古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

17 〈大公会議〉の朝がやってきました


 最初にやってきたのは、ベイルフォウスだった。
 〈大公会議〉は午後からだというのに、親友は朝も早いうちから我が城を訪ねてきたのだ。
 まあ、そりゃあそうだろう。
 そうして図書館で兄に対面するや、その中身まで子供に戻ったと知って、言葉を失っている。
 だが、兄の方はといえば――

「お兄ちゃん、母上に似てるね。母上のお兄ちゃん?」
 おい、なんで俺は「おじちゃん」だったのに、ベイルフォウスは最初から「お兄ちゃん」なんだよ!

「でも、母上にお兄ちゃんっていたっけ?」
「兄貴!」
 ベイルフォウスは小っちゃなお兄さんをかき抱いた。

「ベイルフォウス、驚くのも無理はない。実は、こうなったのは――」
「いや、予想はしてた」
「……え?」
 今、なんて?
 予想してたって言ったか?

「ねえ、お兄ちゃん、ベールはどこ? ベールも今日くるっていったよ?」
「俺がその、ベイルフォウスだ。兄貴」
「いや、ベイルフォウス。そんなこと言っても、今のルーくんに通じるはずが……」
 あ、しまった。思わずルーくんと言ってしまった。

「お兄ちゃんがベールなの?」
「そうだ。わかるか?」
「わからないけど……でも、そっか。ベールなんだ」
 えっ!
 「そっか」でいいの?
 「そっか」ですませられる内容なの!?

「おっきくなったねぇ!」
 兄の小さな手で頭を撫でられ、ベイルフォウスは見たこともないような慈悲深い微笑を浮かべた。

「知ってたのか、ガルムシェルトで体や精神ばかりか、記憶まで幼い頃に戻ることを……」
「いいや、知ってたんじゃない。知ったんだ」
「どういう意味だ?」
「こいつのおかげさ」
 ベイルフォウスは兄を抱き上げると読書机に向かい、その机上に懐から取り出した、白い布にくるまれた何かを置いたのだ。

「エルダーガルムだ」
「えっ!」
 俺は慌てて布を取り外す。
 果たして、そこに現れたのは、確かにエルダーっぽいものだった。だが……。

「一本しかないが……」
 エルダーというのは通常、最低でも三本の紐状からなる武器だ。エルダーガルムも確か、鎖が三本くくられた武器だったはず。が、それは短い鎖が一本だけしかない。

「だが、エルダーガルムだ。間違いない」
 確かに、鎖の先についた鏃には、流血の〈真円を四つに分ける十字と鏃〉がしっかり焼き付けられている。鎖が切れた痕跡もあるし。
「ではあと二本、ちぎれたエルダーガルムがどこかにあるということか」
「ああ」
「で、こいつのおかげっていうのは……」

 ベイルフォウスはルーくんを抱きかかえ、背中を撫でてやっている。
 弟だと本能でわかって安心したのか、小さな兄はすぐ寝付いてしまった。
 ルーくんが寝るまで待っていたのか、ようやくベイルフォウスが口を開く。
「こいつを手に入れてすぐ、配下で試した」
 えっ!

「無爵の奴に公爵を傷つけさせてみた。一本でもちゃんと能力を発揮したぜ」
 えー。マジか。他人には容赦ないな、ベイルフォウス。
 しかし、エルダーガルムが一本でも有効となると、ガルムシェルトは実質五つと数えられるといってもいいことにならないか?

「奪われた方は、早ければたちどころに、遅くとも半日も経たずに記憶を失った。五組で試したが、全て同じ結果だった。だからいずれ、兄貴もそうなるだろうと思っていた」
 ベイルフォウスは淡々と語った。
「それでその……逆もちゃんと、試したんだよな?」
「…………もちろんだ」
 なに、今の間。

「で、一旦無くなった記憶と魔力は、無事元に戻ったのか?」
 いや、魔力が戻るのは、俺の方でもジブライールとミディリースでも実証済みだが。

「姿と記憶については、問題なく戻った。魔力もまあ、あんなものだろう」
 よかった!
 姿だけ大人に戻った元に戻った魔王様から、「ジャーイルお兄ちゃん」なんて呼ばれたくないもんね!
 しかし通常は半日も経たずに記憶を失うとなると、ジブライールも危なかったな。
 魔王様が三日ももったのは、奇跡的なことだったのだろうか。それとも元々の強さが関わってたりするのだろうか。

 魔力の強弱は、ベイルフォウスには正確に確かめられる訳じゃないだろうし……ん? あんなもんだろう?
 どうやって、魔力が元に戻ったのを確認したんだろう……その五組の運命については、わざわざ確かめないでおこう。

「実は、俺の領地でもウルムドガルムが見つかったんだ」
「心当たりがありそうだったが、それがそうだったのか」
 そういえばそんなこと言っておいたっけ。
「そうだ」
 長い話になると思ったのか、ベイルフォウスはルーくんを抱きかかえたまま椅子に座る。

「まあ、何かあるときは、自ずと関係のあるものが集まるものだからな」
 都合良く揃うのは、ベイルフォウスにとっては当たり前らしい!
 強権を発動できる魔族の強者による経験則なのかもしれないが。
 それに確かに、魔武具・魔道具関連は、それそのもの自体が引き合う傾向に、あるといえばある。

「それで、そのウルムドは――」
 ベイルフォウスは言いかけて止め、図書館の扉がある方向に、冷たい視線を向けた。
 すぐに、扉を開け閉めする音が響いてくる。誰か入ってきたようだ。
 まあ、エンディオンに言って他の者の来館は止めてあるので、ミディリースに決まってるけれども。

「遅くなってごめんなさい、魔獣が――」
 予想通り、やってきたのはミディリースだった。
 だが彼女は、ベイルフォウスの鋭い視線を受けて固まってしまう。
 そうとも、昨日はちゃんとミディリースだって家に帰ったのだ。ついでにいうと、俺が司書室でルーくんに添い寝した。
 なぜって、中身が魔王様のままならともかく、こんな小さな子になってしまった今の状況で、たった一人で置いておけるわけがないからだ。

 ちなみに、俺がこんなことを言ってしまうのもなんだが、長椅子の寝台はなかなか手狭だった。
 その上ルーくんときたら、知らない家で興奮したのか、なかなか寝付かなかったし、ようやく寝たと思ったら、寝てまで足癖が悪いらしく、何度か蹴られた――顔もな――し、夜中のトイレでも起こされた。まあ、寝小便されなかっただけマシと思っておこう。
 ルーくんに比べれば、マーミルの寝相のなんと大人しいことか。
 せいぜい、抱きついてくるくらいだもんな。
 ウィストベルはよく一緒に寝てられるもんだ。

 あと、司書室に入るなり、初めて見たかのように、「狭いねぇ。お兄ちゃん弱いの?」と言われたことも一応、記録しておく。

「? どうした、ミディリース」
 そう聞いたのも、司書が入ってすぐの場所から、近づいてこようともしないからだった。
 けどそういえば、ミディリースはベイルフォウスとは初対面だったっけ。
「おい、ジャーイル。相手は誰だ」
 ベイルフォウスくんが、やけに嗜虐的な笑みを浮かべている。ミディリースが固まっているのは、単なる人見知りのせいだけではないのかもしれない。

「相手って、なんのことだ?」
「お前も試したんだろ、このウルムドガルムの、その能力を」
 ああ、そういうことか。ミディリースの外見を見て、ベイルフォウスは彼女が力を奪われた者だと理解したんだな。
 まあ、無理もない。
「彼女はミディリース。この図書館の主――司書だ。あと、元からこの外見だ」
 ベイルフォウスは一瞬、理解しがたいというように眉を寄せた。

「つまり……ウルムドガルムのせいで、子供のようになっているわけではないと……」
「元から童顔なんだ」
「なら、聞こう。なんでこの場に、俺とお前と兄貴以外の無関係な奴がいて、当たり前みたいな顔してる」
 ああ、そこ気になるか……うん、まあ、なるよね。

「確かに、公にはしないという約束だったが」
「そうだな」
 ベイルフォウスの声は、女性がいるにしては優しさの欠片もなく響いた。この怒気を感じては、ますます司書は動きがたいだろう。

 実際、俺が近寄っても、ミディリースは顔面蒼白の棒立ちのまま、ぴくりとも動かない。
 いいや、ぴくりとも、ということはないか。実際には小刻みに震えているのだから。

「ミディリース。司書室から、ウルムドガルムを取ってきてくれ。急がないから」
 俺が手を引いてやると、ミディリースは泣きだしそうな顔をして頷き、背中を押してやっと、司書室に向かって歩き出した。

「おい、あと何人知ってる」
 ミディリースだけとは思わないらしい。
「あと一人だ。今のミディリースとジブライール。ただ、事情は知らせてないが、魔王様の姿を見た者がもう一人……我が城の医療班長が」
「あのハエ野郎までかよ」

 容赦なく睨まれた。
 そういえば、ベイルフォウスはサンドリミンと面識があったっけ。俺と二人で仲良く、正座して怒られたもんな。

 俺は帰城してからの騒動を、ベイルフォウスに説明する。
 すやすやと眠る兄の小さな背中を撫でながら、親友は俺の話を黙って聞いていた。
「つまりこれは成り行き上、仕方のない処置だったんだ。魔王様も記憶のあるときに、二人のことは了承済だし」

 ぴくり、とベイルフォウスの眉が動く。その視線の先に、ミディリースがウルムドガルムを手に、書棚に隠れるように立っていた。
 人前に出るというのに、珍しくローブも仮面もなしだ。
 さっき顔を見られて諦めたのか、それともウィストベルから大公への態度が云々と、身を隠すことを禁じられたためか。

「おいで、ミディリース。大丈夫、ベイルフォウスも理解してくれたよ」
「……まあ、いいだろう」
 ベイルフォウスは、深いため息をついた。
 内心気にくわないだろうが、これは俺の領地での俺の采配だ。いかに親友といえど、口出しをさせる気は無い。
 その時、ルーくんが身じろぎし、厳しかった弟の瞳が眠る兄を見て和らぐ。
 ようやくミディリースも、ゆっくり一歩一歩、こちらに近づいてきた。

「あの……ウルムド……ガルム、です……」
 消え入りそうな声で言いながら、ミディリースはそっと、ウルムドガルムを読書机に置いた。
 ベイルフォウスが手を伸ばす。その動作で、ルーくんの目が覚めたようだ。

「ん……」
 ルーくんは起き抜けに目をゴシゴシとこすり、それからミディリースを見つけると、満面の笑みを浮かべてベイルフォウスの膝から飛び降りた。
「ミディリース!」
 自分から離れて司書に駆け寄った兄を見て、弟はぽつり、と呟く。
「……まあ、いいだろう」
 さっきと違って、今度は本当に納得したようだった。
 これで本当に安心だな、ミディリース!


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