恐怖大公の平穏な日常
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66 肩身の狭さには目を瞑りましょう
プートを除く六名の大公と魔王様、それからハシャーンとリーヴが揃ったこの部屋は、直径五mほどの円形の空間を、八台の独立した重厚な机と椅子で取り囲んだ中規模の会議室だ。
席順は魔王様を起点とし、右手は大公一位のプートが不在のため空席、左手に二位である俺、そのように左右に順位通りに座り、魔王様の正面に新任で七位であるロムレイドが占めるという、いつもの通り。
広めの空間が中央に設けられているところから、発表者や証言者のあるような用途――たいてい、詰問や尋問のために使用される部屋であるということがわかるだろう。
そして今、ハシャーンとリーヴが、その中央に座しているのである。
ちなみに、魔王様と対決して負傷したヨルドルと、ダァルリース、ミディリース母娘は、俺がくる直前までいた部屋だとかで、この会議が終わるまでいったんは待機していることとなった。
魔族の城には、いわゆる人間たちの町にあるような、牢獄的な設備が普通はない。それで、表向き男爵位にあるダァルリースがヨルドルの軟禁を管理している、という体をとっているらしい。
もちろんさっきの対決で、ヨルドルが無罪放免となったというわけではない。しかし、俺が到着するまでにもうあらかた当人から事情を聞き終えており、さらに魔王様との決着はついたこととみなして、あとはプートの到着次第、最終的な沙汰を待つ、ということになったそうだ。
それまでに三人から直接話を聞く時間があればいいが……こと、ヨルドルに関しては、俺の領民でもない上、俺自身の領土で直接何かされたわけでもないのだから、身柄の取り扱いに関しては、ベイルフォウス同様、主張する権利はもたない。
もちろん、話がダァルリースとミディリースに及ぶなら別だが。
それにしても、さっきの魔王様より、プートの反応の方が一層怖い気がする……なんたって、ヨルドルのせいで大事な大公城に建っていた多くの施設は傷つき、本棟なんて敷地ごとなくなったんだからな。実際に無くしたのはプート本人だとしても。
しかも、他ならぬモラーシア夫人……愛妻の腹に穴をあけたとあっては、酌量の余地もないのではなかろうか。
今のこの時間が、かえってリース母娘の悲しみの種とならねばいいが、そうもいかないだろうなぁ……。
しかし、ともかく今は――
「うぎゃああああああああん!」
ハシャーンの叫び声が、鼓膜をたたく。
この会議室に移って、ヨルドルが語ったという事情をかいつまんで聞き、俺の方からは自領での出来事をざっと説明し、リーヴにも母親について知る限りのことをできる限り簡潔に語らせ、ようやくハシャーンを解凍した途端――予想通り、意識も子供のそれに減退したらしい小モグラが、ものすごい絶叫を放ったのだった。
「かあさあああああああん!! かあさ、んどこ、なのーーー!! があ、さぁぁぁぁん!! いだい、いだい、よううううううう!!」
横で絶叫されて、小心のリーヴは生きた心地もしないだろうが、まぁ立場上、今は仕方ない。
「事情はわかった。にしても、耳障りだ。黙らせろ。お前ができなきゃ、俺がやってもいい」
短気なベイルフォウスくんの血管は破裂寸前のようだ。
俺は「さっきは自分の立場を思い知らせるために起こせって、言ったくせに」とは、空気を読んで言わないでおく。
耳障りだという意見は尤もだし、ベイルフォウスに任せると殺して黙らせるに決まっているので、ハシャーンの周りに彼からの音声だけを遮断する結界を張って対処した。
相変わらず、大きな口を開けて泣いてはいるが、叫び声はピタリとやむ。
正直、これだと起こした意味も無いけどね。
会議室が静寂を取り戻した途端、サーリスヴォルフが鳥の両手を自身の耳から離してため息をついた。
「ああ、本当にうるさかった――」
安堵を声に出したのはサーリスヴォルフだけだが、その感想は誰もが首肯するものだったに違いない。ほぼ全員が、大なり小なり、ホッと息をついたのだから。
「で、その女性――リシャーナは逃げたで間違いないの? だってバラバラになったんだよね? 実際にこの世からそもそも消滅した、という可能性は?」
早速、サーリスヴォルフが議論を再開させる。
『すまん――リシャーナを取り逃がした』
そう白状した途端の、みんなの視線と態度……目を半分に閉じられたり、眉を顰められたり、ため息と鼻息をそよがせたりされて、大変、肩身が狭かった。
「ただの攻撃を受けて死んだ、というなら、貫かれた頭より下は残ったはず。全身まで溶ける道理がない。それに、彼女と同じ血統隠術を持ったリーヴが、その身体に弾かれたんだ。それこそ、呪詛を受けた反応と考える。故に、今頃リシャーナの身体は復活しているはず――違うか、リーヴ?」
額を固い床に押しつけるように、魔王様に向かってひたすら叩頭の姿勢をとっていたリーヴが、ビクリと背中を震わせ、声を震わせて応じる。
「は、はい…………ジャ、ジャーイル大公閣下のおっしゃるとおり……」
あえぐように息を吸う。
「呪詛によって、ぼ、僕は弾かれました……なので、母は……生きている、と、思います……」
実際、リーヴの魔力は誤差かなと思うほどではあるが、弾かれる前より成長している。これが彼らの血統隠術――呪詛によって魔力が成長する特殊魔術の結果でなく、なんであろう。
「呪詛を受けて一旦滅び、甦る能力、ね」
サーリスヴォルフの厳しい視線が、デイセントローズに向けられる。それに気付いてか気付かずか――
「つまり、結局この二人は真相を知らない、役立たずという訳ですね!」
従兄弟の辛辣な言葉に、リーヴがいっそう身体を縮こませた。
しかし、デイセントローズがそう断じたのも無理はない。
リーヴの「知っている限りの情報」は、結局のところ、大した内容ではなかったのだ。突然、姿の見えない母が訪ねてき、実家に連れて帰られた、その一連の流れを語ったのみ。
なにせ、彼はそもそも自分の家の下に地下があったことも、別れて以後の母の動向も、母が過去に誰と深いつきあいがあったのかさえ、何一つ把握していなかったのだから。
「なぜ、こんな役立たずどもを連れてきたのか、理解に苦しみます――現地で処理してしまえばよかったのです」
「それはあれでしょ~、ジャーイルは魔族が家族の情に弱いのを利用して、逃げた母親をおびき出そうと、息子たちを人質とするため、連れて来たってことでしょ~。これから全土に向けて、二人を殺されたくなかったら、魔王城までやって来いってお達しを出すんでしょ~」
ロムレイドがあっけらかんと言う。
「いや、そういうつもりじゃない」
ネズミ大公ヴォーグリムや、副司令官のウォクナンなら喜んでやりそうな手だが、俺は断じてそんなことをするために二人を連れてきたのではない。
というか、思いつきもしなかった。
「そうじゃなくて――」
「無駄ですよ! リシャーナにそんな情などあるものですか! 優秀な私と張り合うこともできなかった期待はずれな息子二人など、あの女は見捨てるに決まっています! 私の母とは違い、酷薄な女なのですから! そもそもリシャーナこそ、逃がすくらいなら、連れ帰ろうなどと思わず、その場で殺してしまうべきだったのです!」
リシャーナはデイセントローズの母であるペリーシャの双子の妹――魔族は身内には甘い者が多いが、デイセントローズの声音には情のひとかけらもない。ペリーシャとリシャーナの姉妹は本当に仲が悪いのだろう。
彼らは初対面だろうに、デイセントローズが従兄弟を見る瞳には、嫌悪と憎しみ、蔑みしか浮かんでいなかった。
「お前と張り合う? 大公のうちでは大した実力者でもないお前の自画自賛なんぞ、滑稽だな」
鼻で笑ったベイルフォウスも辛辣だ。
「そ……それでも、私は大公です! 世界にたった七名しか存在しない、魔族の強者なのです! こんな泣いておびえてばかりいる、無爵の二人とは違います!」
珍しく、デイセントローズがムキになった様子で反論する。
「だからなんだ。リシャーナが張り合う相手はいつだってお前の母親で、お前自身じゃなかろう。そもそもこのネズミより、お前の方が年下だろうが――」
「それは……貴方こそ、事情はご存じのくせに――」
デイセントローズが拗ねたようにいう。気持ち悪い。
しかし、ベイルフォウス――確かに、事情に通じた風じゃないか。その点は気になっていたのだ。
「そういえば、ベイルフォウス。お前、リシャーナを知っていたのか」
「ああ、まぁな。知ってる」
女性には見境無いと思われるベイルフォウスなのに、その声にはしっかりと嫌悪感が現れていた。
それは、以前プートがその姉妹であるペリーシャのことを語った時に聞かせた声音と、同じ種類のものだ。
「だが、俺より同じデヴィル族であるプートやサーリスヴォルフの方が、よっぽど心当たりがあるんじゃないか?」
「いや、私は名前だけしか知らないよ。実際には会ったこともない」
サーリスヴォルフが両手をあげた。
「そうだったか?」
「ああ、そうだよ。なにせ彼女にひどく迫られて辟易としたプートが、当時同盟者ではあったけれど嫌い合っていたヴォーグリムに、とっとと押しつけてしまったからね。そうでなければいずれ私のところにもやってきたのだろうが――」
え? なにそれ……リシャーナは過去に大公を順に、誘惑しようとしたってこと?
つまり、身内であるデイセントローズがいたことに加え、集まった大公のほとんどがその来歴と性格を知っていてこそ、ヴォーグリアっていう、いかにもヴォーグリムに関係のある名前からリシャーナに目星をつけられた、ということか。
なぜ、ベイルフォウスがリシャーナと言い当てたのか……不思議に思っていたのだが、ヨルドルが事情を吐いた時に大公が勢ぞろいしていたというのなら、その正体にあてがついたのも理解できる。
「そうか。ベイルフォウスもそれで彼女を知ってたんだな」
「いいや、俺は少し違う。知り合ったのはむしろ俺の方がプートらより先だ。けど、あの女はデヴィル族にしか興味がなかったからな。むしろ、デーモン族のことは嫌ってた」
確かに、そんな感じではあった。ってことはつまり、ベイルフォウス……一回は彼女を口説こうとしたってことなのか……?
「中でも俺のことは、特に許せなかったんじゃないか。会ったのはたったの一回だが、むき出しの嫌悪感と憎悪を、罵詈雑言に乗せてぶつけられたからな」
え!? デーモン、デヴィル、人間と、女性なら見境なくたらし込むベイルフォウスを相手にそんな!?
「全く、本当にロクでもない女です! 身の程知らずな! その時にベイルフォウスが殺しているべきだったのです!」
デイセントローズが弾劾するように、唾をとばした。
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