古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

57 一刻も早く、エンディオンを助けましょう!


「僕に兄弟がいるだなんて――」
「愚図は黙っておいで!」
 見えないだろう母を振り返り、食ってかかろうとしたリーヴは、叱責されて、怯えたように肩をすくませる。
 それもやむを得まい。医療員として大公城に勤めて以降、母子が会う機会は一度もなかったのだから、彼が母に対する恐怖心を克服できたはずはない。

 しかし、今の反応を見るまでもなく、リーヴは自分がリシャーナのたった一人の実子だと、本気で信じていたようだし、俺だってそうだという彼の申告を、これまで疑ったことはなかった。
 以前、この生家を調べさせた時にだって、母子二人だけが暮らした跡しか見つけられなかったのだから。

 それに関しては、モーデッドを連れてきて正解だったと言わざるを得ない。
 なにせ今も合流した際に、彼が警告してくれたおかげで、地中に何者かが潜んでいることを先に知れたのだ。そうでなければ結果は変わらないとしても、そこに至るまでに後手に回る可能性だってあったろう。

 もっともモーデッドにしたところで、潜伏者の素性までは知れない。だから俺は相手の正体を、かつてリシャーナのために自らの命をかけたヒンダリスのような『彼女の信奉者の一人』だと思いこんでいた。
 その予想に反して「息子」と言い出したことには、赤の他人の俺でも驚きを禁じ得ない。実の息子であるリーヴなら尚更だろう。

 一人息子と聞かされていたのに、父親が誰かもわからない兄弟が急に登場し、しかもその住処が自分の家の真下にあったと知って、驚かない者などいるはずがない。
 その上、母に想いを訴えるも一顧すらされず、むしろ恫喝された彼の心中は、内心「え!? 反応遅くない?」と思ってしまったとしても、察してあまりある。
 いずれにせよ、潜伏者の素性がどうであれ、こちらの対応に変化はない。

 敵の猛攻が、まずは弱体化したジブライールを標的と襲いかかる。最前と同様、鋭い爪での攻撃ではあったが、今度は遠方より長く伸ばしたものではなかった。
 モグラは穴の中に姿を消したと見る間もなく、ジブライールの足下――それも、背後から現れたのだ。

「っ!」
 モーデッドのようにハッキリ気配は読めずとも、その反応は副司令官たる者のそれ――ジブライールは防御壁を、今度は自身の魔術で作り上げたのだった。
 火花が、散る。
 一瞬の後、防壁は砕け散った。無爵程度の魔力では、公爵級の攻撃を阻むことはできなかったのだ。
 土のついた爪先が、ジブライールの腓腹筋を裂かんと迫る。だが――

「ぐっ!」
 苦痛の声を上げたのは、ジブライールではなく、モグラ男だった。
 ヴェストリプス一閃、斧の部分で爪を断ち切ったのである。
 当然だ。俺が彼女の危機を、黙って見過ごすはずはない。

 だが、内心、冷や冷やしたことは白状しよう。
 助けが間に合わないと危ぶんだためではない。長さに慣れていないせいで、ジブライールの足、間近に、ヴェストリプスをふるってしまったためだ。
 危なかった……相手の攻撃を防いだところで、俺が彼女を負傷させてしまっては、意味がないどころの騒ぎではない。

 気を取り直し、すぐさま穂先を返してモグラの手首を狙ったが、残念ながら皮膚さえかすめることなく地中に逃げられた。
 この距離で、この俺が敵を取り逃がすとは――ジブライールの足下に迫った速さといい、地中での移動速度はこちらの予想を上回っている。

「ふふふ……怯えるばかりの情けない無爵の男」
 息子の活躍に気を良くしたのだろう。リシャーナは、つと、モーデッドを指さし、次にジブライールにその標的を向けた。
「下手をうって魔力を失った、役立たずの配下」
 指さされていると見えぬまでも、小さなジブライールは柳眉を逆立て、けれどすぐに肩を落とした。

「足を引っ張って、申し訳ありません、閣下……」
「さっきも言ったが、気にしなくていい」
 なにせそもそもジブライールの弱体化は、彼女の落ち度によるものではないのだから。

 そうだとも。魔力の弱くなった後ですら、地中からの攻撃に反応してみせたジブライールさんだぞ?
 いくら暗闇の中、かつ、相手の姿を視認する前だったとはいえ、副司令官まで上り詰めるほどの者が、たかが無爵の攻撃を避けられないはずはない。

 それを、もしも潜伏者がジブライールを狙って攻撃してきたら、敢えて軽く受けてくれ、と命じたのはこの俺――それがガルムシェルトに類するものだと予想した上で。
 だからジブライールはわざと足にかすり傷を負って、若年化してくれたのだ。

 これが、いくらジブライールが魔族の強者たる副司令官で、傷など医療班に治してもらえるとはいえ、マーミルにでも知られたら「女の人になんてこと!」と怒られそうな手だというのは重々承知している。
 同時に、ジブライール自身、たとえどんなに理不尽を感じようが、俺の考えには異を唱えないことも。
 だからこそ俺は『お願い』したのではなく、敢えて『命じた』のだった。

 もっとも、敵がジブライールを狙うと、確信があったわけではない。
 こちらの予想通り、ガルムシェルトをリシャーナではなく潜伏者が持っているのだとして、俺を標的とする状況も考えなかったわけではないのだ。
 だが、今現在、俺には隠蔽魔術がかかっている。
 とすると、その存在を捉えられるのは同じく隠蔽魔術にかかっている者か、モーデッドのような、相手の気配を確実に知ることのできる者だけ。だから、俺が狙われる可能性は低いと思っていた。

 仮に、その凶刃を俺が受けてやったところで、全く効果はなかったわけだし、そうすると結局――いや、実現しなかった想定なんてどうでもいいけど!
 結果、己が身を犠牲にしてくれたジブライールのおかげで、いい気になったリシャーナが、エルダーガルムの仕組みをべらべらと話してくれたではないか。

 知られざるガルムシェルトが存在しているのでは、と懸念していたが、そうでなかったのは幸いだった。単にエルダーガルムを分解しただけというなら、後はそれを回収してしまえばいいだけのことなのだから。

「ほらほら、そっちにばかり、気を取られていると!」
「えっ!」
 今度はリシャーナがモーデッドに狙いを定め、鎌鼬を放ってくる。
 他者の気配を知れる能力を持っていても、形跡さえ消えた魔術に反応するのは無理なようだ。モーデッドは頭上で手を交差させただけだったのだから。

 もっとも、彼にジブライールと同じ反応は期待していない。まして、己が魔力で自身を守りきれるとも思っていない。
 だからこちらへの攻撃は、残さず俺が対処するつもりだった。
 とはいえ、モーデッド……効果はなかろうが、魔族ならば、せめて魔術で防御しようと試みてはいかがだろう。

 リシャーナが一つの術式を用いて、鎌鼬を展開できる最大数は、十数が限度らしい。もっともそれを二つ同時に、また、一拍おきに発動させる技量はあるようだ。
 その鎌鼬に対して俺が展開したのは、一撃ずつを阻むのがせいぜいの、小さな防御壁。それも衝撃を受けるや、すぐさま消滅する程度の強度しかない。
 さらに防御壁一つに対して一つの術式を構築。つまり、術式の数を無駄に増やしたのである。

 一方、母の攻撃と息を合わせるように、モグラ男がさっきとは別の場所から上半身を突き出し、爪を尖らせてジブライールを狙ってくる。
 そちらに対しては、敢えて今度もヴェストリプスをふるった。
 隠蔽魔術のかかっていないモグラ男には、俺の姿は見えないはず。それでも魔槍の穂先が触れる前に全身をひっこませ、すぐさま別の場所から次々に顔を出してくる。
 その速度は、ほとんど瞬間移動でもしているのではないかと思うほど。

 どうやらさっきヴェストリプスで断った爪は、回復していないようだ。故にモグラは己の手数が減ることを警戒し、こちらの気を引くにとどめているのだろう。
 とはいえ、俺としたところで、いつまでも魔槍の扱いに手こずっている訳ではない。ぶっちゃけ、すでに相手の指の爪、すべてを切断することだってできる。

 そもそも本来なら、大きな防御結界を一つ、造ってしまえばすむ話なのだ。けれどそれではこちらが余裕綽々なのが、バレバレではないか。わざわざジブライールが弱体化してくれた意味が無くなる。

 術式の数の多さはそれを構築するための手間と魔力量の消費に比例する、とは一般的な認識だし、事実の一端でもある。
 だからリシャーナには敢えて過剰な数の術式を見せつけることで、俺が防御に手一杯であり、モグラには武器でしか対応できない、とみせかけているのだ。
 その目的は、相手の油断を誘うため――そうとも。エンディオンを取り戻すまでは!!

 相手がヨルドルほど文様に精通していれば、そんな手は使わなかったが、ラマ母、モグラ息子共に、術式に対する理解は乏しいとみえる。
 こちらの小細工を、見破る技量はないだろう。
 それにしたって、ホント、手加減って難しいんだけど!!!

「どこが配下など気にしないものか――せいぜい足手まといに力を割いてやるがいい!」
 リシャーナは次々と鎌鼬を放ってきた。
 俺の思惑通り、その攻撃が有効であると信じて疑わない、自信に満ちた態度で。

 こちらの油断は(わら)ったくせに、自らはたいして警戒もせず、あっさり偽装を信じすぎではないだろうか。
 こんなにもあっけなく悦に入るだなんて、お前たちこそ能筋の見本じゃないか、と言ってやりたい。

 そもそも、その手中に俺の最大の弱点を抱えておきながら、なぜこの場でもっと効率よく活用しない?
 いや、されても困るけど! 効率よくだなんて、一瞬でも思ってごめんね、エンディオン!

 もしやこれも、俺の更なる油断を誘うため、とか?
 それとも単に、俺がそれだけ侮られている?
 ジブライールとウォクナンの魔力で挟撃されたくらいで、手一杯になると……。

 そりゃあ、そう見えるように頑張ってはいるよ。でも本当に、こんな簡単に信じてもらえるのか?
 もしかして、俺の演技がそれだけ真に迫っている?
 え……もしや俺ってば、俳優の才能でもあるのだろうか。

 いいや……まさかとは思うがリシャーナ。彼女が一連の糸を引いていた黒幕ではないとでも?
 ……なんかそんな気がしてきた。

 なにせ、思い起こしてみるがいい。
 リシャーナは、そもそも大演習なんて目立つ場所で、無爵の息子に俺を襲わせる、などという稚拙な手を取った人物なのだ。
 今までのことは、単にすべての帳尻が奇跡的にあい、物事がうまく運んだだけ……彼女にとってはただの幸運が続いた、というだけのことだったのかもしれない。
 あるいは別の者に、いいように使われている?
 むしろ人間たちの一団に、黒幕がいるという可能性も――

「母さんっ!」

 俺がリシャーナの能力を訝しんでいたその時だった。またもリーヴが、対峙する両者の間に割って入るような悲鳴を上げたのである。
 いいや、今度は声ばかりではない。
 リーヴは、彼からは見えぬだろう母の裾を奇跡的に掴むや、その脛にすがりついたのだ。

「なっ! はな……」
 愚図と罵倒した息子の反撃など予想外だったのか、見事に両足をとられ、リシャーナの身体がぐらりとゆらぐ。そのまま蹈鞴を踏み、後に倒れ込んだ。
 当然、鎌鼬は中断され、霧散する。
 その好機を、この俺が見逃すはずがない。

 隠蔽魔術にかかった俺の目が、リシャーナの姿を捉えられるようになったことで、当然、エンディオンを拘束しているものの正体も判明していた。
 家令を宙に固定していたもの――それは、スカートの裾からその布を持ち上げるように現れている、長い長い四本の尾のうちの、二本だったのである。

 デヴィル族に尾の生えた者は多い。
 七大大公だけみても、プートは二本、サーリスヴォルフとデイセントローズは一本ずつと、全員が何らかの尾を生やしている。
 それが、リシャーナは四本……双子のペリーシャの尾は一本だったというのに。
 その差が、美人と不美人の差をそのまま表しているのだろうか……ってそんなこと、どうでもいいんだけども!

 今、エンディオンの首に巻き付いているのは、毛の生えた細くて長い尾。まるで猿のそれのような――一応は絞め殺してしまわないように、との配慮からか、もう一本の先細りした尾で長躯を持ち上げ、首への負担を減らしているようだ。
 たとえ命の危険はないのだとしても、大事な家令をいつまでもそんな危険にさらしておく訳にはいかない。

 造形魔術で瞬時に作り上げた、己が紋章である黄金の薔薇。
 触れるものは金剛石であろうが砕く棘、成竜一頭ですら軽々持ち上げる蔦。それを、リシャーナがぐらついたと同時に二本の尾に巻き付かせ、切断を試みる。

「ぎゃああああ!」
 とどろく悲鳴。だが、見かけより頑丈なのか、尾は二本とも血を流して傷付いたのみ。断ち切るまでには至らなかった。
 それでも一時の制御は失ったのだろう。エンディオンの拘束が緩む。

 本来ならば、リシャーナをヴェストリプスで貫いて、ジブライールやモーデッドたちにも見えるようにすることを優先すべきだ。いいや、そもそも尾だけでなく、彼女の全身を蔦で拘束してしまえばいい。
 だが――

 四本の尾が痛みを散らすかのように、すさまじい速度で暴れ出す。
 その攻撃でまず、危険にさらされるのは誰だ? まっさきに怪我をする可能性が高いのは誰だ?
 うちの家令ではないか!

 リシャーナの尾から離れ、棘を落とした蔦が、エンディオンの身体が傷つかぬようにと卵の形に抱える。
 魔術で叩かれたところで、ヒビさえ入らない強度の護り。
 そのまま地面を這うよう、こちらにうごめいてくる。

 そうだとも。相手の捕縛より何より、俺はエンディオンの確保を優先したのだ。

「させる、か!」
 ジブライールへの攻撃(ちょっかい)は、中断することにしたらしい。薔薇の根元から、がなるモグラが現れ蔦を掴む。
 単純な攻撃ならば弾いたろう蔦は、しかしその指が触れた箇所から草花を枯れさせていった。
 崩壊は、家令を覆っていた殻にまで及び、その姿があらわになる。

「だが、遅い」
 エンディオンを救うべく次に出現させたのは、同じく造形魔術による黄金の虎。いつもに比べると小ぶりだが、それでも殻から放り出された家令の首元をくわえ――あああ、そんな乱暴に……! ちゃんと服を噛んでるんだろうな? まさか、首をぐっさり咬んでないよな!? ――宙を舞って我が元へ届けるには十分だ。
 その虎へ、モグラは自身の爪のみならず、四方八方から土を針のように伸ばして襲いかかる。

 加速する土針の伸長速度――敵はジブライールの魔力を使いこなしつつあるのかもしれない。
 しかし彼にとっては残念なことに、そもそも保有している魔力量が違いすぎるのだ。大公と、それ以外の有爵者とでは――

 我が魔術の粋を極めた虎は宙を土台に踏みしめ、自身に迫った攻撃を、太い手足で蹴りつける。モグラの爪は弾かれ、土針は無残に折れ散った。
「がっ! くそっ!!」
 あるいは慈悲深く敵の攻撃を避けつつ、華麗に跳躍する。黄金の弧を描き、俺の元に降り立ち――

 そうしてやっと、ここに来てやっと――
 俺はエンディオンを奪還したのだった!


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