古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

55 暗闇の中待ち受けていたのは


 ジブライールは今日も我が軍団の軍服に身を包んでいる。
 だが軍服と一口にいっても、大まかな色の指標があるだけで、デザインは人により数種類そろえていて、彼女が今日、着ているのは膝丈ほどのワンピースだ。そういう服装の時はブーツが多いイメージなのだが、幸いにも今回は踵の低い、動きやすそうな靴を履いている。生足で。
 ……あ、いや、いっておくが、俺は別にイヤラシイ観点から彼女の服装をチェックしている訳ではない。生足に注目したのだって、そういうアレじゃない。本当だ。
 そういう意味でなら、もっと色々語りたい点が……なんでもない。

 とにかく、俺とジブライールとモーデッドがたどり着いたそこは、母子の家から続く階段があった部屋に比べても、穹窿高く遙かに広い、けれど何もない殺風景な空間だった。天井と壁はしっかりと石で組まれているが、それまでの通路と同様に床だけが舗装もなくむき出しの冷たい土のまま。
 それはまるで、ここでなら思うさま戦える、と用意された部屋のようでもある。
 俺たちが到着するまで闇に支配されていたらしいその部屋の隅々までが視認できるのは、ジブライールが自身の行路にあわせて浮遊させていた光球を、高く、強く光らせたからだ。

 光に照らされ、相対するよう浮かび上がった影は三つ――俺たちの出た通路の他に、まだいくつもの狭い通路が通じており、その一つを背にこちらに相対するよう、母子と家令が立っていた。
 そう――生活に全く支障のない程度の怪我で収まる場所をヴェストリプスで貫き、自ら隠蔽魔術にかかった俺の目は、今ようやく三人目――雌ラマの姿をはっきりと捉えていたのだ。

 雌ラマは、意外にも驚愕で目を見開いていた。それはそうだろう――隠蔽魔術にかかった者同士、お互いがそうだというのは一目瞭然なのだから。
 たとえば自分自身の手を見てもそうなんだが、隠蔽魔術がかかっている者の姿は、少しゆらめいて見える。
 正直、違和感あるし、ちょっと酔ってるみたいで気持ち悪い。
 いや……俺、ほとんど酔った記憶ないけど……違う意味で。
 そもそも酔う魔族など少数だから、誰にでもわかるように説明しようと思うと……そうだな、水中の視覚、と言った方がそれに近いかもしれない。

 そんな風に、滲んで見えるラマの姿――
 俺にはデヴィル族の美醜はわからない。それでも同じラマとはいえ、ペリーシャとリシャーナの顔かたちが明らかに違うことはわかる。
 やせこけていて、どこか貧相にさえ感じたペリーシャと違って、リシャーナは見るからにふくよかだ。だからといって、太っているという印象はない。肌は艶やかで毛並みよく、目はぱっちりと見開いていて、まつげはもとから長いようだ。

 それはなにも、ウォクナンの魔力を得たことからくる自信ではあるまい。だいたい、俺からすればたかがウォクナンの魔力だし。
 彼女から感じる自信は魔力の強さによるものではなく、アリネーゼやアレスディアのような、つまり、自分は美人だと信じて疑わないデヴィル族の女性がまとう空気と、同様のものであるようだった。

 けれど、なぜだろう……おそらく美人であるには違いないのだろうが、それでもその姉妹と同じで、どこか底知れぬ不気味さを感じる。
 もっとも、せっかく見えたその姿も、息子であるリーヴと、魔術で吊り上げているのだろう、ぐったりと気を失ったようなエンディオンを、盾とでもするかのよう前に配置し大部分は隠れている。

 一方、こちらは彼らにもっとも近い場所を占めた俺、その後ろに隠れるように立つモーデッド、それからその背後を守るように、出てきた通路にほど近い場所から魔力を込めた矢を番え直したジブライール、という配置だった。
 とはいえ、最も前方に立つ俺ですら広間の半分も進んでいない。家令の救出のため、突進したい気持ちをぐっとこらえているのだ。さっきはそれで失敗したのだから。

「どうやって、隠蔽魔術に――まさか、その男――」
 リシャーナの瞳がモーデッドを捉える。
 モーデッドも不気味さを感じ取ったのかもしれない。雌ラマの視線をうけ、その姿は見えないはずなのに、たじろいだようだった。

「俺に姿を補足されたからといって、恐れをなして、また穴に逃げ込むようなことはやめてほしいもんだ。君との追いかけっこは何ともつまらない」
「あら、こちらこそ」
 リシャーナは口元を嘲笑でゆがませる。
「逞しいデヴィル族の殿方とならいつまでだって追いつ追われつしたいものだけど、相手が醜いデーモン族ぞろいときてはね!」
 その瞳が、あらためて俺の全身を捉える。
 なめ回されたわけでもないのに、ぞっとした。

 雌ラマは俺の握る長槍で視点を止める。
「そうか、ヴェストリプス――その能力で、隠蔽魔術を体現したのか――」
 まるで、自身は世界のすべてを把握している、とでもいうように、彼女は笑った。
 どうやら本当に、魔槍オタクのベイルフォウスしか知らなかったヴェストリプスの能力を知っているらしい。

「やはり、私が早々に所持しておくべきだった――預けておくのが長すぎたようね」
「ああ、そうすべきだったかもな」
 他所の大公城にあったればこそ、ベイルフォウスが見いだせなかったのだ。世に出たのであれば、とっくに彼の知るところとなり、「持ち主を殺してでも奪い取って」いたかもしれない。いっそその方が、平和に終わったであろうに。

「その知識、ヒンダリスのおかげか」
「ほほ、察しのいいこと」
 ラマが大して感心してもいなさそうに、前歯をむいて(わら)う。
 鑑定魔術を持っていた我が大公城のかつての宝物庫管理人は、先のネズミ大公とその『ご家族』に忠誠を誓っていたのだ。ヴォーグリムに公式な家族などないことを知った時から、まさかリーヴ母子のことではないかと危ぶんではいたが、さすがに「預けておくのが」などといわれて、無関係とは思わない。
 しかし、母とヒンダリスの仲がどうであれ――

「だが、リーヴ」
 俺はその真意を問うよう、我が城の医療員に語りかける。隠蔽魔術にかかった俺の姿は見えずとも、声は聞こえるはずだ。
「俺はこれが君の意志だとは思っていない」
「……閣下……!」
 ネズミ君は今にも泣きそうな表情を浮かべた。それが母に対する恐怖のためか、それとも俺の言葉に感じ入ってのことか、わからない。

「意志? 意志ですって!」
 ラマの哄笑が洞穴内に響く。
「そんなもの、コイツにあるわけがない! いつまで経っても弱い子……せっかく大公を父に持ち、自身も有利な能力を持って生まれたというのに! おまえなど、私の役にさえたてばいいのよ!」
 母はそういうと、可愛い息子の背を荒々しく蹴ったのだ。
「あぁっ!」
 ネズミ君はこんな時でも弱々しい叫び声をあげ、大地にゆっくりと倒れ込む。その背に隠れるようにして、リシャーナは何らかの魔術を展開させたようだった。

 天井近くから洞穴を照らしていたジブライールの光球が、鋭い音を立てて砕け散る。
 日の届かない地下は、一瞬で全き闇に包まれた。
「この愚図! とっとと奴らの魔力を奪いなさい! (いのち)を与え護りたるこの母が(めい)に、まさか背くなど許さぬわ! ホホホホホ!」
 大声であるとはいえ、雌ラマの罵倒は不自然なほど響く。そう造られた部屋なのかもしれない。つまり暗闇に相手を陥れ、大声を出すことで逆に自身の居場所を攪乱するような、そんな仕掛けを施された部屋。

 次の瞬間――
「うっ!」
「くそっ、このっ!」
 最初に女性の、それから途中で不気味に音程を変えた男の、二つのうめきが背後から響く。

 俺は上に向かって魔術を放った。それは高い天井に当たるや弾け、這うように広がり、その広間を覆う天井すべてを煌めかせる。
 攻撃魔術ではない。ただの……けれど、天井そのものを破壊でもせねば消えない光の魔術だ。
 もう二度と、この空間を闇に陥らせないために。

 まるで冬の穏やかな日の中にいるような、柔らかな光の中で浮かび上がったのは――正面には相変わらず吊り上げられた我が家令、その後に勝ち誇った顔で立っている雌ラマと、地面に突っ伏して倒れたままのリーヴ。
「閣下!」
 すぐ背後には、身体が縮み、合わなくなった靴を躊躇なく脱ぎ捨て、裸足でこちらに駆けてくるジブライール。それから――

「よくやったわ! それでこそ、私のかわいい息子よ!!」
 ジブライールの魔力を得たというのに、苦しみも暴走させもせず、ただただ天井のまぶしさに目元を曇らせた、モグラの顔をしたデヴィル族の姿があった。


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