古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十二章 家内安全編】

36 お届け人の正体は



「ああ、すみません……手元が狂って……決して、ベイルフォウス大公を狙った訳では……」

 姿を見せたのは、弱々しい声に似合わぬ立派な体格の男性だった。プートやゾノとまではいかないが、それでも胸板は十分に厚い。
 だというのに彼は弱々しさを感じる足取りで、ゆっくり会議室に入ってきた。

 その顔はプートやサーリスヴォルフの方ではなく、俺やベイルフォウスと同じ造形。
 だが彼をデーモン族と言い張るには、頭の上に立った三角の耳や同質の毛を生やした鋭い爪と大きな肉球を備えた逞しい手、耳や手と同色の長い尻尾がそれを許さなかった。
 あれは――獅子だろうか? いや、プートの耳とは若干違う気もする。けれど猛獣のものであるには違いない。
 そんな風に彼を構成している部位は雄々しいのに、眉尻の下がった泣き顔のせいか、正面からの印象はとても頼りなく見える。そんな男性魔族だった。

「誰だ、貴様」
「ロムレイド――」
 ベイルフォウスの問いに、しかし答えたのは本人ではなかった。
 彼の名と思われる単語を呟いたのは、サーリスヴォルフだったのだ。
「彼はロムレイド。我が領の公爵だ」
 その声音には、いつも込められている朗らかさのひとかけらもない。むしろ困惑気味にさえ見えるその態度は、配下がやってくることを知らないでいた、と主張しているようにも思われた。

「ご紹介どうも。サーリスヴォルフ大公」
 かくん、と、ロムレイドは首を前に倒す。それで一応、礼を表しているつもりらしい。まあ、敬礼よりましかな。
「あ、それ、手土産です……」
 こともなげに言って獣の太い手が指さしたのは、紛れもなく魔槍の先に掲げられたメイヴェルの首だ。
 彼女をそんな姿にしたのは、やはり彼――ロムレイドに違いない。そう納得できる魔力の持ち主だというのに、なんだこのやる気の無さ。

「そなたがメイヴェルを倒したのか?」
 プートが確認の言葉を向ける。冷静ではあるが、半ば詰問口調に聞こえた。
「あーはい、プート大公。僕が生首を作ってきました。えっと……今朝」
 奪爵は今日か。まあ、そうなのだろうが……生首を、作る――
「いわゆるアレです……奪爵です。皆さんご存じの通り、彼女は近頃ちょっとおいたが過ぎましたので、お仕置きしちゃいました」
 その態度は、大公を殺ることなど造作もないと言わんばかりだ。実際、ロムレイドがメイヴェルを倒すのに、大した労力は必要なかったろうが。

「奪爵の理由なんざ、どうでもいい」
 ベイルフォウスがヴェストリプスを振る。
 最後は七大大公の一角を占めていたというのに、哀れにもメイヴェルの首は、皆の注目を集める価値もないと言わんばかりに部屋の端めがけて転がっていった。こめかみをひきつらせ、大きく瞳孔を開いたそれは、デイセントローズの目の前で彼を睨み上げるように止まる。
 ラマは憎悪をたたえて、それを見下ろした。

「ここは魔王城じゃねぇ。なぜ、ここに来た」
「なぜって、それはもちろん……」
 ロムレイドは困ったというよりは、面倒だと言わんばかりにため息を吐く。

「魔王城への奪爵の知らせは、大公城の家令の役目ですし――僕はお呼びがあるまで、行かなくていいはずですよね?」
 その声のあまりの脱力加減に、こっちまで怠惰に引きずられそうになる。
「でも今日は大公閣下がたが、このメイちゃんのことで会議されてるっていうから、こっちには来た方がいいかと思って――」
 おい、メイちゃんって誰だよ。――いや、メイヴェルだってのは、もちろん分かってるけれども。
「だって、みんな集まってるのに、メイちゃん一人だけ仲間外れなんて……可哀想じゃないですか?」

『可哀想』だなんて、生首にした男が言う台詞じゃないと思うんだけども。 
 さっきから彼の表現にはこう、むずむずするような気持ち悪さを覚える。言葉の選択における感覚が、俺と著しく異なっているせいだろうか。なんだか、デイセントローズとは種類の違う気持ち悪さだ。

「でも、そうしてよかったでしょう? ほら、おかげでベイルフォウス大公も、あんな遠くまで無駄足を踏まずにすんだんですから」
 確かに、メイヴェル領からベイルフォウス領は遠い。かなり遠い。
 つまりはその隣の我が領地からも遠い、ということだ。
 いくら速い竜で急げば半日もかからないとはいっても、遠いのには違いない。俺だってベイルフォウスがその距離をよくやってくることに、普段は感心してたりもするのだ。

「はぁ……ほんとに遠かった……すみません、ちょっと座っていいですか?」
 ロムレイドはそう言うなり、誰の返答も待たずにベイルフォウスが空にした席に座ろうとした。
 だがその獣の手が椅子の背もたれに届く前に、ベイルフォウスの差し出した魔槍の切っ先が彼の喉笛にピタリと当てられる。
 この場に現れて初めて、ロムレイドは緊張の面もちを浮かべ、額から一筋の汗を滴らせた。

「ここは大公の席だ。正式にその位にない者が、座っていい椅子じゃねえ」
「……失礼、しました……」
 彼は後退り、眉尻をより下げた。
 そうしてどういう思考をしていたらそんな選択をするのか、デイセントローズの元に歩み寄り、メイヴェルの首と並んで正座する。
 ラマが自分の近くにやってきたロムレイドを、奇妙な生き物を見るようにマジマジと見つめた。

「また、デヴィル族か」
 ウィストベルが忌々しげに吐き捨てる。
「いや――それはどうなのだろう」
 いつもは人を食ったようなサーリスヴォルフだが、珍しいことにロムレイドが現れてからはずっと困惑顔だ。
 一方、ロムレイド自身は教師に怒られた生徒のように、神妙な顔つきでウィストベルをじっと見つめ、口も開かない。

「彼にはデヴィル族の血は混じっていないんだよ」
「……どういう意味じゃ」
 彼女の言葉は、その場にいた誰もの疑問と一致したに違いない。
 だってそうだろう?
 確かにこの青年の手と耳と尻尾は、猛獣のものであるように見えるのに。それが、デヴィル族の産物じゃないって?
 まさか、いつかの仮装舞踏会で見た犬のそれのように、精巧な作り物、というんじゃないだろう?

「うーん」
 サーリスヴォルフが躊躇いをみせる。だが当の本人がその先を継ごうともしないので、仕方なしという風に言葉を発した。
「つまり彼はね、デーモン族の男性と、雌の虎の間に生まれた魔族なんだよ」
「……は?」
 俺と、ベイルフォウスの声が重なる。

「え、つまり……」
「これってデーモン族とデヴィル族、どちらということになるんだろうねぇ?」
「えっと……どっちなんでしょう」
 サーリスヴォルフに問いかけられて、今度はロムレイド本人までもが首を傾げている。

 いや、ちょっと待て。
 っていうか、ちょっと待って。
 今、サーリスヴォルフはこう言ったのか?
 デーモン族の男性が……俺と同じデーモン族の男性が、森や野にいる野生の虎――魔獣でもなく虎が混じったデヴィル族でもない、正真正銘ただの動物――獣に、自分の子供を産ませたのだと――
 いや、もちろん魔獣相手だってあり得ないんだけども。

 メイヴェルが物言わぬ首となっているという事実より、今耳にした真実の方がよほど衝撃的な内容ではないだろうか!
 いいや、なんだったら今まで生きてきて耳にした中で、一番の衝撃的な出来事だと言ってもいい。だってデヴィル族ならともかく、俺と同じデーモン族男性が、だよ!?

 俺とベイルフォウスは顔を見合わせた。
 女性なら種族の見境ないベイルフォウスでさえ、さすがに動物の〈雌〉は対象外らしい。それというのも親友の瞳も、俺と同じ困惑と驚愕に彩られていたからだ。ある意味ホッとした。
 微妙な表情を浮かべている、という意味では、ウィストベルもそうだった。ただそれ以上、ロムレイドの素性を追求する気持ちを無くしたようではあった。
 プートは明らかな嫌悪感を浮かべ、やはりロムレイドを一瞥すらしない。
 サーリスヴォルフが珍しく困惑気味だった原因も、彼の出自のせいだと思うと理解ができた。
 ただその中にあって、デイセントローズだけが好奇心に満ちた瞳で隣の新顔を眺めている。

「おい――」
 暫く何とも言えない空気に支配されていた静寂を、ベイルフォウスが破る。
 それが主催者の義務であると言わんばかり、その声に戸惑いはない。
「首は持って帰れ。それから魔王城から選定会議の知らせがあるまでは、貴様の公爵邸で、大人しくしていろ」
 とっとと出て行け――ベイルフォウスは暗にそう言っているのだ。

「ええっと……首は、元の城に戻した方がいいのか、それとも公爵邸に持ち帰った方がいいのか……」
「好きにしろ!」
 ベイルフォウスの声音に苛立ちが混じる。
「あーはい……」
 ロムレイドはしょんぼりと、彼とデイセントローズの間に鎮座した水牛の首を取ると、あんなに乱暴に投げ入れたとは思えないほど大事そうに抱え込み、ぽつりと呟いた。
「花でも生けてあげよう……」
 ……今のは聞かなかったことにしよう。

「これで〈大公会議〉を閉会する」
「あ、最後に――」
 ロムレイドが膝立ちし、ウィストベルの方へ顔を向ける。
「ウィストベル大公と握手――あー、じゃなくて、お話を――」
 こいつ――一応ソッチの感覚は、デーモン族と同様なのか?
「お断りじゃ」
「あーでも……」
 追いすがろうとするロムレイドに、ウィストベルは寒々とした一瞥だけを与えて会議室を後にした。
 今度こそ、〈大公会議〉は解散となったのだ。

 その翌日のことである。
 メイヴェルの紋章はちゃんとロムレイドの紋章に含まれていたらしく、魔王城から選定会議の知らせが届けられた。
 前回からまだ半年も経っていないというのに、続けざまの領主交代劇に旧アリネーゼ領の領民たちはどんな感想を抱いたことだろう。
 ともかく、いつも通り魔王様の召集した選定会議は、当日、無事に反対意見もなく閉会を迎えたのだった。<

 こうしてまた魔族の歴史に、新しい大公の名が刻まれることになったのだ。


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