた。


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