古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

4 僕にも果たさねばならぬ役割があるそうです


「すまん……私が頼りないばっかりに」
 二人の殺伐とした雰囲気に責任を感じてか、小魔王様がしょぼくれている。
 外見が外見だけに、ほんとに小さな子供が大人に怒られて落ち込んでいるようにしか見えない。

 っていうか、ちょっと待って。小魔王様、ホントに眼がウルウルしてないか?
 体が子供になると、感情まで引きずられるのだろうか?
 それとも……ああ、そうだ。俺だって覚えがあるじゃないか。
 かつて邪鏡ボダスによって、魔力が減ったときのことを思い出してみろ。あのときは今の小魔王様より遙かに強かったというのに、それでもあんなに不安だったじゃないか。

「兄貴……」
 常にはない兄の気弱な態度は、弟に介意の気持ちを思い起こさせたようだった。
「俺の方こそ、強く言いすぎた。大丈夫、心配するな。そいつは俺がどんな手を使ってでも探し出す。兄貴の前に、そいつの生首を持ってきてやるよ」
 えー。ロムレイドじゃあるまいし。
 それに冷静に考えて、無理だと思うけどな。だって相手は魔王様の強さになってるんだよ?
 俺やベイルフォウス、それどころかプートでも敵わないんだよ?
 そんなのウィストベルしか勝てないじゃないか!

「いいや、殺してしまってはいかん。魔王陛下に力を戻すには、盗られた時と同じことをする必要があるのじゃ」
 ベイルフォウスが落ち着いたせいか、それとも小魔王様のウルウルを見たせいか、ウィストベルもさっきまでに比べて幾分、冷静さを取り戻している。
「つまり、魔王様がそのファイヴォルガルムを手にして、簒奪者を傷つけなくてはいけない、ってことですね」
「その通りじゃ」
 なら、確かに殺しちゃ元も子もないな。

「殺すのはその後じゃ」
 ウィストベルの赤金の瞳が、キラリと光ったように見えた。
 ……いや、まあそりゃあそういう結論になるだろうけど……ウィストベル、怖い。そいつも馬鹿なことをしたもんだ。
 だが、攻撃されたのがウィストベルでなくてよかった、とは断言できる。
 彼女の魔力を奪われていたら、それこそ手の施しようがなかったではないか。世に勝てる者が、一人もいないのだから。

「ちなみに、また別の無爵の者が同じ事をしたらどうなる? つまり、別の弱者がファイヴォルガルムを使って、魔王様から魔力を奪った相手を攻撃したとしたら」
「同じことの繰り返しじゃな。今度は魔王陛下の魔力が、次の弱者に移るだけじゃ」
 やっぱりそうなのか。これって、結構な事態だよな。
 そんな武器があることが、広く知られたらどんな混乱を招くか……。

「よくそんな武器のことを知っていたな」
「……いかなる秘密でも、世に知る者はいるものじゃ」
 ベイルフォウスが責めるように言ったが、ウィストベルはその知識の源について、詳細を語る気は無いようだった。

「とにかく、この事態を知っておるのは、今この場にいる我ら四人と、侍従長、それから魔王陛下の代役を務めさせている、我が配下だけじゃ。いらぬ騒動を避けるため、公言せぬ方がよいと考えておる」
「兄貴の代役?」
 ベイルフォウスの頬がピクリとひきつる。
「代役、だと?」
 せっかく一旦落ち着いたベイルフォウスくんが、また沸騰しつつあるようだ。

「なぜ、代役なんだ。それも、ウィストベルの配下が」
「他の者に悟られぬために、身代わりは必要じゃ。我が配下に優秀な幻影魔術の使い手がおることは、主ら二人とも、よく知っておろう」
 優秀な幻影魔術……もしかして、あれか。あの例の塔の……確か、女性だったよな。まあ、幻影ならどうとでもなるだろうが。

「ああ、彼女か……なら代役ってのは、似てる奴とか変装してとかじゃなくて、さも兄貴がいるように、誰の目にも見せかけている、ってわけなんだな」
「その通りじゃ」
 その相手のことを、ベイルフォウスは俺よりよく知っているようだった。だからだろうか。少しは冷静になったようだ。
 もしかすると、手を出したことのある相手なのかもしれない。

「つまり魔王様とウィストベルは、この一件を秘密裏に解決するつもりだと、そう考えればいいんですね」
「そのとおりだ」
 小魔王様が、ようやくキリリと顔を上げて力強く頷いた。それでも全く頼りなくみえるが、子供なのだから仕方ない。

「もっとも、相手の出方次第で、そういかぬこともあろう。故にお前たちには一刻も早く、その武器と私の魔力を奪った相手を探し出してもらいたい」
「だが、探し出しても、一人で相手をしようとは思わぬことじゃ。陛下の強さは、どちらもよく知っておろう」
 ああ、それはもう!

「しかしそれでも、武器の情報だけは、他の大公からも募った方がいいんじゃねぇか。なにせ、自分の領土だけでも広大だ。とてもじゃねぇが、他の大公領の異変まで、探るのは無理だぜ」
「わかっておる。そこでジャーイルの出番じゃ」
 え、ここで俺? なんで俺?

「〈大公会議〉を開いてもらえんか。議題はそのまま、魔武具の捜索のため、として」
 訝しむ俺に、小魔王様がくりくりの目を向けてきた。
「しかし、武器の捜索なんかを議題にして〈大公会議〉を開けますかね?」
「だからこその、ジャーイルじゃ」
「ああ、確かに。説得力はあるな」

 え、なに?
 え、どういう意味?
 普通はそんなことで大公会議を開いたりしないけど、俺だったら納得されるだろうってこと?
 え? どういう意味?

「万一、不服あっても、〈大公会議〉の召集に応じぬ大公などおらぬ。会議の上では文句は言われたとしてもの。なんなら会議場では、ガルムシェルトの能力も明かしてやるがよい。今はおそらく誰も知らぬじゃろうが、知ればプートなどは『卑怯者の武器など許せん!』などと吠えて、率先して協力してくれるじゃろうからの」
 プートの名前が出たせいか、ベイルフォウスの眉が上がる。

「だが、芋づる式に兄貴のことまでバレねぇか?」
「わからぬ。サーリスヴォルフが何かを気づくかもしれぬし」
 やはり気づくとすれば、サーリスヴォルフなのか。
「あるいはすでに、誰かが知っているかも、か……」
 ベイルフォウスはこの件の裏に、他の大公の存在がある、とでも考えているようだった。

「だが、とにかく陛下に魔力を戻すのが先決……このような不当な事態は、一刻も早く解決せねばならぬ。何か起こったときは、それはその時のことじゃ」
 ウィストベルは相当の覚悟があってのことなのだろう。血も凍るような冷たい声で、そう言った。

「異存はねえ」
 ベイルフォウスは決意の面持ちで立ち上がる。
「なら俺は、さっそく帰って領地の捜索にあたる」
「ファイヴォルガルムの特長は、彼の造った他の武器と同様、ガルマロスの紋章である〈真円を四つに分ける十字と鏃〉じゃ」
「ガルマロスの紋章ならわかる。問題ない」
「ただし、他の武器と違うのは、それが赤い色で刻まれ、血が流れるがごとく一方に向かって垂れておることじゃ」
 ベイルフォウスは一瞬、怪訝な表情を浮かべた。
 気持ちはわかる。紋章とは本来、本人が対象物に魔術で焼き付けるもので、何十回何百回焼き付けようが、その姿が変わるはずはないからだ。

「ベイルフォウス」
 小魔王様が子供ながらにキリリとした表情で、弟を見やる。
「ファイヴォルガルムばかりでなく、ガルムシェルトの残り二つを見つけたときも、確保しておいてくれ」
「ああ、もちろんそのつもりだ」
 弟は兄の頭に手を置こうとしてためらったらしく、差し出しかけた手を引っ込めた。

「確か、あとの二つはエルダーとウルムドだったな」
「そのとおりじゃ」
 そうそう。エルダーとウルムドだ。さすが、ベイルフォウスも知っているか。
 ちなみにエルダーというのは、三本、もしくは四本の紐や鎖をつなぎあわせ、それぞれの先に分銅なり鏃なり刃なりをつけた投擲武器だ。
 ウルムドについては説明不要だろう。それというのも先日、俺が手に入れた魔武具が他ならぬその――――ん?

「ちょっと待て。ガルムシェルトの一つは、間違いなくウルムドなんだよな?」
「なんだ、ジャーイル。まさか心当たりがあるのか?」
 ベイルフォウスが険しい表情を向けてくる。
「いや、ちょうど今朝、正体不明だが魔武具らしいウルムドを調べようとしてて……」
 いやいやいや。でもまさかな!
 そんな都合良く、まさかね!

「そいつにガルマロスの紋章はあったのか?」
「いや、なかった……というか、全体的に錆びててよくわからない、というか……」
「そう都合良く、見つかればよいがの」
 ウィストベルがため息をつく。
 だよね!
 いくらなんでもそう都合良く、偶然が重なることはないよね!

「しかし一応、確認は必要だろう。それが魔武具に間違いない、というのなら」
「ええ、それは間違いないです」
 俺は小魔王様に頷く。
 なんたって、俺のこの目は魔力を判定できるのだ。
 その能力まではわからないとしても、魔武具を見逃すはずはない。

「そいつがホントにガルムシェルトであることを祈ってるぜ。それと、くれぐれも兄貴を頼むぞ」
「えっ?」
 不思議なことを言い残して、ベイルフォウスは部屋から出て行ったのだ。

 今の小魔王様はただの力の弱い子どもだ。故に、一人で置いておくなどもってのほか。
 だが、ウィストベルは魔王城に詰めねばならない。もしかすると事を起こした張本人が、あらためて奪位の挑戦をしにやってくる可能性があるからだ。その対処をするためというのが理由の一つ目。
 ……うん、つまり相手がやってきたら、ウィストベル自身が殺るためだ。

 それに、ほとんど完璧とはいえ幻影魔術にも限界がある、らしい。その状況を適宜判断して対応するため、というのがもう一つの理由。
 加えて、ウィストベルが魔王領にいれば、「陛下は連夜のお疲れが溜まっておるゆえ、執務を休まれる」との説明に、説得力が生じるからだ。……うん。

 今回ばかりは、最悪の事態も考えている、と、ウィストベルの表情が物語っていた。
 そんなウィストベルが、小魔王様を匿えるはずがない。

 ならばベイルフォウスのところが妥当ではないかと思うが……。
「あのブラコンが、この状態の兄を匿って平静でいられるか。魔武具の捜索すら、手につかなくなるに違いない」とは、ウィストベルの言だ。
 小魔王様も同意らしく、頷いていた。
「それに本人も、その危険性を察したゆえ、自ら退いたのじゃろう」
 おいおい、どんだけなんだよ、ベイルフォウス。

 あとは当事者である小魔王様も、〈大公会議〉の時にはその場は無理でも、近くにいた方が良い、と考えたのが一つ。
 何よりうちには、見事な隠蔽魔術の使い手もいることだし――
 それが我が城で、小魔王様を預かることとなった理由の数々だった。

 そんなわけで俺は、小さな木箱に入って荷物のように大人しくしている小魔王様を背負い、ミディリースのいる図書館へと帰ってきたわけなのだが……。

 そこでもまた、事件が勃発していたのだ。


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