古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

26 二日目は、外出の予定があるのです



「おはようございます! 今日も一日、よろしくお願いいたします!」
「……よろしく」
 二日目の朝、謁見室で相変わらず気合いの入った挨拶を、ジブライールから受ける。
 昨日の夕食と今朝の朝食は、別にとってもらった。
 マーミルに配慮したというわけではなく、いくらジブライールだってずっと一緒だと、気が抜けないだろうと思ったからだ。

 それでもなんというか……同じ棟ではないとしても、同じ城の敷地内にジブライールがいると思うと、寝苦しさを感じたのは、正直なところだ。
 ベイルフォウスの話じゃないが、確かに自分に想いを寄せてくれているとわかっている相手と一つ屋根の下――いや、正確には一つ屋根の下でもないんだが、とにかく自分の目の届くところにその相手がいると考えると、さすがに俺も心穏やかではいられないのだった。
 いつぞやの誰かのように、寝ようと思って寝室にいったらもぐりこんでいるとか、そんなことがあったりしたらどう対処したらいいのだろうとか、ジブライールなんだからそんなことある筈もないのに、色々妄そ……想像してしまった。
 ……結果は実際、なにもなく朝を迎えたわけだが。
 っと、いけない。変なことを考えて、表情にでも出たら大変だ。気を引き締めないと。

「今日は謁見が終わった後、外出の予定があるんだが、ジブライールはどうする?」
「その公務の内容に支障がなければ、ついて参ってもよろしいですか? 気配はなるだけ消しておりますので!」
 やっぱりそうだよね。ついてくるよね。
「いや、他にも同行者はいるから、消さなくていいよ」
「では、お仕事の妨げにならないよう、大人しく混ざります」
 ……まあ、いいか。今回の用事は、むしろ副司令官がいても場違いではないし。ただ……。

「今日は、その格好で?」
「あ、申し訳ありません……宿泊の予定はなかったので、さすがに着替えは持ってきておりませんでした。それでこちらの衣服をお借りしたのですが……」
 いきなり泊まっていけという話しになったなら、そりゃあ家主が衣類を提供して当然だ。魔族では、自分の家に他人を宿泊させるのは良い慣習とされているし、それこそ爵位持ちならそのためにもてなしの一環として、いろんなサイズやデザインの衣類を男女分とも、用意してある。大公城なら急遽、その相手のために服を仕立てたりさえする。
 ジブライールはそこまで求めないだろうから、既存の服を選んだのだろうが……。

「外出先のご用件に支障があるようでしたら、すぐに着替えて参ります」
「いや、まあ……俺も軍服で行くわけじゃないし、そのままでも別に問題はないだろう」
 そうとも。別に普段のジブライールっぽくはない、というだけで、おかしな格好をしている訳ではない。
 だがせめて昨日と逆だったらよかったのに……とは思わないでもない。
 実際ちょっと、浮くかもしれない。

 なぜって今日のジブライールが着ているのは、スカートの裾が広がった、乙女チックなひらひらレースの黄色っぽいワンピースだったからだ。派手でも華美でもないが、地味でもない。
 たとえていうならマーミルの普段着っぽい。つまり、一般の女子っぽい。
 髪型も、昨日はひっつめていたのに、今日は毛先の方をくるくると巻いてさえある。
 けれどそういえば、俺の城で初めて開催した舞踏会でも、ジブライールのドレスは普段のイメージと違って大人っぽく綺麗、というよりは可愛い系だった。
 湖畔に一泊したあのときだって、翌日はフリフリエプロンだったし……。
 本来は、こういう格好の方が好きなのだろうか。
 化粧もいつもしてるかどうかわからない感じなのに、今日は見事に唇がピンクだ。……それ以上の部位については、正直俺ではわからない。でもなんか、いつもと違う気がする。

 とにかく謁見は、今日もいつものように穏やかに始まった。
 ただ昨日と同じで、みんなジブライールの存在が気になるようだ。いいや。服装のせいで、余計目立ったかもしれない。
 中にははっきりと、「どなたです?」と聞いてきたり、「あら、ジブライール閣下でしたの。いつもと違っておかわいらしい格好をしていらっしゃるから、全くわかりませんでしたわ」とか、言ってくる女性もいたりした。
 そのたび、ジブライールが表情を凍り付かせるのを目撃……してないフリをした。

 そんなこんなの結果、謁見も終わり、俺とジブライールは玄関先でセルクの見送りを受けている。
「では、調査に行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、旦那様、奥さま……あ、いえ。申し訳ありません、間違えました、ジブライール公爵閣下」
 明らかにわざとだろ!
 セルクの考えはお見通しだ。エミリーが心配だから、とっとと俺とジブライールをくっつけてしまいたいのに決まってる。
 そうと分かっていたので、俺は反応しないことにした。ジブライールは「お、奥さま……」とか呟きながら、ひたすら照れていたが。
 …………まあ正直なところ、認めよう。ちょっと可愛かった。

「か、閣下自らご調査とは、何かございましたか?」
 照れを隠すように、ジブライールが聞いてくる。
「ああ。東の洞窟で、変わった物が見つかったと報告があってな。それが俺の興味のあるものだったんで、宝物庫の職員や記録官と一緒にそれを――……ケルヴィス?」
 前庭に二体の竜と共に待っていた随員の中に、見知った少年の姿を見つけ、思わずその名を呼んでしまう。

「閣下! お久しぶりです!」
 いつも素直な少年は、満面の笑みで敬礼を返してきた。
「なぜ、君が――竜番見習いにでもなったのか?」
「あ、いえ」
 竜の手綱をひいていたことからそう思ったのだが、どうやら違うらしい。
「この間から、宝物庫の整理のお手伝いをさせていただいてるんです」
 そうなのか。

 確かに勤め人の雇用や人事については、家令と筆頭侍従に一任されている。特に家令がそのほとんどを担っているはずだ。
 お手伝いだなんて末端の人事なら、俺に報告がなくても当然ではある。
 けれどケルヴィスなら教えてくれてもよかったのに……この間って、いつからなんだろう。
 キミーワヌスが家令代行を勤め出して以後なら、彼はケルヴィスのことなど特別認識してもいないだろうから仕方ない。
 まあ、あんまり細かいことを言って、面倒な城主だと思われるのもあれだし、黙っておこう。
 ただ……マーミルはこのことを知っているのだろうか?

「ならさぞ楽しいだろう。あそこには多数の魔剣があるからな」
「はい!」
 魔剣オタクの少年は、今も俺のやったロギダームを腰に挿している。かつて、俺が借りた無銘の剣のように、大事にしてくれているんだろう。
 それはいいが……まさか不用意に、あちこちで抜いたりしないだろうな?
 万が一俺の前で抜きそうになったら、止めるようにしよう。でないとまた代わりの剣を選ばないといけなくなるだろうし。

「それで今回もここにいるのか」
「はい。あの……正式な身分もない者では、同行を許されないでしょうか?」
 ちなみに彼以外の随員は、デーモン族の宝物庫職員が男女一組と、ペンギンの顔した記録官が一人だ。ただし、宝物庫の男性職員は現場に先行していた。

「それは気にしなくていい。しかし、竜が二体ということは、君が一体に乗るのか?」
「はい。さすがに全員が閣下の竜に同乗というのはいかがかという意見があったようなんです。それで竜を操作できる僕が、今回同行させていただけることに……」
 少年のいうとおり、もともと俺の竜に全員を乗せるつもりだった。けれど俺は一人で竜に乗り、後の全員をケルヴィスが引き受けてくれるつもりらしい。
 そんなこと気にしないでいいのに。

「では、この際そちらを私が承りましょう」
 ジブライールがそう申し出てくれる。
「いいのか?」
「予定外にお邪魔するのです。むしろそのくらいは任せていただきとうございます」
 そうか。絵は描けなくなるが、いいんだな。
「ケルヴィス。ジブライールがこう言ってくれてるんだ。彼女に任せることにしよう」
「え?」
 
 俺の言葉にケルヴィスはキョトンとした様子でジブライールを見つめ――それから頬を紅潮させて叫んだ。
「ジブライール閣下!?」
 どうやら少年は、全く気づいていなかったようだ。確かにいつものカッチリ加減と違って、今日のジブライールは少女趣味全開だもんな。印象が違いすぎて、すぐにわからなかったのも理解はできる。
 他の二人も、少年の言葉でようやくそうと認識したのだろう。驚いたような表情を浮かべた。

「そう、ジブライールだ。今日は彼女も同行する――つまり、副司令官として……」
 全く説得力のない格好すぎて、口ごもってしまった。
 ごまかすように、ジブライールに話しかける。
「見つかったのは、魔剣なんだ」
「そうなのですか」
 だが彼女はイマイチ納得いかないという風に、首を傾げてみせた。
「しかしただの魔剣ならば、わざわざ閣下が行かれずとも――城まで誰かに持ってこさせればよいのでは?」
「まあ、そうなんだが、そうできない理由があってな。行けばわかる」
 ジブライールの反応は当然だ。けれどそうできない事情があった。別に隠すほどのことではないのだが、もう現地に行ってしまえばわかるのだから、説明なんていいだろう。
 不思議そうな表情で首を傾げるジブライールを促し、俺は彼女を含めた四人を伴って、目的の洞窟に竜を駆った。


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