恐怖大公の平穏な日常
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42 後ろめたいときほど饒舌になるものなのです
「……ふぅ」
「? 閣下、どうしたの?」
「ああ、うん……」
わざわざ顔をそらせているというのに、今日に限ってミディリースは俺の座る隣にやってきて、視線を合わせようとのぞき込んでくる。いつもそんなことしないくせに!
今俺は、図書館に来ていた。
何をしにって、もちろんマーミルの魔術教師をダァルリースに頼むという考えについての意見を、その娘に聞くためだ。だというのに……。
「閣下、ホントにどうしたの? 閣下らしくない……何か悩み事でも?」
「いや……悩み事っていうか……」
やっぱりもうちょっと時間をおけばよかった。昨日の今日では、どうしても塔でのことが思い出されて――他の女性でもそうなのだが、ミディリースだと未成年にしか見えないだけに、余計に湧き上がる罪悪感が半端ない。
「なんか、ごめん……」
いたたまれない気持ちに負け、俺は読書机に突っ伏した。
「? なんかわかんないですけど……」
不思議に思ったらしいミディリースが、頭を撫でてくる。
「のれる相談なら、のる……ですよ?」
優しく言ってくれるが、今俺の頭の中にあることを、そのまま懺悔するわけにはいかない。
故に俺は、ズバリ本来の用件を切り出すことにした。
「うん……実はダァルリースのことなんだが……」
「母さん?」
ピクリ、とミディリースの小さな手が震え、俺の頭から離れる。
「実は君の母上……ダァルリースのことを……マ」
「まさか閣下! そ、そんなこと……」
弱々しい声に続き、倒れたような音が響く。
「え?」
何事かとミディリースを見てみると、彼女は両手を床について横座りし、さも打ちひしがれていると言わんばかりの様子をみせていた。
「おい、ミディリース、どうした? 目眩でもしたのか?」
「閣下……閣下が母さんを……そんなお考えだなんて……考えてもみなかった……」
え、俺の考えが読まれてる? この件はまだ、エンディオンにさえ相談していないのに!
「でも私、閣下のこと……」
ミディリースは顔だけをあげて、真剣な瞳でじっと見つめてくる。
「お父さんなんて、呼びたくないです……!」
……は? ……え?
「今なん……」
「確かに私、父さんの顔も知らない……母さんが出した手紙も、宛先不明で戻ってきた。でも、だからって、閣下のことお父さんって呼びたくないです! 母さんと付き合ってもいいですけど、新しいお父さんにはならないでください!!」
は!?
え、今のどういう意味?
新しいお父さん……つまり俺とダァルリースが結婚する、とでも?
「急に何を言い出すんだ! 俺がいつ、ダァルリースのことをそんな目で……」
いや、待てよ。ミディリースはウィストベルと文通友達なんだぞ?
「まさか昨日のこと、ウィストベルに聞いたのか? だとしても誤解だ! 俺はダァルリースには何もしてないし、もちろん君にも……」
「え?」
ミディリースは途端に怪訝な表情を浮かべた。
「昨日のことって……なに……?」
「……え?」
俺とミディリースはお互いに、相手を探るような目を向けあった。
「閣下が元気ないから……ちょっと冗談でも言って、元気づけようかと……なのに昨日のことって……何もしてないって……なに……?」
なんだと……冗談!?
いつもそんなこと言わないじゃないか!
「は……はは……俺もちょっとふざけて返しただけだよ」
本当は目をそらしたかったが、そうすると余計に怪しすぎるだろう。
俺はなんとか自分のやましい気持ちを押し殺し、君の考えなどお見通しだと言わんばかりに、ミディリースに微笑みかけた。
彼女は立ち上がり、パンパンとスカートをはたきながら、それでも視線はそらさず、むしろ問いかけるような厳しさで見つめてくる。
「ホントに? なんか閣下……笑顔がうさんくさい……」
どきっ。
「怪しい……」
「何いってるんだ! 俺はただ、妹の魔術の指導を、ダァルリースにお願いできないかと考えていて、それについての意見を娘の君に聞きたいと思っただけで!」
早口すぎるぞ、俺! 怪しさ満点だぞ! だが!
「母さんを、マーミル姫の魔術の指南役に?」
ミディリースは眉を寄せ、首をかしげた。
「で、実際どう思う? ダァルリースは子供の魔術の指導に、向いてるかな?」
他の話題などあげる隙もないように、たたみかけろ、俺!
「……厳しすぎると思う」
まだ疑わしげな視線は向けてきながらも、ミディリースは質問に対する返答をくれる。
「あんなの、子供には辛いと思う……あの人、割と厳しい……容赦、ない……」
「容赦ないのは別にいいんだ」
「え、いいの!?」
「だいたい厳しいって言ったところで、ミディリース。君を見たって、毎日ちゃんと勤めに出てこられるくらいなんだから、程度がしれてるだろう」
そうとも。ダァルリースはかつてミディリースのことを体力がなさすぎる、と評していた。俺もそうだと思う。しかも、本人にそもそもやる気がないのは明らかだ。
そのミディリースに比べれば、子供とはいえうちの妹たちの方が、体力も気力も……それから魔力もすでに、上回っているはずだ。
「なんなら多少痛めつけても、欠損しなければかまわないし」
「閣下……結構基準がひどい……」
ミディリースが信じられない、という目を向けてくる。
よし、これで彼女の興味は完全に移ったぞ!
「それより指導方法や指示の内容について、まめに解説してくれるタイプなら助かるんだが」
どうやら手本だけみせて、ほらやってみろ、ではうちの妹たちは納得しないらしいし。
「それはたぶん、大丈夫……です。母さん……割とくどいから……」
「そうか、ならますますうってつけだな。一度ダァルリースに打診してみることにするよ」
「……私からも一応、それとなく言っておく……です」
「ああ、ありがとう」
「きっと、大丈夫だと思う……です。だって母さん、閣下にはホントに忠誠を誓ってるらしい、ので……」
ロリコン伯を殺ったことを、そんなにいつまでも感謝してもらえてるのだろうか。それが理由だとしても、受けてくれるならありがたい。
ダァルリースに断られたら、また次を探さなきゃならない。いろんな相手に諮るのも面倒だからな。
「で、昨日、何もしてないって、どういう意味……」
その話題はごまかせたと思ったのに!
「いや、だからそれは、今話したようなことを昨日はまだダァルリースにも伝えなかったって意味で」
また早口になってしまった!
「ふぅん……」
明らかにミディリースは、まだ俺を怪しんでいるようだ。
やばい。なんだこの息苦しさ。
咳払いをしつつ立ち上がり、司書から距離をとる。
「つまりそういうことだ! そのうち正式にお願いすることになるから、根回しよろしく頼む! じゃあ!!」
俺は図書館を飛び出した。
ふう、あぶない……ミディリースは意外に鋭いところがあるからな。あれ以上話していたらヤバかったかもしれない。
ああ、それにしても……ホントに昨日の塔はひどかった。俺の妄想ではなかったらしいが、あんなハッキリ色々見せられたら……いや、俺の妄想ではないが、とにかくデーモン族の女性を見るたび今日は妙に意識してしまって困る。
「あら、旦那様……」
「……」
「なんです、その目! はっ、まさか……」
デーモン族だというのに、全く反応しなかったうちの一人である侍女が、いつものように俺を疑うような失礼な目で見てくる。その上そんな必要もないのに、自分の体をかき抱くのだ。
「今の私はドレンディオ様に恋する乙女……寂しい旦那様の目には魅力的に映るのも仕方のないことかもしれませんが、だからって力尽くには抵抗させてもらいます」
俺はため息をついた。
「ところで、今度の軍団長会議はいつあるのでしょう? 確か、〈修練所〉の運営の件でお話し合いが必要なんですよね! あ、ちょっと旦那様! 無視とかないと思います! 口を開けば涎が垂れるからですか!? なんですか、それとも嫉妬ですか!? ドレンディオ様が来る日だけ教えてくださーーーい!」
ウザい侍女の声を背後に聞きながら、俺は決意していた。
エンディオンにしばらく俺の身の回りには、デヴィル族の侍女を置いてもらうようにお願いしておこう、と。
そんな風に塔でのことで頭がいっぱいになっていたせいで、俺はあの後ウィストベルが誰かと会うと言っていたことすら忘れていた。
それを思い出したのは、その日から三日後――ウィストベルが五日ほど前にロムレイドと同盟を結んだ――その事実が聞こえてきた、その時だった。
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