古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

27 狭い洞窟の先に待っていたものは



 大公城から竜で東に向かってかなりの距離を飛ぶと、奥に丘陵の続く件の林に行き当たる。
 この辺りのことは、〈夜来たる倉〉と呼ばれているらしい。
 先行していた男性職員が待つ場所で竜を降り、彼の案内で林を奥へと進む。ほどなく、赤茶けた岩からなる崖にたどり着いた。
 一カ所、下部にぽっかりと穴の開いた場所があり、その手前に一人の人物が立っている。

「こんなところまでご足労いただいて、申し訳ありません、ジャーイル大公閣下」
 ピチピチのシャツにピチピチのパンツをはいた胸の大き……いや、青竹色の短髪にオレンジ色の瞳をしたそのデーモン族の女性が、この洞窟を直轄する伯爵クリストナだ。

「さっそくだが、魔剣の元へ案内してくれるか?」
「ええ、もちろんです。ですが……」
 伯爵はざっと随員を見回し、最後にジブライールの上で視線を止めた。
「なにか?」
「あ、いいえ。副司令官閣下でしたか。どちらかのお手つきのお嬢様でもお連れになったのかと思ったものですから」

 聞き間違えた?
 今、お手つきのお嬢様、とか言ったか、この女伯爵。
 しかもなんか気のせいかも知れないが、ちょっと険を含んで聞こえたんだけど。
 ベイルフォウスでもあるまいし、そんな風に評される覚えはないんだけど!?

「口を慎むがよい。閣下はそのように、公私混同なさる方ではない」
 俺が抗議する代わりに、ジブライールが注意してくれた。
 ほんと外見はどうあれ、中身はいつもの副司令官ジブライールのようだ。しかし一見、ほんとに別の女性に思えて困る。
「あら、それは申し訳ありません。けれどジブライール閣下はなぜ、スケッチブックなど持っておられるのです? 記録官でいらっしゃる?」
「私は――」
 困ったように、ジブライールは自身が握りしめたスケッチブックを見つめる。

「いえ、記録官は私です」
 ペンギンの顔した記録官が、彼の手である水鳥の羽を挙げた。ちなみに、ペンを挿した小さな手帳を一つ、持っている。
「ジブライールは今、大事な任務中だ。スケッチブックはそれに必要なもの。それだけわかっていればいい」
 そうとも。一位の絵を描くだなんて、魔族があれだけ心血を注ぐコンテストの結果にかかわることなのだから、もういっそ任務といっても差し支えないに決まっているではないか。
「そうですか。承知しました」
 クリストナの口元に、一瞬だけだが嘲笑に似た笑みが浮かんだように見えた。
 真意は問うまい。本題に逸れてややこしいことになっても困るし。
 とにかく今は、魔剣だ。本来の目的を果たして、サクッと帰ろうではないか。

「それにしても狭そうだ」
 不穏な空気は無視して、洞穴をのぞき込む。
 横穴は予想に反し、狭かった。屈まないとくぐれないほどの高さしかない。
 しかも中をのぞいてみたところ、その幅員が暫く続きそうだ。

「ジブライールはここで待っててくれ」
「えっ。何故ですか?」
「何故って、こんな狭いとは思わなかったから同行を許したが……これじゃあ這ってしか進めないだろう。せっかくの洋服が汚れるし、スケッチブックだって持って行くには邪魔だろうし」
「お気遣いには感謝いたしますが、汚れは魔術をかけておけば対処できますし、スケッチブックは背負います! ここで待っているのならば、なぜついてきたのかということになります。ぜひ、お供させてください!」
 確かに一理ある。
「なら、殿(しんがり)を頼む。それでもいいか?」
「もちろんです!」
 まあ俺も副司令官として、とか、任務中、とか言ってしまった手前、置いていくのもおかしなもんだし……。

「では閣下、そろそろ出発してもよろしいですか?」
 クリストナが促してくる。
「ああ、頼む」
「中は狭いですし、途中でいくつにも分岐しております。進めば広い場所に当たりますが、かなり先です」
 クリストナはジブライールに視線を向ける。
「どうかぐずぐずして、迷子になられませんように」

 ちょ……こんな格好をしてるからだまされてるのかも知れないが、ジブライールはかなり短気で結構男らしい攻撃をしてくるんだぞ!
 そんな煽るようなことを言って、蹴られてもしらないぞ?
 ほら、今もムッとした表情になっているではないか。
 ジブライールの脚力がすごいのは、俺が自身で経験済みだからな。
 やばい、なんか後遺症が……。

「それでは私が先導いたしますので、閣下を先頭についてきてください」
「ああ」
 いや、ちょっと待て。俺がクリストナの後ろ?
 こんな四つん這いになって進まないといけない、狭い洞穴の中で?
 女性の臀部を目の前に見ながら……。

 クリストナが明かりの魔術を発動させ、穴に入った後、俺はそっと宝物庫の男性職員の背を押した。
「君に栄誉ある二番手を譲ろう」
「え、いいんですか!?」
 喜びの声をあげ、男性職員は目尻を下げる。もちろん彼は、先に何が待っているのかわかっているんだろう。

「ケルヴィス、少し距離を空けてついていけ」
「あ、はい」
 少年は素直にうなずいて、男性職員の後に続く。それからペンギン記録官、俺、残りの女性職員で最後にジブライール、という順で俺たちは洞穴に進入していった。

 間もなく――
「あん!」
「ぶふっ」
「あらん? ジャーイルかっ……ちょ……きゃああ! なぜあんたが後ろにいるのよ!」
「う、うへ……す、すみません……ぐふっ、ふぶっ」
 という状況が想像できる会話が前から響いてき、俺はこの順番にして正解だったなと一人心中で強く頷くことになったのだった。

 そんなこともありつつ、しばらく登ったり下ったり、這い蹲って進むと、ようやく背の伸ばせる天井高の空間に出る。
「ふぅ……やっとか」
 とはいえうっかりすると、俺だけは頭を打ちそうな高さだ。
 最終的に登った方が多かったのか、それとも地面が低いのかはわからないが、穴はほとんど天井高に近い場所に開いていたので飛び降りる。
 剣を回収したら帰りは面倒だから、崖をぶっ飛ばそう。
 縮こまった身体を伸ばしながら、俺はそう決意した。

 それから後に続いていた女性職員が降りるのに手を貸してやる。
「あ、ありがとうございます」
 彼女は照れたように礼を言って、俺の手にすがって降りた。
「ジブライール」
「わ、私は……」
 そんなか弱い女性ではない、と言いたかったのかも知れないが、逡巡を見せた後、彼女もまた俺の差し出した手を握りしめ、穴から飛び降りた。

「あっ!」
 スカートがふんわりしていたせいだろう。裾がめくれ上がって、細い足が露わになる。それでも太股まで見える前に抑えられたのは、彼女の反射神経の賜物なのだろう。
「ごめん」
「あ、いえ! 今のは私の不注意で……」

 俺は素早く、周囲を見回した。
 クリストナとだけ、目があった。どうやら他の者は見ていなかったようだ。伯爵はいいだろう。女性だし。
「……私だけ、損したみたい」
 クリストナが恨めしげに呟く。
 仕方ないじゃないか。俺より前にいたんだから。

 そこから魔剣の在処までは、そう距離もなかった。すぐにぽっかりと開いた円蓋型の空間にたどり着いたのだ。
「想像より広いな」
 丸い天井に、声が反響する。

「きれいです」
 女性職員が洞窟内を見回して、感嘆の声をあげた。
 それも納得だ。なにせその洞窟の壁一面は、夜光石で覆われていたのだから。
 今は昼間だからただ青いだけだが、それでも十分に美しい。夜になるとほんのり光って、さぞ絶景だろう。

 夜光石は昼間に日の光を蓄え、夜、発光するもの――つまり蓄光石だが、その光源は天井にいくつかあいた穴…………あれ? 天井に、穴?
 ……いや……え? ちょっと待て。上にすでに外界に通じる穴が開いているじゃないか。
 あの穴を広げて降りた方が早かったんじゃないか?
 っていうか、距離があるからあれだけど、すでに十分、どれも一人二人……場所によっては全員が一度に通れるような大きさの穴もあるように見えるんだけど……?

「ここ一帯は、夜光石の採掘所なんです。美男美女コンテストの投票台を飾った柱、あれもジャーイル閣下が担当でいらっしゃれば、ここから掘り出したものが使われたでしょうね」
 自領の特産品を心底誇りとしているのが、その落胆を滲ませた語り口から伺い知れた。
 いや、しかしだ。
「あの天井の穴は……」
「ええ。普段はあそこから、出入りをしています」
 え? あれ? ちょっと待って。
 なら俺たちなんでわざわざ、あんな狭い洞穴を通ってここまで――

「閣下!」
 ケルヴィスの興奮した声が響く。今のクリストナの説明に憤慨したわけではないだろう。それは怒声ではなく、弾んだ声だったからだ。
 俺は視線を天井から下降させる。
 探さなくとも、彼の興奮の元はすぐにわかった。

 剣は――
 美しい青の壁に生じた一筋の亀裂のように、その抜き身を大地から屹立させていた。
 それは、やや反り曲がった細身の鉄剣――刃は片刃。反った腹が、空気でも裂くかと見えるほど、鋭利だ。
 波のような紋は彫られたというより、その鋼自らの存在を示すため、おのずと浮き上がってきたかのように見えた。
 柄は楕円で細長く、鍔は小さい。

「これは、なんという種類の剣なんでしょう。僕は初めて見ます!」
「俺もだ! 反った剣はいくつかあるが、こんなのは見たことがない!」
 俺とケルヴィスは興奮しながらその剣に近づいた。
「ジャーイル! 不用意に近づいては――」
 クリストナが緊迫した叫びをあげる。

 そうだった!
 俺はとっさにケルヴィスまとめて結界を張った。が――あれ?
 何も起きない?

 報告を受けていたところによると、こいつに近づくと、なにか防御魔術のようなものが働いているのか、丈夫な魔族の肌をも焦がす強烈な雷撃が発生するとのことだったのだ。
 剣までの距離が短くなるごとにその雷撃は強くなり、最初は多少我慢して進めても、結局たどり着くまでにほとんどは命か意識を失ってしまうらしい。
 魔術を発動させて離れた場所から引き抜こうとしても、一切を無効にしてしまう――まるでこの世のものではないかのように、不干渉を貫いてそこにあろうとするのだと、そう報告があったのだ。
 その回収の困難さと、伝え聞いた造形の珍しさに惹かれて、こうして俺自らやってきたのだが……。

 何も起きない。
 いや――
 大地からそそり立つその剣は、かすかに振動している。それが大気に重みを与えるように、じわじわと伝わってくるのだ。
 だがそれは聞いていた雷撃とはほど遠く、また、害のあるものではないらしい。
 俺は結界を解き、クリストナを振り返る。

「わ……わかりません。今までにこんなことは――」
 クリストナが困惑気味に首を振った。
「閣下。レイブレイズが……」
 緊張感に彩られたジブライールの声音に、俺は腰の愛剣に視線をやる。黒い鞘からわずかに黒い光が洩れていた。

 俺は、魔剣レイブレイズを引き抜いた。
 目の覚めるような蒼の剣身に彫られた黒文字の呪文。その、解読もできない文字が、黒い光をかすかに放っている。
「共鳴している……んですか?」
「いや――というか……」

 ケルヴィスが、興奮に頬を紅潮させて、レイブレイズと反った剣を見比べている。その額には高揚感とは異なる脂汗が浮かんでいた。まるで気持ちとは逆に、身体は恐怖を感じているとでも言いたげに――
 ふと他も見てみると、ジブライールやクリストナといった有爵者でさえも、まるで敵と対峙しているかのような緊張感を漂わせている。無爵者はなおさら、明らかな脅えをみせていた。
 彼らが感じている恐怖は、果たしてどちらの剣に由来するものなのだろうか?

 俺はレイブレイズに制止を命じながら、その剣身を鞘に滑り込ませる。
 すると我が愛剣はよく言うことを聞いたもので、光るのを止めて大人しく鞘に収まった。同時に、反った剣も震えるのを止める。
 なるほど――レイブレイズと喧嘩するくらいのものなら、そりゃあ大した魔剣だろう。
 俺はほくそ笑み、周囲を威嚇するかのような覇気を放つその反った剣に手を伸ばす。
「駄目よジャーイル! 無謀だわ!」
 クリストナの非難めいた叫びが耳朶を叩いたが、かまわず細身の柄を握りしめた。


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