古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

69 何事も、無駄なことなどないのです


「いいか? 四の五の言わず、この武器でこいつを攻撃しろ」
「はい!」

 拘束結界を解かれ、自由の身になったデイセントローズは、子供の身でも未だ記憶を保持できているのか、現状を尋ねるでもわめくでもなかった。それどころかベイルフォウスの命令に瞳を輝かせ、素直に!
 しかも元気よく!
 頷いたではないか。
 その姿は以前、ベイルフォウスの実験で子供に変じているのを目撃した、脳筋副司令官と重なる。

 意外にもラマの子供時代は素直で純粋だったというのだろうか。それとも、子供嫌いが似合いのベイルフォウスなのに、子供を「はいはい」と、素直に従わせる何かがあるとでもいうのだろうか。
 しかしこの間、偶然知ったベイルフォウスの特殊魔術は、子供ではなく女性に有効なものだったはず――しかもラマは男だし。
 ……それに別に、うちの妹だって、素直に言うことを聞いている感じじゃないな。気のせいか。

「うんしょ、うんしょ」
 えぇ……ラマがかわいこぶってる……。それでも寒気がしないなんて、子供の姿ってすごいな……。
 小デイセントローズは今の彼にとっては大きすぎるファイヴォルガルムを抱えるように持ちかけ、「その持ち方じゃ怪我するだろう」とのベイルフォウスの注意に従い、大きな刃の端を挟み込むように手を当て直した。

「このモグラ顔の男に、落とせばいいんですね!」
 元々成人男性としては高い方だったが、子供の声なのでさらに高い。
「手を離すんじゃないぞ。持ったまま、こいつに突き刺して抜くんだ。わかったな?」
「はい、わかりました!」
 ……なんか、ほんとにいつものデイセントローズと様子が違ってみえる。少なくとも小ウォクナンより、よほど可愛げがあるじゃないか。
 そうと知ったところで今更、大人ラマの印象が変わることもないが。

「あの……うまくできたら、ほめてもらえますか?」
 ……前言撤回。さすがに寒気がした。
「そのくらいで俺がほめると思うか。いいからさっさとやれ」
 にべもないベイルフォウスの言葉に、ラマはシュンとしながら従う。
 まさか中身も子供に戻ってる? いや、だったらさすがにこんな、不安の一欠片もないような態度にはならないか。
 魔王様が大人の記憶はあっても態度が子供の頃に戻っていたことがあったように、デイセントローズも今はその状態なのかもしれない。

 冷凍とした状態に不安があったが、ラマは少し苦労しながらも、ファイヴォルガルムを硬いモグラの肩に抜き差しする。結果、ハシャーンとデイセントローズの魔力はきちんと元通りに交換された。肌に魔輪が突き刺さった痛みで、モグラの意識が解凍されることもないままに。

 デイセントローズは大人に戻るなり、よろめいてファイヴォルガルムを支えに片膝をつく。ジブライールもそうだったが、自分の魔力を取り戻した時にも、多少の負担があるようだ。
 少しして顔をあげた彼は、毛深い肌に汗でもかいていたらしく、頬を手で拭うようにして立ち上がった。そうしてどこか恍惚と、こう言ったのだった。
「なかなか得難い、貴重な経験でありました」
 えぇ……なにが……。

「で、どうするの、この男。デイセントローズの気の済むよう、任せてみる?」
「ぜひに!」
 ラマの表情が、残虐に輝く。サーリスヴォルフが泡を吹いて気を失うハシャーンを指し、そんなことを言うものだから。

「いや、従兄弟だからって、そんな権利はないだろう。この場合、ハシャーンの処遇については、俺が担うべきだと思うが」
 ガルムシェルトの一件に関わっているとみて連れては来たが、実害を被ったのは俺なのだから、断罪は俺がなすべきだろう!
 そう考えて、魔王様に目で訴えかける。

「ジャーイルの主張はもっともと思われる。ハシャーンの身柄は以後、大公ジャーイルに任せる」
 デイセントローズは不満そうな表情を浮かべたが、さすがに魔王様に反対の声まではあげなかった。
 ここまで無言で事の成り行きを見守っていたリーヴが、何をどう思ってか、背後で大きく息を吐いた。

「なら、これで」

 ちょっと!!

 ベイルフォウスが!

 急に!

 デイセントローズからひったくったファイヴォルガルムを、俺の方に投げてきたんだけど! 予告もなしに!
 ちゃんと受け止めたけども!
 でも危ないから!
 今から投げるからって、先に言えよ!
 別に当たったところで、何も影響はないけども!
 俺が怪我するだけだけども!

「ファイヴォルガルムも用済みだな。ウルムドガルム同様、消しちまっても問題ないんじゃねぇか?」
 つまり俺にそれをやれってことか?
「だが、ベイルフォウス。お前はもともと、ガルムシェルト存続派じゃなかったか?」
 俺の言葉に、ベイルフォウスはバツの悪そうな表情を浮かべた。
「確かに、俺は魔武具容認派だ。だが、ガルムシェルトに関しては、あんなことをしでかした後で、まだ置いておけとは言えんさ」
 なるほど。俺にしたことを、ちゃんと心底反省しているらしい。

「しでかした? あんなことって、何?」
「何があったんです? というか、何かあったのですか?」
 ベイルフォウスがしでかした現場にいなかったサーリスヴォルフとデイセントローズが、興味津々、聞いてくるが、さすがに親切に教えてやるつもりはない。無視しておこう。

「砕いちゃうの、もったいないなぁ。せっかく面白い武器なのにー」
 同じく俺たちの事情は知らなくとも、興味もないらしいロムレイドが実感のこもっていない声をあげた。
「弱者のために能力を付与された武器など、ろくなものではない。消滅させるべきじゃ」
「そうですとも! 粉々に砕いてしまうべきです! 今、すぐに!」

 デイセントローズがすぐさまウィストベルに賛同の声をあげる。もともとラマはベイルフォウス同様、存続に賛成だったはずだが、自身がその被験者となって意見を翻したようだった。
「私はどちらでもいいけどね――」
 サーリスヴォルフは当初の態度を貫くようだ。

 プートはもともと砕いてしまえという立場をとっていた。
 俺にしたっていくら魔武具に興味があるといえ、これほど面倒を起こす武器に対しては、さすがに存在を許容するという気にはなれない。
 存続派はロムレイド、中立がサーリスヴォルフ、後の大公すべてが破壊を主張している。

 俺はその場にいる全員を見回し、最後に判断を仰ぐつもりで魔王様に視線を定めた。
「どうしましょう?」
「よかろう。やってみるがよい」

 俺はファイヴォルガルムを手に、ハシャーンが冷凍状態でうつ伏せになった中央に進み出――しばし不安にかられた。
 ただ破損させる、というだけなら簡単だ。真っ二つにするだけなら、レイブレイズでだってできるだろう。

 だがウルムドガルムのように、と言うからには、少なくともベイルフォウスが望んでいるのはあれと同じ状態――粉々にしろ、といっているに違いない。
 しかしそもそもあの時だって、俺が意図してなったわけじゃない。気づいたら、粉々になっていただけなのだ。
 だが、とにかくやってみるか。

 ………………待て。
 なんか忘れてないか、俺。
 ……。
 …………。
 ………………。
 はっ、ウォクナン!

 ……いいや、大丈夫。大丈夫だ。
 ファイヴォルガルムを砕いたところで、まだエルダーガルムが残る。
 ならリシャーナが見つかりさえすれば、そいつでウォクナンに魔力を返してやることも可能だろう。リシャーナが見つかりさえすれば、だがな!
 もっとも、エルダーガルムについては能力の込められている部位について、リシャーナの主張を全面的に信じたわけではないので、検証は必要だと考えている。
 まぁどのみち、やってみろと魔王様から言われたのだからやるが――

 俺は反った剣身を、仮鞘から引き抜いた。

「珍しい魔剣だな――」
 手に入れて以降は、ほとんどいつも持ち歩いているのだが、目の前で抜いたのは初めてだったためか、きれいな刃紋を見た魔王様が興味深げな声をあげる。
 そういえば魔王様だって『黒の剛剣』と呼ばれるシリーズを集めているくらいだ。しかも、ベイルフォウスの兄だし――おおっぴらに主張しないだけで、そこそこ魔剣に興味があるに違いない。
 今度、話をふってみよう!

「偶然、我が領の洞窟で見つかった剣なんですが、これが他に類がないほど切れる剣でしてね」
 レイブレイズが抗議でもあげたかのように、震えた気がした。
「へぇ?」
 俺が縦に持ったところへ、サーリスヴォルフの弾いた白紙が飛んでくる。その縁が刃に触れた瞬間、滑るようにまっぷたつに割れたのを見て、感嘆の声があがる。
「すごいね! 紙が吸い込まれたように見えたよ」
「確かに! 『好事家、珍種を得る』といわれるのもわかりますね!」
 ……デイセントローズの喩えは、褒められた気がしない。

「できるか?」
 滲んだ刃紋を一撫でして囁くと、『できないはずがない』と返ってきた気がした。
 あのときだってウルムドガルムに直接、こいつで何かした訳じゃない。ただ抜いただけだ。だからいちいち衝撃を与えなくとも大丈夫だろう。
 ファイヴォルガルムを立てかけ、鋭い刃先を静かに当てる。

「粉砕せよ」
 俺の言葉を理解したように、刃が微動する。
 空気まで震わせるその振動――手から伝わるその震えが、全身に広がり――

『滅びを望むのであれば対価を差し出せ』と言われでもしたかのように――振動に伴って体中の隅々から、魔力が吸い取られるかのような感覚があった。
 ただ柄を握りしめて当てているだけなのに、激しく打ち込んでいる時よりよほど、すべてをもっていかれそうになる。
 レイブレイズをふるって結界を破ったあのときの感覚とも違う。この剣から感じたのは、未だ知らぬ異質感だ――

「おい、ジャーイル!」
「……」
 ベイルフォウスに肩を掴まれるまで、自分がどこにいるのか、何をしていたのかさえ、思い出せなかった。まるで気を失って、意識がとんでいたかのように――
 だが、試みは成功したらしい。
 ファイヴォルガルムのあった場所に、小高い砂塵の山が築かれているからだ。

「顔色悪いよ? 大丈夫?」
 さして心配もしていない風に、サーリスヴォルフが尋ねてくる。
「ああ、大丈夫だ……」
 俺は反った剣を仮鞘にしまった。

 ……あれ?
 ほんとに大丈夫だ。むしろ大丈夫だ。
 一瞬、魔力を根こそぎ奪われたかのような感覚に陥ったのだが、剣を鞘にしまった今、嘘のように疲労感が消えた。なんだろう……まるで俺も、幻影を視せられていたかのようだ。まさか、イムレイアの魔術の効果が残っていたりするのだろうか?
 まさかな――

 ……ん?
 ……あれ?
 ちょっと待って、この感触……。

 俺はいつものように、剣を左側に二本、挿していた。
 で、右側には今日は小袋を下げているわけだ。
 そこにはエルダーガルムが入っており……入って、いたんだが……。
 なにこの感触……へたりすぎてない?
 俺は袋をベルトから外し、絞められていた口を開いて、足下に築かれた砂塵の上で逆さに振る。

 本来であれば、かつてファイヴォルガルムであった砂山の上には、鎖につながれたエルダーが『じゃらん』などという金属音を立てながら、落ちるはずであった。
 しかし――

「……」
 砂山は、袋から静かに流れ落ちた粉末によって、標高を増しただけであったのだ――


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