古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

63 玄関広間は広いので、よく声が響きます


「ベイルフォウス閣下!」
 衛兵たちは突然、姿をみせた大公に、緊張の面持ちで槍を肩に構えなおす。俺も姿が見えていたら、そんな風にかしこまってもらえたのだろうか。ちょっと羨ましい。
「ベイルフォウス、いいところに来てくれた!」
 さすがに初対面の衛兵たちと違って、ベイルフォウスなら姿は見えずとも、俺の声を聞き分けられるはず。

「俺だ、ジャーイルだ。お前なら声でわかるよな? ほら、お前に借りた魔槍の効果で、姿が見えなくなってるんだって」
「見えていないのは、お前だけか? それとも……」
「……俺だけだ。ここにいるのは男が三名で、残念ながら女性はいない。それについては、後で説明する」

 つっこまないでくれよ、と願った気持ちが通じたのか、ベイルフォウスはとまどう衛兵たちには目もくれず、リーヴ、宙に浮いたハシャーンの順に一瞥する。そこから位置を推測したのだろう。俺の顔に視線を定めて頷くや、左手を差し出してきた。
 握手を求められている……のではないだろう。
 ベイルフォウスの手にヴェストリプスを返した瞬間、ごつい長槍の姿が、明らかとなる。

「こ、これは……」
 何もなかったところから、突然、目の前に現れた魔槍に、衛兵たちは素直に驚いたようだ。
 でもさ、リーヴ……お前は初めてじゃないんだから、驚かなくてもいいだろ……。

「通してやれ。本当にジャーイルだ」
 よし! さすがは親ゆ……あ、もう違ったっけ。
「ベイルフォウス閣下、しかし……」
「ジャーイル、お前、もし俺が来なきゃ、衛兵ごと扉をぶっ飛ばすつもりだったろう」
 交換、とばかりに差し出された反った剣を受け取る。その途端、今度はその剣が消えたように見えたらしく、衛兵たちは目を見開いた。

「お前だったらとっくにやってただろ?」
 剣帯を腰に巻き直すと、反った剣とレイブレイズの鞘が軽く衝突して音をあげる。それが喧嘩をしているように感じたのは、気のせいだろうか。
「俺が兄貴の城を壊すわけはないだろう。せいぜい、邪魔する奴を殺るくらいだ」
 いや、俺は殺らないからね! 怪我はさせるかもしれないけど、殺りまではしないからね!

「し、失礼いたしました! どうぞお通りください!」
 ベイルフォウスとのやりとりを見聞きして、ようやく二人の衛兵も俺がいるのだと信じてくれたらしい。飛び去るように両脇に退いてくれた。

 ベイルフォウスに続いて扉をくぐる。
 俺のように勝手知ったる者はともかく、謁見などでやってくる来訪者は、まずはこの広間で順番を待つことになる。
 だからいつもそこそこ賑やかな場所なのだが、今日は外を衛兵が守っているからか、それとも単に夜だからか、ベイルフォウスの他、中にいたのは二人の小柄な女性だけだった。

「閣下!」
 うち一人から、感極まったような声がかかる。
「ミディリース、ダァルリース。ここにいたのか」
 少女と見まがう配下二人の姿を確認し、ホッと胸をなで下ろす。
 もっとも、隠蔽魔術にかかっている俺と、ちゃんと視線が合うのはミディリースだけだ。

 ミディリースから魔王様へ、魔力の返還はすんでいると、当然、思っていた。
 しかも、俺の目で見る限り、ミディリースは彼女自身の魔力を身にまとっている。魔王様とだけ魔力を交換したのなら、司書の身にはヨルドルの魔力が宿っているはずだが、そうでないということは、間に誰か入って、再度ミディリースとヨルドルの魔力を交換した、ということ。まぁ、ダァルリースが男爵なのだから、媒介になったのはたぶん母である彼女だろう。

「体調は?」
「大丈夫、です。……元気いっぱいとは言えないけど……まだ、眠いし……」
 厳しい母に責められてはたまらないと考えたのか、弱音の部分は小声だった。
「……あの、閣下」
 ミディリースはそのまま内緒話を続けるように、俺の方に歩み寄ると、袖を引っ張ってくる。

「うん?」
「あの人、確か、医療員の……?」
 ミディリースがリーヴを見て首を傾げる。
 リーヴがその視線に気づいて黙礼すると、ミディリースは慌ててうつむいた。極度の人見知りは未だ健在らしい。
「ああ、そうだ。医療棟で事務仕事をしてもらっている、リーヴだ。知っているのか」
 共に大公城に勤める間柄とはいえ、男爵邸と図書館を行き来しているだけだろうミディリースが、こちらもほとんど医療棟から出ないだろうリーヴを知っているとは、意外だった。
「この間、魔王様の診察の件で、私、医療棟、行ったから……」
 ああ。そういえばサンドリミンを呼びにいってもらったのだったか。

「しかし、どうして三人でここに?」
「親切にも、お前を迎えにきてやった以外に、どんな理由がある」
 ベイルフォウスがあきれ顔だ。
「俺が来たって、誰にも見えないのに、どうやってそのことを……」
「〈竜舎〉からリンク到着の連絡があった。それでお前以外だと、俺が考えると思うか?」
 ああ、そりゃあそうか。先触れなんぞ出さなくても、〈竜舎〉に竜をおろせば、連絡があがるに決まっているではないか。

「お前こそ、そんな状態になってるなら、せめて先に連絡を寄越してこいよ。なんのために兄貴がピアスを預けたと思っている」
「いや、うん……まぁ……」
 ベイルフォウスの言うことはもっともだ。先に魔王様に「今から行きますからね~」と報告しておけば、玄関で止められることもなかったろう。それはもちろん、わかっている。わかっているが、敢えてそうしなかった。
 なぜって、連絡するということは、リシャーナを逃した報告もしないといけないわけで、ほら、そういうことって、やっぱり声だけじゃなくて顔を見て伝えた方がいいと思う訳じゃん! 大事なことだから!

 でも、考えてみればさ……。そもそも竜が魔王領に入り、魔王城を目指して飛んでいるのがわかった時点で、家令――いや、魔王城なので侍従長、だな。その侍従長に、連絡が入っているはずなのだ。
 そうだよ! なのになんで玄関で止められなきゃならなかったんだろう!
 いいけど! 新鮮で面白かったから、別にいいけど!

「それはともかく、ミディリース。せっかくここまで来てくれたんだ。疲れているところ悪いが、俺にかかっている隠蔽魔術を解いてもらえないか?」
「あ、はい……そうですね。えっと、じゃあ……」
「……試してみるのはいいが、たぶん無駄だぞ」
 ……ベイルフォウスくん、今、何と!?
 まさか、「無駄」って言った?  「無駄」って!

「どういう意味だ?」
「ミディリースの隠蔽魔術では、お前の姿が見えるようにはならないだろう、て言ったんだ」
 は?
「お前のその状況がヴェストリプスのせいだってんなら、その状態を解くにはやはり魔槍で突く必要がある」
 んん? ……ああ!

「そう言えば、魔槍ヴェストリプスでかけた魔術は魔槍でしか解けない、だったな。なんだよ、そういう意味か。びっくりさせないでくれ」
 一生、もう解けないからねって言われたのかと思ったじゃないか! 一生、ミディリースとかからしか見えない体になったのかと思ったじゃないか!

「で、俺の大事な槍に、誰が、なにを、かけた」
 俺自身に隠蔽魔術をかけたはいいが、それが解かれていないので、ベイルフォウスはヴェストリプスの穂先に別の魔術がかかっていることを察していたようだ。
「爆発の魔術だ。魔槍の能力を、リシャーナが知っていたらしい。物騒なんで、今は別の……風がそよぐだけの魔術を、上掛けしてある」
 俺が言うなり、ベイルフォウスは魔槍を横にふるう。その穂先が大きな花瓶を飾る花の花弁を貫いた、と思った瞬間、その周囲にある数本が風にさらわれて散った。
「なるほど」
 なにも試さなくてもよかったのではなかろうか。せっかくバランスを考えて綺麗に生けられていたというのに、台無しにしちゃって、お花生け係が涙目だよ!

「しかしそういうことなら、ベイルフォウス。もう一度俺に魔槍を貸して――」
「いいや、せっかくだ。俺が突いてやろう。なに、大丈夫。どんな怪我でも、魔王城の医療班が綺麗に治してくれる」
 ベイルフォウスの奴ときたら、嗜虐性あふれる笑みを浮かべて振り向くではないか。
 いやいやいや。お前それ、思いっきり俺に怪我させるつもりじゃん。
「いや、いい……自分でやるから、いい……」
 そうだとも。あんな姿を見られては、大公の沽券に関わるではないか! 誰にも見られないようにこっそりやらねば!

「あの、でも、閣下……」
 ミディリースが手を挙げる。
 まさか司書まで、槍に魔術をかけるばかりではなく、自ら俺に攻撃する、などと言い出すのではなかろうな。
「私、その槍に〝隠蔽魔術をかける魔術〟をかけたはず。今度は〝隠蔽魔術を解く魔術〟をかける……? です……?」
「え、いや、そりゃあ当然、解く方を……」
 あれ? ちょっと待て。

「そもそも、同じ隠蔽魔術だとしても、効果が違えば違う魔術とみなされる、ということはないよな?」
 ベイルフォウスからの返答がない。俺はもう一度、念を押すことにした。
「隠蔽魔術を〝かける〟と〝解く〟で、違う魔術とみなされる、なんてことはないよな? しかも、なんていうか……ほら、一回、別の魔術を間に挟んでしまっているが……それも問題ない……よな?」
 ベイルフォウスの表情から笑みが消えた。というか、表情の一切が消えたんだけども……。
 え、ちょっと待って……何、その顔。
 なんで片眉だけあげた? それ、どういう反応?
 え? まさか……まさか、お前にもわからないとか言わないよな!?

「おい、まさか一生このまま……誰にも姿が見えないままってことは、ない、よな……」
「心配するな。見えなくても触れる。ほらな」
 ベイルフォウスが、俺の腕に触れてくる。というか、姿が見えないせいか、かなり乱暴にがっしりつかまれた、という感じだ。
 その上で、ベイルフォウスはにっこりと微笑み、こう言った。

「誰からも見えないだなんて、妄想が膨らむじゃないか!」
「ほんとだ! あんなことやこんなことを、こっそりし放題――な、わけあるか!」
 俺はベイルフォウスの腕をはじいた。
 いやほんとに! 誰が喜ぶか!
 むしろ、全身から血の気がひいたわ!

「冗談はよしてくれ。いくらなんでもたちが悪いぞ」
 ……。
 …………。
 え、ちょっと待って。なに、その珍しく、どこか困ったような、同情心溢れるような表情……いやいやいや、まさかそんな……たかが武具に宿った能力がきっかけで、一生、誰からも認識されなくなるだなんて、いくらなんでもそんな不条理なことはない……よな?
 正確には『誰からも』ではない、とか、そんな細かいことはいいから!
「いやいやいや。ベイルフォウス、冗談……冗談、だよな? 信じて、いいんだよな?」

 結論から言うと、俺の姿は〝解く〟方の魔術で、さっくり元に戻った。どういう仕組みなのかはわからないが、とにかくヴェストリプスは〝解く〟でも〝かける〟でも、とにかく魔術の本質が同じであれば、同一のものと見なして効果を現すようだった。
 当人である俺と魔術の掛け手であるミディリース、その関係者としてダァルリース、ついでにリーヴも、俺の姿が見えるようになった瞬間、安堵の息を吐いたのは言うまでもない。
 ただ、俺たちはともかく、ベイルフォウスまでいい実証結果が得られた、とばかりにホクホク顔だったのが解せない。殴りたくなった。


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