古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

23 妹の機嫌が気になる理由



「エンディオンの赤ちゃん、本当に可愛らしかったですわ。とっても小さくて! 両手に乗るくらいの大きさですのよ! まるで鳥の雛みたいな……あんなに小さいのに、エンディオンくらい大きくなるなんて、驚きですわ!」
 さすがにエンディオンくらい大きくはならないんじゃないかな。女の子らしいし!
 俺は妹の感想に心中でつっこんだが、声には出さずにおいておいた。

 今日もまた、マーミルと二人きりの朝食だ。
 祝賀団を率いていった妹は、結局エンディオンの好意に甘えて赤ちゃんとの対面をすませてきたらしい。
 予定より少し遅れて帰ってきた彼女は、興奮したように報告をした後も、顔を合わせればわずかの時間でも毎日その話ばかりを繰り返すのだった。
 迷惑をかけたのではないだろうかと心配だったが、同行の侍従に聞いたところでは特に問題もなかったようだ。
 まあ、そこはエンディオンの裁量でもあることだし、帰ってきたら礼だけいっておこう。

「デーモン族でもデヴィル族でも、赤ちゃんの可愛らしさには関係ありませんわね! ああ、早くアディリーゼとフェオレス様にもお子さま、生まれないかしら」
 待て待て待て。生まれないかしらって、まだ二人は結婚してもないのに、いくらなんでも気が早すぎだろう!
「お兄さまはどっちに似ると思います? 男の子かしら、女の子かしら……女の子でも、お母さんとは逆にお転婆になったりして!」

 いやに具体的に話し出すじゃないか。
 え、まさか……できちゃってる、とかいうことはないよな?
 いや別に俺だって、相思相愛の二人だというなら、未成年に手を出すなんて……とか、固いことを言うつもりはない。さらに二人は婚約だってしているのだし。
 それに万が一、そんな事実でもあれば、スメルスフォかフェオレスから話があるはずだ。
 ただマーミルは願望を口にしただけだろう。だいたい妹はまだ、子供がどうやってできるかも知らないに違いないのだから。

「お兄さまは赤ちゃんをごらんになったことはある?」
 マーミルがそんな疑問を持つのもわからないではない。なにせ我ら魔族の出生率は、世にある他のどの生物より低いのだ。多産であるというデヴィル族でさえ。
 ……ちなみに、スメルスフォは例外だ。マストヴォーゼとの結婚年数を考えると、彼女の産んだ娘の数は驚異的な部類だった。

「もちろんあるさ。お前はお兄さまの妹なんだからな」
「あ、そっか。そうですわね」
 そうとも。マーミルが生まれた時から、俺はお兄さまになったのだ。赤ん坊時代の姿を、見ていないはずはあるまい。とっくに独立していたとはいえ、別に親と疎遠だったというわけでもないのだし。
 しかしあの時は……ちょっと父がうざかった。いやまあ、もともと親ばかの感が強い人ではあったが。

「私、可愛かった?」
「……まあ、そうだな。可愛かった」
 一瞬黙ったのは、生まれたての妹が赤い野猿のように見えたのを思い出したからだが、さすがに黙っておこう。こんなににんまりと嬉しそうに笑っているのだから。
 俺が抱いた途端に粗相をしたことだって言うまい。母におしめを変えるよう言われて、やり方がわからなくてグズグズしていたら、父に奪われたことも内緒だ。
 なにせ今日は、ただこうして赤ん坊の話をするだけの目的で、一緒に食事をしているのではないからだ。

「今も可愛い?」
「ああ、可愛い可愛い」
「二回いっちゃ駄目ですってば!」
 妹は頬をぷっくり膨らませた。
「二回言っても、ほんとに可愛い」
「……でへへ」
 よし、機嫌も上々だ。そろそろいいだろう。

「ところで、知らせておくことがある」
 俺はそう切り出した。
「なんですの?」
「今日から暫く、ジブライールがやってくる」
 そう。なんやかんやしている間に、十日などあっという間に過ぎてしまっていたのだ。
 エンディオンが帰ってくる日が近づいた、というのは嬉しいことだが、その前に待っていることを考えると、多少不安がないでもない。

「ええ。それが?」
 妹は怪訝顔を浮かべている。
 それもそうだろう。
 別に副司令官がやってきて、俺の側にいるのは不自然なことではない。いちいち断るほうが、奇妙に感じるだろう。
 だからわざわざ話さないでもいいかとも思ったのだが、さすがにスケッチブックをもって絵を描きながらついてくるジブライールなんて、いくらなんでも奇妙に見えるだろうと先に伝えておくことにしたのだ。

「実は公務ではないんだ」
「!」
 妹は、今度は表情を強ばらせて俺を凝視してきた。
「つまり、副司令官としてではなく……いや、副司令官としての用件も、今日に限ればあると言えばあるんだが……」
「……! つまり!」
 妹は勢いよく立ち上がる。
「ジブライール閣下に赤ちゃんがっ、で、できっ!?」
「いやいやいや。なんでそうなる」
 いくら赤ん坊のことを話していたからといって、なぜそんなにも話が飛躍する、妹よ。

「赤ちゃんじゃ、ない?」
「当たり前だ」
「でも、それでもお兄さまはジブライール公爵を、個人的な用事で呼び寄せられたってことですのね? それって、お兄さま、ジブライール公爵を……あ……あ……ジブライール公爵と、あ……あ……あ…………」
 妹がいつかの俺のようになっているではないか。
 しかし「あ……」?

「赤ちゃんを!?」
 おい!
「とりあえず、赤ん坊から離れようか」
 事実何もしていないというのに、いきなりそんな疑いをもたれることについては、深く考えないことにしよう。
 うん、妹は意味もわからずいっているのだ。……だよな?

「個人的とも言い難いんだが……覚えているか? 美男美女コンテストの一位と選ばれた者の義務を」
「それは、なんとかいう美人の侯爵閣下のところにお泊まりしたので、終わりなのでしょう?」
 マーミルの声に、不機嫌さが混じる。
「お泊まりはな。奉仕にはもう一つ、絵を一位の相手に贈るというのがあっただろう?」
「ええ……それでアレスディアは、ランヌス画伯のところにお泊まりするときに、絵を描いてもらったのでしょう?」
「そう。で、その絵なんだが、俺のはジブライールが描くそうなんだ」
「えっ!」
 マーミルはまん丸と目を見開いた。

「ユリアーナだけじゃなくて、もう一人、こんな身近に絵のお上手な方が!?」
 マーミルはそういうが、ユリアーナの描いた絵を一度も見たことのない俺としては、その言葉には同意しかねた。
「上手かどうかはともかく、そういうことに決まったから」
「私も見せてもらいたいわ!」
「……上手ではないかもしれない……たぶん」
「……上手じゃないのに、お絵かきするんですの?」
「まあ、そこら辺はつっこむな。いろいろ事情があるんだ」
「大人の事情ですのね」
 待て。俺発信の事情ではないというのに、マーミルの兄を見る目が冷たい。

「とにかく、いつもと違う感じのジブライールを見ても、そういう訳だから気にするな。スメルスフォたちにもお前からそう伝えておいてくれ」
 さすがにスメルスフォ相手にいろいろな事情をごまかしきれるとは、俺も思っていない。
「……わかりましたわ」
 マーミルは大人しく座り直した。

「……ところで、マーミル」
 今までの反応でひっかかるところがあったので、思い切って聞いてみることにする。
「なんですの?」
「お前もまさか知ってたのか? ジブライールがお兄さまを……」
 いや、待て。万が一、何も気づいていなかった場合はやぶ蛇だ。
 ベイルフォウスならともかく、まさかマーミルまでということはないだろう。

「うそっ。ジブライール閣下、とうとう告白なさったんですの!?」
 妹は驚いた様子で食卓に手を突き、再度勢いよく立ち上がった。
「……知ってたのか……」
 妹はハッとした後、バツが悪そうな表情になって俺から目をそらす。
「知らなかったのは、きっとお兄さまだけですわ」
「えっ」

 え、え? 俺だけ? 嘘だろ、おい!
 だってこの間も、ジブライールは気持ちを隠していた、気づかなくても当然だったろう、という話を本人としたばかりなのに!?
 だが、この幼いマーミルまで知っていたとなると……。

「お兄さまのお好きな花がキンモクセイだって、私が教えたんですのよ。それから、好みの傾向だって……」
 え……?
 いや、でも、ちょっと待って。
「協力してたってことは、マーミル、お前……ジブライールにお姉さまになって欲しいと……」
「それとこれとは、別のお話ですわ!」
 妹はキッと目をつり上げ、俺を射抜いてきた。

「私は誰が来ても、反対しますわよ! ええ、反対してやるんだから!」
 ……涙目で宣言された。妹心は複雑らしい。


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