古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十二章 家内安全編】

41 ごめんなさいして帰りましょう




「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳なかった」
「かまわぬ、とは言わぬ。今後、命に関わらぬ要件で私を頼るのは、慎むことじゃ」
 俺の謝罪に対するウィストベルの厳しい返答に、マーミルは握っていた手を離し、姿勢は正しながらも俯いて女王様に向き直る。

「……ごめんなさい」
「差し出すものを持たぬ無力な者が、強者の善意に縋るでない。でなくば今回のように、主、本人だけでは足りず、その兄までも対価を支払うことになりかねぬ」
 ああ、あれ……対価だったのか……。

「お兄さまが対価を……」
 マーミルが心配そうな表情でこちらを見上げてくる。
「じゃあお兄さまも、ここに来るまでにつらい幻術を見たのね……」
 ぎくっ!
 いや、っていうか! お兄さま〝も〟?
「お前も見たのか、マーミル!」
「ええ、見たわ……」

 妹は子供だというのに、一体どんな!
 まさか……まさか、ケルヴィスとかが出てきたりして、妹にあんなことやこんなことを……。いや、俺の場合は身内を除く、知った顔全員じゃないかというほどの女性が次々出てきたのだから、まさか妹も……。そうなると、まさかベイルフォウスや魔王様まで……!

「可哀想な女の子のお話よ」
「……え?」
「我が侭な女の子がお母さまとケンカをして、家を飛び出すの」
 あ、え……うん。
「そして怖い伯爵にさらわれて、こんな塔に閉じ込められて……毎日、伯爵の魔術の実験台になるの。自分の耳をウサギの耳に変えられたり、お鼻をウサギの鼻に変えられたり、ウサギの尻尾がお尻から生えてくるの。ここらへん」
 妹は自分の拳を尾てい骨のあたりに置いた。
「女の子は泣くのよ。いっぱい泣くの。でも、誰も助けに来てもくれない……だってお母さまとはケンカしてきたのだし、なによりお父さまもお母さまも、無爵だったんだもの。誰にも助けてもらえず、女の子はウサギに変えられていくのよ……。家族とは二度と会えずに、とても悲しそうで、寂しそうだった……」
 ……なんだよ、そのウサギづくし。ウサギ大好き伯爵の仕業なのか?

「この部屋でウィストベル閣下に言われて反省しましたわ。私もお兄さまがいなければ、ああなってたかもしれないって」
 言いながら、妹は涙をこらえていたようだが、俺は逆にホッとした。
 どうやら見せられる幻術は、卑猥なものばかりではないようだ。

「お兄さまもあれを見たの? 私のせいで、悲しい思いをした?」
「え、いや……そうじゃない。同じでは……」
 いやな汗が背中を流れる。
「お兄さまの方はそんな風じゃなかった。悲しい思いなんてしていないから、気にするな」
 そうとも。妹に内容の説明など、到底できない!

「ああ、そうじゃろうとも。主の場合は悲しいわけなどあるまいよ。どうせ夜な夜な考えているようなことが、実感を伴って起きただけじゃからの」
「ウィストベル!」
 俺は恐怖も忘れて、妹から彼女を覆い隠すよう、壁際に手をつく。無爵が有爵者にされると失禁の上失神することもあるという、いわゆるあれだ。壁際に追い詰めてドンするやつだ。

「夜な夜な考えてなんていない!」
 一応すごんではみせたが、当然、ウィストベルが俺に恐怖を感じる道理がない。それどころか彼女は好機と言わんばかりに妖艶と微笑むと、俺の顎をつかんだのだ。

「主の妹が見ている前で、さっきの続きをするか? 私はかまわぬぞ」
 唇を舐めて見上げてくる様子に、二重の意味で背筋に震えが走る。俺は即座にその場を飛び退いた。

「お兄さま……」
 マーミルが絞り出すような声を出してくる。
 まさか、今ので真実がバレた!?
「私のことを、そんなに毎晩考えてくれているんですの?」
「……え?」
「可愛い私がさらわれて、行方不明になったりしたらどうしようとか、そんなことを毎日心配していて、そういう幻をみたのでしょう? 私に心配かけまいと、なんでもないとおっしゃってるんでしょう?」

 うちの妹は、なんて俺の都合のいい風に解釈してくれるんだろうか!
 本当にマーミルが子供でよかった!
「たとえそうだとしても、マーミル。本当にお兄さまは大丈夫だから、気にしないでいい」
 いい感じにごまかせているのだから、もうここらでこの会話はやめるべきだ。ああ、そうだとも。

「ところで、ウィストベル。ここからはどうやって外に?」
 見やった女王様は、俺と妹の会話を面白がっているのがありありとわかる笑みを浮かべていた。
「どうやってもなにも、もちろん階段を下って出口から出ていくに決まっておろう」
「えっ!」

 まさか、帰路もまたあの卑猥な妄そ……いや、俺は夜な夜な考えてなんてないけど! とにかく、あんなモノを妹に見せる訳にはいかないのだが!
 もしくは妹の見た、可哀想な女の子の幻術でも見せてくると言うのだろうか?
「心配するな。もう幻術はない」
 俺の心中を読み取ったように、ウィストベルは部屋の扉を開けた。

 確かに覗いてみたところ、階下にはらせん状のただの階段が続くばかりに見える。
 軽く照らしてみたが、俺が登ってくる時に見たような女性たちだとか、ピンク色の部屋だとか、いかがわしい道具だとか……そういうものは目の端にも止まらない。
 それでも万が一にはマーミルの視線を防げるようにと妹を抱き上げ、ウィストベルの先導で階段を下っていった。
 今度は本当に、最後までただの長い階段だったのだが……。

 そうして無事、背景が満天の星空に変わった屋外に出て、もう一度迷惑かけてごめんなさい、と、兄妹そろって女王様に頭をさげる。
 ウィストベルは俺にだけ手をくいくいして呼びつけ、それからこう囁いた。

「ちなみに、幻術師は女性で、当然一部始終を目撃しておる」
 いちいち言わないでほしい、そんなこと! 聞きたくない!
「その者から言付けじゃ。『ありがとうございました、ごちそうさまでした』とな」
 礼を言われる意味もわからない!
「つまり、あの妄想は彼女のであって、主のものではないということじゃ。これで少しは安心したであろう?」
「……本当に?」
 なら俺は、幻術で見た女性たちに罪悪感を感じなくてもいい……のか?
「じゃが、人物像だけは、主の記憶と想像に基づいておるがの」
 もう全部その女性の妄想でいいじゃない! なにその中途半端にいやな設定!

「じゃあ……ほんとにお邪魔しました」
 俺はどっと疲れを感じ、かろうじて声を絞り出した。
「ほんにお邪魔じゃの。おかげで来客がずいぶん待たされておる」
「えっ、来客!? まさか、魔王様……」
「主を優先すると思うか?」
 だよな。仮にベイルフォウスだったとしても、マーミルと俺がいると知ったらおとなしく待ってなどいないだろうから、ウィストベルの配下の誰かだろうか。

「しかし誰であれ、ずいぶん待たせて申し訳なかった。急ぎの要件じゃなかったのかな?」
「その心配はない。それにこれから晩餐の一つにでも付き合ってやれば、文句もあるまい」
 ウィストベルはじっとこちらを見、よいことを思いついたと言わんばかりに一つ、頷く。
「そうじゃ。このように遅い時間でもあるし、主も同席するか? なんなら泊まっていってもよいぞ。当然、妹御も招待するが」
 俺とマーミルがウィストベルの配下と食事をした上、一泊するって? まさか!
 これ以上疲れたくはない。

「いや、俺のせいで待たせたことを詫びていたとお伝えいただきたい」
「……相手が誰か、詮索はせぬのか?」
「? いや……」
 俺がウィストベルの配下の名を知ったところで、何の意味もあるまいに。それとも他に含みがあるのだろうか?

「まさか俺の知り合いだとか?」
「顔見知りではあるの」
 ウィストベルが意味ありげに流し目をよこす。
 まさかまさか、かつての――それも、クリストナのような知り合いだとか、さすがに言わないよな! 俺の過去を酒の肴に、今から朝まで語り明かすのだとか言わないよな?

「その相手というのは……まさか女性では……」
 俺の勇気ある質問に、ウィストベルは怪訝な表情を浮かべた。
「いいや。男じゃ」
 ああ、違うんだ。ってことはどうせ俺に嫉妬の目を向けてくるような相手に決まっている。いつかの副司令官たちのように。それに……。
「やはり遠慮するよ。今は一刻も早く、妹を城に連れて帰ってやりたいし」
 マーミルも萎縮したままで、他所(よそ)の食卓につかせるのも酷だろう。

「そうか」
 ウィストベルは途端に興が逸れたというように、表情を消してみせた。
 そうしてそれ以上、引き留めるような言葉をかけてくることもなく、俺と妹は〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉への帰路へとついたのだ。


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