古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

25 意志の疎通は重要です



「私からの報告は、以上となります。他に何かございますか?」
「いや、特に……あ、そうだ」
「なんでしょう」
「次の報告なんだが、ヤティーンにお願いしたい」
「……はい……承りました……」
 俺の不用意な一言で、ジブライールは気を落としてしまったようだ。
 やばい。なんとかフォローしないと。初日から空気が悪くなるだなんてこと、避けたいに決まっている。

「いや、違うからな。別に、ジブライールの報告に不満がある訳じゃないから」
「……はい」
 あわてて取り繕うが、効果は今一つだ。
 アリネーゼが彼の配下となって以来、その様子は事務的な報告でしか様子を知れない。もちろん、それでいいんだ。
 でもなんていうの……ほら、やっぱり気になるじゃないか? いろいろと。
 できればヤティーン本人からそれとなく、何か関わりがあったかどうか、聞き出したいではないか。
 そういうつもりで彼を指名をしたのだが、事情を全く知らないジブライールは誤解をしたようだった。

「ヤティーンに確認したいことがあるんだ。だけどとても個人的なことなんで、本人に内容を知らせて、わざわざ呼び寄せる訳にはいかないと思ってな。それで公務の時ついでに、雑談でもしてついでにそれとなく、確かめようと思っていて……」
 我ながら、言い訳くさい。
「個人的なこと、ですか」
「うん、まあ……」
 相手はジブライールだ。もう正直に好奇心からだと、言ってしまおうか。

「アリネーゼが結果的にヤティーンの領民となったのは、ジブライールだって知ってるだろ?」
「はい。それはもちろん」
「その件に関して、ジブライールはヤティーンから何か聞いていないか? ウォクナンが、全くその話を彼にふらないとは思えないんだが……」
 そうとも。あのリスが、この環境を利用しないはずがあろうか。

「確かに。ウォクナンは、ヤティーンにアリネーゼ閣下の……」
 ジブライールは一瞬、とまどったような表情を浮かべた。以前は大公でも、今は公爵として同位の相手を、『閣下』と呼ぶべきか、口に出してから疑問に思ったようだ。
「閣下はいらないんじゃないかな。今は同位であるのに変に気を使われても、本人もかえって居心地悪いだろう」
 俺が助言すると、彼女はこくりと頷いた。
「はい。では、今後はそのように」
「で、アリネーゼのこと、ヤティーンはなんていってた?」
「やめさせました」
「……え?」
「会議の席で、いらぬ雑談をするな、と、やめさせました。そのような話は会議が終わった後で、二人でするがよかろう、と」
「そっか……」
 ……うん、ああ、そうだね……ジブライールらしいね……。

「なにか、いけなかったでしょうか?」
「いや……大丈夫。そうだよな。会議の席で、雑談とか……不真面目だもんな」
「私……その、融通がきかなくて……」
 俺の落胆を読みとったのだろう。悪くもないのに、ジブライールがしょんぼりしてしまっている。
「いや、実は……」
 事情を説明しかけて、俺は周囲の家臣たちの存在を、今更意識した。
 キミーワヌスはともかく、他の給仕役に聞かせていいかどうかは疑問だ。

「アリネーゼの暮らしぶりについて、やはり気になってな……。なにせ彼女は元大公だ。それだけじゃない。本人は容色が衰えたとは言っているが、それでも相変わらずデヴィル族第二位の美女ではある。つまり絶世の美女には変わりないだろう。本人にその気がなくとも、トラブルに巻き込まれる可能性は高いと思わないか?」
「確かに、そうですね」
「だが俺が私的にアリネーゼを呼びつけて、わざわざ話を聞いたのでは、噂好きな連中にまた何を言われるかわかったもんじゃない。俺はデーモン族の女性にしか興味はないってのに」
「あ……ええ……」
 ジブライールは何を考えたのか、はにかんだようにうつむいた。

「とにかくそんなわけだから、落ち着いたと判断できるまではそれとなくアリネーゼの様子を把握しておきたいんだ」
「ご心配はごもっともです」
 ようやくジブライールは、さっきまでの引き締まった表情に戻って頷き、俺はホッと胸をなで下ろしたのだった。
「では今後は会議の席でもアリネーゼのことを話題にし、閣下にご報告申し上げるよういたします」
「ああ、うん。頼むよ」
 情報は、いろんな方面から入るようにしておいたほうがいいだろう。

「まあ、それはおいといて、この数日のことだが……」
「はい」
 俺は話題を変えることにした。
「実際のところ、絵ができあがるまでどのくらいかかりそうなのかな?」
 急に本題が自分のことになったとみて、ジブライールは意表を突かれたような表情を浮かべている。

「ど、どうでしょう! 私はなにぶん素人ですし、できればしっかりした下絵を描くためにも、スケッチには時間をかけさせていただきたいのですが……ダメでしょうか?」
「あー、程度によりけりかな」
 ないとは思うが、さすがに何十日もこの調子、となるとぶっちゃけ困る。

「通常はどのくらいなんだろう? 一夜の権利は、その名の通り一泊の期限付きだったが、絵にかける期間の基準とかないんだろうか。一日で全部すませたランヌスは特例として……知らないか?」
 俺は食卓の傍らに立つキミーワヌスに質問をなげかける。だが、今日もまた少しだけ皺の入った背広を着た家令代行は、困ったように眉を下げた。
「申し訳ありません。勉強不足とのお叱りはごもっともでございます!」
 いや、聞いただけで叱ってないんだけど、なんでちょっと涙目なの。
 確かにエンディオンならすっと答えてくれたんだろうけど。

「で、では、五日ではいかがでしょう」
「五日……」
「そ……それでは、三日でどうでしょう?」
 俺の呟きをどうとったのか、ジブライールはすぐさま言い直した。
「まあ、じゃあ、とりあえず三日ということにしようか」
 素人だからこそ、期限を切った方がいいのかもしれないし。
「では明日もまた、朝からお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
 正直、謁見の時にずっと見られているのは気分的にしんどいが、まあ三日だけだし我慢しよう。
「夜は、居住棟に戻られるまで、お邪魔していてもいいでしょうか?」
 まあ……三日間だけだしな……。

「かまわない」
 そう返答した途端、以前のようにきりりとしていたジブライールの表情が一気にゆるみ――彼女は伏し目がちに、頬を赤らめながらこう言ったのだ。
「たとえ三日でも……お側にいられて、嬉しいです……」
 消え入りそうな声で――

 やばい――
 考えてみれば、こんな純情っぽい反応を女性からされたことなんてなかった。どちらかといえば魔族には肉食系が多いし、実際に俺が今まで付き合った――一部は付き合っていたのかも、今となっては不明だが――女性たちは、程度の差はあれガンガン来る系だった。
 うっとりされたことはあるにしても、照れた姿なんて誰を相手にしてもほとんどみたことがない。
 だからどうしよう……俺自身が、どう反応したらいいのかわからない――

 思わずエンディオンがいつもいる場所に、救いを求めるような視線を向けてしまい――キミーワヌスと見つめ合うことになってしまった。
 その結果、俺の瞳から何を読みとったのか、家令代行は力強くうんうんと頷いてきたのだ。
 そうして曰く。

「では、ジブライール閣下が三日間、滞在されるお部屋をこちらにご用意いたします」
「……え?」
「朝から晩までご一緒されるのでしたら、いっそこちらにお泊まりいただいたほうがよろしゅうございますからね!」
「え? いや……」
 なぜか嬉しそうにそう、断言された。

 俺の視線を誤解したのか? 俺がそうしろと、指示しているように捉えたのか?
 そうに違いない。あの自信に満ちた頷きは……。
 でなければどこか気弱で、いやに従属感の強いキミーワヌスが、勝手な持論でそこまで断言するはずがないからだ。……セルクならともかく。ほんと、セルクなら間違いなくわざとだと思うが。
 俺の方を「どうです? よくやったでしょう?」とばかりに若干胸を張って見てくるのが、何よりの証拠ではないか。

「竜も飛べないことはありませんが、夜空は苦手ですし、ジブライール閣下ご自身も無理はなさらない方がよろしいでしょう」
 自分の意見を根拠づけるように、キミーワヌスはさらに言葉を続けた。
「美男美女コンテストの投票箱に閣下のお姿を彫られた彫刻家などは、それは何日も泊まりがけで閣下を観察しておりましたし」
 らしいね! 俺は全く誰がそうなのか、気づかなかったけどね!

「で、ではあの……よろしいのでしょうか?」
 ジブライールは俺の許可を求めるように、どこか頼りなげな瞳を向けてくる。
 確かに三日の間、早朝からやってきて、部屋に戻るまで絵を描いているとなると、ジブライールだって疲れるだろう。そうすることが好きだというならともかく、絵はあまり得意ではないようだし。
 彼女の負担や効率を考えても、家令代行の進言は的外れとも言い難い。

「……まあ……君の方で問題がないのなら……いいんじゃないのかな……」
 多少ためらいはあったが、そう答える以外、俺に何ができただろう。
 そうしてジブライールはこの日から三日間、この大公城に寝泊まりすることとなったのだ。とはいえもちろん居住棟にではなく、迎賓館や別館でもなく、本棟の客室の一室で――


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