古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

68 「所詮、役立たずどもなど捨て駒ですよ!」


 会議室にイムレイアが呼ばれ、覚悟を決めたデイセントローズとハシャーンの間で、サクッと魔力が交換された。

 面倒をみてやろう、と言った言葉は本気だったらしい。
 従兄弟同士の魔力が入れ替わるや、ベイルフォウスは幼い子供の姿に変じたラマの身を、魔術で自らの足下に引き寄せ、小さな結界をつくって保護したのだ。
 いや、保護って言うか……守りは強力であったとしても、動く隙間もない中に閉じこめたわけで……がんじがらめに拘束っていう言葉の方が、ぴったりくる状態だったけれども……。
 ちなみに、リーヴは俺が保護している。とはいえこちらは単に俺の背後に移動させただけだが。

「ほう。やはり、魔力の交換には慣れているようじゃの」
 大人の姿に変じても、魔力を暴走させることもなく、声の一つすら発せず、ただまぶしそうな表情を見せただけのハシャーンに、ウィストベルがそう感想を漏らした。
「慣れるものなの?」
「どちらの立場であれ、何度も魔力を交換すると、やはり最初の衝撃は徐々に薄れゆく。個人差はあるだろうが」
 サーリスヴォルフの疑問に答えたのは、経験者である魔王様だ。

 皆の見守る中、状況を把握しようとしてか、ハシャーンが周囲を見回している。
「かあ、さん……ここ、はどこ?」
 その視線は定まらず、くぐもった声が不安げに響く。
 デイセントローズが身をひいてすぐ、魔王様がハシャーンとイムレイアを囲む強力な結界を中央に張り、イムレイアがすかさずその中で幻影魔術を展開させたのだ。

 今、モグラには近くにいるイムレイアどころか、彼女が作った幻影以外の一切が、視えても聞こえてもいないようだった。
 そればかりではない。モグラに似合わぬパチクリお目々の片方は、治療もしていないので傷ついたまま開いてもいないし、俺が切り落とした左腕も消失したままだが、ハシャーンがその事実に気づいている風もない。幻影魔術は痛みと喪失さえ、忘れさせるらしい。
 ロムレイドが場がなんたらと気にしていたが、効き目には全く影響がないように見える。むしろここまでの効果って、結構怖くないか……。

「うん……う、ん…………え? 本、当に!?」
 ハシャーンに、輝かんばかりの笑みが炸裂した。
 実際には目の前にいないその母に向かって、モグラは脳内だけで応じているのではなく、ちゃんと体を動かし、声を発して反応している。その幻影が視えないこちらは、一人芝居をみせられている感じだ。
 俺があの高い塔に入ったときも、こうだったというのだろうか……想像すると、ちょっと…………いや、かなり………………恥ずかしい。

「もはや目新しい情報もないようですが、いかがいたしましょう」
 イムレイアがそう尋ねたのは、かなり時間が経ってから――モグラがさんざん上機嫌で独りごちた後だった。
「十分であろう」
と魔王様が結界を解除するや、イムレイアは幻影魔術を解くと同時にモグラの意識を奪う。
 その方法が、モグラの周囲から瞬時に空気を抜いて酸欠にした、というものだったのは、さすがというべきか。彼女ときたら、見た目は穏和な雰囲気で、むしろどこかのんびりして見えるというのに。
 こういうところがモーデッドの言う「高位魔族は容赦ない」のだろうし、ロムレイドが机の下に隠れる要因なのかもしれない。
 そのモグラを、俺は再び冷凍仮死状態にする。不意に意識が戻って暴れられても面倒だからだ。

 なんにせよ、モグラの芝居を視ているだけの俺たちが知れたことといえば、ほんのわずかの無価値なことだけだった。
 ハシャーンが語ったのは、『作戦がうまくいき、デーモンの魔王と大公が死に絶えた。この上は母が魔王位につくべきだ』とか、『ようやく父親と親子三人で暮らせるのだ』だのといった、自身の望む幸せな未来の妄想ばかりだったのだ。母に置いていかれた現実が、なかったかのように。

 しかし、ハシャーンの台詞しか聞けない俺たちにはそうでも、本人同様幻影をも視ているイムレイアならばきっと、もう少し実のあることを知れたに違いない。
 そう期待したが――

「大した情報は持っていません。殺してしまっても、問題ないかと」
 イムレイアは、彼女からは空に見えるだろう弟の席を冷たく一瞥し、ベイルフォウスに対して桃色の吐息と艶めいた視線を投げかけながら、事も無げに言った。

 彼女の幻影魔術は、相手の潜在意識にあるものを、実体として視せるだけ――だから知れるのは、術者であるイムレイアでも、あくまで当の本人が認知する情報に限られるのだそうだ。
 そのハシャーンは母によって世界を限定して育ててられていた。何十年どころか百数十年の間。

 話し相手になったのは、母であるリシャーナだけ。
 彼は地上に出てデーモン族に見つかればお前は殺されてしまう、だからこの地下で隠れていなければいけない、と言い聞かせられて育ち、実父にも一度も会わせてもらえず、魔族社会に対する偏見と、デーモン族に対する憎悪を、植え付けられたのだった。

 一方で外の世界と、実父への憧憬だけを刷り込まれ、あげく、今日やってくる悪いデーモン族どもを退治さえすれば、自由が手にはいる、父親とも会えるし暮らせるのだ、と、発奮させられたらしい。
 ちなみにリーヴのことは、お前にはネズミ顔をした兄がいるが役には立たない。お前の方が何倍も強くてすばらしい、私の最愛の息子である、と、聞かされていたようだ。

 つまり彼はミディリースと同じ……いいや、うちの司書はあれでもボッサフォルトの侯爵邸を飛び出して以降、〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉にたどり着くまでは、なんとかかんとか一人でやっていた。
 けれどハシャーンは、正真正銘、生まれてから今日まで、一度もあの地下迷宮の範囲から出たことがなく、ミディリースより遙かに世間を知らない、本物の引きこもりだったのである。

 彼の身体能力であれば、地中を自由に移動できる。その気になればどこへでもいけたろう。だが、生来冒険を望むような性格ではなく、自身の境遇や世間に対する疑問は一つも生じなかったようだ。いいや、いくらかあったとしても、生まれた時から世界を限定されていた彼には、世界の全てであった母を信じることしかできなかったのだろう。
 本質は、兄であるリーヴと似たところがあるのかもしれない。

 つまり――イムレイアの協力の下、俺たちが知れたのは、監禁されていたといっていい状態にあった彼の生い立ちだけだった。
 唯一の目新しい情報はといえば、せいぜい彼の父親がヴォーグリムではなく、モグラ顔をした有爵者で、未だ生きているらしい、という程度のこと。だがその父の名を息子であるハシャーンは知らなかったし、領地や地位といった手がかりすらも皆無だった。

「結局、試したところで無駄だったね!」
 イムレイアが退室したとみた途端、ロムレイドが元気に机の下から顔を見せる。
「リシャーナに協力者があるのは確かだ。ならせめて生きているらしいとわかった父親でも、あたってみることにしよう」
 協力者が人間である可能性も否定できないが、だからといって、生きているらしいその父親を探らないでいる理由もない。

「しかしこいつ、成人しているとしても、紋章もないんじゃないのか? そこから探るのは無理だぜ?」
「ああ、だろうな」
 誰かの素性を調べるには、紋章を調べるのが一番確実だし、早い。

 出生時にとっておいた本人の一部から製造され、成人するや紋章を刻むことによって完成する紋章符。そこには倒した相手の紋章が、記念のように刻まれるだけではない。血のつながった家族の紋章も、刻章されるのだ。
 つまりその人物がどこに所属していて、誰を殺し、現在の地位はどうなっているのか、そして誰が血族か、ということくらいなら、紋章符を調べるだけで判明するのだ。
 それほどのものだからこそ、原本は魔王城の紋章管理部によって厳重に保管されているのだし、閲覧を許されるのはある程度の地位の者か、役目で必要が生じた者に限定されている。かつ、閲覧のための手続きもちょっと面倒だ。

 当時伯爵であったオリンズフォルトがミディリースの行方を知るには、彼女の紋章符を探ることができれば話は早かったというのに、そうできなかったように。ダァルリースがヨルドルの行方を知りたいと思っても、さすがに私的なことで、俺に紋章を調べてくれとは言えなかったように。
 けれどベイルフォウスの言うとおり、秘かに地中で生み育てられていたハシャーンには、紋章符自体がそもそも世に存在すまい。実際、リーヴとリシャーナの紋章符を調べた時にも、ハシャーンに対する記録はなかったのだから。

「とはいえ実父はおそらく俺の領内にあろうし、なら、モグラで有爵者とわかっていれば、ハシャーン本人の紋章はなくたって、ある程度あてがつくだろう。もっとも突き止められたところで、そいつだって何一つ知らずにいる可能性は高いが……」
 しかしリシャーナに協力者がいるらしい、と思われる現状では、一応は調べないわけにはいかない。他のみんながどれほど興味がなくとも、少なくともこの俺だけは――

「というか、今からでも紋章をもてないのかな? そもそも紋章符って、通常は生まれた時に切っておいた髪とか、爪とか、そういうものから造るんだよな? それなら別にいつの段階でも、本人の一部からなら造れるのでは? 紋章だって、単に紋章符に図柄を刻めばそれでいいわけだし、成人してからでも大丈夫なんじゃ?」
 成人間近になると、本人に紋章管理部から紋章符が届けられるが、それに紋章を刻むタイミングは本人に任されている。確かに、届けられてから何日以内に返送しなさい、とはいわれるけども。だけど、それって多分管理上の問題でだよね?

「確かに――ふつう、紋章をもっていない成人魔族なんていないからね。改めて考えてみたこともなかったけど、そういわれればそうかもしれないね」
「……どうかの」
 聞こえるかどうかという呟きが、ウィストベルから漏れた。

「ウィストベル? 何か言ったか?」
「いや、なんでもない……やってみるがよい、と言うたまでじゃ」
 その態度に引っかかるところはあったが、それ以上の追求を拒否するかのように、女王様は目を閉じる。

「それもいいが、まずはデイセントローズに魔力を戻そうぜ。いつまでもこの状態だなんて、俺は御免だからな」
 その時、ベイルフォウスがうんざりした口調でそう言い出さなければ、俺はすっかりデイセントローズのことなど忘れていただろう。


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