古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

54 大公だって、痛いのは苦手なのです


「……というわけで、エンディオンは当然として、リーヴだけでなく、リシャーナも生きたまま捕らえたいんだ」
「はい。肝に銘じます」
 ジブライールは反対などあるはずがない、とでもいうような表情で頷いてから――。
「とはいえ、うっかり殺ってしまっても?」
 ええっと、ジブライールさん……。

「自身の危機に面した以外の局面では、うっかりしないでくれ」
「……気をつけます」
 ちょっとテンション下がったんだけども。
 うん、彼女は紛れもなく、強者の一人に違いない。

「閣下、補足しました! 南南東、二キロ先、まだ、地下にいます!」
 思ったより離れていなかったせいか、そう告げるモーデッドの声も弾んで聞こえた。
「よくやった。ではジブライール、ひとまずモーデッドと協力して追ってくれ」
 俺は二人のため、落盤した岩石を吹き飛ばし、入り口を開ける。

「えっ! ジブライール閣下と二人きり!?」
 モーデッドが驚きの声をあげる。どうやら彼は、その特殊能力で気配を探っている間、周囲の音が聞こえなくなるらしい。
 なぜって、俺とジブライールの話が聞こえていれば、そんな反応をみせるはずがないからだ。
 そうだとして、彼のためにもう一度同じことを説明する時間は惜しい。

「残念だが、ずっと二人きりでいられるわけじゃないぞ。準備ができ次第、俺も後から追いかけるからな」
「そ、そうなんですね……」
 二人きりと聞いて驚いたのは、喜んでのことかと思ったのだが――なぜって、ジブライールは美人だし――その反応を見るに、どうやら違うらしい。むしろ、どこか脅えるような瞳を遠慮がちとはいえ、ジブライールに向けている。

「閣下のご判断に、なにか不服でも?」
「いえ、とんでもない!」
 ジブライールに一睨みされて、モーデッドはその褐色の額に玉の汗を浮かべた。
 そういえばティムレ伯は自身の執事のことを、『強い相手には過剰にビビる』と言い表していたっけ。

「ではジブライール、頼んだ。俺もすぐ追いつくとは思うが」
「は。では追跡に移ります」
 ジブライールの、敬礼から踵を返すその動作の素早さに、モーデッドが慌てて倣う。

 二人が洞穴の闇の中に消えたのを確かめてから、俺は石突きを下にヴェストリプスを斜めに立てかけ、その穂先を自身の手の平に当て……ためらった。
 なにせ、ヴェストリプスの能力を発揮するには、『穂先で貫かねば』ならないのだ。
 ガルムシェルトのように、ちょっと傷つけるだけでなんとかならないものだろうか、と思ってベイルフォウスに確かめたのだが、その答えは「対象物にしっかり貫通させなければならない」だった。  まあ、本来……相手を攻撃するための武器なのだから、そうなるのも仕方ないよね……。その特殊な能力だって、相手を害するために使うのが正当なのだろうから。

 そうなのだ。俺は、自身にヴェストリプスによる隠蔽魔術をかけようとしていたのだ。そうすることでしか、リシャーナの姿を確認できないのだから仕方ない。
 もちろん、理想的な展開としてはリシャーナをヴェストリプスで貫くことで、隠蔽魔術を二重掛けし、彼女の隠蔽魔術を無効化させることだ。ベイルフォウスがヨルドルをそうしたように。
 ところが俺はさっき下手を打って、そのチャンスを一度逃がしてしまった。同じ過ちを犯さないためにも、自ら隠蔽魔術にかかって彼女の姿を捉えるしかないじゃないか。

 とはいえ、なかなか思い切れない。
 なにせ白状するが、俺は痛いのが苦手だなのだ。常々言っているように、繊細なのだから!
 ここでヴェストリプスで貫いて、手のひらに大きな穴があいてみろ。年甲斐もなく、泣き出してしまいかねない。
 ドバーッとアドレナリンが出ている戦いの最中にけがをするのと、自身で自身を傷つけるのは、全然違う話なのだ。そもそも自傷行為に励むなど、魔族としてあり得ないことではないか!

 それにこの後、敵と対峙するというのに、怪我をした状態でいていいはずがない! たとえ魔王様に頭を割られるよりたいしたことない負傷だとしても……。
 ちょっと待てよ。相手が持っているのはたかがウォクナンの魔力だ。姿なんて見えなくても、支障ないのでは……いや、ダメだ! 間違ってもあの唾を浴びたくない!!

 だけど、どうだろう。自分自身が隠蔽魔術にかかったかどうかは、ちゃんと自分でわかるんだろうか?
 本当ならジブライールたちがいる間にやって、姿が消えてるかどうか見てもらえばよかったんだろうけど、でもほら……こうしてぐずぐずしているところを見られるのも……ほら、なんていうの……格好つかないじゃない?

 ……馬鹿! 俺の馬鹿!
 こんなグズグズいっている間に、エンディオンが遠ざかってしまうじゃないか!
 自分の状態が変わる魔術だぞ? さすがに自身でその変化がわからないことなどあろうはずがない!
 そうだとも、気合いを入れろ、俺! 頑張れ、俺!
 魔王様の蹴りを頭に受けることを思えば、こんな槍で手を突くぐらいなんのことはない!
 穴が開いたからなんだっていうんだ! そんなことで、魔族の大公がメソメソしていられるか!
 そうとも、手に穴が開くくらい……。

 ん? 穴……?
 ウダウダ時間をかけて幸いというべきだろうか。その時、俺の脳裏に突如として妙案が思い浮かんだのだった。
 自分で言うのもなんだが、冴えてるぞ、俺!
 今思いついた手が有効であれば、いらぬ怪我をしなくてすむというものじゃないか!
 よし、やってみよう!! いち、にのさーーん……。

 結果は果たして――

 ***

 ただでさえ細く曲がりくねって走りにくい路は進むごとに天井高や幅を変え、それが目的なのだろうが、追跡の勢いを削ごうとする。さらに途中でいくつも枝分かれしているので、案内役がいなければ、途中で迷ってしまいそうだった。
 本来ならば、そんな面倒な路はすべて吹き飛ばしてしまえばすむことである。さっき、そうしたように。
 けれど、重用している家令が巻き込まれるかも知れないから、と閣下に禁止されては、背くわけにもいかない。
 我が大公閣下に、それほどにも大切に想われている彼の家令に嫉妬……こほん、なんでもない。

 それで私は敵までの案内役である何某(なにがし)を先導として、地道にも路を駆け進んでいるのだった。後からいらっしゃる閣下のため、うっすら光りながら行路を指す手の彫刻を壁にはやして。
 私は絵を描くのは苦手だが、像を造るのは得意だ。もちろん、普段は粘土を手でこねくりまわして地道に小物や塑像などを造っているのだが、今、そんなことをしている暇はないので、造形魔術を使用している。しかしその完成度には個人のセンスが大きく反映する、と思っている。
 今、壁から生やした手の、優美で男らしい造形にはちょっと自信があるのだ。なにせ、これは閣下の手を模したもの………………こほん。

 とにかく、私は何某の先導で、灯りをともしながら迷宮を進んでいった。
 閣下に断言したとおり、相手がたとえウォクナン本人であったとしても勝つ自信はある。まして、今追いかけている相手など、借り物の力を手にした『ただの卑怯者』にすぎない。それでも強襲はせず、敵との距離は一定に保ったままだ。
 私と彼某(かがし)の目的は、閣下が追いついていらっしゃるまで、相手を補足し続け見失わないことであるが故に。
 だが、もしかすると入り組んだ迷路は、思いもよらず、私たちと逃走者をはち合わせるかもしれない。その時は、エンディオンにさえ気をつければ……。

「……なぜ、止まる?」
 偶然なら仕方ない。そう覚悟を決めたところだというのに、彼某は突然、通路の途中で足を止めてしまったのだ。彼の案内なしに、この先に進むわけにはいかない。
「それが……」
 ティムレ伯爵の執事だという何某は、困惑の色濃い瞳をこちらに向けてきた。
 その瞬間――

「ジブライール」
 耳元で、閣下のお声が響く。
 息のかかるほど近くに感じられたその声に、思わずはしたない声をあげそうになった。
 震えそうになるのをぐっとこらえ、私は思わず周囲を見回した。だが、洞穴内であろうと輝こう黄金の髪も、時に憂いを帯び、時に凍てつき、厳しい色をたたえ煌めく慈悲深き黄金の双眸も、衣服で隠れていてすら逞しく引き締まった肉体が想像できる男らしい肢体も、今は見えない。ただ、脳髄をとろけさせ、足腰を砕くその一声が、私の鼓膜を叩いたばかりだ。
 幻聴? あまりに閣下が好きすぎて、幻聴が聞こえたのだろうか?
 いいや! 気配はある。

「閣下?」
「ああ、俺だ。目印、助かったよ。…………だいぶ、不気味だったが」
 声は今度は耳元でなく、離れた場所から聞こえた。
「い……隠蔽化は、うまくいったのですね!」
「君に見えないのだから、そうなのだろう」
 どこかホッとされたようなお声にまたゾクリとする。姿が見えず、声だけ聞こえるというのも、これはこれで……。

「だが、モーデッドには俺の接近が、気配でわかったようだな」
「はい……」
 彼某のテンションは低い。もっとも彼はずっとこうだ。閣下より同行を請われるなど、この上もなく光栄なことであるのに!
 私がもし「ジブライール、一緒にきてくれないか」なんて言われでもしたら! 理由も目的地も聞かぬうちから卒倒する勢いで頷こうというのに!

「なぜこんなところで立ち止まっているんだ? 俺の接近を知って、待っていたというわけでもあるまい。まさか、相手を見失ったということは……」
「ま、まさか!」
 閣下の質問に、彼某は青ざめて首を振る。

「一行がこの先で止まったようなんです。それでこちらも進んでよいものか、ジブライール閣下のご判断をと思っていたところでして……」
「ああ、ならちょうど俺はいいタイミングで追いついたわけだな。つまり相手は、罠の在り処にたどり着いたのだろう」
「罠……」
 彼某が尻込みしたのがわかった。弱者というのは、ここで血湧き肉躍らないから弱者なのだろうか、などというどうでもよい疑問が脳裏をかすめる。

「そうかもしれません。実は、さっきから気になっていることがあるんです……!」
 あろうことか彼某がもたらした情報は、今後の作戦を一変させる重要なものだったのだ。


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