古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

18 気が抜けるのは、僕だけなのでしょうか


 ベイルフォウスさえ来ているというのに、なぜかティムレ伯が来ない!
 今日の午前が締め切りだと、手紙にちゃんと書いておいたのに……それどころか、『聞きたいことがあるので、もし俺がいなかったらさっさと帰らず、ちゃんと呼び出して下さい』って自筆で一筆添えておいたにもかかわらず、ティムレ伯が来ない!
 ジブライールが俺に報告しないということはあり得ないから、やっぱりティムレ伯が来ないのだ!

 ちなみに、ジブライールは昨日は夜までいてくれ、今日も早朝からやってきて、広間で詰めてくれている。
 そんなわけで俺も、ルーくんをその弟とミディリースにまかせ――いくらベイルフォウスでも、中身まで子供になった兄の目の前では、女性を口説いたりしないだろう――広間に来ていた。
 今朝もちらほら、軍団長たちがやってきて、二武器を追加してくれたが、その中にやはりガルムシェルトはない。

 武器とともに、それに関連する逸話もかなり集まったが、エルダーガルムとファイヴォルガルムにつながりそうなものは一つもなかった。
 まあ、それはそうだよな。エルダーガルムが揃うなら、ベイルフォウスのところだろうし、ファイヴォルガルムはやっぱり魔王領か、本の記述が確かならばプート領だろう。それというのも地図を調べてみたところ、戦う僧侶の居たという寺院は、現プート領にあったからだった。

 とはいえアルマジロちゃん――メルフィルフィ嬢の反応を見ても、あの本の記述に対する信憑性は低いとしか思えないんだよなぁ。
 しかし、その全てがでたらめと決めつけるのもいかがなものか。〝魔力無き者に術式表せず〟というからな。
 それにウルムドガルムに限って言えば、見つかった場所は大雑把にあっているようだし。

 そんなことより、ティムレ伯が来ない。
 いや、別にもういいんだよ。たぶん、ウルムドガルムについて何か聞けたとしても、今回の手がかりになるようなことは、もうないだろうと思うんだよ。
 でも、ほら……こんなに来ないって事は、もしかして俺、ティムレ伯に嫌われてるんじゃないだろうな、って心配になるわけだよ!
 そんなことを考え始めたら、ちょっと落ち込むので、俺はもうすっかり諦めることにした。

「〈大公会議〉まで時間も迫ってきたことだし、ジブライール、今日は一緒に昼食でもどうだ?」
「えっ。よ、よろしいのですか?」
「ああ、ベイルフォウスがもう来ていてな。ちょうどいいから、今からお互い知りえた情報を交換しようと思うんだ」
 俺は他の三人に聞かれないよう、小声で続けた。

「ジブライールにも、ウルムドガルムでミディリースと魔力が入れ替わった時のことを話してもらいたい。給仕も付けられないから、図書館で簡単な食事にはなるが」
「あ、そう……そう、ですよね。ベイルフォウス閣下……ミディリース……と、魔王陛下も、もちろん一緒ですよね」
 あれ……もしや、二人きりとでも思ったのか?

 後のことをキミーワヌスと宝物庫職員と記録官に任せ、俺とジブライールは広間を後にした。

 ちなみに、ティムレ伯はそれからすぐにやって来たそうだ。
 彼女が来てももう声はかけなくていい、と伝えておいたのは、早計だった。もしくはせめてもう少しだけ、待ってさえいれば……。

 それというのもティムレ伯がこのとき記録官に語った、ウルムドガルムを見つけた経緯は、決定的な証拠を伴うものではないとはいえ、今回の件に関わりがありそうな内容だったからだ。
 だが、それを俺が知ったのは、〈大公会議〉の後だった。

 とにかく俺は、ジブライールを連れて図書館に戻った。
 するとどうだ。ベイルフォウスと差し向かいに座ったミディリースが、赤い顔をしてうつむいているではないか!

「おい、まさかベイルフォウス! 魔王様の前で、ミディリースを口説いたんじゃないだろうな!」
 口説いたどころか、手を出しかけたわけじゃないよな?
 しかし、それはないか。ベイルフォウスの膝の上には、今もルーくんがご機嫌で座っているのだから。
 ルーくん……甘えん坊にも程があるだろう。ベイルフォウスもいい加減、うざくないのかな。

「そんなことするかよ。俺だって、時と場所は選ぶ。ただ、そんなに兄貴が懐いてるなら、姿が元に戻ってからも仲良くしたらどうかって話をしてただけだ」
「するー!」
 仲良くって……うん、ルーくんは喜んでいるが、ベイルフォウスの発言だ。子供同士のように仲良くって意味なわけないだろう。

「そ、そんなんじゃ、ないので! 私と魔王様……そんなじゃ……」
 そして、ミディリースも正しく意味を把握しているからこそ、耳まで真っ赤になっているのに違いない。
 ミディリースって結構あれだよな、耳年増だよな……想像力も豊かなようだし。それともなに……今地下書庫にあるような本を、常日頃から愛読しているとかなのだろうか。
 ……いや、そもそも耳年増っていっても、年齢自体が結構……。

「ウィストベルのことなら気にするな。俺がもらうから」
 ベイルフォウスの奴、さっきはあんなにミディリースの存在が気にくわないって感じだったくせに、もうすっかりいつもの調子じゃないか!
 だいたい、ウィストベルのことだって、そろそろネタで言ってるのじゃないかという気がしてきた。
 昔のことは知らないが、彼女と魔王様との関係が明らかになって以後、それほどウィストベルにこだわっているようには見えない。

「ベール、どうしよう……」
 ルーくんはベイルフォウスの膝の上で、明らかにしょんぼりしている。
「どうした、兄貴」
「ボク、ミディリースにきらわれてるのかなぁ……」
 ウィストベルの名に反応したのかと思ったが、違ったようだ。やはり記憶が後退していては、いかに最愛の女性といえど、名前だけではピンとこないらしい。

「ち、違います、違いますよ、そういう意味じゃないんですよっ!」
「違うんだってよ、兄貴。よかったな」
「うん!」
 兄は弟を見上げ、無邪気に頷く。

「じゃあ、ミディリース。ボクが大人になっても、仲良くしてくれる?」
「う……はい……」
 このやりとり、どうも俺は気が抜けるんだが、ベイルフォウスは何とも感じないのだろうか。いつもあんなギラギラしてるくせに、なんで普通に和んでるんだ。
 もしや、子供嫌いっぽいのに子供好きなのか。それともやはり、魔王様だからこそなのか。
 今の状況を混乱もなしに受け入れている、ベイルフォウスの心境が知りたい。

「あの、閣下」
 ジブライールがツンツンと、服の裾を引っ張ってきた。
「魔王陛下のご様子、おかしくありませんか?」
 ああそういえば、ジブライールが魔王様に会うのは初日ぶりだっけ。

「それが、昨日からこの様子でな。つまり、今の魔王様は中身と外見が同じなんだ」
「それは……私が中身も幼児化していたように、ということですか」
「ああ。さらにいうなら、記憶も見たとおりの年齢まで、後退している」
「それは……大丈夫なのでしょうか? お力が戻った時、陛下の記憶も無事、元に戻られるのでしょうか?」
「その予定だ。おい、ベイルフォウス」
「あぁ?」
「みんな揃ったことだし、昼食がてら、判明した事実のすりあわせと〈大公会議〉での方針を話し合わないか?」
「ああ、いいぜ」

 俺たちはエンディオンが届けてくれた昼食を、外のテラスで取ることにした。
 このところしているように、ミディリースの隠蔽魔術と俺の結界を駆使し、誰も近寄るなと厳命した上で。
 いつもより二人増えている上、ベイルフォウスがいるためか、届けられたワゴンはいつもより大きめで二台――いつもは一台――、料理の種類や内容もちょっと豪華だった。特に、酒の量と銘柄の選択に、力がこもっているような気がする。

 それにしてもあろうことかベイルフォウスの奴、さっきは魔王様のことを部外者に明かしたと睨んできたくせに、「給仕もいないのか」とか、「マーミルは一緒じゃないのか」とか、文句をいってくるのだから呆れる。
「マーミルを呼べるくらいなら、まずエンディオンを呼んでるわ!」
 思わずそう呟かずにはいられなかった。
 ジブライールとミディリースが気を遣って、せめて酌をしようとしたが、「各々、手酌で」と禁止した。
 ちなみに、ベイルフォウスは口では文句を言いながら、せっせと兄の世話を焼いていたことは、明言しておきたい。

 俺たちは食事を進めながら、ベイルフォウスが配下に課した残酷な実験の内容と結果、それに関わる事実と推測を聞き及ぶ。ベイルフォウスが五組で試したといったのは、無爵から有爵者への実験の組数で、実際には八組で実験を行ったとのことだった。
 残りの三組は有爵者から有爵者、それぞれ、男爵から公爵、男爵から伯爵、伯爵から公爵と、エルダーガルムによる効果を試してみたそうだ。だが、結果は成果なし――爵位の序列どおり、公爵は伯爵と男爵に勝ち、伯爵は男爵に勝った。その結果からも、有爵者であれば同位でなくとも、魔力が逆転するような事象はなかったといっていいだろう。

 俺の方からは、ジブライールとミディリース、双方の実体験に基づく事実と感想、同位の伯爵同士で使用された場合の無反応、俺の領地で収集した二武器の説話、ガルマロスの真実と推測、本から得た知識、魔王様の現状、その全てを話し合い、〈大公会議〉による対策を練って、忙しい昼食を終えた。

 そうしていよいよ、俺が初めて主催する〈大公会議〉の時間がやってきたのである。


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