古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

76 いくらのんびりしているといっても、程度があるのではないでしょうか


 今までの対応で予測していたことだが、ヨルドルは、術式の定着方法をちゃんと把握していた。
 というのも、なにせ術式の定着については、俺が発案した新規の術式であるため――自慢している訳ではない。本当だ――、使いこなせる者の方が稀なのだ。
 ヨルドルの術式へのこの理解の深さに魔力が伴ってさえいれば、かなりの強者になったろう。
 彼はほとんど口頭説明のみで、設置方法が面倒な通信術式について、理解を示したのだった。

 そうなるとロムレイドが同行していたのは、プートにとって幸いだった。というのもヨルドルの籍は、結局のところ、ロムレイド領から動いていなかったのだから。
 さすがに築城の労働要員として、長期間使役するというのなら、他領に属しているままでは具合が悪い。
 そこで「ヨルドルの身柄をもらい受けたい」とプートが願い出たわけだが、対するロムレイドの返答は「どうぞどうぞ~」という、ごく軽いものだった。  当然、ヨルドル本人の意思が問われることはない。
 そう決まったところで、俺とロムレイドはプート領を辞することにしたのだった。

「ま、さすがにプートだって城が完成したから即処刑、とはならないだろう。時期を見計らって、君の身柄についてはもう一度話し合ってみよう。それまで生き残れるよう、せいぜい頑張れ」
 俺が肩を叩いてそう言うと、ヨルドルは怪訝な表情でこちらを見てきた。

「なぜ……ですか?」
「なぜって、なにが?」
「自分は勝手な思い込みで、本来、恩人とも言うべき貴方を逆恨みし、魔族の道にもとる凶行に及びました。それを、許すと仰るのですか……」
「許すもなにも……君のしでかしたことは魔族社会にとっては一大事だし、だからこそ対峙もしたが、それもまあ、一応決着はついたからなぁ。俺の立場でなにかする必要も権利もないだろう」

 確かに俺への当たりはキツかったが、だからといって俺自身がヨルドルに魔力を奪われたわけでも、彼がきっかけで住んでいた城を失ったわけでもない。その上、彼の領主でさえない。
 目前の敵意に容赦はしないが、環境や状況が変化した後まで憤恨をひきずって、いつまでも殺伐としているのはごめんだ。なにせ俺は、できるだけ平穏に暮らしたいと、常々思っているのだから。
 だがヨルドルは、訝しげな表情を崩さなかった。

「その、それは妻……ダァルリースやミディリースに対する格別のご配慮あってのことでしょうか……」
 ちょっと待て。
 二人のこれまでを思うと、確かにいたたまれない気持ちにはなる。今回のことにしても、ようやく母娘二人で穏やかに暮らせると思った途端、これだ。せめて彼女たちがこれ以上、嫌な思いをしないですむよう、領主としてできることはしてやりたいと思ってはいる。
 とはいえ、積極的にかばっているわけでもないのだから、それほど親切な対応でもあるまい。だというのにヨルドルは、切なげに唇をかみしめたのだ。
 さすがに俺も、学習した。これはあれ……この期に及んでも、まだ激しく誤解されているに違いない、と。

「言っておくが、俺は本当にボッサフォルトとは違うからな! 確かに二人とも、俺の大事な配下だ。が、特別な好意は抱いていない。己の領民には心安く暮らしてもらいたいと願っているだけで、それは母娘に懸想していて特別気を配っているとか、そういうわけじゃないんだからな」
 気がつかなかった場合は仕方が無いが、今後、誤解を生みそうな場面では、きっちりただしていこうではないか!
 特に性癖的なことはこまめに!
 もう一度言う! さすがに俺も学習したのだ!

「ジャーイル、早くいこうよ~。僕もそろそろ家に帰って、奥さんの膝でゆっくり眠りたいよ~」
 ……疲れたから帰りたい、だけでいいのじゃないだろうか!
 誰とどうするとかいう情報は、いらないのじゃないだろうか!

 そんな訳で俺はロムレイドと共に、再び魔王城へ戻ることにしたのだった。
 その帰りの操竜を任せると、ロムレイドはご機嫌に鼻歌まで歌い出したではないか。

「あ、そうそう! うちの奥さんといえば……」
 惚気だったら耳を塞ごう。
「ジャーイルに言われていた、出版社? だっけ。奥さんと一緒に調べにいってみたんだけど」
「『君は知っているか!?』シリーズの?」
「そうそう、それそれ」
 なぜ、妻同伴……。愛妻家だとでもいうのか。
 ……いや、人間を妻にしている時点で、愛妻家なのだろうと言われれば、そうなのだろうが。
「なんにもなかったよね~もぬけの殻って言うの? 事務所と印刷工場とか言われてた場所の数カ所に行ったけど、どこも建物が残ってるだけで、中は埃しかなかったよね~。引っ越したみたいだよ」
 ……は?
 え?

「なにもなかった? 何カ所もいって、全て?」
「うん、なかった~。ほんとにがらんとしてたよ~。うちの奥さんが割と細かいことによく気付く人だから一緒にいってもらったんだよね。奥さんが言うには、人間が引っ越しをしたのなら、その事実はある程度、たどれるのが普通だって。特に工場の方、床の状態から大きな機械がいくつか置いてあったはずだっていうんだけど、それもなくなってるのに、動かした時の形跡がないんだって。結構な数の人間たちが働いてたらしくって、聞き込み? もしてくれたんだけど、その従業員? 彼らも全く事情を知らなくて、一夜にして全部なくなったっていうらしいんだよね。割と周りに他の建物とかもある場所なのに、運び出した形跡も目撃者も全くないって不思議がってたよ。でも、さっきのプートのをみて思ったんだけど、夜中にこっそり、魔術で浮かして運び出したのかもしれないね~」

 ロムレイドがあっけらかんと言う。
「そりゃあ、魔術でなら不可能ではないだろうが……」
 だが、人間の魔術師にできることはたかがしれている。
 そもそも、魔術師と呼ばれるだけの魔力を持った者は、彼らの人口比率からするとごくごく少数であり、その実力も、今のマーミルをしのぐ者すらほとんどいまい。

 魔族が本を作る際は、その製本行程の多くを魔術で行うため、割と簡単にできるのだとか。一方、人間たちが本を作るとなると、そう簡単ではないらしい。彼らが使う馬車の荷台ほどの大きさの機械を何台も用いて印刷し、製本されると聞いたことがあるのだ。
 その工場とやらの広さは知らないが、あれだけの本を定期的に出版しているんだ。製本工場にあっただろう機械は、一台や二台ではないだろう。
 それを、いかに夜中のことだったとして、誰にも目撃されず、なんの形跡も残さず、すべて一夜で跡形無く運び出してしまうとなると……。

「いなくなった人間もいたんだろう? 経営者とか……」
「もちろん、いたらしいよ~。でもいなくなったのは全員、もとから地元出身者でもなくて、誰も素性を知らないんだって~。でね、その印象も薄くって、あんまり覚えてないっていうらしいんだよね~。何人いなくなってるのかもわからないし、名前だって覚えてないんだって~。そんな前のことでもないのに。それも変だって奥さんは言ってた~」
「いつの頃だって?」
「あ~。なんかねぇ、見せてもらった本が出て、割とすぐ後くらい? あ、そういえば、あの本返さないとね~」

 確か『君は知っているか!? 幻の聖宝具~武器編~』が出版されたのは、40日ほど前だったはず。それからすぐというと、今回の事件が起きるより以前の話だな。
 ヨルドルが隠蔽魔術を使った可能性は……いや、それならそうと白状していただろう。そもそも彼は、本については何も知らないようだった。
 移転現場を見た者はいたが記憶を抹消させられた、もしくは運び出したのではなく、転移魔術を使って一気に移動させた……。可能性が高いのは、このあたりだろうか。

 しかしどちらも、それほど簡単な魔術ではない。使い手を選ぶ。
 転移魔術を使ったにせよ、浮遊魔術――まさかプートと同じ手を使うはずはあるまいし――を使ったにせよ、行ったのはリシャーナではあるまい。
 彼女の魔術に対する知識は、それほど大したものではなかったからだ。
 リシャーナやリンクを撃った攻撃とあわせ考えても、やはり彼女にはまだ見ぬ魔族の協力者がいるようだ。
 もしくは、そちらが真の首謀者か……。

「つまり、所在不明ってことだな?」
「そういうこと~。残念だよね~」
 さして残念でもなさそうに、ロムレイドはにへらと笑う。
「……それ、魔王城での会議の時に言っておくべきだったんじゃないか?」
「あ~~」
 ロムレイドは肉球のついた大きな手で、器用に頬をかいた。
「うっかりしたよね~」
 ……もしかして、ロムレイド自身より、その細かいところに気付く奥さんとやらから話を聞く方が、はかどるのではないだろうか。いや、さすがにそんなことはしないけども。

「ところでさぁ~。このまま、僕の領地に行ったら駄目かなぁ」
「……駄目だろう」
 プート領からロムレイド領に行くには、魔王領からベイルフォウス領のどちらかを通らないと行けないというのに。
「駄目かぁ……」
 ロムレイドはあからさまに肩を落とした。

「ベイルフォウスに交渉してみたらどうだ? リンクを返してくれないかって。案外、あっさり譲ってくれるかも……」
「ホントに、本気でそう思ってる?」
「……いや、すまない……」
「だよね~。やっぱり、もっと強くならないと駄目ってことかなぁ……」
 うん……不穏な台詞な気がするが、気がつかなかったことにしておこう。


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