古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

73 城の再建……再建?


 プートの報告に物足りなさを感じたらしいサーリスヴォルフが、「私たちは今、双方向魔術……だっけ? その術式を実際に見たからいいけど、プートはいなかったしね。あちこちに設置したいっていうなら、ジャーイル。まずはヨルドルの護送ついでに、君自らプートに術式を教えに行ってきたら?」などと口火を切ったのが合図だった。

 その意見に、プートと直接顔を合わせたくないからだろうベイルフォウスが「いいんじゃね?」とものすごく軽く賛成し、ウィストベルが「ならばもう一度リンクを貸してやるがよい」などと後押しし、反論しようと思っていたのをロムレイドが「じゃあ自分もいきたい」と声と手をあげて邪魔し、加えて「自分も」と言い出しそうなデイセントローズをひとまず制止しようとしたら、「時間がもったいないからとにかく行ってこい」と魔王様が有無をいわさず結論づけ、俺の意志とは関係なく、プート領へ赴くことになったのだ。
 もっとも、俺としてもこれが〈双方向通信魔術〉の普及するきっかけとなるなら、というあきらめも手伝って、素直に応じた面もある。

「今度の大公城は、随分と魔王領に近い場所に建てるんだねー」
 ロムレイドの感想はもっともで、騎竜がリンクというのを差し引いても、魔王城からこの場所に至るまで、大した時間を要しなかった。もし〈竜の生まれし窖城〉が目的地だったとすると、今とほぼ同じ距離の飛行が必要だったはずだ。

 しかしそれだけ魔王城――ひいては魔王領に近いということは、大公城は自領の端に位置するということになる。
 そりゃあ領地の真ん中に城を構えないといけない、という決まりはないけれども、統治に不便はないのだろうか、といらぬ心配をしてしまう。

「以前の我が城を訪れたことが?」
 まだ新しい城も出来てないのに、もう〈竜の生まれし窖城〉は以前の城扱いですか?
「そりゃああるよ~。〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉の時なんて、奥さんをあちこち連れていってたしね~」

 ああ、人間の奥さんね。人間からすると魔族の大祭なんて、さぞ物珍しい行事ばかりだったろう。ただ、面倒や危険はなかったのだろうか……いや、ロムレイドが一緒というなら、少なくとも危険はないか。
 あちこち行ったってことは、もしかして俺の領地にも来ていたってことなのかな。

「それより、ここって町を破壊した跡って聞いてたのに、ただの絶景だよね~」
「いいや、ロムレイド。よく見ろ……湖の下は焦土だ」
 湖の畔には焼け焦げたような黒い土が点在していたのだ。
「その通りだ」
 俺の言葉に対し、プートは湖に向かって魔王立ちのまま頷いた。

「前地としてもよかったが、せっかくであるからな。窪んだのを幸いと、湖とすることにしたのだ」
 そう言われて見てみれば、丘と思った箇所の標高が高いのではなく、湖と化しているその一帯が、周囲より窪んでいるのだった。
 もともと平地にあった町を、水が張れるほど抉った結果が、この目前の景色らしい。失われた町は、かなり広大な都市であったようだ。

「ふーん。で、なんでずっと水を見つめてるの?」
「城の正面をどちらに向けるか、悩んでおるところよ」
 なんとなくプートとロムレイドって気が合わなそうだと勝手に思ってたんだが、意外と会話が成り立ってるじゃないか。

「名前は決めたの?」
「湖を正面に置けば〈焦土臨めし膂力城〉、背負えば〈血雨浴びし膂力城〉としようかと思っておる」
 前半はともかく、後半はどうでしょう! 普通、肝心な城の名前に膂力なんて単語、使う?

「まだ影も形もない段階から、そう急がなくたっていいんじゃないか? ゆっくり考える時間はあるだろう。そうだ、たとえば公募で決めるというのもありなんじゃ?」
 こう言っちゃなんだが、他者に知恵を借りた方が、プートの案よりいい名があがるに違いない。
 ところが、俺の提案はお気に召さなかったらしい。

「公募、だと?」
 地を震わすような低い声が放たれ、鋭い視線に射抜かれた。
「魔王城ですら、城名はつけられぬ。ただ『魔王城』と呼ばれるのみ! 数多存在する城の中で、ただ七の大公城にのみ、公称が定められるのだ! その、姿ある限り嘆賞される城名を、主でもない者が決めるなどあり得ぬ!」
「ああ、うん……すまない」
 確かにそうかもしれないけど……でもそれなら尚更、膂力城はやめませんか。いや、言ったら更に怒られそうだから、もう何も言わないけども。

「それより、我が元にやってきた理由が我にありとはどういう意味か?」
 プートは魔王立ちをとき、俺とロムレイドに向き直った。
 久々に真正面に立つと、プートの迫力たるや、すごい。なんたって胸筋の分厚さばかりじゃなく、単純に背もばかでかいし。
 なんならロムレイドも俺より背が高いもんだから、二人に囲まれていると、まるで俺が小さいかのような錯覚に襲われる……。
 動物とかが大きい相手に萎縮する気持ち、ちょっと分かるかもしれない。
 だが、それこそ二人とは同位の大公たる俺が、そんなことでビビっていてはいけないのだ!

「君がこっちで判明した情報を何一つ聞かずに通信を終えたもんだから、俺がわざわざ伝えにやってきたんだよ」
「む……判明した情報だと? 強奪者は拘束され、魔王陛下に魔力が戻った。それ以外に知るべきことがあるというのか?」

 俺はヨルドルによって明かされた事実と俺の領地であった事件について、概要を説明した。
 ちなみにわざわざ自分から同行を申し出たロムレイドは、途中で退屈そうにあくびをし、湖を臨んであぐらをかいて寝てしまったため、何一つ助けとはならなかったことを明言しておきたい。

「リシャーナだと? あの女がまだ存命であったとは……」
 過去に一度、関わっただけの相手なんて忘れていても仕方がないと思っていたが、どうやら記憶には残っているらしい。
「言い寄られて、すげなく断ったと聞いたが」
 俺の言葉に、プートは気を悪くしたように眉根を寄せた。
「あの女は相手がデヴィル族の大公であれば、誰でもよかったのだ。我が一位であったゆえ、声をかけてきたに他ならない。のし上がるため、強者を利用することしか頭になかった女よ。先の魔王陛下がご存命であれば、恐れ多くもその御前に身を投げ出したであろうな」
 ああ、先の魔王エルフォウンストはデヴィル族だったもんな。

「我にその気がないと思い知ると、あの女はマストヴォーゼにちょっかいをかけようとしたのだ。愛妻家である我が同盟者に迷惑をかけるわけにはいかぬ。故に、ヴォーグリムの元へ送ったのだが……」
 あの、すいません。ネズミ大公もアナタの同盟者だったと聞いているんですが、それは……。
「あ奴の愛妾になれたとするなら、尚更、生きながらえるとは思っておらなんだ」
 その口振りでは、プートは知っているのだろう。ヴォーグリムが己の愛妾たちに、どういう運命を与えてきたのかを。

「リシャーナにはまだ魔族の協力者がいると俺はふんでいるんだが、誰もそんなことは気にならないらしい。全土をあげての捜索は必要なしとなって……」
「さもあらん。あのような弱者を魔王大公が揃って追うなど、あり得ぬことよ。魔王陛下に魔力が戻り、強奪者に罰が下されれば、それでよい。もっとも――」
 プートは視線を湖から、俺に移してきた。
「我がそなたの立場なら、あの女の捜索と処罰に手は抜かぬがな」
 ああ、そうだろうとも。その言葉が冗談でも大げさでもないのは、今この場に立っていればわかる。

「だが、まさかその女のことを伝えに、わざわざやってきたわけではあるまい。大公は伝令ではないのだからな」
 ですよね!
「俺がやってきた理由は大きく二つ。一つは俺の考案した〈双方向通信魔術〉の設置のためだ」
「そう、それそれ」
 寝ているとばかり思っていたロムレイドが立ち上がる。会話はちゃんと耳に入っていたらしい。

「それを見に、僕も来たんだよ~」
 確かにロムレイドがここにいるのは、「通信術式を自分の城に設置したいけど、一回見ただけでは覚えられなかったから、もう一度見るためについて行きたい」と言ったからだが、本心はリンクに乗りたかったからじゃないかと邪推している。

「双方向通信魔術? なんだそれは」
 プートは俺とロムレイドを、怪訝な表情で見比べた。
 それはそうだろう。彼には聞いたことも見たこともない固有名詞なのだから。
「魔王大祭の時にあちこちに設置した、映像転写魔術を覚えているだろ?」
「うむ。あれではパレードをよく見たものだ。アレスディア殿が輝かんばかり」
「あれは!」
 プートが饒舌になりそうな気配を察したため、強引に遮った。

「一方の映像を流すだけだったが、それを応用したものとして、通信術式というのを考案した。それがあれば映像と音声を、設置した双方からやりとりする事ができる。つまり」
「つまり! アレスディア殿と離れた場所にいながら、いつでも愛を深められるということか!」
 深められないわ! っていうか、アレスディアの部屋に設置する予定なんかないわ!

「ならばとっとと設置するがよい!」
「ならばじゃないけど設置するよ!」
 多少イラつきながら、負けじと声を張り上げてみた。
「だが、設置場所は固定されるからな。さすがにこんな何もないところに術式を展開しても仕方ないだろう。引っ越すにしてもしばらくは前の大公城に住むんだろうから、一旦はそちらに設置して……」
「以前の場所にはもう帰らぬ!」
「え? でもまだ住む場所が……」
 いくら魔族といったって、城を築くのには数十日はかかるよね?
 それとも近くの城を借りたりするのだろうか。

「あれだ!」
 俺の疑問に答えるように、プートはゴリラ腕をすさまじい速度で振り、自身の背後を指さした。
 示された方向に目をやって、俺は二の句を失う。北北西の彼方から、空を渡ってくる黒い塊を目にしたからだ。


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