古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

10 一夜明けても小魔王様はやっぱり我が侭です


 一夜明けても、やっぱり魔王様は小魔王様のままだった。
 ちょっとだけ期待したんだが、元に戻ってはいなかったのだ。

「もちろん、冗談なんだろうな……」
 早朝、朝食を持って司書室を訪ねた俺に対し、ちびっ子魔王様は若干、御機嫌斜めな態度を示してくる。
 どうやら寝起きは悪い方らしい。
 ちなみに、それでも寝台はちゃんと長椅子に戻っていた。寝具まで自分で片付けたらしい。

「冗談なんていうはずないでしょう、この一大事に」
 そうだとも。それどころか、苦肉の策を講じてやって来たというのに。それもこれも、小魔王様が「エンディオンに事情を話しちゃだめ」
だなんて、我が侭を言うから!

「馬鹿か貴様! 私がそんなものを着るはずがないだろう!」
「着の身着のままでいいなら、別にかまいませんけど?」

 しつこいが、この屋敷の全てはエンディオンの管理・把握・指示の元に成り立っている。
 それは突如の来客のために用意されている、予備の衣装についても同様だ。
 その上、ただでさえ子供の服はほとんど常備していない。だから一から衣装係に作ってもらう必要があった。
 それなのに、小魔王様のことを知られずに、新しい服を用意してもらうとなると、方法は一つしかない。

「こんな女物の服を着るくらいなら、裸でいた方がましだっ!」
 押しつけたワンピースを、乱暴に投げ捨てられた。とはいえ床ではなく、ちゃんと長椅子めがけてなのが、魔王様らしいといえば魔王様らしい。

「食べ物があるのに、ホコリたつでしょう!」
 俺は投げられたワンピースを拾い、軽くたたんで長椅子に置き直した。
「ネグリジェだと思えばいいのに」
「ネグリジェなんか、着たこともないわ!」
 いやまあ、俺もそうだけどさ。
 着ろって言われても、ごめんだけどさ。
 でもセルクの例もあるからなぁ。

 ちなみに、サイズはやや大きい。マーミル用に、といって丈の短いワンピースを作ってもらったからだ。それでも小魔王様が着ると、たぶん脛近くまで隠れると思う。
「長いのは、ベルトとかで調整して着れば……」
「だから、着んって!」
 全く、なんて我が侭なお子様だ!
 だが俺、相手は魔王様だということを忘れず、優しく接してあげようじゃないか。

「大丈夫ですって。魔王様はこの部屋を出たら誰にも見えないんだし」
「お前やミディリースには見えるだろうがっ!」
 えー。俺は別に気にしないけどなぁ。
 ケルヴィスくらい成長してるとさすがに引くが、今の小魔王様は子供も子供、幼児に近いくらいなんだから。

「そんな女の子の服って感じでもないと思うんですけどね。色も地味だし」
 ちなみに茶と灰と紺、三着のワンピースだ。
 一晩で三着も、作ってもらったというのに!
「首元と袖、裾のレースを見ても、まだ言うか! しかも花柄じゃないか」
「そりゃあ、表向きうちのマーミルのためなんですから、色が地味な分、柄と装飾くらいは凝らないと」

 それでもマーミルがこんな暗めな色な色の服、着るかどうかは疑問だ。
 実際、衣装係にも「マーミル様には地味すぎませんか?」
とか言われたし。
 最終的にはホントにマーミルに贈るつもりだったが、いらないと言われたら、客用予備に回すことにしよう。
 それか、ミディリース……どうだろう? 彼女は結構地味目が好きみたいだし。
 だが、さすがに小さすぎるだろうか? それにミディリースが着るにしては、裾も短すぎる気もするし。

「今来てる服を洗濯するから、別に、いい」
 ただでさえ膨らんでる頬を膨らませながら、ぼそり、と小魔王様が言った。

 洗濯って……普通なら魔術で、と考えるんだろうけど、昨日ウルムドガルムを手作業で磨いていた小魔王様を見てしまった今では、洗濯板でゴシゴシする姿しか思い浮かばない。
 そうだったら面白いのに……。

 そんなことを考えていたら、コンコンと司書室の扉がノックされた。
 こんな朝早くから、一体誰が……!?
「ミディリースだ」
 小魔王様……昨日会ったばっかりなのに、もう気配が分るだなんて、さすが女好きだな。

「おはようございます、閣下、魔王様」
 彼女は息を弾ませながら、入ってきた。
「おはよう。走ってでも来たのか?」
 頬は上気しているし、額はちょっと汗ばんでもいる。
 大きなリュックを背負っているから、ピクニックから帰ってきたお子様にしか見えない。

「昨日、ジブライール閣下に送ってもらったから……魔獣、乗ってこれなくて……」
 ああ、そういえばそうだった。
 魔獣は竜を怖がるから、さすがにその背に一緒にのせることもできず、俺の城で一晩、預かっていたのだった。
「歩いて来たです」
 え、ミディリースが!?
 大の運動嫌いのミディリースがっ!?
 迎えをやるのだったか……。

「そなたの家がどこかは知らんが、この時間に来ようと思えば、相当早く起きる必要があったのではないか?」
 魔王様がミディリースの頬にかかる髪を払う。
「あ、いえ……昨日、早く寝ちゃったから……早く目が覚めて……ちょうどよかったっていうか……」

 ミディリースが照れもしないで笑っている!
 なんてこった……。
 魔王様……。昨日手をつないで寝てたくらいだし、実はウィストベルだけが例外で、ミディリースみたいなタイプが好みなのだろうか?
 だからリリアニースタには食指が動かなかったとか?
 まさか、ロリコンってことはないだろうな。

「え、本妻がウィストベルで、側室がミディリース……」
「何を馬鹿なことを言っているのだ、お前は」
 またすねを蹴られた。

「閣下、無理とは思ってたけど、さすがにこれはないです……」
 そんな俺たちをよそに、ミディリースは俺がせっかくたたんだワンピースを広げて、まじまじと見ている。
 彼女はあらためてそれを丁寧にたたみ直すと、リュックを長椅子に下ろして、中のものを取り出す。

「それは?」
「男の子の服。エンディオンさんに内緒だっていうから、きっとうまく用意できないだろうと思って……」
「ミディリース……感謝する」
 魔王様は声を震わせると、ミディリースの両手を握りしめる。なのにやはり、ミディリースは平然としている。

「着てもらえそうです?」
「もちろんだ!」
「なら、よかったです」
「でも、これもレースとかついてますよ?」
 シャツの襟にちょっとだけ。

「あの、ごめんなさい……! その位いいかなと思って……い、嫌でした?」
「いいや、この位問題ない。そなたの心遣い、一生忘れぬ!」
 大げさとも思える台詞をいって、あろうことか小魔王様は、ミディリースに抱きついたのだ。
 本当にロリコンなんじゃないだろうな、小魔王様!

「わわ、魔王様!」
 さすがに相手が子供の姿とはいえ、抱きつかれてはミディリースも照れるらしい。頬が真っ赤になっている。
 とはいえ、子供同士がじゃれついてる感じなので、せいぜい姉弟にしか見えない。

 魔王様はミディリースを離すと、今度は俺に厳しい瞳を向けてきた。
「お前の仕打ちも忘れんからな!」
 えー。こんなにも忠義を尽くしているっていうのに……。

 ミディリースも交えての朝食後――もっとも、彼女は一応食べてきたそうで、少しつまんだ位だった――、エンディオンの計らいの結果、謁見の中止になった午前のうちに、俺は宝物庫に向かうことにした。

 昨日のうちに副司令官と軍団長、それぞれにファイヴォルとエルダーの探索と収集を命じておいて、俺が自分の城の宝物庫と、直轄領を調べないわけにはいかない。
 意外にも、我が大公城の宝物庫にもガルマロスに関する武器が数十点存在していた。しかもその中にはファイヴォルが二点、エルダーも一点、あったのだ。
 三点とも見事に魔武具だったが、紋章は常のガルマロスのもの……どれもガルムシェルトでないのは一目瞭然だったので、それはいい。
 ちなみに直轄領の方は、直属の大隊長たちに捜索を任せることにした。

 その結果、早いものは朝のうちにその成果が届けられていた。
 期限を明後日の午前中としていたのだが、大隊長は言うに及ばず、軍団長によっても、こまめに届けてくれる者がいたからだ。

 後で聞いたことだが、俺が手紙でそんな命令を寄越したのが初めてとあって、結構みんな一大事とばかりに所領を探し回ってくれたらしい。
 捜索と回収方法については各人に一任したので、中には持ち主から乱暴に奪ったものもあったとか……。
 その犠牲者は、ことに人間に多かったらしい。
 ごめんな、持ってた人。

 その持ち込まれた武器を受け付けるのは、宝物庫の職員と記録官、キミーワヌスに任せているのだが、集まった武器を点検をするため、結局俺も広間にいる時間が多くなっている。
 その間、魔王様はミディリースと図書館で、二人仲良く本の記述なりを当たっているはずだった。

 昼食も夕食も、エンディオンの計らいで図書館で給仕もなくとれるようになっている。
 その日の昼食は、司書室裏手のテラスに結界を張り、三人で報告しあいながらとった。
 ちなみに双方、今のところ成果なしだ。
 そんなわけで食事を終えた午後はまた、広間に戻ることにしたのだった。


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