古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

65 魔王様……それはないと思います


「おい、ベイルフォウス!」
 非難を込めて〈大階段〉を見上げる。なにせヨルドルを貫いた魔槍こそ、ヴェストリプスに他ならなかったからだ。

「正々堂々、というのなら、そいつも万全の状態にしてやらねぇとな」
 飄々と言うベイルフォウスの左右から、二人の魔族が飛び出し、一気に〈大階段〉を駆け下りていく。
 彼らの正体から、ベイルフォウスの意図を察したのだろう。
「我が弟よ。そなたの言い分、尤もだ」
 魔王様はうめくヨルドルの腕から魔槍を引き抜くや、弟に投げて返した。

 なるほど――俺にも見覚えがあるその二人は、どちらも魔王城の医療員ではないか。
 ヨルドルには魔槍ヴェストリプスによって、隠蔽魔術が二重掛けになっている状態だった。それを、ミディリースが隠蔽魔術を施した魔槍で彼を貫くことで、解いたに違いなかった。
 つまり、ヨルドルを隠蔽魔術が使える状態に戻したのだ。

 さらにベイルフォウスは今の攻撃によってついた傷を、医療員たちに治させようとしている。
 いいや、それだけじゃない。二人の医療員は、プートや俺、ベイルフォウスが負わせた傷は言うに及ばず、妻子につけられたものや、元からあったらしい傷までも、次々治療していったのだった。
 しかも――

「おい、ベイルフォウス……あんなの、いつの間に持って帰ってたんだ」
 俺はいつの間にか隣に立っていたベイルフォウスに、やや引き気味に問いかけた。
 なにせ、治療にあたる医療員の一方がその懐から取り出したのは、ヨルドルの失った足先だったのだから。ベイルフォウスによって切断された、その左足の――

「俺が……この俺様が、あんなものを自分で持って帰ると思うか?」
 いや、確かに想像できないけども!
 ベイルフォウスが敵の切れた足先を大事に懐に入れて、こっそり持ち帰っただなんて、想像するとむしろちょっと気持ち悪いけども!
「兄貴の行動を予測した時点で、プートに連絡して、配下に届けさせたに決まっている」

 それはそれで、ベイルフォウスが『毒蛇竜の仲』とも言えるプートにわざわざ連絡を取った、というのが驚きだ。どんな感じの会話だったんだろう。口げんかだけなら俺に害はないので、側で聞いていたかったところだ。
 それにしてもヨルドルのあの足、すごい色してるけど……大丈夫か? ちゃんとくっつくんだろうか。
 上司の命令とはいえ、あんな気持ち悪い他人の足先を持って急がなきゃいけなかった奴が気の毒だなぁ。

 しかして、俺たちが見守る中、医療員たちの尽力により、ヨルドルは一旦は完全に失った足先を、無事に取り戻したのだった。
 アリネーゼみたいに完全に無くなった訳じゃなければ、どれだけ状態が悪くとも、元通りに回復させることができるようだ。色つやといい、状態といい、完全に元通りになっている。一度きれいに切断されて、つないだものだなんて、どんなに目をこらしてもわからない。改めて考えると、すごいな、医療魔術って!
 俺も万が一、誰かにどこか切り落とされたら、ちゃんと部位は持って帰るようにしよう!

「ところで、ジャーイル」
 ベイルフォウスがこちらを向いたのが、空気でわかった。
「それはそれとして、確認したいことがあるんだが……」
「なんだ?」
「……」
「なんだよ……?」

 ほんとなに?
 確認したいと言った割に、二の句がないので見てみると、えらく冷え冷えとした視線を向けられてたんだけども。そんな態度を取られる覚えなんてないんだけども。

「ヴェストリプスが臭うのは、気のせいか?」
 ああ……ああ!

「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「すまん、一応、洗ったんだけど…………」
「へぇ……」
「…………ごめん」
「……」
 俺のせいではない。ないにしても、沈黙が怖かった。

「あの……」
「いつまでそいつを担いでいるつもりだ?」
 お、おう。
 ひとまずここは、許してくれる気になったらしい。後で暇を見て、金属についた臭いを消す方法がないか、調べておくことにしよう。
 ハシャーンを足下にそっと下ろしながら、そう決意する。
 俺だって自分の愛剣から始終、汚物のような臭いが漂ってくるとか、とても耐えられそうにないもんな。

「落として砕いてやればよかろう」
 ハシャーンの身体は冷凍状態にしてある。ベイルフォウスはそれを分かった上で、投げ捨ててしまえと……俺がまだ説明もしていないのだから、相手が誰かもわかっていないだろうに、そう言うのだ。
 しかし身体を砕いてしまっては、なんのためにここまで担いできたのかわからないではないか。
「いや。こいつにはまだ、聞きたいことがある」
 聞いたところでほとんど何も知らない可能性はあるが、リシャーナを逃してしまった以上、せめてわずかな手がかりでも掴みたい。

「ならせめて、目を覚まさせてやっちゃどうだ? 自身の敵の力を、そいつも思い知るべきだろう」
「ベイルフォウス……まさか、ハシャーンのことを知っているのか?」
「いいや?」
「だが、今、敵って……」
「お前が意識を奪った状態で、ここまで連れてきた相手だぞ? ガルムシェルトで子供の姿に変じた敵、と考えるのが当然だろう」
 まぁ、確かに俺がこの状況下で、なんの関係もない子供をわざわざ担いで連れてくるとは、誰も思わないか。

「先に恐怖を与えておけば、後の尋問がやりやすかろう」
「後のことより、今、冷凍状態を溶いて、万が一、子供のように騒がれても困る」
 ハシャーンがこの状態になって、もう随分時間が経った。大人の時の記憶は、おそらく失っているだろう。ならば俺たちのことを認識できるとは限らない。
 もっとも、最初に現れた時にも子供の姿だったのだから、本来の大人の時の記憶は失ったとして、すべて知らない状態などではないだろう。ある程度はリシャーナから言い含められた事があるに違いない。
 それでも幼児退行して、「お母さんはどこ」などと、泣きだすかもしれないではないか。
 今、この場でそんな面倒はごめんだ。

「終わったらしいぞ」
 治療が完了したらしく、前地から医療員が退く。
 それまで大人しくしていたヨルドルは、自身の身体の感触を確かめるように、あちこちを回したり、ひねったりしていた。
 その様子に、さっきまでのとまどいの色はない。傷が治るにつれ、精神状態も持ち直したのだろうか。

「かかってくるがよい。ここにいる大公等が、その結果の審判者となろう」
 魔王様が重々しい低い声で、相手の決意を促す。
 対してヨルドルは、固い敬礼を披露する。

「お慈悲を賜り、感謝いたします、魔王陛下。一度は魔族としてあるまじき、宣言もなしに不意をつくという方法で貴方を襲った自分を、正当な挑戦者とみなしていただき……」
「感謝など不要。結果は慈悲深いとは、到底いえまいだろうからな」
 あ、魔王様……殺っちゃう気かな……。

「お、お父さん……」
 弱々しい呟きが、聞こえた。
「ミディリース、座ってた方がいいんじゃないか? ダァルリース、つきあってやれ」
「ですが……」
「命令だ」
 有無をいわさず、少し後方に備えつけられた石のベンチを示すと、ダァルリースはホッとしたような表情で頷いた。

「こうなったからには、本気で参ります」
 敬礼を解いたその瞳には、決然とした炎が宿っていた。どうやらヨルドルも、覚悟を決めたようだ。
「いつまでウダウダ言ってる。とっとと始めろ」
 その、ベイルフォウスの呟きが合図となったかのように――
 ヨルドルの姿が消え――

 そして――

 今、俺は耳をふさいでいる。
 両手を離すと、鼓膜が破れそうだからだ。
 ヨルドルの攻撃? 魔王様の魔術?

 いいや、どちらも違う。
 魔王様対ヨルドルの決着なんて、ものの三十秒もかからずに終わった。
 なんならしばらく魔王様が相手の出方をみていたせいで、二十五秒もかかったのだ。

 ヨルドルは隠蔽魔術ですぐに気配を消し、高く飛んだらしい。大地を蹴った跡だけは残ったものの、それきり所在はわからなくなった。
 隠蔽魔術は魔術発動の形跡すら消す。彼が何らかの術式を使い、まずは移動を試みたらしいというのが、次の一手の方向からわかった。
 なぜって、自身の背中を狙ったファイヴォルガルムを魔王様が手で弾き、その瞬間だけ、魔輪はその姿を見せたのだ。
 つまり、今度もまた魔王様はヨルドルの攻撃によって指を怪我し、一拍おいて、子供の姿に変化したのである。

 数日前の現場を再現したかのようなその運びに――今度は服は着ていたにしても――、ベイルフォウスが舌をうつ。
「兄貴、なんだってそんな――」
 だが、弟の不満は続かなかった。
 子供の姿となった魔王様は、他の誰もが今までそうであったようには集中を途切れさせず、すぐさま反撃に移ったのだ。

 幼児と表現していい、その姿のまま、もてる力を駆使したのだろう魔術で――もっとも、展開したのはたかが二層四十五式三枚。
 その年齢の子供にしては、たいしたものだ――確かに。
 だが、敵は強大な魔王様の魔力を奪い、まして姿も術式も消えて見えない相手。
 だというのに――

 魔王様は勝った。ヨルドルに、あっけなく。

 姿の消えた彼の居場所を、どうやってだか正確に捉え、反応する隙さえ与えない間にファイヴォルガルムを奪い、傷つけ、魔力を取り戻してみせ、勝ったのだ。
 魔力そのものは弱くとも、一連の動作は誰の理解も及ばぬほどの速度で行われたのだった。
 それを可能としたのは、俺にすら解読できなかったほどの複雑な術式――それが発した効果に違いなかった。

「つまり、魔力の強弱だけが、勝負を決するわけではない、ということだ」
 ベイルフォウスが、興奮を隠しきれない、といった風に呟く。さっきの不平不満が嘘のように、誇らしさに満ちた声で。

 いや、そうだよ。それはそうなんだよ。
 魔力の強弱だけで、勝負の行方が決まるわけではない。
 確かにそうなんだけど、それにしたってちょっとあり得なくない?
 何、今の速さ……何をしたのか、ぜんぜん分からなかったんだけども……。

 あんな子供の魔力で、魔王様の絶大な魔力を持った相手に一瞬も反応させず、魔力を奪い返すって、どうやったらできるわけ?
 後で聞いたら教えてくれるだろうか?

 その後の、ベイルフォウスとウィストベルの機嫌の良さといったらなかった。
 ウィストベルはもうなんか、「さすがルデルフォウスじゃ」とか、敬称も忘れて誉めそやしているし、ベイルフォウスも「これで文句はあるまい」とか、わざわざロムレイドを挑発しにいってるし……。
 ……ハッ! もしや二人には、解読できたんだろうか。魔王様のあの術式。
 だとしたら、ちょっと悔しい……。

 まあとにかく、魔王様は、今度はヨルドルと正面から対峙し、一度は子供の姿に変じたものの、あっけなく勝ったのだった。

 ヨルドルは殺されなかった。
 今度は左の肘から先と、膝から先と、目を失ったが、またも命まではとられなかったのだ。
 しかしその状態と、この先、他の魔族からの弾劾が待ち受けているかもしれないことを考えると……うん。確かに、魔王様は別に慈悲深くもないかもしれない。

 で、そんなことがあった後で、俺が何に苛まれているかというと――
 心配したとおり、小モグラの泣き叫ぶ声に、だったのである。


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