恐怖大公の平穏な日常
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75 お城に術式を設置しましょう!
そんなこんなで今、俺の目の前には巨大な城がそびえ建っている。
ここに至るまで、いろんなことがあった。ヨルドルの姿を認めたとたん、プートが殴りかかってきたりだとか。それが単なる打撃なら放っておいたが、いつもの魔力をまとった強力なやつだったので、俺が獅子の拳を自分の手で受け止めて、骨まで痛くなったりした。ひとまず処断は待ってほしい、とお願いしてみたうえで、リンクにまで攻撃が当たったりしたらベイルフォウスに顔向けできないと言ってしまったのがやぶ蛇で、そんなこと知るかと怒鳴られたりだとかもした。その間も、ロムレイドはリンクを護るのに余念がなかった。結局プートさんったら、ヨルドルの首を絞めたので、彼は気絶している。一悶着どころの騒ぎではなかったのだ。
だが、あれやこれやも――かつて〈竜の生まれし窖城〉にあって城主の居住棟であったろうその城、今後も新しい大公城にあってそうありつづけるのであろう城の威容が目の前に近づいてきたとき、すべて横に置いてしまわずにはいられなかった。
だって!
プートの配下たちったら、魔術で浮かしているとばかり思っていた城を!
肩で! 担いできたんだもの!!
目を血走らせ、肌のあちこちに血管を浮かび上がらせ、赤い顔で鼻の穴をいっぱいに広げてフーフーいいながら、両手と両肩、なんなら背中を土で湿った床底に当てて、さも力であげてますと言わんばかりの様態でやってきたんだぞ!
いや、そりゃあ、ホントに筋肉だけで持っているんじゃないのはわかってますよ? でも、俺が思うより筋肉頼みだった!
多分、プートがよくやる……っていうか、さっきもやったあれ――筋肉に魔力をまとわせて増強し、殴ってくる例の脳筋っぽい攻撃と同じやつだと思う。
もう無事に丘の上に設置されるまで、言葉も忘れてハラハラしどおしだったわ!
その上なんとか一仕事終え、それでもにじませた疲労を隠せず片膝をついて、滝のような汗で着衣をビショビショにして頭を垂れる配下たちを前に、プートは無慈悲にもこう仰ったのだった。
「疲労をにじませるなど、鍛錬が足りぬ!」
「申し訳、ございません……ゴホッ」
咳き込んだのが憐れだった。
俺はこれまでプートの領地に属してこなかった偶然に、これほど感謝したことはない。
「あー、では早速、通信術式の設置を……」
「中には我が妻や子等がおる! 同盟者でもない者共を、正面より招く訳にはいかん!」
え、中に居住者が乗ったまま、運ばせたの……?
あんな状態で運んできたのに、奥さんとかお子さんたち中にいたの?
っていうか、城に入れてもらえないなら、俺たちがここでおとなしく待っていた意味は?
ごめん、いろいろあり得ないんだけど……。
「だがジャーイルよ! そなたがこの際に我が同盟者となるというのであらば」
なるほど!
「設置場所は屋内であればいいんだ。玄関脇に控えの間くらいあるだろ。そこでも駄目なのか?」
同盟って、その場のノリで簡単に組めるものじゃないよね!
しかもその理屈だと、仮に俺がここでプートと同盟を組んだとして、それで居住棟に入れるのは俺だけってことだよね!
いや、ヨルドルはいいとしても、ロムレイドも外で放置するってことなんでしょうか?
っていうかプートさぁ……アレスディアのために俺と同盟を結ぼうだなんて、いくらなんでもいきすぎじゃなかろうか。
「よかろう。ではジャーイルよ、ついてくるがよい」
プートがバッサとマントを翻したとみるや、へたばっていた麾下が疲労を振り払うように立ち上がり、胸筋をそろえて整列する。
そのうちの一人の肩で蠢くミミズの姿が目についたが、俺には何もできなかった。取ってあげられなくてすまない! でもミミズは苦手なんだ!
「あ、僕もいく~。リンクのお世話もよろしくね~」
通信術式を覚えるという名目でやってきている以上、さすがにロムレイドもリンクにかかりきりで終わるつもりはないらしい。
この場合、気絶しているとはいえ、ヨルドルは置いていくのが正解だろう。ムッキムキのプート麾下もいることだし……。
そうして招かれたのは、屋敷の側面にある扉を入って二つ奥にある、絵画が一つ飾られたきりの他は絨毯が全面に敷いてあるだけの、質素倹約を体言したような小部屋だった。
普段、使われているような感じはない。
「ここでいいんだな?」
「その術式は一つの城に一つしか設置できぬという訳ではないのだろう? ならば、ここは予備とする故かまわぬ」
「承知した。じゃあ、やってみせるから、よく見て覚えてくれよ」
俺はものすごくゆっくり術式を展開した。
だというのに……。
「ふむ、わからん!」
堂々と言われた時の脱力感よ――
「展開図を作るよ……」
プートが術式の構築が得意でないだろうことは、常々察している。だからこそ、マーミルたちに術式を教える時よりも、もっとずっとゆっくり展開してみせたのだ。
言葉で表現するなら、ゆーーーーーっくり! だ!
なんなら、いつもならしない解説まで丁寧に入れた。
なのに、そんなあっさり「わからん」の一言で済まされるだなんて……。
術式の記述は、ある意味面倒だ。
もちろん公文書館の魔術大全に追記するつもりでいたから、後で筆記するつもりではいた。
この通信術式の構造自体は単純なのだ。だが、層を一つずつ定着させる必要があり、設置に一手間かかる。それを記述するのは、なお面倒だ。
さすがの俺でも、それをちょちょい、とは書けない……。
「机を借りられないか? あと、ちょっと時間がかかると思うけど、いいかな?」
「いや!」
は?
え?
い・や!?
今、「いや」て言った? 「いや」って言ったか、この男!?
なら自分がもっと覚えることに必死になるか、覚えられるであろう配下を同行させとけよ!
「じゃあ、必要があれば魔術大全を参照するんだな。言っておくが、本棟が完成した頃にもう一度こいだとか、そういうのは受諾しないからな」
さすがの俺もイラッとして、そう言ってしまった。
だってそうだろう?
これでも俺だって大公なのだ! 便利に呼ばれてなどやらないのだ!
「ふむ?」
おい、まさか……本気で呼びつけるつもりだったのか?
「あ、今のでもちろん、僕もちゃんと覚えきったけど、さすがに僕だって、便利にお手伝いとかしてあげないからね~」
「そなたのことは、最初からあてにしておらぬ!」
「え~。それはそれで、なんか寂しい……」
存外面倒くさいな、ロムレイド……。
「あのヨルドルという男は、今の術式を覚えておるのか?」
「いや。だが、説明すれば理解はできると思う」
ヨルドルは、ベイルフォウスも認めた術式の妙手だ。俺が魔王城に通信術式を設置した時にはその場にいなかったが、彼ほどの魔術の知識があれば、詳細な展開図はなくとも口語で覚えられるだろう。……多分。
「よかろう。真に覚えられるというのなら、その術式を設置させるのに使役してやろう。弱者を処断するのは、いつなとできる。それに殺す以前に、あの男には利用価値があろうよ」
えっ! なに今の含みのありそうな発言!
利用価値!?
プートがそんなことを考える、だと!?
「それでいいのか、プート」
「さっき、そやつがボソボソ言っておったろう。リシャーナの血統隠術……呪詛に関わる特殊魔術のなんたらと」
「え、ああ……」
「魔術を全とする魔族として、それも追求すべきであろう」
かつて、我が城の宝物庫に勤めていたヒンダリス。リシャーナを崇拝していたと思われる彼が、俺を襲った後に絶命したという事件。
医療班が解剖した結果で、その死因が呪詛であることが判明している。そして、リシャーナとデイセントローズが同様の血統隠術を保持していると思われる、というような説明をしたときに、気を失う前のヨルドルが、そもそも特殊魔術というもの全般が、表層に出ている特徴は補助的な役割のものであり、本来隠された効力が別にあって……みたいなことを、ほとんど呟くように話したのだった。
かなりの小声だったというのに、あれを聞いて、しかも興味をもったっていうのか! プートが!?
「……なんだその顔は。そなたは私をなんだと思っておるのだ」
「あ、いや……」
すみません。正直、頭蓋骨の中身は全部筋肉なのかと……ごほっ。
「それに、殺すのであれば相対したそのときに果たせているべきであったのだ。奴が魔王陛下の魔力を得ていた、そのときにな」
え、あ、うん……その時に殺していたら、魔王様に魔力返らなくて駄目だったんだけども。
「処断とはいえ、弱者を一方的に嬲って亡きものとするなど、強者の振る舞いにあらず。少なくとも、我はそう考える故、主義に反する」
つい今さっき、相手が死にそうな勢いで殴りかかってきたことについても、敢えてつっこまないようにしよう。
「それにそもそも、我は本棟新築を急がねばならぬ。そのため、魔術の構築が得意な築城要員が、かなりの数、必要である」
なるほど……とりあえずはこき使う、と。
処断を待ってほしいといっておいて何だが、まさかプートがそんな寛容な対応を示してくれるとは思っていなかった。
「もっともあの程度の筋肉では、就業中に命を落とさぬとも限らぬがな!」
ヨルドル……万が一、生き延びたとしても、マッチョになってそうだな……。
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