古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

78 槍使いベイルフォウスと相対するのは初めてです


 ベイルフォウスが構えるのはヴェストリプス、俺が抜いたのはレイブレイズ。
 この同じ場所で魔王様とヨルドルが対峙したのは、つい昨夜のことだ。
 通常、前地で奪位奪爵の挑戦が行われる際には、爵位の象徴たる城を応戦者が背負い、挑戦者が正面に臨む。
 だが俺とベイルフォウスの場合はただの手合わせなのだから、魔王城と平行するように対峙した。

「大公位争奪戦以来、だよな」
「ああ、そうだな」
 確かに真剣に打ち合った最後は大公位争奪戦だ。
 それにこれまでは得物は剣と剣ばかりで、槍を持ったベイルフォウスとの対戦は初めてだった。

「お前、槍の相手と戦ったことは?」
「ある。父が武器では槍を好んでいたからな。生前は時々、手合わせしていたよ」
「へぇ。珍しいな」
 ベイルフォウスの瞳に、好奇の色が浮かんだ気がした。

「ちなみに、勝率は?」
「魔術を抜いての戦いで、俺七割ってとこかな」
「なんだよ。剣に負けるとか、槍使いの風上にもおけねぇな」
 そう言うと、ベイルフォウスはヴェストリプスを投げて、水平回転させた。

 槍にも色々な種類があるが、あの見た目からごつい魔槍は、かなり重い部類だと思われる。レイブレイズだって魔剣の中では割と重量級の部類だが、持った感じからいうと、たぶん五倍以上、あっちの方が重い。
 それを軽々と、ベイルフォウスは手足のように自在に振り回してみせるのだ。
 うちの父親だって、魔族の中じゃあ名手だったとは思うんだが、ベイルフォウスはその上をいきそうだった。
 やばいな……。
 だが、さっき飲んだ疲労回復薬の効果だろうか。危機感さえ、愉しみに感じられるではないか。

「なあ、せっかくだから、勝負の結果に賭けないか?」
「何を?」
「例えば、大公位……」
「何をバカな……」

 ……ん?
 いや、そう馬鹿なことでもないか。大公同士が戦うんだ。その順位をかけて、というのはむしろ普通じゃないか。
 なるほど、そうか。ベイルフォウスはこの戦いで、大公二位の座を取り戻そうって考えなんだな。
 だが、待てよ。それならむしろ、魔術の使用も禁止すべきじゃないのでは? それに、できれば立会人だって、いた方がよいのでは?

 その疑問を口にする前に、ベイルフォウスが後ろに構えた魔槍を大きく薙いできた。
「ちょ……!」
 俺は慌ててレイブレイズで受ける。
「だっ!」

 重量ある魔槍の一振りは、思った以上の打撃だった。
 未だかつてないほどの衝撃に、手が痺れ、数メートル吹っ飛ばされる。
 おそらくレイブレイズでなければ折れていただろう――そう感じたほどの、強打。
 プートの城でヨルドルの結界を打った時以上の硬さだ。
 しかもベイルフォウスの振槍速度が予想以上なせいで、ギリギリの反応だった。

 っていうか、剣の時より速いってどういうことなの!? 重さに引っ張られて速くなるとか、そういうことなのか?
 そんなことはどうでもいいけども! そんなこと考えてる暇もないけども!

 なにせ気づけば槍の穂先が目の前に迫ってきているのだ。
 突きでこの速度とか、ありかよ!
 父との対戦経験を基準にしてたら、これは死ぬわ! 死ななくても最悪、けがするわ! ごめんね、父上!
 追撃を受け止めることなく、今度は飛び退る。あの打撃を正面からまともに受け続けては、レイブレイズは折れないとしても、俺の握力がバカになる。

「避けるばかりじゃ、俺には勝てねぇぜ」
 言ってくれるじゃないか、ベイルフォウスの奴!
 魔術を抜いた剣と剣との戦いでは、正直、俺の方にいつも分があったという自負がある。
 それが今はどうだ。槍の速度に予想が追いつかない。なんとかギリギリ反応できている、といった体たらくではないか。

 とはいえベイルフォウスの言うとおり、避けるばかりでは勝負にならない。
 なんとかうまく、槍をさばかないと。
 俺はレイブレイズを左手に持ち直し、ヴェストリプスの鉤爪を捉えるべく、刃を滑らせた。だが、すんでの所で反らされたばかりか、逆に穂先を叩きつけるよう押しつけられ、魔剣は激しく振動する。

「剣は二本とも使っていい、だったよな」
 ベイルフォウスから距離をとって着地し、内心の焦燥をおくびにも出さず、もう一本――湾刀をも右手に抜いて強がってみせた。
「ああ、もちろんだ。だが、慣れない技は、かえって無様をさらしかねないぞ」
「まあ、みてろ」
 両手の剣をくるりと回転させ、柄を今一度、しっかり握りしめる。

 確かに俺は、双剣使いではない。
 だが、利き腕でないとはいえ、左でも剣を扱えるよう、それなりに技術を磨いているし、鍛えてもある。なにせ、魔術と併用する時には、左で剣をふるうこともあるからだ。
 ついでに小声で付け加えると、二刀剣法の使い手であるプートの副司令官と立ち合って以降、その技もちょっと研究してみたりもしたのだ。
 その結果、剣を二本使うのも、俺とすれば剣と魔術を併用する時と、かかる手間は変わらないレベルまで昇華している。
 ……あくまで手間は、だが。

 さっきは穂先を絡め取ろうとして失敗したあげく、魔槍の打撃に耐えるので精一杯だった。
 だが、おかげで初速は把握できた、と思う。
 いかにベイルフォウスが自在に槍を操るとして、さすがに間合いの内側に入れば――

 俺は抉れるほどに大地を踏みしめ、ベイルフォウスめがけて跳んだ。
 穂先の内側に踏み入ったが、安心はできない。ベイルフォウスが突きから薙ぐ動作に移行するのに、瞬き一つの間も要さないからだ。
 だが、打撃は予想とは逆から現れた。

 レイブレイズで受け止めるはずだった衝撃は、右手――ベイルフォウスの左手側から、訪れたのだった。
 俺の目にもとまらぬ速さで魔槍を後背に巡らせ、左に抱えて払ってきたらしい。またも間近に迫った石突きを、右手で持った湾刀で弾くのが精一杯だった。
 薄く細い刃だ。思わず折れてしまうのではないかと危ぶんだが、反った魔剣は見かけ以上の強度で持ちこたえてくれる。
 そこからすかさずの、足下への追撃――だから、速すぎるんだってば!
 俺はひとまずその場から大きく飛び退る。

「お前、本当に強いな」
 内心、舌を巻く。
「当たり前だ。俺を誰だと思っている。大公ベイルフォウス様だぞ」
 得意げにニヤリと笑われたとて、見合う実力を示されれば、反感も抱けないではないか。

「それよりどうする? 魔術も解禁するか? いっそ全力であたってもいいぜ」
 即答はできなかった。
 ここで頷いては、槍対剣の戦いでは負けを認めた、と白状するようなものではないか。
 せめてあとちょっと、頑張りたい。

「いや、魔術込みはさすがにやめておこう。時期が悪い」
 ベイルフォウスは本気で二位に返り咲きたいのかもしれないが、なにも今このタイミングで、さらにみんなが食いつくだろう話題を提供しなくともよいではないか。
 待てよ。それとも……そもそもそれが狙いとか?
 兄の騒動から、興味を自分と俺とに引き取るための?
 ブラコンが過ぎるベイルフォウスのことだ。意外にそうかもしれない!
 だが、申し訳ないが、俺はそんな注目を浴びたくない!

「そうか、残念だ」
 今度はベイルフォウスからの肉薄――高速突きの、手数がハンパない。
 俺は懐に入るのを諦め、逆に刺先を思い切り叩いてベイルフォウスの体勢を崩そうと試みる。
 ヴェストリプスのあの重量をうまく利用すれば、得物の長さは長所ばかりか短所にもなり得るはず。……と、信じたい!

 だが、ベイルフォウスの操槍術は柔軟だった。
 隙あらば鉤爪でこちらの剣を落とそうとする。力任せの打撃を与えても、持ち手を一本に替えて手首を巡らせ、力を反らされる。
 なんていうんだろ。穂先がぶれない、というか――身体能力の高さと柔軟さ、当人が剣での戦い方を知り尽くしていることも手伝ってだろう、まるでつけいる隙がない。

 このままじゃ、さすがに負け……っ!
 振りかぶってきた魔槍を、魔剣二振り重ねて受け止め――きれなかった!
 膝をつきかけたのを、なんとか後ろに流して回避する。
「お前でなきゃ、とっくに決着ついてたところだが!」
 ベイルフォウスの台詞はあくまで忌々しげだったが、声は弾んでいた。
「だろうな!」
 いいや、弾んでいたのはベイルフォウスだけじゃないだろう。
 苦戦を強いられている俺の方こそ――そうだとも。強敵との戦いを愉しんでこそ、魔族の強者ではないか。

 だというのに――


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