古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

70 気を取り直して、次の手を講じましょう


「ウルムドガルムの時はなんの影響もなかったのに、どうして今度はエルダーガルムまで――」
 しまった――声がかすれてしまった。動揺したみたいで格好悪い!
 いや、ちょっと動揺してるけども!
「……」
 皆、シーンとするのはやめて欲しい。俺がやっちゃったみたいで、余計にドキドキしてしまうではないか!
 やっちゃったんだけども!

「問題なかろう。ガルムシェルトはいずれすべて消滅させるべきだ」
 そもそも自分が砕けと言い出したことを思い出してか、ベイルフォウスが俺の擁護に立つ。
 しかしそれ以上は誰も、追求も擁護もしてこなかった。

 結局のところ、他の皆にとってはエルダーガルムまでがなくなったことなど、終わってみればどうでもいいことであるに違いない!
 なぜって、現在ガルムシェルトによる魔力の交換が判明しているのは、ウォクナンとリシャーナ、ハシャーンと誰かわからぬ相手の二組だけ。そのどちらも俺の領内で起こったことで、皆には全く関わりのない相手ばかりなのだから。

 焦る必要があるとすれば、俺だけ――しかしそもそも、自業自得のウォクナンに魔力を返す必要はあったろうか!
 アレスディアに夜這いをかけに、俺の居住棟へ敵を手引きして侵入した奴だぞ? 自分は透明になっていると思いこんだ上で! 悪質にもほどがある!
 俺がいれば、その場で抹殺してても仕方ない所行じゃないか?
 ……というわけで、今はひとまず忘れよう。袋に入れておいたエルダーガルムまで、粉末と化したことは――

「ええと……気を取り直して、魔王様に許可をいただきたいことがあるんですが、よろしいですか?」
 せっかく中央に立っているのだし、この際、もう一つの計画を諮ってみようではないか。このいやな空気も変わるに違いない!

「なんだ」
「この部屋に一つ、魔術を設置、定着させたいんですが、いいですか? 俺の城と通信が可能になる、〈双方向通信魔術〉というものなんですが――」
「双方向、通信魔術?」
 興味津々、と言った感じでまず食いついてきたのは、いつもの通り、ベイルフォウスだ。基本的に、新しい魔術とか好きだよね!
 その割に自分で考え出そうって気はないみたいだけども!

「ホント、君って場の空気に動じないよね」
 サーリスヴォルフ!
 まるで俺が空気を読めないかのような発言は、やめてもらえないだろうか。むしろ俺は空気を読んだのだが!
 繊細な俺による、精一杯の話題転換なのだが!

「この場に必要なものか?」
「あれば便利なものと考えます。というのも――」
 魔王様が水を向けてくれたので、〈双方向通信魔術〉の効力だけを、簡潔に説明する。
 本当は仕組みから詳細に説明したかったのだが、俺だって学習したのだ。どうせこういう場では、魔王様はあまり語らせてくれないと! 話は端折れって言われるに決まっているのだと!

「備えあれば患いなし、といいますし」
「なるほど。確かにそれがあれば、今後、同族を相手に召喚魔術を使え、だなんて無茶を言い出す必要もなくなりそうだな」
 そもそも俺がこの魔術を考えざるを得なかった理由を、ベイルフォウスは正しく察してくれたようだ。

「よかろう。すぐにすむというものであれば、やってみるがいい」
「あ、術式は教えるので、俺がやるんじゃなくてぜひ魔王様が――」
「なに? 予が?」
「だって、気持ち悪くないですか? 自分の城に、他人の魔力がずっとある状態って」

 術式を定着させると、定着させた者の魔力がその場に残ることになる。下手をすると、その者が死んだ後も。
 最初は深く考えてもみなかったのだが、そのことに気付いてから、施術者についてはちょっと気にするようになったのだった。

 だって〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉の城内で……自分が日常生活を送っている城内で、だよ? プートの魔力をずっと肌に感じないといけないとか、なんか気持ち悪くない?
 ちなみに魔王城のあちこちにある転移陣だって、魔王様麾下の忠臣によって術式を描かせ、それを最後に魔王様の魔力で一気に定着させたものなのだ。
 俺は術式を考えただけで、実は展開していないのである!

「それがどうした。同位の者同士の間で問題になるというならわかるが、万民は我が麾下であろう。予はそれほど狭量ではない」
 鼻で笑われてしまった!
 つまり魔王様は、自分より下のものの魔力が城内にあっても気にしないと……。

 しかしそう言われてみれば確かに――俺だって同位であるプートやデイセントローズの魔力がずっと我が城に定着しているのは気持ち悪いが、配下たる副司令官たちの魔力なら、と考えると、警戒心もわき上がらないもんな。
 つまりなに……これって俺に対する魔王様の信頼の証ってことだろうか!?
 大公になって以来、こまめに魔王城に通ってきたかいがあったというものだ!

「仰るとおりですね。失礼しました。では、まずは基本術式から――」
 気を取り直し、俺は通信術式を展開する。文様についての簡単な説明を加えながら、ゆっくりと。
 なぜって、この場で他の大公たちが術式を覚えて帰って、自身の城にすすんで設置してくれたら、ものすごく便利になって万々歳だからだ!

 そんなこんなで〈双方向通信魔術〉を展開したのは、みんなによく見える、部屋の中央天井近く――この魔術の映像は、基本的には壁面に映させるもの、としているが、文様に精通するものであれば、投影先は容易に調整できるよう、術式を組んである。故に、ここでは各卓に向いた空中、八カ所に映像を投影させるものとして、倒れたハシャーンを移動させることなく、その身体の下に術式を描いたのだった。

「で、認識文様を一層のこの空白部に描きます。さすがにこれは、魔王様が決めて、入れてほしいんですけど……」
「認識文様?」
「設置箇所固有の図柄です。通信箇所を特定する鍵なので、単純であればあるほどいい。例えば俺のはこういうので……」

 俺が自身の城に埋め込んできた認識文様は、一輪の薔薇を『記号』と呼んでいいほど簡素化したもの。なんなら一筆で描けるほど、簡単なものだ!
「なるほど。固有場所を表す、いわば紋章のようなものか」
「そうです。三層目にも空白を残してますが、そこに呼び出したい相手の認識文様を置くことで、相手を限定して通信する仕組みです」
「ふむ。これでよいか」
 理解するや、魔王様の決断は早かった。空白部に黒く塗りつぶしたような短剣を描き出し、一層目の空白に定着させたのだ。

「ねぇ。この認識文様って、かぶることはないの? 単純な文様にするならよけい」
「あるかもしれない。だからこの認識文様は、できれば紋章管理部で、一元管理してもらいたいんだ。その上で認識文様辞典だが通信文様辞典だが……名前はどうでもいいから、とにかくそういうものを出してくれたら、重複も避けられるだろう?」

 紋章管理部というのは、言わずとしれた全魔族の紋章が刻まれた紋章符を管理する、魔王城にしか存在しない、超最重要機関だ。
 どういう仕組みかはしらないが、彼等が管理しだして以降、紋章が他人のものと重複したことはないのだという。
 さらに、つい先日のこと――そこに勤める紋章官によって、便利で特殊な新しい魔術が考案されたと聞く。

 うちの紋章管理士が興奮しながら教えてくれた話では、彼等、紋章管理官による特殊な魔術をかけられた用紙を、これまた特殊な術式で複製すると、なんと! その原本と複製品は、完全に同調するそうなのだ。
 つまり一旦、紋章管理部が認識文様を集めた書物を作って保管してくれさえすれば、そこにあらたな認識文様が追加されるたび、自動的に複製本も改訂されるのである。
 これまで一枚一枚、地道に写しをとっていたうちの紋章管理士は、「せめてこの技術が〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉までに完成していれば……」と涙ながらに語っていた。

 もっとも、この魔術は誰でも使えるわけではないそうで、今現在、ある特殊魔術を持った二、三人しか習得できていないらしい。
 さすがにそれを、全戸に配れ、とはいわない。
 なにせ今は紋章符の写しである紋章録を、その技術で改めて生成し、各大公領に配布する作業の真っ最中なのだそうだから。
 その作業が終わってからでいい。辞典を作って、せめて一冊ずつ、大公領に配ってほしい。

 そうすれば後は各大公の采配で、手動での複製――もしくはわが城の紋章管理士がその技術を習得できるものならば、再度の複製を試みることによって、量産、配布も容易となろう。
 せめて自分のところの有爵者には、認識文様をまとめた書物を配りたい。だが、それを自分で一から作るとなると、ものすごい手間と面倒…………ごほん。

 とにかく、文様自体を描けない魔族などいない。なにせ『文様を描く』という行為自体は、魔力を秘める魔族であれば、息を吸うようにできる行為なのだから。
 文様の描写精度に、芸術的センスや絵画的技術は影響しない。
 もちろん模写に対する得意不得意はある。だが、術式に描く文様の大きさが違ったところで、変わるのは効果だけ。
 故に手本となる辞典さえあれば、誰であろうが通信先を呼び出すのは容易というわけだ。

 ……たぶんね。
 いや……なにせ、ぶっちゃけ俺は文様を描くのが得意なので、そうじゃない場合にどうなるのかは……やってみなければわからないというのが真実なのだが。

「ちなみにもう一つ術式を追加して、三層目に記憶術式をはめ込んでおくことで、一度登録した認識文様は簡単に呼び出すことができるようになります。容量に制限はありますけどね。あ、それもここにはつけておきますね」
「なぜ、後ではめ込むんです? 最初から基本術式に組み込んでおけばよいのではありませんか?」
 デイセントローズの質問に対して、ベイルフォウスが「そんなこと聞くまでもないだろう」と言いたげに舌打ちをする。

「記憶術式を追加すると、要求される魔力量と技術が段違いに増える。基本術式はある程度の者なら簡単に設置できるように、と考えて組んだものだから、現実的ではない」
 大公でいっても、たぶん、プートは無理だと思う……うん。魔力量的には問題ないけど、技術の方がね……。なにせプートは魔術の妙手ではない。ほんとに脳筋タイプ、力押しで勝っちゃうタイプなのだから。

 っていうか、ラマにはお前だってできるのかと言ってやりたい。
 だが実際のところ、術式を見ただけでは予測がつかない、というのが正解なのだろう。前々から思っていたが、デイセントローズもプート同様、あまり術式に造詣が深くないようだからだ。
 そこはまぁ、年齢を考えると、仕方ないのかもしれないが。

「これで一応、完成です」
 俺は通信術式を定着させた。
「じゃあ、うまくいくか試してみますね」
 三層空白部に、我が城の認識文様を乗せる。

 ……大丈夫、だよな?
 自身の城に設置はしても、実際に動くかどうか試してみるのは初めてだ。さすがの俺も、ちょっと緊張する。乾いた唇を舐めつつ術式の発動を見守った。

『我が君』
 無事、折り目正しい姿と声が、狙った通りの場所に浮かび上がり、俺は安堵の息を吐いた。


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