古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十二章 家内安全編】

38 魔術の練習って、指導する方は退屈じゃないですか?



 さて、そんなこんなで翌日のことである。
 ここは荒れ地。俺がネズミ大公を追い回してできた、例の〝草木の一本も生えない有様になっている〟という殺風景な土地だ。
 まあ実際には四年も経つと、さすがに緑もちらほら生えてきてたりする。いくらなんでも、生命が永久に死滅するほどのことは、俺だってやっていないしね!

 とにかくここは、魔術や剣術の訓練にちょうどいいというので、マーミルがよく利用している場所なのだった。
 そこへ俺はマーミルとネネネセを連れてやってきていた。それにお供をしているのは、軽食や飲み物を持参しているアレスディアだ。
 ちなみに我が家僕たちの手で、荒れ地の上には屋外用の高価そうな絨毯がひかれ、天幕とテーブルセットも用意されている。
 ケルヴィスとは現地待ち合わせで、いつもの如く少年は、俺たちより早くこの場に到着していた。

 俺は、横並びの少年少女四名を前にし、口を開く。
「さて――一口に魔術を教えるといっても、お前たち……特にケルヴィスとほかの三人では、熟練度に違いがありすぎる。同じものを教える、というには無理があると思うので」
「いえ、そんな、大公閣下。僕もみなさんと同じ内容で結構です! 大公閣下直々に教えていただけるだけでも、もう……」
 ケルヴィスは胸に手を当て、瞳をキラキラさせて、いつもの実直な様子でそう述べた。

 だが、ちょっと待ってくれ、少年。君にそう出られると、逆に俺が困るのだ。
「そう言ってくれるな、ケルヴィス」
 そうだとも!
 マーミルたちの魔術の練習なんて、手本を見せて、ほら、こうできるように練習しなさい! で、見守るだけだぞ?
 そんな退屈な時間を俺に我慢せよというのか。自分で言い出しといてこんなこというのも何だが、お断りだ。

「俺は君には魔術ではなく、剣術の稽古を、と、考えているんだから」
「えっ!」
 ケルヴィスは一瞬喜びの表情を浮かべかけたが、それでもすぐに不安の面もちになって、俺の腰に挿した二本の魔剣を見る。

「あの……もしかして……」
「いや、心配するな。この二本は使わない」
 当然だ。レイブレイズなんて、もっと高位を相手との実戦でだって、利用を遠慮して使わなかったこともあるくらいの剣だぞ?
 さらにもう一本なんて、まだ戦いには使ったこともなくて、どんな能力があるのかもわからない剣だぞ?
 そんな二本を少年との稽古で使える訳がない。たとえケルヴィスは魔剣ロギダームを使うのだとしても。
 もっとも、あの口の悪い魔剣を、マーミルたちの前で抜かせる訳にはいかない。それこそケルヴィスと俺、二人だけというならともかく!

「普通の剣を持ってきた。それでやろう」
 そう言って、俺はテーブルに置いた袋を少年に示す。
「マーミルたちに指示を出す間に、剣を用意しておいてくれるかな」
「はい!」
 喜色満面の少年をおいて、妹たちに向き直る。

「さて、じゃあお前たちに練習してもらう魔術だが――」
 マーミルは複雑な表情で、とはいえ若干目つき悪く俺を見上げている。
 ケルヴィスと同じ練習をキャッキャウフフ言いながらやりたかったのだろう。お前の考えなど、お兄さまはお見通しだ。
 しかしお兄さまは近年、新しい特技を会得したのだ。お前の気持ちに気づかないフリを貫く、という技をな!

「術符を用意した。俺がまず手本をみせる」
 俺は表に実際の術式を定着させ、裏にその展開図を描いた二層三十五式一陣の術符を渡した。
「とにかくまずはそれを見て、術式を綺麗に組み立てられるように練習を――」
「えっ! これだけで!?」
「これだけって……これだけで十分だろう」
 俺が子供の頃なんて父に基礎を教えてもらった後は、家にあった『幼児のための文様図鑑』を読み込んで、自身で創意工夫して魔術の研鑽に励んだというのに!

「いいか? その紙の表は手で書き写したただの図ではないんだぞ。実際の術式を紙に定着させて作った〝術符〟で、完璧な術式になっている。なんだったらそれに一定の魔力を加えるだけでも発動するが、まずは裏の展開図を見て模写するところから――」
「そうじゃなくて……一つ一つの文様に、どんな意味があるのか、解説はしてくれませんの?」
「二層三十五式ならできるはずだろ?」
「できますけど、でも、こんな紙で……文様の種類も多いし……造形魔術だってはじめてですのに……」
 妹は、手元の術符の裏表を見ながら、不安そうに表情を曇らせる。
「だって、ベイルフォウス様なら教えてくださるわ」
 ……おのれベイルフォウス、面倒な教え方をしやがって! うちの妹を甘やかすのも大概にしろ!

「文様は今までに比べれば種類は多いかもしれないが、ほとんど基本的なものしか使用していない。解説なんてなくても、わかるだろう? 一部、不明なものもあるかもしれないが、いい機会だ。できるようになってからでいいから、後で図書館にでも行って文様辞典をひいてみろ。それだって魔術の勉強だ。本の場所や使い方がわからなければ、うちには内容に通じている優秀な司書もいることだし、彼女に聞けばいい」
「優秀な司書、ですって」
 マーミルは意味ありげにネネネセと目配せをした。やや気になったが、話が思いきりそれそうなので、問いつめるのはやめておこうと思う。

「よし、じゃあ手本をみせるぞ。土を基本とした魔術だ」
 俺はゆっくりと、いつもの数倍の時間をかけて、丁寧に術式を組み立てる。
 いつもの速度で組み立てては、文様を描く順番を子供たちが目で追えないだろうと思ったからだ。
 術式というのは、文様を描く場所、順番で、大きく効果が異なるものなのだ。配置違いだけで効力の強弱が変わるばかりではなく、発動する魔術そのものが全く違うものになることもある。
 同じ魔力量であっても、術式の組立が得意か不得意かで、総合的な強さにさえ影響するのだから。
 たとえば以前、メイヴェルはデイセントローズに勝った訳だが、だからといって彼女がラマより魔力が強かったという訳ではない。けれど、術式の組立には精通していたのだろう。それは、俺が対戦した時に目にした複雑な術式を見るに明らかだった。

 欠伸が出るほどのんびりとした速度で組み上げた術式が完成し、土柱が立ち上がる。
 小さく作ったので直径五十センチ、高さ三メートルほどの円柱が一本きりだが、それだけでは終わらない。土柱のあちこちからツタが浮き上がり、花を咲かせるのだ。もっともこの巻き付いた草花は、土が形を変えただけにすぎない。
 つまりこれは土魔術と造形魔術の初歩的な複合魔術だった。
 だがマーミルたちに教えるのだから、こんなものだろう。

「わかったか?」
「もう一回!」
 マーミルが叫んだ。
「いえ、もう九回くらい!」
 割と単純な術式なのに! うちの妹は、覚えが悪いのか?

「……あと二回見せる。それで覚えられるだろ?」
「……八回……」
「……三回……」
「……七回……」
「……四回……」
「……六回……」
「……わかった、五回だ」
 マーミルはしぶしぶといった様子で首を縦に振った。

「じゃあ、もっとゆっくり……」
 ……どうしよう。さっきだってあんなにゆっくりやったのに、ほんとにうちの子覚えが悪いのか?
 不安を抱きつつ、俺はさらにゆっくりじっくりと五回、全く同じ術式を描く。
 広い大地に六本の柱が、天井がかかるのを待ちかまえるように屹立する。そのうち一人一本の手本となるように、三本だけを残して後は砕いた。

「よし、じゃあそれぞれ柱の周辺で、それを見本として練習しなさい。分からないところはいつでも聞いておいで。うまくできるようになったら、ほかの子の手伝いをするように。みんなできるようになったら、次の練習をしよう」
「はーい」
 三人は口をそろえて元気に返答した。

「待たせて悪いな」
 魔術の練習を始めた三人娘から、相手をケルヴィスに変える。
「いえ。僕にとっても、閣下の隙のないお見事な術式を拝見でき、有意義な講義でした」
 おい、マーミル! ケルヴィスを見習え!
 ただ術式を見せただけなのに、しかもケルヴィスくらいの実力の持ち主になら単純に見えたろうに、講義とか言ってくれたぞ!
 この前、過去の恥部を一部さらしてしまったというのに、それでも変わらず尊敬してくれるだなんて……。
 この少年のことは、今後も大事にしていこうではないか。……まあ、できるだけ。

「それにしても、マーミルは優しいですね」
 え……? なんか今、ものすごく親しげにうちの妹の名前を呼ばなかっただろうか?
「どういう意味だ?」
「何度もやってみせてほしい、というお願いは、たぶん自分の為じゃないと思います。彼女自身は、とても覚えがいいようですので」

 ……なにその、僕わかってるといわんばかりの台詞……え?
「あ、すみません。出過ぎたことを……閣下はご承知の上でしょうに」
 少年。俺に対するその絶対的な信頼は、どこからくるのだ?
 相手はこんな素直な少年だというのに、いらぬ嫉妬などで彼の言わんとする内容をきかないのでは、あまりに俺が狭量ではないか。

 少年の素直さに倣って、練習を頑張っている妹たちの様子をそれとなく観察してみる。するとどうだろう。
 確かにうちの妹は、それほど覚えが悪いようではないようだ。ごくごくゆっくりだが、なんとか展開図も確認しながら、俺の手本通りに魔術を組み立てている。
 一方で、ネネネセは妹ほど順調ではないようだ。それも、ネネリーゼは数回間違いはするものの、すぐに自分で気づいてやり直しているが、ネセルスフォは最初の一つ、二つから間違って、うまく行かない理由を自分で気づけず、二人に訂正されている。
 今まで双子のことをしっかりと観察したことはなかったが、どうやら著しい得手不得手があるようだった。

「そうか――それで……」
 つまり妹は、自分より魔術が不得意な姉妹のために、それも特にネセルスフォのためを思って、何度も手本を見せてくれるようにと言ったのか。
 我が侭で小生意気なだけだったあの妹が、友達にそんな気遣いができるようになるだなんて……。お兄さまはちょっと感動だ。
 そんな事とわかっていれば、十回でも見せてやるのだった。しかし今更だし、次からはそうしてやることにしよう。

「妹をよく見てくれているな、ケルヴィス」
「いえ、そんな……」
 これがマーミルぐらいの少女なら、頭を撫でてやるところだが、さすがにケルヴィスは成人間近の少年だ。そんなことされても気持ち悪いだろう。
 代わりに、剣術をしっかり教えてやることにしようではないか。

「さあ、俺たちも始めよう」
「よろしくお願いします!」
 ケルヴィスはキリリと表情を引き締めた。


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