古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

72 しばらく一睡もしていないので、そろそろ眠りたいものです


 俺は朝日を背に、再びベイルフォウスに借りたリンクを飛翔させている。同乗しているのは、ロムレイドとヨルドルだ。

「いいなぁ~。リンク、やっぱりいいよねぇ……」
 ロムレイドがしゃがみ込んで、竜の背をなで回している。
「本当ならこれ、僕のものになるはずだったのになぁ……姉さんに取り上げられたんだよね……。で、知らない間にベイルフォウスのモノに……」
 声には哀愁が漂っていた。

「やはりそういうことなのか。リンクはメイヴェルのものだったからな。彼女が死んだ後は、その城を継いだ君のものになっているはず……それをベイルフォウスが所有しているのを、不思議に思ってはいたんだ」
「仕方ないけどもね……弱いものは強いものに逆らえないからね」
 俺の言葉に、ロムレイドは深いため息を返してきた。よほど普段から姉に服従を強いられているらしい。

「相手が姉だろうが、嫌なことは嫌だと言っていいんじゃないか」
 俺の見る限り、確かにイムレイアの方が魔力は強いが、二人の間に決定的な実力の差はない。それほど下手に出る必要もないのじゃないだろうか。
 実姉とはいえ、大公が公爵を相手に好き勝手されている姿を見られてちゃ、配下に示しがつかないんじゃ……。普段から年の離れた妹に、散々、強気に出られている俺が言えた義理じゃないかもだけど。

「子供の頃に与えられた恐怖心ってのは、なかなかなくならないんだよ」
 わかってないなぁ、という風に、ロムレイドが首をふる。
 姉弟は二百歳以上も年が離れているそうだ。俺と妹くらいの差だろうか。
「ジャーイルってば、虐げられたことなんてないでしょ」
「ああ。俺は長男で、いじめてくるような兄も姉もいなかったしな」

 確かに、子供のときから『虐げられた』と言われるような目にあったことはない。
 父母は甘々だったし、偉そうに接してくる大人も周りにいなかった。いたところでどうせ俺より弱かったろうから、理不尽を感じれば反撃したろう。
 子供時代に特有の、ガキ大将とやらも……そもそも、俺の周りには仲の良い同年代なんて、一人もいなかったのだし……一人も…………。
 うん、寂しくなるから、考えるのはやめよう……。

「君はそうじゃないよね~? 虐げられてきた身としては、今の言葉どう思う? ムカつかない?」
 まさか自分に水を向けられるとは思っていなかったのだろう。ヨルドルはビクリと体を震わせる。
「いえ、そんな……」

 ヨルドルは俺とロムレイドに前後を挟まれるようにして立っている。魔王様と対戦して失った箇所は、またも魔王城医療班の手できれいに治されたらしく、五体満足の身を取り戻していた。
 だが、これから向かう先で、今度もまた同じような痛みと苦しみ……いいや、それ以上の絶望を味わわされるのだろうということを考えると……治療してもらえたのがいいことなのか悪いことなのか、わからない。

 ヨルドルの処遇を衆人に諮りでもすると、「殺せ」の大合唱となるのは目に見えている。かつて大演習会の場で俺を背後から襲おうとしたリーヴに対して、軍団長たちが口をそろえてそう主張したように。
 なにせ魔族の大半は、一対一以外の方法で雌雄を決しようとする者を許さないのだ。
 だから大衆は、魔王様が強奪者たるヨルドルを殺さずすませたと聞けば、激怒するかもしれない。しかし、彼の身を委ねられた相手を知れば、逆に溜飲を下げるだろう。

 魔王城で家族と別れる時も、ダァルリースは無表情を貫いていたせいで本心は窺い知れなかったが、ミディリースは泣いたのだ。「父さん」と呟きながら、彼女は泣き崩れたのだった。
 どうやら俺のいない間に、三人で話す時間はたっぷりあったようだ。
 その結果、生まれて初めて対面した父に対して、娘は肉親の情を覚えたらしかった。
 父娘を交流させたのは、よかったのか悪かったのか……。
 ただ、それもダァルリースの希望だったというから、俺が口を挟める問題ではない。

 しかし、彼を送り届けて一人で魔王城に帰るときには、きっと気が重くて仕方ないに違いない。
 なにせヨルドルの護送先で待ちかまえているのは、他ならぬプートだ。裁定を委ねる相手が寛大な俺というならともかく、脳筋の金獅子では、身体の欠損くらいで済むはずがない。
 おそらくヨルドル自身も今現在、死地に旅立つ決意を固めていることだろう。

「俺に対して異様に殺気だってたのは、強者に虐げられた怒りからか?」
「あ、いや……それは、誤解をしていたせいで……」
 ころころ印象の変わる男だな。というか、隠蔽魔術の影響なのか、憎悪を向けられているのでもなければ、とても印象が薄い。うっかり側にいることさえ、忘れてしまいそうだ。

 俺がボッサフォルトを殺した理由を、『ダァルリースを救い出すためではない。先に捕らえていたミディリースで味を占め、その母である彼女もまた、新たな虜囚とするため強奪したに過ぎない。先のボッサフォルトの轍を踏まぬ為に』と、リシャーナに信じ込まされていたことは、ヨルドル本人の口からではなく、会議の席で聞いた。
 そのリシャーナはアリネーゼ領に属するヨルドルの元へ一年以上をかけて通い、徐々に彼の信頼を得るに至ったらしい。
 こんなに頻繁にやってくるのだから、彼女も自分と同じくアリネーゼの領民であろうとヨルドルは思いこみ、確認したことはなかったそうだ。だから、実際にはどうやって通ってきていたのか、全くわからないらしい。

 いつしか気心の知れたリシャーナから、ダァルリースと娘のミディリースが、今や二人そろって俺の慰み者となっているのだと言われれば、無爵の一領民である彼にその事実を確認する術はなかった。
 実際にはミディリースが我が城で司書として働いていることも、ダァルリースが今では俺の領地で男爵の地位を得ていることも、彼は知らなかったのだ。

 もっとも、ヨルドルだって簡単にリシャーナの語る噂話を信じたわけではない。なにせ上位魔族の逸話というのは、真実からデマまで、数多囁かれている。
 しかもなぜだか俺に関しては、色恋に関する根も葉もない噂が多いしね! 熟女好きだとか、人妻好きだとか、デヴィル族もいけるだとか、男色の気があるだとか!!
 しかし最終的にはリシャーナの言葉を信じた。その一助となったのが、俺がアリネーゼに故意に流してもらった「ジャーイル大公はロリコン」という噂話だというのを聞いて、ボッサフォルトの件が解決してすぐ、真実で上書きさせなかったことを悔いたのだった。

 けれどリシャーナの思惑通り、ウソを信じ込んだからといって、弱者たる彼に何ができる。まして、今度の相手は公爵どころか大公である俺だ。
 ヨルドルは相変わらず、血の涙を飲むしかなかったのだった。
 ところがある日のこと。リシャーナがエルダーガルムを手に、ヨルドルの元を訪れた時から、状況は一変する――

「あ……ほら、あれ。プートじゃない?」
 ロムレイドが指さした彼方を見て、ヨルドルが全身を強ばらせた。
 そこにあったのは、楕円形の湖に面した丘陵。その頂上に、ぽつんと伸びる立木――それが、金色に輝く鬣を靡かせたマッチョな獅子に見えなくも――

「ぬ! そこに参るは、ジャーイルではないか!!!」
 うわぁ……間違いない。確かに金獅子だ。
 姿がはっきり見えるようになるより先に、鼓膜まで響く馬鹿でかい叫びが届くってどういうことだよ。
 どんなノドしてんだよ! っていうか、虎も獅子も意外に視力いいな!

 リンクをプート近くに着陸させ、ヨルドルは強固な結界で囲ってその場に残し、背から飛び降りた。
「やぁ、プート」
「おはおは~」
 俺と、続いて降り立ったロムレイドを一瞥し、プートは再び湖に視線を戻す。

「ロムレイドもおったのか。揃って何をしに参った!」
 さすがに常識的な声量で問いかけられた。
 どうやら視力はいいと言ったところで、見えていたのは先頭で手綱を握っていた俺の姿だけだったらしい。まぁ、角度的にもそうだよね! むしろ、俺の姿だけでもよく見えたな!

「何をしにきた、じゃないよ。誰のおかげで、ここまでやってくることになったと思ってるんだ」
 俺は心底からのため息をついた。
 むしろこっちこそ、なぜ大公たるこの俺が! 俺は大公であって、小間使いでも伝令でもないというのに! と、言えるものなら言いたい。
 魔王様の指示、命令でなければ、同位の大公の元までヨルドルを護送する、などということを、俺が引き受けるはずがない。

「む? 意味がわからん」
 でしょうね! だってアナタ、一方的に話すだけ話して、こっちのことは何も聞かずに通信切ったもんね!
 プートは俺たちの来訪など、知らずにいたのだ。けれどそれは俺のせいではない。
 そもそもこの場所だって、プートが教えてくれたわけじゃない。詳細は省くが、魔王城侍従長とプートの配下によるフォローがあったからこそ、無事、たどり着けたのだ。

 プートが鈍色のネックレスを通じ、連絡をとってきたのは、魔王様が会議を終了させようとした、ちょうどその頃。
 金獅子は、まずは魔王様が魔力を取り戻したことに対する祝辞と、約束通りに自分がヨルドルを連行しなかったことに対して詫びを入れた後、割れる大声でこう続けたのだ。

『我はこのたび、我が城の侵入に関係したと思われる者共の密集地を、あらかた壊滅し尽くしたこと、さらに我が城の再建は、この恥辱を忘れぬためにも、その跡地の一つにと考えておること、ここにご報告申し上げます』

 聞きましたか、奥さん!
 プートさんったら、侵入者の密集地を壊滅させたんですって! それどころか新しい大公城を、その壊滅させた跡地の一つに建て直すんですってよ!
 彼が言うところの密集地とは、人間の村や町、そういう規模の居住単位のことであろう。それを「そのうちの一つ」と表現したのだから、破壊の限りを尽くした土地は、複数あるということに違いない。

 こっちは大公城の後片づけとか、家族や臣下へのフォローのためとか、今後の運営を検討するために、自領に残ったんだと思っていたわけだ。
 なのにまさか城を占拠したと思われる人間たちの都市を、問答無用で滅ぼしにいくつもりだっただなんて、誰が予想しただろうか?
 けれど、よくよく考えてみればプートなのだから、言うほど意外性はない。
 他の大公たちも同様の感想を抱いたらしく、誰一人驚いてはいなかった。

 大公第一位の実力者たる金獅子は、ロムレイド同様、魔王様に魔力が戻った今、事態は解決したと考えたようだ。それ以外のこと――俺の領地で何が起きようが、その他、誰の領地のどこで何が起きようが、今後起き得ることについては各々が都度、対応すればよいことであり、今回の一連の事件と関連があろうがなかろうが、そんなことはどうでもよい、というのだから。
 いや、わかるけども……魔族の思想として、理解できるけども……。

 だからって、報告もそこそこに通信を切るとかなくない?
 俺みたいに一旦はちゃんと参内するつもりならともかく、大公城の再建でしばらく魔王城には伺えません、とか断るのなら、せめてもう少し詳細な報告をよこすべきではないだろうか。

 そんなだったから、計ったようなタイミングで〈双方向通信魔術〉を披露していたこの俺が、注目の的となったのも宜なるかなというものだった。


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