古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

59 終幕はあっけなく


「あ、えと……私の魔力……?」
 …………ん?
「取り戻す…………?」
 とまどったような、弱々しい声……。

 どうしたことだ。ジブライールの反応が鈍い。
 まさか……疑いつつ視線を移すと、ジブライールはキョトン、とした、どこか自信なさげな表情で俺の方を振り返っていた。もっとも、隠蔽魔術にかかった俺の姿は彼女からは見えないのだから、どうしたって視線は合わないが。

「ジブライール……もしかして、記憶が無くなってるのか?」
「記憶……?」
 困ったように首をかしげるその姿は、見かけ通りの少女らしさにあふれている。
 足場は消えていない。だが、まさか……。
 え? ついさっきまで、ちゃんと俺のことも分かってたよね。なのにこんな急に!?
 でも、そういえば魔王様のときも急だった……よな……。

 俺がジブライールの状態に注目するあまり、敵二体から注意がそれたのは事実だ。
「くっ!」
 気を失った、とはみせかけていただけだったのか――ヴェストリプスの先端から爆発の衝撃が伝わったと思うや、リシャーナが自身の尾を引き裂き、穂先から逃げおおせたのである。
「ハシャーン!」
 モグラ、ハシャーンっていうんだ。

 彼女が一方の息子の名を呼び、彼の元に駆けつけるのを、俺はわざと見逃した。
 二人まとめて捕縛する方が、いっそ効率的だと思ったからだ。
 モグラ男がとっさに棘をひっこめ、わずかな量の土を足場に固め直す。
 リシャーナはそこへ、尻尾から流れ出る血をしたたらせながら着地した。すぐさま俺の方に向き直り、唾をまき散らさん勢いで口を開く。

「この卑怯者! こそこそと――姿を見せたらどうなのよ!」
 ……はい?
「姿を消したまま戦うだなんて! お前も姿を見せた状態で、正々堂々、勝負すべきでしょうよ! この卑怯者がっ!」

 えええぇ……。
 リーヴ、お前の母親、すごいな。ほんっとにいい性格してるな。
 自身の姿が明らかとなり、頼りにしていたのだろう息子と隣り合った途端、ぎゃあぎゃあとうるさく叫びだしたリシャーナに、俺は開いた口が塞がらなかった。

 だが、いいだろう――リシャーナの言い分をもっともだと思ったわけでは
決してない。  が、俺だってせっかくの凝った術式を、相手が視ることもできないのは残念に思うところなのだ。
 我が魔力(ちから)をその目に刻みつけたいというのであれば、望みを叶えてやろうではないか。

「よかろう。お望みのとおり、姿を見せてやろう」
 そう口にしながら、ヴェストリプスを斜めに立てかける。その穂先を自身に向けて――

 よし! 一瞬……一瞬ですませよう。
 突いた瞬間、姿も見えるようになるはずだから、パッと突いてパッと抜いて、それがどこだったのか、誰にも推測できないほどの速さでヴェストリプスを振ろう!
 大丈夫、二回目だし、一回やったし、大丈夫!
 ……と、自身を鼓舞しながらヴェストリプスを動かそうとし――ハタと気がついて止めた。

 俺の姿を再び周囲に見えるようにするためには、隠蔽魔術の上掛け――つまりヴェストリプスの穂先でもう一度、自身を貫く必要がある。
 だから、自分で自分の身を――そうだとも。ピアスをつけるために開けた耳たぶの穴を、ちょっぴり貫こうとしていたわけだ。

 しかし、よく考えてみてほしい。ほんのちょっとくぐらせるだけといったって、ヴェストリプスの穂先で突くんだぞ? そんなちっちゃく開けた穴くらいでおさまるはずないだろう!
 念を入れたせいもあって、一度目は余計にピリッと痛かった。血も出たし、穴も広がった……。ぶっちゃけ、じんじんしてる。
 だからといって大公たる俺が、二度目に怯えて手を止めたわけじゃない。そうだとも。

 なら、なぜやめたのかって?
 リシャーナが一瞬、薄く微笑んだのを、見逃さなかったからだ。
 それを見た瞬間、記憶が甦った。さっき彼女がヴェストリプスから逃れたときに、穂先に衝撃があったことを。
 リシャーナは、ヴェストリプスの能力を理解していたではないか。

 俺は氷の壁を眼前に造形し、ヴェストリプスの穂先で貫く。その途端――
「ひっ!」
 伏せていたモーデッドがビクついて跳ねたほどの爆発が巻き起こり、氷壁は砕け散った。

「なるほど――上掛けしたか」
 リシャーナが穂先から脱出する際に、爆破の魔術をヴェストリプスに与えたに違いない。
 危うく安い挑発に乗って、顔に傷を刻むところだった。それこそ、プートが常々望むとおりになったろう。
 そんな目に遭ってみろ――さすがの俺もテンションだだ下がりだ。唾をかけられて落ち込んでいた、さっきのモーデッドに負けないほど。

「小賢しいことを」
「ちっ……」
 企みが失敗したとみて、リシャーナは俺を睨み付け…………うん?

 今、隠蔽魔術がかかっているのは俺一人――だが、リシャーナには二重掛けになっている。厳密には彼女もまだ、隠蔽魔術に掛かっているということか?
 あれ? ってことはもしかして、俺の姿が見えている?
 そういえばさっきからさんざん、視線があってる気がするよね……俺から見たラマの姿はもう揺らいでいないのだが。

 どっちでもいいか!
 別にリシャーナから俺の姿が見えていようがいまいが、そんなことは今、どうでもいい!
 結果が変わるわけではないのだから。

 今はそれよりジブライールだ。さっきの反応をみるに、記憶を失った?
 だが、普段とあまり変わらない気がする。

「ジブライール。足場は任せたままで、大丈夫かな?」
「え!? あ、大丈夫です!」
 うん。以後も魔術は継続してくれるらしい。
「閣下、来ます!」
 俺たちが話し込んでいたせいか、モーデッドが青ざめつつ警告をくれた。

 どうやらハシャーンは、土魔術以外も使えるようだ。母との合流で勇気を得たのか、自身と母の身を守るかのような、液体の膜を周囲に放出する。
 次いでそこから千をも越える針を生み出し――針好きだなぁ――、こちらに射出してきたのだった。

「はぁぁぁぁ!」
 ラマの野太い声が轟く。
 母子の共撃というべきか、リシャーナが術式を展開したのだ。息子の出した針を高速化し、より太く鋭い得物へと強化する補助魔術を――
 しかし、たとえモーデッドの警告がなかったとて、俺がその程度の攻撃をくらうはずがない。こちらへ半分の距離も届かないうちに、水針は単純な衝撃波で塵と砕いてみせる。

「な、くそ……!」
 今度はラマとモグラそれぞれが、発動すれば攻撃の手は数十に及ぶであろう術式をいくつも構築する。
 しかしそのどれも、三層四枚七十五式止まり。本来の魔力の宿り主によれば、もっと強力な攻撃を放てたろうが、借り主ではそれが限度らしい。
 対してこちらは二つの術式を構築。敵の攻撃は発動を待たず、すべてが瞬時に消滅した。

「か、母さん!? どうし、てなに、が起こって……!」
「私が知るものかっ!」
 二人はそれでも、何度も何度も攻撃のための術式を構築しようと頑張っている。だがこの先、数百回試そうとも、それが果たせる機会は永遠に来ないだろう。
 なぜって、彼らが術式を完成させる前に、俺が残らず解除してしまうからだ。

「旦那様が術式の無効を得意とすることすら、知らないなんて……」
 暗く、震える声が地より立ちのぼってくる。それは眼下に一人、ぽつんと残されたリーヴより発せられた言葉だった。
 彼は涙を流し、傷心と恐怖、侮蔑と残虐の混ざったような表情を浮かべ、立ち上がった。
「あまりにも愚かすぎるよ……」
 こんなことを言うと本人は嫌がるだろうが……憤怒と高慢にも彩られたその笑みは、どこか彼の実夫を思い起こさせたではないか。

 一度は罵倒した息子に蔑まれたというのに、それを気にする余裕もないのだろう。リシャーナ、それからハシャーンも、リーヴの言葉には無反応だった。
 二人並んでこちらを威嚇するよう睨みつけ、諦めもせず文様を入れ替え入れ替え、どうせ消される術式を描きまくっている。

「いい加減、無駄と気付いたらどうだ? それとも痛手を負わねば敗北を悟られぬ、というのなら、いっそ決定打を与えてやろう」
 四層百式二陣――解除の魔術は継続したまま、大地を消失させたものと同じ規模の術式を、再度上空高くに描いてみせたのである。

「披露できずに残念だよ。いくら鈍感なお前たちでも、目にすれば絶望を覚えたろうに」
 さっきの術式との違いは、土魔術に対する効果を描いていたところを、水魔術への効果に置き換えた場所のみ。これはそもそもプートが自身の本棟を飲み込ませた術式に、応用を加えたもの。

「すごい……この、気配……」
 ジブライールがブルリと身体を、声を震わせ呟いた。
 隠蔽魔術にかかっている俺の術式は、そうでない者には見えない。それでも彼女は俺の発する魔力の気配を感じ取ったようだった。
「ひぃぃぃぃ! お嬢助けて~!」
 いや、エンディオンの上に再びうずくまったモーデッドもか。
 が、見えないのは術式まで。発動するところは、せめて派手に見せてやろうではないか。

「まさか、うそでしょう……」
 呆然と呟くラマ母の瞳は、天空を向いている。
 やはり隠蔽魔術が二重掛けになった彼女の瞳には、相変わらず隠蔽魔術(それ)を見通せる、ということなのだろう。
 そんなことなら、俺も自身を二重掛けにしておくのだった。試してみるべきだったのだろうが、思いつかなかったのだから、まぁ仕方ない。

「か、母さ、んどう、し、したら……!」
 モグラは本能で、命の危機を悟ったらしい。唯一すがれる相手に、手を差し伸べる。
「自分でなんとかしなさい! いつまでも頼ってくるんじゃないわよ!」

 母は息子を無慈悲にも振り払った。ハシャーンには愛情があるのかと思ったのだが、それも彼女にとって利用価値のある間のことだけだったらしい。
 むしろ動揺する息子をおいて、自身は下方に向かって液中を泳ぐ。水中を脱し、遙か下方に落ち込んだ地中に逃れるつもりか――たった一人で。

「助けて! 殺される!」
 絹を裂くような悲鳴。超音波を伴った言葉は、俺たちにではなく、地中に向かって放たれた。
 だが、助けて? この状況下で、まだ助けになる相手がいるとでも?
「モーデッド、他に気配は?」
「い、いえ! ありません! 地中にもまったく……」
 現実的に誰かの助けをあてにした訳ではなく、単に恐怖から口をついたということか? それとも――

「ちく、しょう!」
 置き去りにされそうになった息子がそう叫んだとみるや、リシャーナの進行はピタリと止まり、あえぐように口をぱくつかせた。
「あ、ぐ……」
 母が一人で逃走するのを阻むためか、もしくは単に自身を護るための方策を講じた、ということだろうか。ハシャーンが液体を硬化させたのだ。
 術式の発動がなかったところをみると、特殊魔術によるものかもしれない。身体に触れているものの硬度を操る、といったような。そこへさらに術式を用いた防御を追加するのさえ、待ってやった。
 だが、この俺の百式の前で、その程度のものが、どれほど役に立つものか。

「焼き尽くせ――」

 水には炎を――
 辺り一面を覆い尽くすかのよう、天に向かって立ち上る青白い炎の壁。その温度は、六千度を超える。
 単純な威力はベイルフォウスには敵わないとしても、視界に入る物質すべてを焼失させることは容易い。
 モグラの造り出した液体がなにであれ、すべて蒸発させてしまうのに、わずか瞬きの間も必要なかった。

「ああああああついいいいっ!!」
 モグラが悲鳴をほとばしらせる。
 だが炎は母子二人に触れ、表皮を軽く焼いた途端、消え失せた。
 ちなみに服は焼いていない。裸のデヴィル族なんて、性別問わず見たくもないしな。
 それに台詞通り、本当に焼き尽くそうと思ったわけじゃない。たまには格好つけたかったのだ……許して欲しい。
 それに――

「任せるぞ」
「はっ、へっ?」
 ヴェストリプスをモーデッドに押しつけ、俺は腰の愛剣を抜く。
 魔剣レイブレイズ――

 せっかくだ。我が愛剣にも活躍の場を与えてやりたいではないか。ただ単に切断するだけの仕事とはいえ――
 相も変わらず蒼光りする剣身が、抜かれた喜びに打ち震えるよう、一層輝く。

「ハ……!」
 リシャーナは息子に警告を発したかったのかもしれない。だが、その声が届いたところで、間に合わなかったろう。
 なぜって、モグラの反応に、俺の跳躍速度が勝るからだ。

 ハシャーンに迫り、左腕を肘で切り落とす。
 しかし切断面から鮮血は吹き出さない。レイブレイズが血を吸い取ってしまったかのように、肩までの部位があっという間にカサカサに縮んでしまったからだ。
 手に握られていたエルダーガルムもろとも、モグラの腕は遠い穴底目指して落下した。

「があぁっ!」
 一方のモグラ本体は、短く叫んだ後、呼吸困難にでもなったかのように小刻みに息を吸い、口から泡を吹きながら白目をむく。
 ぐらり、と身体が傾いだ。
 今度は自身の意思によらず、身体が大地を目指して墜落する。
 尾を貫かれ、失神したふりをした母と違い、本当に気を失ったようだ。

「くそっ……!」
 自由になったリシャーナだが、今度は一人で逃げようとはしなかった。ハシャーンの落ちる方向に、飛び出したのである。
 だがその目的は、息子を守り、かき抱くことではなかったらしい。
 彼女が受け止めたのは、モグラ自身やその腕ではなく、そこからこぼれ落ちるエルダーガルムだったのだから。
 束の間ホッとした表情を見せたリシャーナだが、俺が彼女を安心させたままでいるはずがない。

 百式を追加。ここにいたのがプートであってさえ、魔術の援護なしでは立っていられないだろうほどの、渦を巻く暴風――
 モグラの身体は穴底につく手前で、風にさらわれ舞い上がる。まるで、魂を持たない人形のように。

「あっ! ぐぅっ……」
 抵抗をみせようとしたリシャーナは、刃物のような鋭い風に柔肌を裂かれ、血をにじませた。彼女の握力は風圧力に敗北したらしく、エルダーガルムがその手より解き放たれる。

 暴風は、すべてを俺の元に運ぶ――巻き込まれた者の意思は問わず。

 血振りをする必要も無い美麗な剣身を手早く鞘にしまい、エルダーガルムを受け止め、次いで造形した薔薇で、リシャーナとハシャーンを捻じ巻いた。蔦が肉に食い込むほどにしっかりと。

 こうして母子は、あっけなく俺の虜囚となったのだ。


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