古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

74 プートさんの移築計画


 進路をとる魔族を乗せた十数頭の竜。それが密集してこちらに向かってくる、その姿。

 いいや、俺だって、竜がただ群をなしてやってくる、というだけなら驚きはしない。自身、一団を率いて飛んだ経験もある。
 けれど今、こちらに向かってこようというその集団は、単に姿を連ねただけのものではなかったのだ。
 天を覆い隠すほどの黒い団塊――それはかつての大公城――〈竜の生まれし窖城〉にあった城の一棟を、そっくりそのままで浮遊させて運んでこようとしている、その姿だったのだ!

「あれに見える居住棟をはじめ、いくつかの建物はそのまま運ばせておる最中よ。本棟は崩れた故、新築する予定だ」
「わ~すご~い! さすがは大公プートだねぇ!」
 は?
 いやいやいや、さすがはプートっていうか……発想がえげつないわ。

 確かに「もうこの城ごと持っていけたらなぁ~」なんて、つい口をついちゃうかもね。
 それを実行するにしても、解体してだとか、そのままでも地面を引きずってくる、とかいう方法でなら、まだわかる。
 けれどそっくりそのまま宙に浮かせて運ぶだなんて、思いついたところで誰が実行しようというのだろうか?
 だって小さな家ならともかく、部屋が何百もあるような、巨大な石の城だよ?
 単に浮かせるだけでも、どれだけの魔力がいると思っているんだ!

 運搬役は当然、有爵者だろうが、城を持ち上げるためにはずっと魔術を発動させたまま、かつ、他の連中とも息を合わせて竜を駆らないといけないよね。交代制をとったところで、絶対しんどいよね。
 その上、万が一、バランスを崩して落としでもしたら……とか考えると、もう生きた心地がしないんじゃないだろうか。
 命がけの行軍じゃない? これ。
 プート……鬼畜にもほどがあるだろう。

「あれが到着し次第、我が寝室にその術式とやらを展開するがよい」
 いやいやいや。寝室にって、さっきのは冗談じゃなかったのかよ。
「言っておくが、アレスディアの部屋とはつながらないぞ」
「どういうことだ?」
「説明したろ。〈双方向通信魔術〉を設置するのは、公的な連絡を取りやすくするためであって、私的な交流のためじゃない。術式の展開にはそこそこ魔力も要するし、さすがに個人の部屋に設置する余力は、今のところないぞ」
「なんだと!」
 プートさん……そんな血走った目で睨まないでもらえないでしょうか。

「通信には個別の認識文様が必要なこともあるし、今のところ、個人使用には向かない様式だ。それでもどうしてもというなら、手軽な術式への改良を施してくれ。そうして是非、俺にも教えてくれよ」
「むぅ……」
 術式の応用が不得手という自覚はあるらしく、プートは太すぎる腕を張り出しすぎな胸の前で組みづらそうに重ね、無念そうに唸った。

「それで?」
「それで、って?」
「もう一つの用件は何なのだ!」
 とりあえず、自室への設置はいったんあきらめてくれたらしい。
「あぁ……。実は、ヨルドルを連行してきた」
「なに?」
 地を這うような低音――ビリビリと、空気が震える。
 ただでさえでかい巨躯が、怒気をまとってよけい膨らんだように見えた。

「我が城を占領した卑怯者を、再びこの地に連れて参っただと!?」
 うお……至近距離で急に怒鳴りだすのやめてくれない? 鼓膜が破れるかと思ったんだけど!
 うたた寝しかけてでもいたのだろうか、耳をふさぎ損ねたらしいロムレイドが、目を白黒させている。

「つまり陛下は卑怯者を処刑する権利を、我に譲ってくださったというわけか!」
 怒気が喜色に一転する。『強者の沙汰と秋の空』とはよくいったものだ。
 さっき、ヨルドルを一緒に連れて降りないでよかった……プートの前に姿を見せた途端、問答無用で消し炭にされのではたまらない。

「ならばなぜ、姿を見せぬ! どこにおるのだ? まさかこの期に及んで、姿を消しておるのではなかろうな!」
 プートが周囲を見回して巨体を左右にふるたび、逆立った鬣が団扇のように風をそよがす。
「いや、さすがに自由にはさせていない。それはともかく、引き渡す前にその処遇のことで、相談があるんだが……」
 その時――

 後頭部がチリチリと逆立つ気配がした。
 俺たちがプートの城を振り返った隙を狙ってのことだろう。
 リシャーナを撃ったのと同じ性質の光線が、再び竜――リンクを目指して、背後から伸びてきたのである。にもかかわらず直撃前に気づけたのは、リシャーナの頭部を消し去るのが精一杯の細い光線に比べ、今度の光線が遙かに野太く、存在感を醸し出していたからかもしれない。
 そう、今度の攻撃は、竜の体躯を覆ってあまりあるほどの光量を誇っていたのだ。
 故に――

「ぬ!」
 大公一位の実力は、伊達ではない。プートが攻撃には背を向けたまま、反射的に土壁を築く。
 しかし光線はそれをも抉り、リンクに届いてその巨体を弾き飛ばしたのだった。
「あああああ! 僕のリンクがっ!!」
 ロムレイド……残念だが、君のリンクではない。

 それでも彼は護ろうとしたのだろう。リンクが跳ね上がった上空に、防護結界が張られる。
 柔軟性を与えられたそれは、本来なら触れたモノを優しく受け止めるはずだったのだろう。だが――
「え、なんで!?」
 リンクは結界に触れてゴム鞠のように跳ね返り、水しぶきを派手にあげて湖に墜落したのだ。

 一方、プートはすぐさま反撃に転じる。
 前回の俺がそうしたように、光線が撃たれたであろう方角に向けて、強烈な一撃を放ったのである。

「獅子の咆哮!」

 口を大きく開き、技名だろう言葉を叫びあげる。牙の間を縫って、天空を震わす音速の衝撃波が放たれた。その直線上になくとも、余波で肌が粟立ち痺れるほどの、すさまじい攻撃――
 それと同時にいくつかの影が、湖に面した荒れ地から一斉に飛び出し、主の攻撃を追った。
 いつもながら、プート配下のこの、自然と統制がとれている感じは素直にうらやましい。

「今の攻撃――」
「うむ。おそらく我が領内のうちからであるな。であれば、たとえその場からは姿を消していようが、我が配下が攻撃手を突き止めるであろうよ」
「それは……頼もしいな」
 今までもなんだかんだで、プートの配下は結果を出しているからなぁ。

「ああああ~僕のリンクがぁっ~~!!」
 うん。だから、君のリンクではないけどね。
「安心しろ、ロムレイド」
 悲痛な声をあげ、水際から湖をのぞき込んでいたロムレイドの肩を叩いて下がらせた。
「ジャーイル?」
「俺がなんの対策もしていないと思うか?」

 リンクはベイルフォウスからの借り物だ。失うわけにはいかない。
 リシャーナを撃った相手もわからないまま、さらにヨルドルを乗せて移動している以上、一応、安全対策は施してある。
 リンクの表層二メートル圏内で特定外の魔術・術式を関知するや、強固な防御結界を自動生成し、跳ね返す術式。それを竜具に刻んであるのだ。
 ロムレイドの結界に跳ね返ったのは、その反発が手伝ってのことだった。しかしそれがなければそもそも最初の攻撃で、リンクの全身が消滅していたろう。

 俺は承認済みの術式を組み込んだ三層五十五式一陣を展開し、湖からリンクをすくい上げる。
 その巨躯を地上に降ろすや、鎌首さえもたげない竜の生死を危ぶんでだろう、ロムレイドが駆け寄った。
「よかった、生きてる~。気を失っているだけみたいだ!」

 だろうね。俺の結界で護られたリンクの巨体は、生きているどころか傷一つついていないはずだし、水にさえ濡れていないはずだ。鳴き叫ぶ声一つあげなかったのは、最初の衝撃で気を失ったかららしい。
 当然、その背にいたヨルドルも無事に決まっている。もっとも皮膚から常に一定の距離を保って、防御結界が生成されるリンクと違い、その背にさらに小さな結界を作って乗せただけのヨルドルは、竜の鱗と周囲の壁面のうちをボールのように弾かれ転がって、怪我くらいしているかもしれない。
 今度も二撃目はないだろうと思いつつも警戒は怠らず、リンクに登る。

「無事だったか」
「はい……」
 予想と違い、その背に怪我一つ負わず座っているヨルドルを見て、そういえば反応のいい男だったと思い至った。
「ならば、いよいよ覚悟を決めろ。プートにご対面だ」
「……はい」
 ヨルドルは青ざめた表情で、張りつめた雰囲気のまま頷いた。


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