古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

64 とにもかくにも、みんなについて行きましょう!


「おや。玄関先で騒いでいたのは、君だったのか、ジャーイル」
 俺を高みから見下ろしながら、失礼にもそうのたもうたのはサーリスヴォルフだ。

 姿も無事に見えるようになったことだし、さて、魔王様のところへ向かおう、となって、正面を貫く幅広の階段を上がりかけたところ、降りてくる魔王・大公の一行に行き当たったのだった。

 そう、魔王様!
 ミディリースの魔力が元に戻っているのだから当然だが、魔王様の魔力と姿も無事、元に戻っている。いつもの、やばいくらい強い大人の魔王様のものに!
 さようなら、可愛かったルーくん! お帰りなさい、いかつい魔王様!!

「なにをヘラヘラと笑っている」
「いった!」
 一行が降りてくるのを中段で待っていたら、すれ違いざま、魔王様からデコピンをくらった。
 子供のときに足ばっかり狙ってきたのは、単に背が足りなかったからだけらしい。大人のルーくんは、やっぱり頭を標的に好むようだ!
 再び始まる俺の頭部への心配の日々!

「ジャーイルも行こうよ~楽しいよ~」
 魔王様に続いて、ロムレイドが目の前を通り過ぎた。
「こんな時間に、揃ってどこへ?」
 おでこをさすりながら尋ねる。魔王様、手加減してくれたのかな。とりあえず、骨にはヒビすら入っていない。
「前地じゃ」
 ウィストベルが俺の目の前で足を止め、じろり、と厳しい視線を向けてきた。

「その、肩のお荷物はなんじゃ」
 ウィストベルは「逃がさない」とでも言わんばかりに俺の左腕を取り、その豊かなふくらみを押しつけてくる。ハシャーンを担いでいるせいで、拒否もできない。
 魔王様、ハシャーンを担いでいて不自由なせいなので、仕方ないんです!
「ベイルフォウスからは雌ラマの関与が疑われると報告があったが……なのに、つれてきたのはモグラと雄ラマか」
 デーモン族一の美女の一瞥は迫力満点だったらしく、リーヴが肩でも押されたようによろめいて、ダァルリースに支えられたようだ。

「その報告を、今からするつもりで……」
 なんだろう……久々にヒュンヒュンする。柔らかいものを押しつけられているというのに。
 魔王様が子供になって以降、ウィストベルも余裕がなく、覇気も少し衰えているように感じていた。だが、魔王様の姿が元に戻った今、女王様の調子も元に戻ったらしい。にじみ出る覇気がハンパない。薄い笑みすら、ぶっちゃけ、怖い。

「さぁ、とっとと歩きなさい!」
 苛立ちを隠さない乱暴な口調と足取りで、最後を飾ったのは、デイセントローズだった。
 だが、一人ではない。ラマは自分の直前をゆく男――強奪者たるヨルドルを追い立てるようにして、俺たちの前を通り過ぎたのである。
「ヨルドル――」
 俺が名を呟いても、彼はこちらに視線を向けてこなかった。それでもよろめきつつ前を通り過ぎる時には、頷いたかどうか、というほど、かすかに頭を下げていく。

 もしかして、今のは会釈か?
 よろよろと歩くヨルドルは、訝るほど大人しく、しかも卑屈な雰囲気をまとっている。プート領で向けてきた剥き出しの殺気は、今は見る影もない。

 ベイルフォウスが心が折れるほどの拷問を加えたとか?
 だが、欠損しているのは足の先くらいだ。そこも、魔術で造形したのか木の足先をつけて、少し引きずりながら歩いている。
 着ている服があちこち破れている、ということもない。なんなら清潔な服に、着替えてさえいる。
 見える箇所だけとはいえ、プート領で別れた時以上に怪我が増えている、という風もない。むしろ、服の上からでも簡単な手当のあとが見える。

 ひどい拷問を加えたというのでないのなら、ダァルリースが情に訴え、説得したのか……。確かに、その方が効果的な気もする。
 そっとダァルリースとミディリースを盗み見てみると、母娘の表情はただただ固かった。

「報告は後じゃ」
 全員が通り過ぎると、ウィストベルは強引に俺の腕をひき、階段を下りきったところでようやく胸……じゃなくて、腕、を、放してくれた。
「一体、何をしに……」
「知りたくば、経過を報告してくるべきじゃったの」
 今、この場で「リシャーナをうっかり逃がさなければ、そうするつもりだった」とは到底白状できない。
 そこで魔王様を観察してみたところ、その手にファイヴォルガルムが握られているのに気がついたのだ。

「まさか……」
「その、まさか、じゃ」
 魔王様のことだ。そんな感じにもっていくかな、と予想はしていた。それにしたって……。
「なにもわざわざ、こんな夜にせずとも……」
「むしろ夜だから、じゃろう。私と違って、陛下はどこまでも慈悲深くあられる」
 ウィストベルが肩をすくめ、言葉とは裏腹に、あきれたとでも言うようにため息をつく。
「それに実際、ヨルドルによって魔力を奪われたのも、夜のことであったしな」
 そういえば、風呂に入っていたときだったんだっけ。ウィストベルと二人で……。

「あの、ジャーイル大公閣下……」
 俺たちの会話が一段落したと判断したのだろう。ダァルリースが戸惑ったような表情を浮かべながら、遠慮がちに声をかけてきた。
「私どもは、いかがすれば……」
 魔王様と交流のない彼女には、ここからどう状況が展開するのか、予想もつかないことだろう。
 そのダァルリースが確認したかったのは、自分とミディリースのことだけだろうに、なぜかリーヴまで頷いている。

「ああ……そもそも、ベイルフォウスはなんといって君らをここに?」
 玄関先で困っていた俺のために、ベイルフォウスが二人を連れてきてくれたのか、と思っていたが、さっきのサーリスヴォルフの反応を見るに、単にタイミングがよかっただけのようだ。
 さも俺のためのように言ったくせに!
 実際には違う理由から――もしかして、今から行われることを、二人にも見学させるつもりだったのかも。

「特に御理由はお伺いしておりません」
 ダァルリースの言葉に、ミディリースが頷いている。
 まあ、配下に有無を言わせぬベイルフォウスのことだ。親切に理由を告げるわけはないか。
 だというのに、何もうちの妹に魔術を教える時だけ、丁寧な解説をしなくとも良いというものだ。おかげで、俺が不親切だという評価を下されてしまっているのだから。

「そのベイルフォウスはどこにいった?」
 確かめようにも、肝心の当人がいない。
 いつの間にか、目立つ赤毛が視界から消えている。あんなに目立つのに!
「さての。すぐに戻ってくるじゃろう。あれが兄の勇姿を見逃すはずはあるまい」
「それはそうだが……まぁ、いいか」
 どうせ俺に同行するところだったのだ。ということは、二人を連れて魔王様と合流するつもりだったのは間違いあるまい。
「君らだって関係者だ。一緒にくるといい」
 ああ、大丈夫。リーヴ、君もね。
 そうして俺たちは、一行についていくことにしたのだった。

 魔王様は、常夜灯のように光る〈御殿〉を出、前庭を横切り、長い〈大階段〉を下り、前地にたどり着いてようやく歩みを止める。
 そう、前地――築山とした魔王城の前に広がる、広大な荒れ地である。通常、魔族の城の前に備えられた〈前地〉は、奪爵・奪位の挑戦の際、またはそれ以外の喧嘩や戦いが勃発した時に、対戦場として利用される。その前地に、魔王様は降り立ったのだ。
 後をついていた大公たちは、〈大階段〉の途中、思い思いの場所で足を止めていた。

 サーリスヴォルフはほとんど頂上に近い踊り場の中央に魔王立ちで立ち、ウィストベルは中腹に備えられた椅子に生足をみせながら座り、ロムレイドは下段からはずれて芝生の上にあぐらをかいている。
 ヨルドルを追い立てていたデイセントローズは前地には降り立たず、最後の二、三段、彼を蹴り落とす。
 やはり反射神経はいいのだろう。ヨルドルは腰に衝撃を受けてよろめきはしたが、膝すらつかずに着地した。

 そうして前地で、彼は魔王様と対峙する。神妙な表情を浮かべて――

「魔族では、宣言もなしに不意打ちをする者は、卑怯者とみなされる。奪位奪爵は、正々堂々、名をあげて行われるべきものであり、不意の一打だけでは、挑戦とすら認められぬ」
 魔王様はそう言うや、手に持ったファイヴォルガルムをヨルドルに向かって投げ渡したのだった。

「故に汝、ヨルドルよ。今度こそ奪位を宣言し、正面より立ち向かってくるがよい」
 特別声を張ったわけでもないのに、大人魔王様の重低音は前地にとどまらず、〈大階段〉をかけのぼって天まで響いたのだった。

 リース母娘はこの展開を、考えてもみなかったのだろう。隣で息を呑んだのがわかる。
 肝心のヨルドル当人でさえ、魔輪を受け取りはしたものの、とまどいの表情を浮かべて首を振った。その、気弱そうな態度……本当に、俺に向けて殺意を放ってきた彼と、同一人物とは思えない。しかしこれが生来の性格なのだろう。

「じ、自分は、魔王位を狙ったんじゃ……」
 ヨルドルが反論しかけたその時、突如、一陣の疾風が巻き起こった。
「ぐああああっ!」
 標的となったヨルドルが、絶叫を上げ、膝から崩れ落ちる。
 魔王様が仕掛けたのではない。
 〈大階段〉の頂上から放たれた魔槍の一投が、妻と娘からつけられた傷跡の残るヨルドルの右腕を貫いたのである。


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