古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

71 正に『魔力多くして、毀損少なし』です


『魔王陛下並びに大公閣下方』
 俺の呼びかけに応じて投影板に現れたのは、面白い敬礼をしてさえ優雅な猫顔の副司令官、フェオレスだった。

 通信術式のことはエンディオンとセルク、フェオレスの三名に説明してきた。とはいえ、フェオレスにはリシャーナの落下地点と彼女を撃ったと思われる場所の捜索も命じてある。それに、リシャーナについて話をすると意気込んでいたこともあって、てっきりエンディオンが応答すると思っていたのだが。

 家令としての通常業務が忙しいのだろうか。それともやはり公の場面に顔を出すのは、まずは慣れた副司令官の方が適任と判断してのことか――ま、どっちでもいいけどね! 二重の意味で!
 なんなら、ゆっくり休んでくれている、というのでもいいと思う!

「おや。誰かと思えば、うちの子供たちにお灸を据えてくれた彼じゃない」
 あ……成人式典の時の事か……。確かアディリーゼを巡って、サーリスヴォルフの子であるカエル顔の双子とフェオレスが戦ったんだっけ、そういえば……。

『サーリスヴォルフ大公閣下。その節は、ご無礼いたしました』
「とんでもない。むしろ君のおかげで、あの子等も魔族社会の厳しさを認識できたことだろう。あれ以後、術式研鑽の姿勢が変わったからね。身に合わぬ傲慢を諫められ、結果、寿命が延びたというもの。感謝しているくらいだよ」
 サーリスヴォルフの笑顔に裏がありそうに見えるんだが、ベイルフォウスの心証に毒されすぎだろうか。

「そのときの彼女と婚姻したんだそうだね。よかったら今度二人でうちの城に遊びにおいで。双子ともども、歓迎するよ」
 いやいやいや……もめた相手のところには招待されても行かないだろう。いくらなんでも。
『ご厚情、有り難う存じます』
 フェオレスは訪問については応否を与えず、腕を後ろに組んだ綺麗な姿勢のまま、目礼を返した。
「あー、おっほん」
 何だろう。空気がちょっといたたまれない。

『我が君。ご報告申し上げてよろしいでしょうか?』
「リシャーナの行方について、何か手がかりでもあったのか?」
『いえ。申し訳ございません。落下地点をくまなく捜索いたしましたが、森の木にかかっていた衣服の欠片が見つかっただけでした。さらに――』

 射撃者の捜索に複数の配下を遣ってはいるが、少なくとも今の段階では全く情報を得られていない、とのことだった。
 続いてフェオレスは、ヴォーグリム大公領にあってからのリシャーナの来歴を、簡潔に報告してくれたのだった。エンディオンとの関わりも含めて――

 サーリスヴォルフも言っていた通り、リシャーナはプート領からヴォーグリムの大公城に移領されてきた。それも本人の思惑とは違って、最初は下女として。
「私はどうしても、大公妃になりたいのよ!」と言うのが、彼女の信念ともいえる想いであったようだ。
 その言葉通り、彼女は色仕掛けで徐々に地位を上げ、なんとか侍女にまでたどり着いた後、誰が見てもわかりやすいあざといやり方で、ヴォーグリムの寝所に潜り込む権利を得たらしい。

 エンディオンにも色目を使って奥侍女に取り上げるよう、もちかけたらしいが、そのあたりのことはフェオレスがサラッと流していた。もちろん、うちの家令がそんな見え透いた手にのらなかったことは、断言する。そうはいってもエンディオン本人からの報告となれば、根ほり葉ほりのつっこみがあったかもしれないから、フェオレスが代弁してくれてよかったと思う。

 もちろん、リーヴが大演習会で俺を襲った後、母子についての調査はある程度、なされていた。だが今回、ハシャーンという存在が発覚したことで、フェオレスはさらに追及の手を深めてくれていたのだ。
 その結果、なんと!
 あっさりと、その父親と思われる対象が発覚していたのである!
 さすがはフェオレスだ。リスならこうは……あ、今後は本当に冗談抜きで、こうはいかない……ごほんごほん。

 リシャーナとの関係を告白したそのモグラ男は、思った通り、俺の領地の有爵者――しかも、侯爵という高位の者だった。
 しかし思われる、で情報がとどまっているのは、なにせその男は好色な男で、現在でさえ十七名の妻がおり、過去に遊んだ女性など数知れず、リシャーナとも、単にハシャーンのおおよその年齢を考えて、それに合う時期に遊んでいた、という心当たりがあるだけの男だったからだ。当然、遊び相手の一人が自分の子供を産んでいたことなど、知りもしないし、ここ百年ほど、接触すらしていないらしい。
 つまり、そのモグラがハシャーンの父親であったところで、やはり何一つ情報をもっていないのだった。

「ジブライールは帰ったか?」
『……いえ、未だ参りません』
 ジブライール……どうしたんだろう。彼女にはモーデッドをティムレ伯のところに送り届けてから、大公城にもう一度来てくれるよう命じてあったのだが、それだけにしては時間がかかりすぎる。何かあったのではないだろうな。
「何か新しい情報が発覚した場合は、連絡を入れるよう伝えてくれ」
『かしこまりました』
 胸に片手を当てての、いつもながらの優雅な一礼。

「では、ここで一旦、切断する。次の呼びかけがあるとも限らないから、君はいてくれなくともかまわない。ただ、いつでも応答だけはできるよう、念のために誰か一人は常に通信術式の側で待機させておいてくれ」
『は。承知いたしました』
 いつものように胸を手に当て、優雅な一礼を披露してから、フェオレスの映像は消えた。

 もし呼びかければ今度は別の誰かを出すよう、と伝えたかったところだが、フェオレスのことだ。今のやりとりで気を回してくれるだろう。
 帰ったら、常に通信を受ける役目の者――通信士とでも言うべき新しい役職を、つくって配置することにしよう!

「声も映像も、想像したより鮮明だったね。君は本当に次から次へと、新しい魔術を考える」
 サーリスヴォルフが感心したような、呆れたような口調で感想をくれた。
「今は俺の城でも一カ所にしかないが、そのうち複数の場所に設置するつもりだ。そうなれば、どの部屋からでも対応できるようになる。なんなら各大公が自身の城に、一カ所ずつでもいいから設置してくれると、簡単な話し合いや報告なら、集まらずともできるようになるんだが……」
 サラッとささやかな希望を伝えておくことにした。

 もちろん、それが叶ったところで会議のすべてが通信に置き換わるわけじゃない。相手の元に赴く必要があれば、今まで通りちゃんと行く。
 だがこの通信術式を利用することによって、かなりの無駄と危険が省けるに違いない。……なんて、ダァルリースに聞かれたら、「そんな弱腰で!」とか怒られそうな考えではあるけども。

「実際、便利だな。帰ったら早速、設置してみることにしよう」
 やはりベイルフォウスの反応は、いつも通り、好意的だ。
「私もです! これで離れていても、同盟者や家族といった仲の相手と、いつでも気軽に連絡が取り合えるというものですね!」
 デイセントローズがノリノリウキウキでも、いつも通り嬉しくない。

「すごいねー。楽だね~」
 ロムレイドらしい感想じゃないか。
「直接会うんじゃなかったら、殴られないし、いいよね~」
 誰かに殴られてるのか。大公なのに。……イムレイアかな。
「でも、術式覚えて帰るの面倒だな……」
 うん……本当にロムレイドらしい感想だな。っていうか、なぜこちらをチラチラ見てくる。まさか俺に設置しにこいとか言ってるわけじゃないよな? まさか!

「じゃが、こちらの事情はおかまいなしに、いつなりと呼ばれると思うと、ある意味窮屈じゃな」
 そうは言うけど、貴女は呼び出されたところで、気が向かなかったら相手も誰でも無視しそうなんですが。
 こちらは本当に設置しにこいと呼び出されそうだ……。

「それにしても結局のところ、どこをどう掘っても出てくるのは、当人たちの情報のみ……か」
「何もわからない、ということがわかっただけじゃったの」
 ベイルフォウスの言葉に、ウィストベルが嘲笑じみた笑みを浮かべる。

「でも、何も分からないってことは、少なくともリシャーナを撃ったのは人間じゃない、ということは分かったよね~」
「なぜ、そう思うんだい? 人間には器用にも、突拍子もない魔道具を作る能力に恵まれた者がいる。そういうのを駆使したのかもしれないよ」
 ロムレイドの推測に、サーリスヴォルフが疑問を呈する。

「う~ん……でも人間の作る魔道具じゃ、そんな綺麗に跡形無く、足跡は消せないよ~。遠方から追撃するだなんて派手なことをするなら、余計にね~。器用っていったって、そこまでのものを作るのは無理だよ~。これは特殊魔術を使った魔族の仕業に違いないね~」
「随分、人間に通じたような物言いだね」
 いつになくご機嫌なロムレイドに、サーリスヴォルフが冷静な声で突っ込む。

「そりゃあ、みんなよりはね~」
 ロムレイドはなぜか自慢げに胸を張った。続いて――
「だって、僕の奥さん人間だしね~。みんなよりは人間に詳しいよね~」
 えっ!?
 人間の女性と関係を持ったと聞くだけでも驚愕に値する。それが、平均的な魔族の感覚だ。
 なのに奥さんが人間? 奥さんってことは、大公妃ってことだもんね?
 人間? 人間を大公妃に!?
 その事実を知らなかったのは、俺だけじゃなかったらしい。魔王様とウィストベルを除いて、他のみんなも多かれ少なかれ、驚いたような表情を浮かべている。
 初体験が人間の女性だったと白状したベイルフォウスでさえも!

「そうは言え、山を一つ消しておっては、あった証拠がなくなっただけやもしれぬじゃろう」
 同盟者だけあって、ウィストベルはロムレイドの家族構成について知っていたのか、特に驚いた様子もなく、俺が黙るしかないような意見を述べた。

「なんにせよ、これ以上は堂々巡りじゃない~? 進展もないし、会議を終了しては~」
 ロムレイドが飽きたと言わんばかりに欠伸をもらす。
「確かに、プートもいないことだし、情報はないしで、これ以上話し合ってもね。むしろジャーイルはプートの領地で通信術式を思いついてくればよかったのにね。そうすれば彼も今頃、この会議に参加できたろうに」
 無茶言うなよ……自分の城を出てくる前に思いついただけでも、褒めてもらいたいくらいだというのに。

 しかしそのサーリスヴォルフの言葉が呼び水となったのか――
『陛下』
 突然、金獅子の低い、割れたような声が、場内に轟いたのである。


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