古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

11 投擲武器がじゃらじゃらです


 昼過ぎに武器を届けに来た中に、ノーランがいた。修練所運営会議の折に、ティムレ伯とふざけてウルムドガルムの刃で手を傷つけた、例の軍団長だ。
 彼は少し大きめの木箱を、左肩に担いでいた。

「この間の怪我は大丈夫か?」
「怪我?」
 俺の質問に、ノーランは怪訝な表情を浮かべる。
「ほら、会議の時、手を怪我したろう? ウルムドで……」
「ああ。あんなの……怪我っていうほどじゃないですよ」
 確かに、医療班の手も借りずに済むような、あんなかすり傷、子供でも忘れるだろう。

「ほら、どこだったかさえ、もう覚えてませんよ」
 ノーランは傷一つ無い右手の平を向けてきた。
「じゃあ、今日まで何も変化はないんだな?」
「変化って、なんです?」
「うーん……例えばなんかちょっと、弱くなった気がする、とか……」
「はあ……? ちょっと意味がわからないです」
 だよね。
 ということは、ホントにガルムシェルトの効果を発揮できるのは、無爵のごとき弱者が持った時だけってことか。

「何もないならいいんだ。それより、よく集めてきてくれたな」
「ああ……」
 ノーランは大きな木箱を足下に置いた。
 その蓋のない木箱いっぱいに、ファイヴォルとエルダーが詰め込まれている。
 下の方は見えないとはいえ、魔武具が混ざっていれば、魔力が立ち上って見えるはず。
 残念ながら、この木箱の中は普通の武器ばかりのようだ。

「これってこの間、ウルムドの魔武具を手に入れたことで、閣下の投擲武器熱が燃え上がったってところなんでしょ?」
「……まあ、そんなところだ」
 なんだ、俺の投擲武器熱って。
 理由を言わなくても、そんな風に納得されるのか……俺、みんなにどう思われてるんだろう。

「それで、近頃何か変わった話を聞かないか? そう、例えば急に強くなった奴がいるとか……」
 ミディリースの反応を見るに、無爵だった者が急に力を得て、暴走させずにいられるとは思えないんだよな。
 なら、何らかの痕跡を残すと思うんだが……。
 もっとも、そいつが俺の領地にいる可能性は低いだろう、とは思っている。そうそう都合のいい偶然が重なるわけもないだろうから。

「閣下やデイセントローズ閣下みたいに、噂も聞こえなかったのに、急に無爵や男爵から大公にあがるような奴ってことですか? そんなの、そうそういませんよ」
 うん、デイセントローズはともかく、俺は急に強くなったわけじゃないけどね。っていうか、あのラマと同列に語られるのは心外だ。
「なにかいつもと違うような話を聞いたら、どんな些細なことでもいい。報告してくれ」
「了解です」

 ノーランが帰ってから、念のため木箱の中身を一つ一つを取り出して点検する。
 だが、やはり全部を取り出しても、ガルマロスの武器どころか、魔武具の一つすらその中にはなかった。
 というか、なぜかボロボロの武器が多かったんだが……ほんとなぜなんだ。どこから集めてきたんだ。
 けれどそれでも、そもそもが珍しい武器であるにもかかわらず、夕刻までに届けられたファイヴォルとエルダーの数たるや、魔武具の如何、新旧大小、状態の善し悪しを問わず、と命じただけあって、数百を超えていた。

 ちなみに内訳は、エルダーが七割、ファイヴォルが三割という、隔たりのあるものだ。これは、ある一地方において、特に顕著だったらしい。
 魔族と違って人間たちの社会では、流通・使用されている武器には地域差があるらしく、それが表われた結果ではないか、とはキミーワヌスの分析だった。

 もっとも、数百が集まったその中で、ガルマロスの〈真円を四つに分ける十字と鏃〉の紋章が入っていたものは、やはり数少なかった。
 だがそれでも、山と集められた二種類の武器の中から十点ほど、存在したのだ。
 寿命の長い魔族の武器製造人は、あらゆる武器の製造に手を伸ばす傾向にあるとはいえ、それは俺の予想を十分上回る数だった。

 その集まったガルマロスの武器を、広げた布の上に並べて俺の目で見、数点は標的を置いて投げてみたが、どれも魔武具としての効果は武器としての機能を強力にしたもの……つまり強化型だった。中に一つも、特殊能力付与型、と言えるものがなかったのだ。
 これは……紋章が通常と違っていることを考えても、ガルムシェルトが製造に失敗したなんの力も無い武器と目されるわけだ。

「持ってきたっすよ、閣下!」
 夕暮れ時、広間に敷かれた布の上に、ずだ袋からじゃらん、と、武器の数々を乱暴に放ったのは、ヤティーンだ。

「もうちょっと丁寧に扱えないか……投げるための武器とはいえ」
 まあ、なら俺も、布だけ置いた床に雑然と並べてるなよって話ではあるんだが。
「こんだけ武器も集まると、壮観っすね。魔武具狂としてはゾクゾクしてたまらないんじゃないっすか?」
 ……え? 魔武具狂って、まさか俺のこと?

「で、何に使うんです? もしかして、全部その……腰に挿した剣の試し切りに使うとか?」
「? どういうことだ?」
「俺は鈍いほうなんでいいっすけど、その二本目の剣、気味悪がってる奴も多いっすからね」

 クリストナのところで手に入れた、片刃の剣のことか。
 確かにジブライールでさえ、むき出しのこいつには警戒していたもんな。
 だが、今は大人しく鞘に入ってるし、そんな周囲も怖がってる感じじゃなかったのに、「気味が悪い」と噂になってるだって?

「閣下の今回の命令だって、今まで大公城の宝物庫にあった結構な数の武器を、その剣の試し切りでダメにしたからだって一部の噂っすよ」
 全くそんな事実はないんだが……。だが、そういうことにしておけば、いちいち説明しなくてもいいから楽かもな。

「あらいやだ。なんて偶然かしら……ヤティーン公爵ではありませんか!」
 弾んだ女性の声が響き、俺とヤティーンは広間の出入り口を振り返った。
 逆光の中、立っていたのは、影だけで正体の知れる〝元・デヴィル族第一位の美女〟だ。
 アリネーゼは、目にも留まらぬ速さで結構な広さの室内を駆け抜けてき、ヤティーンからあと三歩という微妙な距離で立ち止まった。

「偶然ですわね。まさかヤティーン公爵も、このタイミングでいらっしゃっているだなんて!」
 なんてこった。アリネーゼがキャッキャしている。
 偶然とか絶対嘘だろう。なんならヤティーンが来るのを、城のどこかで待ち構えていたんじゃないのか?
 絶対そうに違いない!

 だってそもそも、副司令官でも軍団長でもないアリネーゼが、自分で武器を届けにくること自体がありえないもん!
 っていうか、手ぶらだよね!?
 ポーズ取るにしても、せめて一つくらい持ってこようよ!
 じゃないと、何しに来たって聞いちゃうぞ!

「アリネーゼ閣下」
「まあ、今は同位とはいえ、私はあなたの配属なのですから、どうぞ親しげに『アリネーゼ』とおっしゃって」

 同じ七大大公として、この四年ほど付き合ったが、これまで俺は、いつもどこか気怠げなアリネーゼしか見たことがなかった。
 だが、今の彼女はどうだ?
 いつも眠たそうだった目は潤んで見開かれ、今まで高慢な笑みばかり認められた口元には、純粋な歓喜の笑みが浮かんでいる。ゴツゴツした灰色の硬い皮膚も、心なしか桜色に透けて見えるようじゃないか!
 当然、俺のことは完全に無視だ。眼中にもないに違いない。
 ここまでとは……わっかりやすいな、アリネーゼ!

「んじゃまあ、遠慮無く。でもなんか、つい癖で言っちまうんですよね。だいたいアンタ、俺なんかより今でも強いんだろうし」
「そんなことはありませんわ。争奪戦以来、どうにも弱ってしまって……」

 アリネーゼはわざとらしくヨロヨロとよろめき、ヤティーンにしなだれかかる。
「酔っ払ってるんすか?」
「ふふ……あなたに酔っているのかも」
「俺、そんな特殊能力、ないっすよ」
 おい、ホントにこいつ、モテるんだろうな!?
 鈍い、デリカシーに欠ける、と、さんざんな評価を得た俺と、どっこいどっこい……いや、俺よりヒドくないか?

「野性味あふれる殿方って素敵ね」
 えー。ナニその解釈。付き合ってられない。
「えーおほん。続きは自分たちの所領に帰ってから、お願いしたい!」
 とっとと帰れ、二人とも!
「あら、いらしたの。ジャーイル」
 そりゃあいるともさ! ここを誰の城だと思ってるんだ!
 っていうか、ホントに何の用で来たんだよ!

「ダメっすよ、アリネーゼ。ジャーイル閣下は今じゃ、アンタの主君なんだから。ちゃんと閣下って呼ばないと。けじめは大事です」
「ごめんなさい……そうね、あなたのおっしゃるとおりだわ」
 いいから早く帰れ、二人とも!

「ところでジャーイル閣下、どうして急に、投擲武器なんて集め出すの?」
「ああ、ちょっとな……」

 彼女が七大大公から外れた今、情報の伝達について、以前と同じように扱うわけにはいかない。
 それで俺は彼女の質問には答えず、濁すことにした。
 けれど彼女はヤティーンが気にしなかった、武器の配置にめざとく気づいたのだ。

「あら……魔武具とそうでない武器と……分けてあるのね。しかもなんだか、ガルマロスのものだけ別にしてある?」
 意外だった。
 まさか全く武器に興味のなさそうなアリネーゼが、紋章が刻まれているとはいえ、他と区別して置いてあるガルマロスの武器を指摘してくるとは。

「ガルマロス? 誰っすか、それ」
 ほら、ヤティーンでも知らないというのに。
「ガルマロスというのは、魔武具製造人ですのよ、ヤティーン公爵。うちの城にも……ああ、〈水面に爆ぜる肉塊城〉にも、確か数点あったはず」
 ってことは、それについてはロムレイドを通して確認できるな。

「それ、詳しく覚えているか? 種類とか、何点あったとか……」
「さすがにそれほどの興味はないわ」
 だよね……。

「武器については、だけど、本人についてなら少しは知っていてよ」
 まさか、先代魔王の頃、魔王領にいたとかじゃないよね。それくらいなら俺も知ってるんだけど。

「例えば?」
「彼を支配下に治めていたのは先の魔王陛下だった、ということとか……」
 まあ、そうだよな。そのくらいだよな。
 俺ですら、製造人そのものの歴史には興味がない。武器に愛着のない魔族なら、余計そうだろう。

「ああ、そうだ。思い出した」
「なにを?」
 あまり期待はしないでおこう。
「確か彼は、ヴォーグリム大公の領民だったのよ。あの人が大公になってまもなく、先代の魔王にその身を献上されたのだわ」
 なんだって? ネズミ大公、だと!?

「間違いないか?」
「ええ。ヴォーグリムが言っていたもの。だから二種類とはいえ、たった一日であなたの元にこれだけのガルマロスの武器が集まるのでしょう」
 確かに長命の魔族とはいえ、俺の思っていたよりガルマロスは武器をたくさん作っていたんだな、と思っていたところだ。

「けれど、エルフォウンスト陛下は残虐を好む方だったでしょう? すぐにガルマロスの両手を落としてしまわれて、あれでは何のために差し上げたのか、全く意味がなかったって、ヴォーグリムが珍しく嘆いていたのを聞いたことがあるわ」
 そうか……そんなことが……。

「一応確認するけど、もうガルマロス、本人は生きてないよな?」
 そう伝え聞いているのだが、今の話だと、まさか武器製造人としてのガルマロスは死んだ、とかいう意味だと思われなくもないからだ。
「さあ、知らないわ。さすがにそこまでは……生きているとすれば、現魔王陛下の領民なのだから、陛下にお聞きになればよろしいのではなくて?」

 魔王様も知らないから!
 ……でも確かに、紋章を調べれば、少なくとも生存しているかどうかはわかるだろう。もっとも、今は魔王城にウィストベルがいるのだから、彼女がそのことを考えつかないとは思えない。
 そもそも、誰よりもガルムシェルトについて詳しかったし……確かウィストベルも今の大公位を得るまでは、エルフォウンスト魔王の城で暮らしていたはずだから、ガルマロス本人と知り合いだった、という可能性すらあるではないか。

「参考になったよ、ありがとう。ヤティーンは本当に知らないのか?」
 ヴォーグリムの領民だったというのなら、むしろアリネーゼよりヤティーンの方が本人すら知っていてもおかしくないはずだろ。
 だが、雀は小首を傾げた。

「なぁんか聞いたことある気はしますけど、やっぱ知らないっすね。俺、別にヴォーグリム大公には好かれてなかったし」
 まあ、確かに……今でも俺の知り合い全員を、副司令官たちが知っているわけでもないしな……。

「ところで、偶然の出会いは、大事にすべきだと思いますのよ。ヤティーン副司令官、今晩は付き合ってくださいませんこと?」
 ……すでに俺の存在は、アリネーゼの視界ばかりではなく、脳裏からも消え去っていたようだった。

 ホント、帰ってほしい。


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