古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

62 玄関前で、一悶着です


 リンク……とっても、はやいね!

 あーホント速かった。さすがに競竜の……しかも長距離走で一位になった竜だけあって、気を抜くとうっかり方向を違えそうなほど速かった。
 なにせ俺の大公城から、あっという間に魔王城だ。

 いったん〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉に帰城した俺は、たまたま城にいてくれたフェオレスにあらましを伝え、リシャーナの落下地点と俺の抉った山周辺の捜索を命じ、リーヴとハシャーンの異父兄弟だけを連れて、リンクに乗り替え、魔王城に向けて出発したのだった。
 同行を申し出てくれたエンディオンには城に残ってもらった。ジブライールへの言付けも頼んだことだし、なによりこんな時こそ家令として、どっしり城を仕切っておいてほしいからだ。それに、あんな目にあったのだから、少しはゆっくりしてもいいだろう。

 もっとも、そうできたのも、俺が我が大公城に、とある仕掛けを施すことを思いついたからこそだったりする。
 なにせ昨日は「ミディリースを魔王城に召喚しろ」、などとウィストベルに言われて、ホントに困り果てたのだ。
 たまたま魔王様のスケベ心が幸いし、小道具で通信を行うことができたからよかったものの、再びそんな必要ができたとき、今度は召喚魔術をものにしたウィストベル自身が、そんな無茶を実行しないとも限らない。

 もちろん、そんなことがあったとして、またミディリースが対象となる可能性は低いだろう。だが、対象が誰であろうが、同族に召喚魔術など使おうという考え自体が、無理無茶無謀なのだ。
 だから今後のため、俺は我が大公城に、ある一つの術式を構築してきたのだった。
 それは、魔王大祭であちこちに設置した映像転写魔術を応用したもの。あれは映像と音声を決まった場所に一方的に流すだけのものだったが、今度のものは双方からの交流を実現させる、〈双方向通信魔術〉。展開する術式を、〈通信術式〉と呼ぶ。

 魔王様の魔道具では、通信できる人数に制限があるし、声しか聞こえない。だがこの通信術式を用いれば、部屋単位の映像と音声を、壁などの盤面に映してやり取りすることが可能となるのだ。
 方法は簡単で、まずは俺の考案した基本術式を、転移陣同様、通信したい双方の部屋に展開、定着させる。その上で、その場所特有の文様――これを『認識文様』と言い表す――を加えた術式を、表層に追加して定着させる。最後に『認識文様』の真上の部分を空白にした術式を追加し、これも定着させる。
 その空白部分へ、都度、通信したい他所の認識文様と微弱な魔力を加えれば、それだけで対象場所を呼び出すことが可能となるのだ。ちなみに応答の可否は、呼びかけられた方の許可制となっている。
「あー、なんか呼ばれてるなー」と思っても、気が向かなかったら無視するのもアリなのだ!

 そんな便利な術式だが、今のところ設置できているのは俺の城だけ。術式の構築にはそこそこの魔力が必要だが、構造自体は単純だから、文様の知識に乏しくとも、有爵者なら誰でも展開させることができるだろう。もっとも、その術式の構築自体より、一層ずつ定着させないといけないのが面倒ではあるだが。

 しかし一度設置してしまえば、基本的にはその場所を破壊しない限り、半永久的に機能する。かつ、呼び出す相手の認識文様さえ知っていれば、幼児の魔力でさえ操作は可能なほど、後の扱いは簡単だ。
 そいつを、魔王様に許可をもらって、魔王城にも設置するつもりでいた。
 それでとりあえず俺の城と魔王様の城は、いつでも通信可能となるのだから。

 さらに、この件が落ち着いたら、術式を公文書館の魔術大全に追記してもらうつもりでいる。
 それを見て、みんながこぞってあっちこっちで通信術式を展開してくれたら、だいぶ便利になるからね。その上で、通信文様事典とか作って配ってくれたらいいなぁ、と期待している。
 もちろん自領の有爵者のところには、便宜性を考えて、設置を強要するつもりだ。

 本当は転移陣も相互に設置できればよいのだが、実はあれは、今はそれほどの距離を補えないでいるのだ。
 今は、といったのは、文様を入れ替えるなり工夫すれば、きっと飛距離も伸ばせるはずで、それをミディリースと研究中であったからだった。
 もっとも映像と音声だけならともかく、領地をまたがるほどの移動については、反対する大公もいるかもしれないけども。
 とにもかくにも、この通信術式を思いついたおかげで、俺はエンディオンを我が城に残し、先に言った二人だけを引き連れて――もっとも、一名は気を失っているので、俺が担いで移動をしているのだが――、黄昏時にさしかかった今、まさに、魔王城に降り立ったのだった。

 ちなみに、大公城を出た時点で、昼食時などとっくに過ぎていた。腹鳴のピーク過ぎ、空腹さえ忘れ去っていた俺に、「どうせゆっくり食べていくお時間もないと思って」といって、我が妹が昼食入りのバスケットを手渡してくれたのは、喜ぶべき成長、気遣いではなかろうか!
 実際に調理したのは料理長だとしても、リーヴなんか、泣きながら食べていたからな!
 聞けば彼は昨夜、母に連行されて以降、なにも口にしていないのだという。
 湯気のたつスープを飲みながら、「暖かさが心にしみる……」とか言うリーヴ。それを横目に見ながら、俺は彼自身からにじみ出た体液のせいで、塩味が追加されすぎやしないだろうかと、内心、心配になった。
 まあ、そんなことはどうでもいいんだけども!

 そんなこんなで、〈竜舎〉の転移陣を利用して魔王城庭園の四阿まで瞬時に移動し、本棟――〈御殿〉に正面玄関から入城しようとしたところ――

 なんと!
 いつもは解放されている両開きの大きな扉が、しっかりと閉じられていたではないか!
 しかも、扉の前には手に持った長い槍を持った、有爵者らしい儀仗兵が、衛兵らしく立っていたのである!
 そしてあろうことか、彼らは俺の眼前で槍を交差させ、入城を阻んできたのだ!

 初めて! 初めてだよ!
 新旧魔王城に通って数年、俺は初めて衛兵に通行を妨げられたのだった!
 もう夕方だからだろうか? さすがの〈御殿〉も、夜は立ち入り禁止になるのだろうか?
 考えてみれば魔王大祭の期間以外で、魔王城に夕方以降、訪れたのも初めてだしね!
 それとも魔王様が居住棟である〈東の宮〉に帰って以降は閉館するとか?

 しかし現在、隠蔽魔術のかかっている俺の姿は、二人には見えないはず……。
 ちなみに、担いでいるハシャーンの姿は、見えているはずだ。生物にかけられた隠蔽魔術の影響を、服や剣、装飾品は受けるが、接触した生物は受けないのだから。
 とりあえず面倒を避けるため、リーヴに対応してもらおうと、肘でつついてみる。
「ええっと、あ、あの……あのぅ……と、通していただけませんか……」
 俺の意志を汲み取ったリーヴが、しどろもどろに交渉を試みる。

「現在、〈御殿〉では陛下が来場された五名の大公閣下と、協議をなさっておいでだ。故に、入城は規制されており、無用の者の通行は認められぬ――」
 おやおや――どうやら時刻や理由の如何を問わず、今日の入城が厳しいらしい。
 っていうか、大公が五名来ている、ということは、俺と――たぶん、いないのはプートだろうか。

「ところで、この子供、お前の魔術でこうなっているのか? まるで誰かに担がれてでもいるかのような姿だな」
 衛兵が好奇心を抑えられない、といった様子で、腹を下にして宙に浮くハシャーンを指さし、リーヴにそう尋ねた。
「あ、あの……僕じゃなくて、ジャーイル閣下がいらっしゃってて……」
 小心なリーヴにとっては、衛兵に話しかけられることすら恐ろしいのだろう。心なしか、顔色は青ざめ、声は震えているようだった。

「いいや、ジャーイル閣下は未だ、魔王城においでではない。故に閣下に面会を望むのなら、その御領地に向かうのだな」
 リーヴ……小声すぎたせいか、俺に会いに魔王城まで来たと誤解されてるぞ。
 仕方ない――姿は見えなくとも、俺が話すよりなさそうだ。

「いいや、そうじゃない。さっき君の言ったとおり、この男は俺が担いでいるんだ。魔術によって姿が消えたこの俺、大公ジャーイル本人がな」
 さあどうだ。口調だけはベイルフォウスみたいに偉そうにしてやったぞ!
「なんだこの子供。こんな格好でもしゃべるのか」
 しかし衛兵は、小ハシャーンがしゃべったのだと思ったらしい。彼の視線はモグラの後頭部に向けられていた。
「デヴィル族ですから、いろいろあるんですよ。きっと、彼にとってはこれが普通の姿勢なんでしょう」
 もう一人の衛兵が、そう口添えする。彼らは二人とも、デーモン族だった。その口調で、後輩先輩の間柄が察せられるではないか。

「姿が見えない以上、俺の言葉が信じがたい、というのは理解できる。任務に忠実で勤勉な君たちの態度も、実に素晴らしいと思うよ。だが、ここには本当に、魔術で姿の見えなくなったジャーイル本人がいて、この子供に見えるモグラ男を担いでいるんだ。だからこのまま、扉を開けて通して欲しいんだが……」
「お前の連れは、なにをいっているんだ。いくら何でもデヴィル族の、それも子供の分際で、デーモン族の……しかも美男美女コンテストの一位に輝かれた大公閣下を騙るなど! 不敬罪に問われて罰せられたい、などという、変わった趣味でもあるというのか? 子供の分際で!」
 子供の分際でって二回も言った!
 だからモグラじゃなくて、俺の姿が消えてるんだって言ってるじゃん!
 ちゃんと丁寧にお願いしたのに、全く聞く耳もたないな、こいつ!

「さ、悪いことは言わない。今ならおふざけですませてあげられるから、帰りな」
 先輩同様、後輩も俺の言葉を信じず、か。
 仕方ない……面倒を避けるためにも、まずは俺が最大限に譲歩してみせようではないか。

「なら、中にミディリースという少女がいるはずだ。せめて彼女を呼んできてもらえないか」
 彼らが姿の見えない俺の自称では素性を信じられない、というのなら、とっとと隠蔽魔術を解いてもらうに限る。
 ミディリースと別れてもう何時間も経っている。とっくに意識もとりもどしているだろうし、さすがに魔王様と魔力の交換だってすませていることだろう。

「そんな娘のことは知らん!」
 先輩が大声で宣言し、後輩が頷いた。
「いや、君たちが知ってようがいまいが、そんなことはいいから……」
「それに、たかが無爵と子供の申し出を、どう信用せよというのか。それも、侍女だかなんだか知らんが、儀仗兵を仰せつかった我らに対し、逢い引きの手伝いをさせようなどと……思い上がりもはなはだしい! いいから、とっとと帰れ! そういうことは、他でするのだな! さっきも伝えたとおり、本日は無用の者の通行を許すわけにはいかんのだ。あまりしつこいと、力尽くで追い払うことになるぞ!」
「ほらほら。けがをする前に、帰った帰った」
「だ、旦那様……どうしましょう……」

 うーん……面倒くさいな、もう。疑いつつもまだ話を聞いてくれる、というのならいいが、二人とも、全く聞く耳持たない感じだしなぁ。
 しかもなんか、変にテンション高いし。
 このままだとラチがあかない……いっそ、ここは実力行使でいくか!
 扉を壊せば魔王様は怒るかもしれない。衛兵も怪我はするだろうが、死にはすまい! 結果、どちらもなおせば問題なかろう。
 まあ、どっちもなおすのは俺じゃないけどね!
 よし、やるか!

 俺が半ば決意を固めたその時だった。術式を構築し終えるその前に、扉が内側から開いたのである。
「何をしている」
 そこへ現れたのは、目に痛い赤髪だった。


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