古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

77 久々の大人の身体……だからって!


 魔王城に到着したのは、夕刻前だった。
 リンクを竜番に預け、ロムレイドと別れて執務室に向かった俺だったが、魔王様はいなかった。
「休息をとっておいででして……久しぶりの大人の身体ですので……」
 人の良さそうな侍従長が、申し訳なさそうにいうので察した。
 そう! 魔王様が今まさに、ウィストベルとのまったりした休息をとっているのだろうことを!

「そうか……まぁ、久々の大人の身体だもんな……」
「申し訳ありません……」
「いや、気持ちはわかるよ……」
 確かに気持ちはわかる。わかるけど、魔王様……!

「大公閣下もお疲れでしょう。西の宮をご用意しております。御家臣方もご一緒されますか?」
 魔王城王区〈西の宮〉は、高位魔族の滞在に備えた迎賓館だ。俺の御家臣方というのは……うん、今、この魔王城にいる我が配下といえば、ミディリースとダァルリース母娘とリーヴ――ハシャーンは、配下というにはちょっと、なぁ……。
「いや、帰るよ。報告は通信術式があることだし、対面でなくともいいだろう」

 魔王様の魔力が戻ったこと――その実行犯であるヨルドルを捕縛し、直接の対峙を経て、身柄がプートに移管されたことで、魔族社会的には〈魔王様の一大事〉については、一応の決着がついたとみなされた。
 以後は『大公本人の魔力が不当に奪われる』という状況にでも陥らない限り、個人の問題――プートの所領で起きたことはプートの問題、俺の所領で起きたことは俺の問題、という認識なのだ。
 つまりリシャーナ、まして人間のことが気にかかるというなら、俺個人で対処しろ、といわれているわけで、であらばもはや魔王城に長居をする意味などないのである。

 俺だって休息をとりたい! いや、魔王様と違って、ほんとにほんとの一人での休息だ。なら魔王城(ひとんち)ではなく、とっとと帰って自分の部屋でゆっくり休みたいじゃないか。
 だってもう何日、ちゃんと寝てない?
 この俺が! 睡眠を大切にしているこの俺が!
 立て続けの事件と会議と移動で、最後にぐっすり寝たのはいつだったか、もう思い出せないくらいなのだから!

「その通信術式により、最前、〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉よりご連絡があったようですが」
「大公城から? 家令からだったか?」
「いえ、通信主は副司令官殿であったそうです。ですが、ジャーイル閣下がいらっしゃらないことをお伝えすると、直接ご報告申し上げると仰り、言伝(ことづて)はなかったとか。今すぐ連絡されますか?」
 副司令官――フェオレスからか。
 なんだろう。リシャーナの新しい痕跡でも見つかったのかな。

「連絡があったのはいつ頃だ?」
「閣下がお出かけになられてすぐです」
「それならもう今は大公城にもいないかもしれない。俺も城に帰るし、報告は直接、受けることにするよ」
「かしこまりました。では家臣方は竜舎に向かわせるよう、手配いたします」
「ああ、頼む」
 さすが魔王城の最高官職である侍従長だ。察しがよくて助かる。

 母娘らを迎えにいかなくていいというので、俺は執務室を出、竜舎への移動のため、四阿に向かった。
 竜舎から頂上への時間短縮の目的で造られたこの四阿には、移動術式が中央に設置されている関係で、一辺を開口部とし、三辺に内側に向く長椅子を備えている。
 別々の竜で来て待ち合わせた時なんか、座って待っているのに丁度いい。

 ちなみにこの四阿の柱にも夜光石が使用されているので、灯がなくとも夜でも困ることはない。
 そうだとも……日が落ちていても、誰かがいれば、一目で判別できる。今も暗がりの中、ヴェストリプスを携えたベイルフォウスが、偉そうに足を組んで座り込んでいるのがすぐ知れたように。

「こんなところで珍しいな。誰か待ってるのか?」
「お前をに決まってるだろ」
 ああ……リンクを返さないと、ベイルフォウスも城へは帰れなかったろうしなぁ。

「リンクを貸してくれたおかげで、行き来が早く済んで助かったよ。ありがとう」
「わかってると思うが、お前が城に帰るのまでは貸してやらんぞ」
「そりゃあもちろん、わかってる……まさか、俺がリンクを我が物顔で大公城まで乗って帰ると疑って、わざわざ釘を刺すためここにいるんじゃないだろうな」
 そんな図々しい性格をしていると思われたのなら、心外である。

「まさかそんなことは思ってもいない。今から帰ったって、着くのは夜中になるだろう。だから明日にしたらどうかと意見しにきただけだ。俺も今晩は野暮用でな。明日じゃねぇと帰れないんだ」
 え……まさか自分の兄上がウィストベルに夢中でかまってもらえなくて、一人で晩ご飯を食べるのが寂しいから、俺に付き合えとか言い出すんじゃないだろうな。

「なんだよ、その変な顔」
「いや、なんか……我ながら気持ち悪い想像してしまっただけだ。気にしないでくれ」
 咳払いを一つ。
 にしても、「変な顔」てどういうことだよ。せめて「怪訝な顔」くらいにしてほしい。

「侍従長も部屋を用意したと言ってくれたが、やっぱり帰るよ。今休むと、疲れもあってだいぶ寝込みそうだ。どうせなら、自分の部屋でゆっくり休みたいしな」
「そうか、なら……」
 ベイルフォウスが懐から何かを取り出し、こちらに放り投げてくる。
 それは、手のひらに収まるような、液体が入った小さな小瓶だった。
 濃い飴色をしている上に、大きなラベルが貼られているので、色の判別ができない。

「オロローン、ガット……? なんだ、これ」
「疲労回復薬だ。効果は、お前も見たろう。強奪者で実証済みだ」
 確かに、ヨルドルが魔王様と前地で対峙した時、魔王城医療員が彼の負傷を治療するため、飛び出していったが、その時、こんな風な小瓶を飲ませていたような気がする。
「確かに治療の終わったヨルドルが、急にすっきりと、気力まで回復したように見えたが、これのおかげだったのか」
「そうらしいぜ」
「へぇ……」
 身体の疲労を回復したついでに気力も回復したのか、それともそもそも気力の回復にまで働きかける効果があるのか。
 どちらだったとして――

「せっかくだけど、城に帰るくらいの体力は残ってる。遠慮しておくよ」
 自領の医療班の作成した薬でも、ちょっとやそっとのことじゃ服用しないのに、魔王様のとはいえ、他領製の薬を飲む気にはなかなかなれない。
 ただ単に、ちょっと眠たいだけのことだし。
 ……いや、かなり、かもしれないが。
 俺はその小瓶を返そうとしたが、ベイルフォウスは受け取らなかった。

「そう言うな。万全の体調になってもらわねぇと、面白くない」
「面白くって、何が?」
「言ってたろう。ヴェストリプスとお前の魔剣とで、手合わせをしようって」
 いや、確かにそんなことを言ってたけども……。
「何も今じゃなくとも……次に会ったときでいいんじゃないか?」
「俺は暫く、お前のところには出入り禁止だ。七十年ほど」
「いや、百年だけども……」
 なにしれっと勝手に短くしてるんだ。しかも一気に三十年も。

「通信術式を、俺も帰ったらすぐに設置するつもりでいる」
 ベイルフォウスはそうだろうと思っていた。いつも新しい術式には興味津々だもんな。で、だいたい次に会うときにはものにしてる印象だ。
「そうなればますますお前が俺の城に来ることもないだろうし、魔王城で会う偶然だって、今までよりは減るだろう」
 そう言われればそうなのかもしれない。
「なら、次っていつだ? と、なるだろう? 俺たちは同盟者でもない。お前が俺のところに来る用事だって、そうそうない」
 それは確かに……。

「それに、魔槍にかかってた魔術は解除してあるから、安心しろ。今のヴェストリプスはお前の魔剣と同じ、ただ頑丈なだけの槍だ」
 そんなことは気にしてもいないけども。
「なぁ、ジャーイル。お前は思いっきり打ち合ってみたくないか? ヴェストリプスを持った俺と」
 ベイルフォウスは嗜虐的という言葉の見本になるような笑みを浮かべた。
 さすがは元親友というべきか――俺の煽り方をよく知っている。

 俺は小瓶の蓋をひねり開け、中身をあおる。
 やや粘着性のある無味の液体の、そいつを嚥下すると、効果はたちまちに顕れた。瞬時に眠気が失せたのである。
 いいや、そればかりじゃない。ヨルドルが、急に魔王様との対峙に前向きになった理由が、理解できた気がする。

「おい、ベイルフォウス。お前、これを飲んだことは?」
「……いや」
「なら、お前も飲め。でないと不公平だ」
 自分がベイルフォウスに負けないほどの笑みを浮かべている気がした。


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