古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十二章 家内安全編】

34 断罪の場に当事者の姿――



「二人とも殺す。それでいいな?」
 その場にいた全員が席に着くなり、開催宣言もなしにベイルフォウスが強い口調でそう言った。
 もしやそれが、開催宣言なのかもしれない。

 ここは〈不浄なり苔生す墓石城〉。言うまでもなく、ベイルフォウスの居城だ。
 高い場所に小さな正方形の窓がいくつかあるきりの殺風景な部屋に、大きな黒檀の円卓が一つ。そこに、城主のベイルフォウスを始点として、あとは右回りに序列順でぐるりと大公が並んでいる。
 今日は〈大公会議〉の日――待ちに待った、ではないが――なのだ。
 いきなりの宣言は、先日アリネーゼに話を聞いていなければ、俺の驚愕を呼び起こしたことだろう。

「待て。議論を始めるには、まだ早いんじゃないか? 全員そろっていないだろう?」
 円卓を囲む顔ぶれを見回し、俺は疑問の声をあげた。
 今ここにいるのはこの城の主であり会議の主催であるベイルフォウス、俺・ジャーイル、ウィストベルとプート、それにサーリスヴォルフ。
 〈大公会議〉と聞いてきたのに、いるのは五名の大公だけ。要するに、争った当事者が二人とも不在なのである。
 ちなみに、円卓の上には何もない。お茶の一杯さえ。

「召集したのはこれで全員だ」
 確かに、椅子は最初から五脚しか用意されていない。
「当事者がいないでいいのか?」
 じろり、と、ベイルフォウスが殺気だった視線を俺に向けてくる。

「あいつらの意見を聞く必要などない。二人は同盟者であるにもかかわらず、大公の序列をかけて戦った。同盟を軽んじた、その事実は揺るがず、許し難いものだからな」
 つまり言うなればこれは欠席裁判か。
 ああ、確かに――アリネーゼの言うとおり、ベイルフォウスは同盟に強いこだわりがあるようだ。だとするならベイルフォウスがウィストベル一人としか同盟を結ばないことにも、彼なりの考えが深く反映されてのことなのだろう。

「君がそうくるだろうとは予想できたがね。しかし私は同盟者として、デイセントローズの立場には同情の声を上げたいね」
 今日は〈彼〉のサーリスヴォルフは肘をつき、注目を求めるように少し太いその指でトントンと黒檀の表面を叩いた。

「弱者に慈悲が必要か?」
 返すベイルフォウスの声音は、かつてないほどに冷え冷えとしたものだった。
「君の出した議題は同盟の意義について、ということだったはず。それを軽視したものが誰かとは追求しても、その勝敗の結果は問題にはならないだろう」
 サーリスヴォルフは苦笑を浮かべつつ、それでも反論を重ねる。
「議題に沿っていえば、メイヴェルの行いは確かに許されるものではない。あきらかに下位である彼女から、戦いは申し込まれたのだろうからね」
 そりゃあ上位のデイセントローズが下位のメイヴェルに、序列をかけて挑戦する訳はないもんな。

「助け合うと約束した相手に、奪位を仕掛けたのだ。故に彼女が同盟を軽んじた、という意見は尤もだ。これを処罰するという提案には、私だって反対はしない」
 サーリスヴォルフの厳しい意見に、プートが腕を組み、険しい表情で首肯した。デヴィル嫌いであるウィストベルの反応は、言うまでもないだろう。
 どうやら、メイヴェルをかばう者は、この場に一人もいないようだ。

「だが、デイセントローズは違うだろう? 逆に、同情すら覚えるよ。彼は同盟者から思いも寄らぬ挑戦を受けた側だ。そのことに落ち度はない。その彼まで断罪する必要はないのじゃないかな?」
 確かにまあ、理屈から言えばそうだよな。ちなみにアリネーゼの判断も、サーリスヴォルフ同様だった。
「私同様、彼の同盟者として、プート。君はどう思う?」
「正直なところ、我は関心もない。弱者二人の処遇などな――」
 サーリスヴォルフの問いかけに、プートが低い声を響かせる。
「だが、サーリスヴォルフの意見は、この議題を重んじたものとして、十分に吟味をされるべきものであろう」
 この流れはつまり、サーリスヴォルフはデイセントローズをかばうことで同盟者の意義を自ら示し、同様にそれを助けることによって、プートも示しているわけか。
 思ったよりサーリスヴォルフが積極的だが、概ねアリネーゼが予想した通りの流れではある。

「ウィストベル」
 ベイルフォウスが、おそらく彼に最も近しい考えを持つであろう女王様に水を向ける。サーリスヴォルフがプートに援護を期待したように。
 だが、意外にも彼女の意見はそっけないものだった。
「どうでもよいわ。この場に当の二人がおったなら、私は諸手を挙げて主に賛成してやったろうが、双方不在の時点で――」
 ウィストベルはベイルフォウスに、むしろ責めるような視線を向けた。

「主がいらぬ慈悲を与えたことは明白じゃ」
 えっ。欠席裁判なのに、それがベイルフォウスの慈悲の結果なんですか? しかも、いらぬ、なの?  ちなみに今日もウィストベルの魔力は恐ろしいほどの量を誇っている。だが、ついこの間までのように本気で不機嫌ではないからか、ヒュンとはならない。
 それはともかく、今の言葉の意味が分からない。
 だが、言われた本人としては思い当たる節があったらしい。ベイルフォウスはこの部屋に現れて初めて殺気を解き、いつもの皮肉に彩られた笑みを浮かべてみせた。

「ジャーイル、お前はどうだ」
「そうだな――」
 これまでのラマの行動を思い起こしてみると、どうしても判断に私情を挟みそうになってしまう。ああこれがマストヴォーゼだったなら、俺は間髪入れず、サーリスヴォルフに積極的な同意の声を上げたに違いないのに。

「この際だから、言っておく」
 一瞬の沈黙に困惑を感じとったのだろうか。ベイルフォウスは俺の答えを待たず言葉をひきとった。
「お前や小僧や小娘が思っているほど、大公の同盟ってのは軽いもんじゃないんだぜ」
 小僧って……デイセントローズか? 小娘はメイヴェル? 若輩のデイセントローズはともかく、メイヴェルは結構な年だと思うけども。

「俺は別に、同盟を軽々しく捉えてはいないつもりだが……」
「だが、その重要性についての認識は、まだ不足している。大公の同盟というのはな」
「そなたの認識が――」
 プートがベイルフォウスの講義を中断させた。
「全ての者と同一、唯一無二という訳ではない。このような場所で、同盟者でもない者に勝手な考えを押しつけるのはいかがか」
 ベイルフォウスが舌打ちをし、隣を睨めつける。けれどプートはベイルフォウスの方を見返しもせずに続けた。

「それよりも議論を進めようではないか。我が考えもサーリスヴォルフ同様、メイヴェルの断罪を求めるものである」
 プートはデイセントローズのことについては言及しないようだ。
「議論など、必要ですらないのじゃないかな。いっそ決を採ろう。どうせ、話し合う余地だってないだろう?」
 サーリスヴォルフは言うなり、手のひらでドンと机を叩く。今日はなんだか、随分彼の仕草は乱暴に感じる。男性だからだろうか?

「メイヴェルは有罪、デイセントローズは無罪」
 言い出したサーリスヴォルフが、背筋を伸ばして間髪入れずそう断じた。
「ふむ。メイヴェルは有罪、デイセントローズは無罪」
 プートが続く。
 ウィストベルは一つ、長い息を吐いた後――
「二人とも有罪じゃ」
 ですよねー。

「俺を入れると、メイヴェルの有罪が四、デイセントローズの有罪と無罪がそれぞれ二。これでメイヴェルの処遇は決まったとして、デイセントローズの運命はジャーイル、お前に委ねられた訳だが」
 ニヤニヤと、ベイルフォウスが笑いかけてくる。
 こいつ、いつもと違ってシリアスなのは、最初だけだったな。結局いつものベイルフォウスじゃないか。

「俺は――」
「お待ちを!」
 俺が結論を口にしかけたその時だった。会議室の扉が派手に開かれ、ラマ――デイセントローズが飛び込んできたのだ。


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