古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十二章 家内安全編】

35 ラマくんの必死の抵抗



「お待ちください! 私は〈大公会議〉のことなぞ、何一つ聞いておりません!」
 そう叫ぶデイセントローズは、いつも以上に色を失って見えた。
 まあ無理もない。自分の預かり知らぬところで、己の生殺与奪が話しあわれていると耳にして、慌てぬ者はいないだろう。

「あまりに無体ではありませんか! メイヴェルはともかく、なぜ私までもが断罪の的とされねばならぬのです!」
 デイセントローズは、快い返答を聞くまでは誰一人として外には出さぬと言いたげに、扉の前に立ちふさがった。
「敗北者の分際で、よくもおめおめと――」
 ベイルフォウスがまた冷え冷えとした殺気を発する。
「敗北した事実を責められるか……けれど勝敗は――大公位争奪戦でも勝者と敗者がありました! あなただってベイルフォウス――プートとジャーイルに敗北し、三位に落ちたのではありませんか――」

 デイセントローズは今までに見たことがないほど、必死だった。
 なんとか自分に襲いかかる最悪の事態を回避しようと、両手を広げ、瞳を大きく見開き、唾をまき散らして声を嗄れさせる。
 滑稽とも思えるその姿は、なぜかこの期に及んでも不気味に感じられた。

「ははは。確かに彼の言う通りだ――大公の中で負けたことの無いものなど、プート一人しか存在しないのだから」
 サーリスヴォルフがデイセントローズに与した意見を述べる。
「いいや、プートだって同位の大公に負けたことがあるよね? 現魔王陛下に――それに確かこの間のジャーイルとの勝負の結果についても、納得がいっていないのだったか」
 プートはムッとした表情で、否も応もなく沈黙を守った。

「そんなわけだ。大丈夫さ、デイセントローズ。今回の件で君を断じられる者など、いるはずがない。さっき私が言ったとおり、君に落ち度はないのだからね――」
「サーリスヴォルフ……」
 ラマはすがるような視線をサーリスヴォルフに向け、ぶるり、と首を震わせる。それでも声は、いくらか安堵の色をにじませていた。
「ねえ、ジャーイル?」
 サーリスヴォルフが最後の一票を急かすように、ねっとりとした視線と声を俺に向けてくる。いいだろう。

「メイヴェルは有罪、デイセントローズは無罪」
 俺の言葉にベイルフォウスは案の定、舌打ちを返してきた。

 メイヴェルはもしかすると、デイセントローズから無理に同盟を強いられたのかもしれない。たとえば俺がそうだったように、相手の城への特別な招待を、事情も知らないうちから受けてしまったとか――いや、ウィストベルを非難している訳じゃない、決して!
 しかしどういう経緯で二人の間に同盟が結ばれたのだとしても、その関係は十分に尊重されるべきものである。俺とウィストベルやマストヴォーゼ、それからアリネーゼがかつてそうし、今もそうしているように。
 故に他の大公たちが断じたように、俺のメイヴェルに対する結論も、有罪ではあった。

 だが、今回の件に限ればサーリスヴォルフの言うとおり、デイセントローズは単に挑戦を受け、負けたというだけのこと。特定の相手に対して弱さを露呈したからといって、彼の方から同盟を破った事実となるわけではない。落ち度はないと判断せざるを得ないではないか。
 であれば、単にうざいから、とか何となく存在が不気味だから、という理由だけで罪に問うのはいかがなものだろうか。

「ジャーイル大公っ……」
 とはいうものの……うわぁ、しまった。ラマが必要以上に瞳を輝かせて、こっちを見てくる……気持ち悪い。
 落ち度がどうとか考えずに、ノリで有罪にすればよかったかもしれない。

「ベイルフォウス」
 プートが低い声で、主催者の名を呼んだ。結論の発表を促すために。
「……メイヴェルは有罪、デイセントローズは無罪。決定だ」
 親友は不満をありありと込め、告げる。
 一方でデイセントローズは大きく息を吐き、それからヘタヘタとその場に膝から崩れ落ちた。

「結果は出たな。これで解散とする」
 ベイルフォウスが閉会の合図とするように机を叩き、腰を上げた。
「お待ちを!」
 デイセントローズも即座に立ち上がり、再び扉の前を背中の羽を広げて占拠する。
「私はっ、私は必ず、近日中にメイヴェルから六位を取り戻してみせます! すでに同盟は軽んじられたのです! 逆に私があの女に奪位の挑戦をしたとて、許していただけるはず!」

 ああ、特殊魔術で魔力の増量を頑張るつもりなんだな。
 俺はちらりとウィストベルの反応を見たが、彼女は能面のようにただただ冷たい表情を浮かべているだけだった。
 一方、ベイルフォウスは殊更足音を響かせて扉に歩み寄ると、デイセントローズの胸ぐらをつかむ。

「バカか、貴様は!」
 それから邪魔な荷物でも払うかのように、ラマを放り投げた。羽虫の羽がかさ高い体が大きな弧を描き、高い窓の下にぶち当たる。
 ヒビの入った壁から、彼の体はずるずると床に落ちた。
「結論は出ただろうが。今から俺が行く。お前があいつに挑戦する機会は、今後一切ない」
 今からベイルフォウスが行くってのは、もちろんメイヴェルの城に、ということだよな?
 つまり、アリネーゼの予測通りメイヴェルは――

「ベイルフォウスが行って……」
 背中の羽がやや曲がるほど乱暴に投げられたというのに、デイセントローズは文句一つ言わず、弱々しい動作で上体を起こす。
「どう、なさる、というのでしょうか……」
 口の端から流れる血を拭い、赤毛を見上げるその瞳には、恐怖の色さえにじませて。
 どうにもこの二人は同じ大公とも思えないほどだが、まあ、実力差を考えると仕方ないか。

「お前、俺の言葉を聞いてなかったのか? 殺す、といったろう」
 ああ――確かに言った。開口一番『二人とも殺す』と。そう言われれば、それに則して決を採ったんだもんな。
 でもほら、ベイルフォウスくん。君がそう言った時、デイセントローズはこの部屋にいなかったから。ほんとに聞いてなかったと思うよ。

「いえ……いえ、お待ちください! どうか挽回の機会を……!! 私はすぐさま今よりもっと強くなって、大公の一員として立派にメイヴェルを――自分の実力をもって討ち果たしてみせます! ですから、数日……いえ、明日! 明日まで待っていただければ、自らの手で……!」
 デイセントローズは正座をするような形で、両手を大きく差し出して前の床についた。ほとんど、土下座に近い格好だ。
 いいや――
「どうか、どうか――」
 彼は固い床めがけて上半身を振り下ろし、その冷たい石に柔らかな毛の生えた額をこすりつけた。

「愚かな……」
 女王然と座ったままのウィストベルの瞳が、嫌悪と憎悪と軽蔑を浮かべて、デイセントローズを射抜く。
 プートは険しい表情のまま奥歯を噛みしめ、組んだ腕を崩さず、ラマを一瞥だにしない。
「ふふ……ははは」
 これまでデイセントローズをかばってきたサーリスヴォルフまでが、その姿を見て嘲笑を浮かべた。

 ベイルフォウスはもう一度デイセントローズに歩み寄り、その右足を振り上げる。骨の砕ける鈍い音を立てながら、ラマの左肩が壁に押しつけられた。
「〈大公会議〉は馴れ合いの場じゃねぇ。大公の地位も同様だ」
 尋常じゃない殺気だった。
 それこそ、今までのベイルフォウスが見せたことのない殺気。
「同盟を犯した者は、俺が殺す! 弱者の名誉心などに構ってられるか!」
 怒りのまま吐き捨てるように言うや、右手を横に伸ばす。
「これ以上、グダグダぬかすなら、話し合いの結論など関係ない。ヴェストリプス――」
 低い呟きが放たれて一瞬も経たず、その手には召喚されたかの魔槍が握られていた。

「まず貴様の首を落として、それからメイヴェルも同じ目に遭わせてやるよ――光栄に思うんだな。この槍で命を落とせることを」
 同盟を軽んじる――それはベイルフォウスにとって、大事な魔槍を持ち出すほどのことなのか――
 あ、ちなみに俺は今も二本刺しだ。レイブレイズとこの間見つけた剣との!
 ちなみに正式な鞘はいつまでたってもできそうにない。随分いろんな鞘師に見せたが、全員に製造を拒否された!
 いつまで経っても宝物庫に預けられそうにない。
 それはともかく、だ。

「お待ちを、ベイルフォウス! 私は無罪となったはず!」
 それは悲鳴に近い叫びだった。だがベイルフォウスの足で壁に押し付けられた肩は、抵抗すれども縫いついたようにピクリとも動かない。
「どなたか――」
 自力の脱出をあきらめたのか、その視線は助けを求めるように他の大公に向けられる。だが俺を含め、誰一人として彼のためにベイルフォウスを止めに入る大公はいないようだった。
 だが――

「それには及びません」
 低くて暗い、暗い声が、二人の間に割って入った。

 いいや――
 割って入ったのは、声だけではなかった。
 扉の向こう、廊下から――今度は二本の角を持った丸い影が、ベイルフォウスめがけてすさまじい速度で飛び込んできたのだ。
 ヴェストリプス一閃、中央の穂先がそれを迎え撃つ。

 鈍い音を立てて穂先に突き刺さったその球体は、見覚えのある水牛の頭だった。首から下が、一切見受けられないただの頭部……。
 それはそう――血も流れないほど絞られ干からびた、メイヴェルの首級だった。


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