古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

67 張り切るラマがウザいです


「リシャーナは欲望に忠実なだけの、ただの単純で愚かな女ですよ! 難しく考えずとも、見たままの通り、浅はかな、ね。今回はたまたま、運がよかっただけです。けれど、その幸運ももう尽きたに違いありません! 愚息を二人揃って捕らわれたのが、その証拠!」
 ラマの興奮は収まらない。それはもう、血のつながった叔母のことを語っているとはとても思えない、嬉々とした様子で。
 責められてイラッとしただろうベイルフォウスが、口を挟む間もないほどの激越具合なのだから。

「一つの綻びは、すべての崩壊を招く――今、この瞬間は逃げおおせていたとしても、全領土をあげて捜索に乗り出しさえすれば、あの程度の女、あっけなく捕縛できますよ! とにかく捕らえて即、処刑することです! それですべて終わりです! ええ、私はもちろん、すすんで狩りに興じますとも!」
 まあ確かに――俺の領土だけで捜索し、手がかりもなく打ち切った以前と違い、隠蔽魔術の助けがなくなった今、魔王と全大公揃って探せばリシャーナの居場所は突き止められるのかもしれない。

「そうです! いいことを思いつきました!」
 さらにデイセントローズは人と同じ形の両手を打ち、弾んだ声をあげた。
「よろしければこの件に関して、母を呼び寄せましょうか? この場に! リシャーナとのいきさつを、母から直接、お聞きになっては!」
 絶好調だな! ラマ!
 デイセントローズが腰を浮かしてウキウキと言った反面、魔王様が一瞬ではあるが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのを、俺は見逃さなかった。

「君の母親を呼び出して、なんの役に立つっていうの」
「まったくじゃ。主は先ほど、此度の事情を知らぬ従兄弟たちの話など聞く耳を持たぬと言ったのでなかったか。女の現状を知らぬという点で、主の母とその二人になにほどの違いがあろうか」
 そう続けたのが恋人たるウィストベルと、勘の良いサーリスヴォルフとはいえ、魔王様の気持ちを察して援護した、とかではないだろう。

「そ、それは……いえ、忌々しいことではありますが、母はあの女と双子なのですから、その動向に関して、何か参考となる話が聞けるかもしれません! いえ、きっと聞けます!」
「それはどうだろうな。今現在、付き合いもないというなら、聞けても過去の話だけだろう。それも、お前と同じく愚痴か悪口ばかりの――」
 ベイルフォウスが辟易とした調子で添えた。

「くだらぬ。姉妹の過去の諍いなど、今更知る必要はあるまい。そもそも、リシャーナとかいう女の企みなぞ、いずれも底浅く、どれも隠蔽魔術があったればこそ、叶ったことばかり。じゃが、今、女の元にその能力はない。副司令官の魔力を得た今、実力は無爵のものではないといえ、それにしたってたかが公爵程度。ガルムシェルトも在る物はすべて回収済み。となれば、陛下に仇なした者の動機など、もはやどうでもよい」
 心底興味を失った、とばかりにウィストベルが抑揚のない声で断じる。

「けれど、あの女を放っておいては、この先、我々――、いえ、きっと魔王陛下にとっても害悪が――なにせ、人間などと手を結ぶというのですから――」
 私怨過多のデイセントローズは、なんとしてもこの機会にリシャーナを捕縛し、いっそ亡きものにしてしまいたいらしい。  しかし大公達の賛成は得られぬと判断したのか、訴えかけるような熱い視線を、直接魔王様に向けた。
 だが、反応したのは、やはりウィストベルだ。

「人間の関与など、まして気にかけるに値せぬ。相手が誰で、何人いようが、それがどうだというのじゃ――今後、敵は見つけ次第殺す。それだけのことではないか」
 ウィストベルは見えない何かを握りつぶすかのように、美しい貌の横で拳を握りしめた。
 言いたいことはわかる。彼女の主張はむしろ、熱しやすく冷めやすい魔族の大多数の同意を得そうなものだ。
 実際に――

「さんせ~。そもそも〈大公会議〉で決めたことは、とにかく魔王様の魔力を取り戻す、だったでしょ? それはもう解決済みだよね~。後は誰であろうが、立ち向かってくる敵は、自分で滅ぼせばいいだけだもんね~。探す必要もないに一票~」
 ロムレイドが頬杖をついてうんうん頷きながら、声をあげたではないか。

「――とはいえ私とて、容易に得られる情報をまで、得ぬでよい、とまでは言わぬ」
「あら」
 せっかく賛同したのに、とでも言わんばかりに、ロムレイドが目を丸める。
「では!」
 一方、デイセントローズは瞳を輝かせてウィストベルに視線を戻した。
 対してさっきまでの撥ねつけるような態度から一転、ウィストベルも慈悲深いとさえ思える笑みを、デイセントローズに向ける。

「しかしそれは主の母をここに呼び出す、ということではない。むしろ、今この場ですべて事足りることじゃ」
「と、いいますと?」
「わからぬか――そのモグラがガルムシェルトの能力で子供化しておるだけなら、大人に戻して事情を話させればよいだけのことではないか。のぅ、ジャーイル。主もそのつもりで連れてきたのであろう?」
「まぁ、そうだが……」
 俺の返答に、女王様は満足げに頷いた。

「え、なんです……」
 しかしその金の双眸が自分を捉えて放さないことから、デイセントローズも察するところがあったらしい。
「なるほど。このモグラ野郎を大人に戻して語らせるには、ジブライール以上の魔力が必要――つまり、実力からいっても、立場からいっても――デイセントローズ。お前がそうするのが当然だろう、ってことだな」
「そんなまさか……」
 ベイルフォウスにこの上ない嗜虐的な笑みを向けられ、ラマの視線は他の五名の上を泳ぎ――求めた援護が得られそうにないと知ると、絶望に彩られたのだった。

「お……仰ることはわかりました。つまり私に我が身と魔力とを犠牲にし、このガルムシェルトでモグラめと入れ替われと――」
 さっきまでの陽気さはどこへやら、声は動揺であふれていた。
「しかしそうなると、事は一瞬ではすまないはず。我が身は子供にも戻りましょう。その間、どなたが守っていただけるので?」
 さらに、切迫感がこもる。

「それこそ同盟者にゆだねるがよい」
 ウィストベルの返答はそっけないが、言い分としてはもっともである。
 そしてプートがこの場にいない以上、残るラマの同盟者といえば――

「私ってことだね? だけど、そんな必要あるかなぁ。相手の反撃を心配してるなら、あらかじめ縛り付けておけばいいだけじゃない? そもそも、この場には魔王大公が揃ってる。自由にさせておいたところで、何の問題が?」
 サーリスヴォルフは、なにもラマの身を守るのが面倒だからとそう言ったわけでもなかろう。相手がデイセントローズの魔力を得たからと言って、俺たちが後れをとるはずもないのは事実だからだ。

「まあ待て。こいつを大人に戻してしゃべらせるなら、もっと話が簡単になる方法があるぜ。魔王城にはまだ、彼女がいるんだからな」
 ベイルフォウスが名案を思いついたとばかり、勝ち気な笑みを浮かべた。
「まさか……」
 思い当たることがあったらしいロムレイドの様子に、ウィストベルまでがハッとしたように口を開く。

「全くじゃ――我らとしたことが、随分と気のつかぬことであった――」
「嘘だよね……そんなの、とてもいい方法とは思えない……」
 ベイルフォウスとウィストベルが乗り気な一方、いつも眠たげなロムレイドが、珍しく目を見開いて絶望の表情を浮かべている。

「彼女とは?」
 ポーカーフェイスのサーリスヴォルフはともかく、デイセントローズは俺同様、二人の指す人物がわかっていないようだった。
「魔王城にはまだ、イムレイアがいる。彼女の幻影魔術でこいつに母親の姿を見させて、しゃべらせればいい」
 ああ、なるほど。ロムレイドの姉であり、ウィストベルの副司令官である彼女か。確かに幻影魔術でリシャーナの姿を見せるなりすれば、すんなり情報を……ん?

「いや、待ってくれ。確かに幻影魔術を使えば話は早いかも知れないが、イムレイアはリシャーナを知らないだろう? 幻影をみせるには、術者が相手の姿形を知っている必要があるんじゃないのか?」
 俺は幻影魔術は使えない。やってみればできるだろうが、とにかく試したことがないのだ。しかしそれでも、発動の条件は知識として知っている。

「主の配下、全員を、イムレイアが知っておったと思うか?」
 ウィストベルが意味ありげな視線をよこしてくる。
 俺はかつて、〈暁に血濡れた地獄城〉の高い塔内で視せられた幻影を思い出した。
 確かにあのときには、俺の知る女性魔族のことごとくが、あんな格好やこんな格好で………………ごほん。

「……なるほど」
 特殊魔術の助けがあるってことか。
 ちなみに咳払いをしたのは、別にごまかしたいことがあったからとかじゃない。本当だ。
「へぇ。対象を知らなくても、幻影としてみせられるのか――それはすごいね」
 純粋な興味のためか、サーリスヴォルフの瞳がキラリと光った。
 先の会議で幻影魔術を使っての影は報告されていたから、大公ならばイムレイアの存在があったことは知っている。しかしさすがのサーリスヴォルフも俺と同様に、その能力を通常の幻影魔術レベルで捉えていたのだろう。

「でも! 姉の幻影魔術の効果を最大限に発揮するには、先に場をつくらないと! いくらなんでも、そんな準備もなしにホイホイできるものでは――」
 いつもやる気のないロムレイドが、見たこともないほど必死だ。よほど姉が苦手かで、とにかくその助力を望まないのだろう。

「最大限の効果など見込まれずともよい。多少なり手間が省ければ、それでよいのじゃ。失敗したところで、問題ない。ただこの場がそのモグラの血でまみれるだけのこと」
 えっと……つまり、うまくいかなかったら、普通に拷問するってことですか。ですね。

 同盟者でもあるウィストベルにそこまで言われると、ロムレイドもそれ以上は反論できないようだった。
 彼はうなだれ、「じゃあ、僕、とりあえず隠れますね……」とかいいながら、本当に大きな体を丸めて机の下に消えたのだった。

「というわけだ。覚悟を決めろ、デイセントローズ」
 話が自分の元に戻ってきたとあって、ラマが再びあわて出す。
「し、しかし、私の心配は、相手のことだけではありません! 私の記憶が子供時分に戻ることもあるのですよ? それでもよいのですか? その場合、どうなさるおつもりですか?」
 確かに……怪我もしていないのだから、さすがに騒ぎだしはしないだろうが、ただの子供でもラマは面倒くさそうだ。ウォクナン並に。

「子供のお前がだだっ子であろうが、別に問題ない。なんなら俺がきっちり面倒をみてやろう」
 ベイルフォウスが慈悲深いとさえいえる笑みを浮かべる。そんな態度をとられたら、かえって怖いよね。面倒みるって、どうみるんだよ、と、俺ならつっこみたい!
 だが、ラマは違ったようだ。

「ほ、本当でしょうね……」
「俺が嘘をついたことがあるか?」
 そういえば、俺にしたってベイルフォウスに嘘をつかれたことはないかな? 知ってるけど教えてあげない! 系は多い気がするが。

「わかりました……そこまで仰るのであれば――」
 無念のためか怒りのためか――いつもより血色のよい頬に複雑な表情を浮かべ、ラマは頷いたのだった。


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