古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

5 図書館まで嵐の渦中に


 ちょっと待って。情報量が多すぎて、理解が追いつかない。
 なぜ、図書館内がこんなに荒れているんだ?

 本はあちこち飛び散って、ちぎれたページが散乱し、数ある椅子の足は折れ、そうでなくとも倒れ、どっしりしているはずの読書机も、一階中央のものはすべてひっくり返っている。
 まるでこの屋内のここだけ、嵐が吹き荒れたように。

 なのになぜか、ミディリースがいない。あの、〈本・命〉といわんばかりの司書の姿が、どこにも見当たらないのだ。
 その代わりと言ってはなんだが、見も知らぬ小さな女の子が惨状の中、一人ポツンと床に座り込んで、鼻をグスグスすすり上げている。

「えっと……これは、一体どういう……」
 俺の呟きが聞こえたためか、少女――いいや、幼女といっていい年齢のその子供は、ビクリと肩を震わせ、俺を見た。
 その拍子に葵色の大きな瞳いっぱいにたまった涙が、ふっくらとした赤い頬にこぼれ落ち――ん? 葵色? 葵色の瞳?
 あれ? この子、この銀髪は……。
 銀髪に葵色の瞳の……。

「か……閣下っ……」
 幼女は立ち上がり、こちらに駆けてこようとしたようだった。けれど、ずり落ちた長いスカートに足をとられ、地面に突っ伏す。

「おい、大丈夫か、お嬢さん」
 ぼやっとしてないで受け止めてやればよかったと思いながら、立たせてやった。
 その瞬間、長いスカートがバッサリと彼女の足下に落ちる。見るからに腰回りのサイズが……というか、そもそも幼女の着る服ではない。

 これ、俺の領地で採用してる軍服だよな。子供用に仕立てたとかじゃなくて、大人用の……。
 上着だってほら、肩はずり落ちてほとんどあまってるし、袖なんて床スレスレじゃないか。

 待てよ……明らかに、サイズの合っていないこの軍服……単に我が軍のというだけじゃなくて、色形、細部まで見覚えがある。
 何より、銀髪に葵色の髪……そしてこの惨状……まさか……まさか本当に、あのウルムド……。

「お嬢さん。まさか、とは思うが、君は……君の名は……」
「ひっく……閣下……なんで、わたし、こんなことに……」
 転んだ拍子に打ったのか、おでこと鼻が、真っ赤になっていた。
 その額を撫でてやりながら恐る恐る、俺は心当たりのある名を口にする。
 そう――

「ジ……ジブ、ライール?」
「うええええん」

 その幼女は何度もコクコクと頷きながら、マーミルに比べるとかなり控えめながらも、号泣しだしてしまったのだ。

 うおおおい、どうなってる、これ!
 魔王様に続いて、ジブライールまで子供に……ってことは、やっぱりあのウルムド!
 だが、そんなことってあるか?
 そんな偶然、あっていいのか?
 でも、実際にこの状況じゃ他に考えようが……。

 はっ!
 そういえば小魔王様、えらく大人しいな!
 俺は簡単に持ち手を付けただけの、四角い木箱を床に下ろし、蓋を開けてみる。
 そこには、安らかに眠る少年の姿が――って!

「なに呑気に寝てるんですか! 大人しいと思ったら!」
 首根っこをひっ捕まえて持ち上げると、小魔王様は寝惚け眼をどうにかこうにか開いてみせた。

「ウィストベル、いい匂い……へへ……」
 なんて情けない……これがあの、魔王様だというのか……!
 クールな美青年はどこにいったんだ!
 俺は絶賛寝ぼけ中の小魔王様に呆れ、その体を床に下ろした。
 放り出さなかっただけ、褒めてもらいたい。

「とっとと目を覚まさないと、ほっぺたぶって目を覚まさせますよ」
「……お前、いたいけな子供相手に容赦ないな……せめてつねるくらいにしたらどうなんだ」
 小魔王様は覚醒したのか、若干引きぎみだ、とでも言わんばかりに強ばった表情で俺を凝視してきた。
「都合よく子供を主張しないでください。中身は魔王様なんだから」

 いや……ほんとにそうか?
 なぜって、このジブライールを見てみろ。
 中身が大人のままなら、こんなしくしく泣いてばっかりいないのじゃないだろうか。
 だが、小魔王様の方は声は幼いが、態度と話し方はやっぱり魔王様のままだしなぁ。
 とにかく今は、そんなことはどうでもいい。

「そんな悠長なことを言っていられない状況なのは、見ればわかるでしょう?」
「状況?」
 小魔王様は起きぬけで赤くなった目をこすりながら、周囲を見回した。
「なんだ、この有様は……」
 最後に小魔王様は自分より若干小さめの幼女、ジブライールで目をとめる。

「この子供の仕業か?」
「子供じゃありません。うちの副司令官のジブライールです。彼女も魔王様と同じく、子供になってしまったようで」
「ふぇ? ……魔王様?」
 小さな子供同士が見つめ合っている。
 本来なら微笑ましい絵面なんだろうが、なんだろう。ちっとも心が和まない。

「子供になった? まさか……ということは、つまりここにガルムシェルトがあるということか! どこだ!」
 あろうことか小魔王様は幼女に飛びかかり、その肩を掴んで乱暴にガクガクと揺らしだしたのだ。

「ふぇふぇふぇ」
「一体、どこにガルムシェルトがっ……あいてっ!」
 あ、しまった。つい、反射的にゲンコツを……ま、いいか。男の子だし。

「小さな女の子にそんな乱暴しない! ほら、ジブライールが怖がってるでしょうが!」
 俺は小魔王様から奪うように、「ふぇふぇ」いって目を白黒させている幼女を抱き上げる。

「ジャ……ジャーイル閣下……」
 こんなに小さいというのに、それでもジブライールは間近に迫った俺を相手に照れたように、ぷっくり膨らんだ頬を赤らめた。
 ……可愛いなぁ。いや、俺はロリコンじゃないけど。

 思えばうちに来た頃のマーミルも、この位だったっけ。最初は不安がって仕方ないから、毎日一緒に寝てやったんだよな。
 早いうちから寝ていたせいで、夜に出歩くこともなくなって、ついつい婚約者の家からも足が遠のき……。
 それがケンカの原因の一つともなり、彼女とも……。
 あー、言っておくが、俺はシスコンでもない。

「ジャーイル、お前……元に戻ったら覚えてろよ」
 小魔王様が若干潤んだ目で、頭を抑えながら見上げてくる。
 子供扱いも、ほどほどにしておこう。

「それで、何があった、ジブライール。ミディリースはどこだ?」
 今のジブライールの魔力量には覚えがある。そうだとも!
 普段のミディリースの魔力と、そっくり同じ量になっているのだ!
 ということは、だ。ガルムシェルトによって、ジブライールとミディリース、二人の魔力が入れ替わった、とみるべきではないか!

「えっと……たぶん、お部屋にいるんだと、おもいましゅ」
 噛んだ!
 それはともかく、お部屋?
 司書室のことだろうか?

「魔王様、ちょっとの間ジブライールのことを……」
 ふと見ると、小魔王様は床に散らばった本を、一人でせっせと片付けだしている。お行儀のいい子だ。後で殴った箇所を撫でてやることにしよう。
 俺は机を元に戻し、脚が無事だった椅子に、ジブライールを座らせる。

「二人でいい子にしててくださいね」
「任せろ、子供の世話は得意……って、私まで子供扱いはやめろ!」
 小魔王様、胸を張って叩いた後に、そんなこと言っても説得力ないですよ。

 図書館には普段から、その全体に隠蔽魔術が施されている。
 当然ミディリースの仕業だが、場所を知るものならたどり着ける程度の軽いものなので、見逃していたのだった。
 だって、どうせ図書館を目指す魔族なんて、ほとんどいないからね!
 騒ぎを聞きつけてやってくる者がいないのは、そのせいだろう。
 だが念のため、隠蔽魔術の内側に、侵入を阻む結界を張っておくことにした。

 広い図書館の一階部、入り口から最も離れた壁の片隅に、小さな小窓を備えたささやかな扉がある。そこが司書室への入り口だ。
 中にミディリースがいるのだろうが……それにしては、やけにシンとしている。
 とりあえず、ノックでもしてみるか。

「ミディリース、いないのか? 俺だ。ジャーイルだが……」
「閣下!」
 途端に中が騒がしくなり、何かを倒したような音がした直後、扉が大きく中に開いた。


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